2030年は、日本政府が温室効果ガスの46%削減を目標に掲げた年であり、国連が採択した持続可能な開発目標「SDGs」の達成を目指す年だ。大きな分岐点ともいえる2030年に向けて、どれだけの人が暮らしを持続可能な方向にシフトできているだろうか。
食の分野においては、気候変動による干ばつや洪水が食料生産に及ぼす被害は拡大しており、飲食事業自体が生み出す温室効果ガスなどの環境負荷といった、フードシステム自体の課題も多くある。
日本サステイナブル・レストラン協会(以下、SRA-J)は、レストランを中心にサステナブルな食の未来をデザインすることを目指している。混沌とする世界情勢の中で、食を取り巻く問題を解決するため、SRA-Jでは企業や消費者、シェフや調理師専門学校といったさまざまなステークホルダーを巻き込みながら、ミレニアル世代以下のシェフや調理師専門学校の学生を対象に、2030年の未来のレシピ公募コンテスト「Creative Chefs Box2030(以下、CCB)」を開催した。
2022年7月27日からワークショップなどを開催し、10月24日に最優秀レシピなどの各賞を発表。本記事では、期間中に行われたオンラインイベントの内容や、未来のレシピの受賞作品をレポートする。
持続可能な食を学び、「問い」を立てるワークショップ
今回、CCBのプレイベントとして、2つの調理師専門学校(辻調理師専門学校、村川学園)と若手シェフ向けの「食の持続可能性」の基礎知識を学ぶ勉強会とワークショップを開催。
本年度のテーマは、2030年の食の未来を思い描いて「問い」を立てること。まずはSRA-Jが柱としている「調達」「社会」「環境」の3つについて学ぶ。その後、学生や若手シェフが今、「食の未来」に対して抱いている疑問や課題を掘り下げ、シェフたちの「問い」を起点にレシピを考えた。
ワークショップでは、「食材の多様性をどう担保していくか?」「未利用魚やジビエなど、一般市場に出回らないものをいかにシェフの力で生まれ変わらせるか」などが話題に上がった。また、レシピを考えるにあたり、どのようにしてより多くの人に興味を持ってもらえるようなストーリーを作り出すかといった声が上がっていたほか、ワークショップ内だけでは時間が足りないので、これから更に振り返りの時間を持ちたいという声もあった。
未来の食のスタンダード?レシピのCO2排出量を測定
未来のレシピ公募コンテストでは、一般社団法人サステナブル経営推進機構(以下、SuMPO)のもと、ファイナリストのレシピのCO2排出量が測定された。測定には、製品の原材料調達から、生産、流通、使用、廃棄に至るまでのライフサイクルにおける投入資源、環境負荷及びそれらによる地球や生態系への潜在的な環境影響を定量的に評価するLCA(ライフサイクルアセスメント)という手法が用いられた。
同コンテストは、人間の健康バロメータとして開発された食物カロリー同様、地球の健康バロメータとして「炭素(CO2の排出)」を一般生活者の生活の中で触れ、実感し、意識できる機会を提供している。
CCB開催を記念して行われたウェビナーにおいて、SuMPOの石田理事長は、以下のように語った。
「LCAで環境負荷を定量的に数値で測り、どこにどんな負荷がかかっているのか知ることで、改善策を議論できるようになります。例えば、トマトを1キロ作るのに必要なエネルギーは、旬のトマトなら1,200キロカロリーのところ、温室栽培のトマトだと1万2,000キロカロリーと10倍のエネルギーを必要とする。だったら旬のトマトにしようと、考えることができるようになります」
2030年の未来のレシピに必要な視点とは?
