食への感謝と美味しい恵みを未来に残すために。都市と地方を繋ぐ田中佑樹シェフ【FOOD MADE GOOD#8】

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食のあり方や、飲食業界のあり方を変えていくため、より多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している団体がある。英国に本部があるSRA(SUSTAINABLE RESTAURANT ASSOCIATION)の日本支部、日本サステイナブル・レストラン協会だ。そんな日本サステイナブル・レストラン協会の加盟レストランを巡り、サステナビリティ先駆者たちの取り組みを紹介していく連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」の第八回目。

本記事で紹介するのは、東京西麻布にある割烹料理店『伊勢すえよし』。伊勢すえよしでは、三重出身の田中佑樹シェフが、三重の食材をふんだんに使った割烹料理を提供している。

田中シェフは“美味しい恵みを未来に残す”ことをビジョンとして掲げ、店だけにとどまらず、『いただきますスタディーツアー』や『三重の恵みプロジェクト』などを通して、地元三重の生産者や加工人などを巻き込みながら、社会と環境に大きなインパクトを生み出している。

今回はそんな田中シェフに、都市と地方における生産と消費のあり方や、未来へと食文化を残すヒントとなる話を伺った。

話者プロフィール:田中佑樹シェフ

田中佑樹シェフ料理人の父親の元、幼少から料理の手ほどきを受け、高校卒業後に上京、服部栄養専門学校卒業後に老舗料亭「菊乃井」で修行。その後、世界各国の郷土料理店で働きながら世界一周をし、地域に根付いた食文化の成り立ちへの関心を深める。2015年、西麻布に「伊勢すえよし」をオープン。自身の地元である三重県の生産者の元に頻繁に足を運び、彼らの食材へのこだわりを伝えるべく、日々厨房に立つ。「美味しい恵みを未来に残す料理人」を目指し、食を通じて生産者と消費者の心を繋ぐ「心の流通」が料理のテーマ。ベジタリアンやヴィーガンなどの外国人に向けた懐石料理の提供も行う。トリップアドバイザー発表の「トラベラーズチョイスアワード2020」高級レストラン部門で日本1位、世界9位受賞。

生産者の背景に触れることが「感謝」につながる

田中シェフは東京で店を営みながら三重に定期的に戻り生産者と交流。一冊の本にまとめ店で読めるようにし、生産者と消費者の「心の距離」を近づける活動を行っている。

「都市と地方の物理的距離に比例して、都市にいる消費者の生産者に対する『心の距離』が離れていっていると感じます。生産現場の近くに住んでいると、知っている生産者から、直接野菜を購入できたりおすそ分けしてもらえたりします。一方で都市部では、物流で遠方から運ばれてきた食材を、生産者と繋がることなくお金を出して購入するので、生産者と消費者の間には物理的にも、倫理的にも距離が生まれやすい。そこで、ただ作業的に食材を購入して食べるのではなく、普段から『いただきます』の意味を考え、食の裏側に想いを馳せる時間がもっと増えてほしいと思ったのです。」

そのためには表面的に生産者のことを知るだけではなく、知っている人から食材を買うことで「生産者の心を見える化すること」が必要だと、田中シェフは説く。

「都市部でもトレーサビリティにより『生産者の見える化』はされていますが、もう一歩先の『生産者の心の見える化』、つまり『心の流通』ができると、都市と地方、生産と消費を繋ぐことができるのではないかと考えています。」

生産現場を訪れたときの写真

以前田中シェフが生産現場を訪れたときの様子。(現在は新型コロナの感染防止のため休止中) この経験が「食が作られるまでのストーリーを、もっと多くの人に伝えたい」と、思うきっかけとなった。

そこで田中シェフは、生産と消費の希薄になった心を繋ぐ活動の一環として、故郷である三重県の生産者をお客さまと共に訪れ、生産者の話を直接聞いて消費者と意見交換をする『いただきますスタディーツアー』を開催してきた。

「いただきますスタディーツアーでは、鹿猟師や海女、地酒の蔵元、鰹節屋を巡ったり、お店で仕入れている三重県の米農家の元を訪ね、お客さまと一緒に汗を流しながら田植えをし、田んぼでおにぎりや鯛飯を作る体験をしたりしました。生産者の声を直接聞き、また自分たちの感謝を伝えることで心の流通が起こると、涙を流す参加者もいました。ツアーを開催したのは数年前ですが、それ以降もお客さまはこのときに訪ねた米農家のお米を購入してくださっています。些細な変化かもしれないですが、『顔の見える生産者から買う』ことと『顔見知りの生産者から買う』ことは大きく違いますし、その人にとっては大きな価値観の変化だったと思います。」