今年のCCBでは、昨年の2倍となる50名の方からレシピの応募があった。①サステナビリティ、②クリエイティビティ、③見た目の3つの指標のもと、SRAの地球環境に配慮した料理「One Planet Plate(ワン・プラネット・プレート)」の項目に基づいて審査し、ファイナリストのレシピはSuMPOにより行われるレシピのCO2排出量の測定も参照した。
One Planet Plateとは、サステナビリティに配慮したスペシャル・ディッシュをレストランが紹介し、レシピを投稿するグローバルキャンペーンで、次の6つのサステナビリティの項目の1つ以上を取り入れることを条件としているのが特徴だ。「より多くの野菜を使用」「低カーボンフットプリント」「ベターミート(※)の使用」「地産地消と旬の食材の推進」「水産資源と生態系の保全に配慮した魚介類の使用」「食料の無駄をなくす」。
※ ベターミートの明確な定義はないが、美味しさだけではなく、食品安全や家畜の健康(家畜衛生)、快適な飼育環境への配慮(アニマルウェルフェア)、労働者の安全対策、環境保全にも配慮されて畜産された肉のことを指す。
受賞者発表。選ばれた3つのレシピは?
ここでは、今回選ばれた3つのレシピを紹介する。世界食料デーである10月16日に発表された10名のファイナリストの中から、10月24日に最優秀レシピなどの各賞が発表された。今年は最優秀賞の特別審査員賞がダブル受賞で1名、特別審査員賞1名、MATURI賞1名の計3名が選ばれた。
最優秀賞・特別審査員賞:緑茶で食べる 玄米グラノーラ(小鉢ひろかさん/社会派料理コンサルタント)

緑茶で食べる 玄米グラノーラ
食の未来に向けた「問い」:
- 「グローバル化により衰退する日本文化。2030年も急須で緑茶を飲む習慣を残し、米の消費量を高めるにはどうしたらいいだろうか?」
(以下、紹介文抜粋)
朝、輸入された原料のグラノーラとミルクを習慣にする人々を見て違和感を感じた。簡易で健康を追い求めるあまり、私たちは大事な『歴史や文化』を消し去っていっているのではないだろうか、と。私の祖父母は静岡県川根町でお茶農家をしていました。茶畑の緑が美しい大事な故郷は、高齢化と担い手不足により茶畑が荒れ果て、かつての美しさを失ってきています。これは産地の問題だけでなく、私たちが「緑茶を急須で飲む」文化を失い市場を衰退させているのも原因の一つです。ペットボトルでも抹茶味でもない日本の緑茶を残すために、伝統を無理に受け継ぐのではなく、持続可能に続く文化として時代に合わせて進化し続けてほしいと願いを込め、緑茶に合うグラノーラを組み立てました。小豆の和菓子感、玄米の香ばしさが緑茶の必然性を出し、冬に熱々の緑茶を入れて食べたい味に仕上げています。小麦の消費量が伸びる中、国産米の消費量向上に貢献したいと想い、米×緑茶×朝ごはんの新しい提案ができるよう努力しました。2030年も、川根町に美しい緑の光景が続くよう願いを込めて。
選出者からのコメント
薬師神陸氏 unis(ユニ)エグゼクティブシェフ
最終的に低カーボンであり、フードマイレージが少なく、地産地消であることと、「続けられるか」「キッカケになるか」が一番大切なような気がしました。「こうしたい」という考え方を記載している応募者が多い中「できそう」と思わせるレシピがプロ・アマ関係なく一番評価した点です。
能田耕太郎氏 FARO(ファロ)エグゼクティブシェフ
総合的に見て1番バランスの取れたレシピだと思いました。 作った方のこだわりや未来に向けたメッセージが良いです。コンセプトも素晴らしいと思いました。 プラントベースで日本の新しい朝食を演出した点も評価しました。
受賞を受けて、小鉢ひろかさんのコメント
今回のレシピを作るにあたり、一番時間をかけたのは「問い」のパートでした。私は、フードロスを専門に活動しているので、フードロスをテーマにもできました。しかし、30年後もやりたいと思ったことは何か?と考えたときに、今回の「問い」に行き着きました。今回の受賞をきっかけに、勇気と自信をもらいました。同じ未来を考える皆さんと共に「問い」をさらに考えていきたいです。「問い」を「問い」で終わらせずに、解につなげていきたいと思います。ありがとうございました。