生産者の背景に触れることが、ときに消費者の価値観を変える。両者がつながることで、食に感謝する心を育むことができるのだ。

食への感謝と美味しい恵みを未来に残すためのプロジェクト

さらに、約1年前からスタートしたのが『三重の恵みプロジェクト』だ。新型コロナの影響で都市のレストランに卸すことができず、余ってしまった三重の高級食材の行き場を見つけるために発足した同プロジェクトでは、三重にある美味しい恵みを未来に残すことを目指す。

三重の恵プロジェクト

三重の恵プロジェクト

「三重の恵みプロジェクトでは実験的な取り組みをしています。その一つが、都市部では高値で販売する食材を、地元三重県では原価で求めやすい価格帯に設定することです。そうすることで、一人でも多くの地元の人に買い求めてもらおうと試みています。他にも、伊勢まだいのカマが余っていたので、地元の人に食べてもらえるよう、伊勢まだいのカマを活用して炊き出しを行いました。」

田中シェフは、三重の高級食材が都市部での消費に依存している現状を変えるため、三重で新たな経済の仕組みを作ることで、三重にある食材を守り、循環と自立を生み促そうとしている。

地球の恵みをお裾分けするのが生産者、それを消費者にプレゼンテーションするのが料理人

生産者を巻き込んで複数のプロジェクトを行う田中シェフの目には、「生産者は地球と対話し、地球の恵みを上手にお裾分けしてくれる存在」として映っている。

「いま、鹿は獣害として扱われ、頭数を減らすことを目的に狩猟されているのが現状ですが、ある鹿肉の猟師さんは、頭数を減らすことではなく、命を美味しくいただくために狩りをしています。お裾分けをいただく──害獣ではなく、恵獣として対峙する生産者の姿勢に、とても共鳴します。」

「また、牡蠣の生産者と話をしたときに『牡蠣の餌は海水に含まれるミネラルですが、餌の栄養源の大もとは、山の葉っぱです。』と、おっしゃっていました。山の葉っぱが落ち葉となって腐葉土に変わり、それが田んぼを通り、最後に海に流れて来ます。海で栄養分に変わり、それを牡蠣が食べることで、牡蠣が美味しくなる。山も海も繋がっていて、これこそが、自然が生み出す『循環』だと思いました。」

生産者は地球の恵みをお裾分けする役割を担っている──料理人ができることは、そんな生産者の想いを代弁し、より良い形で消費者にプレゼンテーションすることだと、田中シェフはいう。

「消費者に直接会えない生産者が多い中、料理人はお客さまの前に出て仕事ができるので、生産者の代弁者となって食材の良さを伝えられます。料理人は様々な調理方法を身に付けていて、食材の組み合わせや加熱の温度とタイミング、また、切る・煮る・焼く・蒸すといった調理方法を操ることができるのです。生産者が育ててくれた良質な食材を、最高の状態でお客さまに食べてもらうために、私たちは料理をしています。」

「料理は五感を刺激する、最高のプレゼンテーションなのです。地球に寄り添う生産者と共に、持続可能な食を“美味しく”残していきたいです。」

生産者が育てる食材は、自然の循環が生み出したもの。田中シェフが最高の料理を作るのは、単においしい食事を提供する以上に、自然を理解した生産者を応援し、地球の循環を守るためだ。そして生産者にしか見えていない想いをお客さまに伝えることで自然と人をつなぐ──田中シェフは、そんな重要な役割を果たしているのだ。

田中シェフ

田中シェフ

編集後記

「30年後、自分が60歳になっても美味しいものを食べていたいし、提供していたい。そのために、美味しい食材が残ってほしい。これが美味しい恵みを未来に残すことだと考えています。」と、語る田中シェフ。胸を張って、良いと信じられる生産者や食材に日々触れているからこそ、この言葉が出てくるのだと思う。

生産者と消費者、そして地方と都市を結びつける田中シェフの取り組みは多岐にわたるが、すべては「食に対して感謝する機会を増やすため」であり、そして「美味しい恵みを未来に残すため」だった。

そのために田中シェフは料理人になり、お店として伊勢すえよしを営み、プロジェクトを行っている。一つ一つの活動のピースが、食の明るい未来を描いて繋がっていることを実感した、そんなインタビューの時間だった。

【参照サイト】 割烹 伊勢 すえよし
【参照サイト】 日本サステイナブル・レストラン協会

Edited by Erika Tomiyama

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