特別審査員賞:低カーボンステーキ(佐々木綾子さん/サステナブル料理家)

ギルトフリーステーキ
食の未来に向けた「問い」:
- 「肉料理とともに築くサステナブルなミライとは」
佐々木綾子さんの一皿は、低カーボンフットプリントのお肉料理ということで、カーボンフットプリントの低い(メタンの排出が少ない)オルタナティブフードであるダチョウ肉を使用。ダチョウ肉の中でも今回使用されているダチョウ肉は、埼玉県美里オーストリッチファームのもので、緑豊かな約一万坪の広大な敷地の中、風通しの良い環境で、地元の旬野菜などを食べてのびのびと育てられているものだ。現代の食生活に浸透している肉を今すぐ生活と切り離すことは難しい人もいるなかで、ダチョウ肉は今後、食の多様性を考える上での選択肢の一つとなりうる。
ほかにも、廃棄されがちな茶殻を天日干しして瞬間燻製に使うことで、料理の香りをアップさせるという工夫がみられた。
選出者からのコメント
冨成寿明氏 日本料理富成(とみなり)オーナーシェフ
サステナビリティの取り組みをしていると、それじゃなきゃいけないと極端になってしまいがちです。そんな中で、ギルトフリーという美味しくて罪悪感なく食べることができる料理というのは今後のトレンドになっていくと思っております。食材選びやレシピも素晴らしいです。 そういった意味で、佐々木さんの作品が最もクリエイティブではないかと思います。
MATSURI賞:神奈川県産アフタヌーンティーセット 〜昆布茶、昆布アイス、昆布ジンジャークッキー〜(城田一基さん/KITCHEN MANE)

神奈川県産アフタヌーンティーセット
食の未来に向けた「問い」:
- 「環境を守るだけではなく、再生する。リジェネラティブな循環の仕組み」
城田さんの一皿は、ウニやアワビなど藻食動物が海藻を食べ尽くし砂漠化してしまう「磯焼け」に目を向け作られた。砂漠化してしまった海で昆布の養殖を行うことで、餌となるプランクトンを増やすことができ、生態系が循環を取り戻し、海の環境が豊かになることに注目。環境を保全するだけではなく、リジェネラティブな循環の仕組みを作れる生昆布を使い、日本人に親しみある昆布茶と、海外で親しみのある「アイス・クッキー」との掛け橋になるよう作られている。
選出者からのコメント
藤田朋弘氏 ちとせグループ創業者 兼 CEO・MATSURIプロジェクト発起人・内閣官房バイオ戦略有識者
受賞の決め手となったのは、リジェネラティブ思想と原材料に藻類を活用された事です。私たちが手掛けているMATSURIプロジェクトでは化石資源産業に変わる次世代の藻類産業構築を目指しており、原材料で利用された昆布も大型藻類に分類されます。私たちが活用しているのは微細藻類という古来より食された品種となりますが、城田様が考案されたレシピにも代用できると思います。一方で当社では再生型農業にも力を入れ土壌の改善、日本農業の在り方にも着目している点が当社ビジョンと合致しているので選定させていただきました。
問いを立てることで、一気に「自分ごと化」していく
2回目となる今年のCreative Chefs Box 2030では、「食の未来」に対して抱いている疑問や課題を掘り下げ、シェフたちの「問い」を起点にレシピを考えてもらった。
「問い」を立てるということで、一気に自分ごと化していく。その中でも評価されたレシピというのは、その人の原体験というものがベースとなっているものだったように感じる。原体験はストーリーをより深く、濃くしていく。
今後、何ができるのか?今回の「問い」をきっかけに来年、さらにその先について、共に考えていきたい。
【参照サイト】Creative Chefs Box 2030 VOL.2「未来のレシピ」発表
Edited by Erika Tomiyama
