気温上昇が周知の事実となり「地球沸騰化の時代」と叫ばれる現在。もはや、気候変動の影響を一切受けない業界などないだろう。
現状に危機感を抱いている業界のひとつが、スポーツ界だ。身の回りの環境に身体を順応させ、最大のパフォーマンスを引き出そうとするアスリートたちは、気温上昇などの変化を敏感に感じているという。
そんなスポーツ界が、すでに気候変動への対策を世界各地で力強く進めている。IDEAS FOR GOODでは日本でスポーツ界の気候変動対応推進を担ってきたSport For Smileプラネットリーグと連携し、「Sport for Good」と題して世界各地のスポーツ界におけるサステナビリティ推進の動きに迫る特集をお届けしていく。
今回紹介するのは、イングランド・プレミアリーグに所属するトッテナム・ホットスパーFC(以下、トッテナム)だ。プレミアリーグは、世界で最も商業規模が大きく、放映権ビジネスも含め勝利と収益が強く求められるサッカーリーグとして知られている。その中心で、トッテナムは「最も環境配慮が進んだクラブ」として異彩を放ってきた。
国連とIOCが主導する「スポーツ気候行動枠組み」に署名し、2030年までにCO2排出量半減、2040年までにネットゼロを目指す──これは英国政府の目標より10年早い水準だ。プロスポーツリーグのサステナビリティ推進度を示す「Sport Positive League」では5年連続首位を獲得し、スタジアムやトレーニング施設の100%再生可能電力化、選手やファンを巻き込んだ行動変容も進めてきた。さらに、生物多様性に関する国連枠組み「Sports for Nature」にも署名するなど、気候と自然の両面で明確なコミットを示す数少ない著名クラブの一つである。
「サステナビリティは、CSRでも付加価値でもない。それは、組織の“あり方”そのものです」
そう語るのは、トッテナムのチーフ・レベニュー・オフィサー(CRO/最高収益責任者)を務める、ライアン・ノリス氏である。本記事では、クラブの「収益」に責任を持つノリス氏と、現場で環境対策を指揮するサステナビリティ・マネージャーのマーカス・パリー氏へのインタビューを通じて、勝利至上主義でもあるプロスポーツの世界で、なぜサステナビリティが事業戦略の中核になり得るのかを読み解いていく。
「ケア(配慮)するクラブ」であれ。勝利と共存する指針
「サステナビリティは、単なるビジネス戦略の一部ではありません。それは私たちのDNAそのものなのです」
ライアン・ノリス氏は、そう明確に言い切る。トッテナムには「To Dare Is To Do(敢然と挑め)」というクラブ創設以来のモットーがある。困難な局面でも恐れずに前へ出るその精神は、環境問題という現代最大の課題に対しても発揮されている。
しかし、彼らが重視しているのは「挑戦」だけではない。勝利を目指す組織でありながらも、大切にしている原則があると言う。
ノリス氏「私たちには『ケアするクラブ(配慮するクラブ)』であれ、という指針があります。もちろん、私たちがここにいる第一の理由は試合に勝つことですが、自分たちが単なるフットボールチーム以上の存在であることを理解しています」
このケア(配慮)の精神は、クラブが置かれた環境と深く結びついている。
ノリス氏「私たちはロンドンで最も貧困な地域の一つに根ざしています。だからこそ、私たちには大きな責任があります。あらゆる面でファンを誇らしい気持ちにさせ、近隣地域に繁栄をもたらし、ポジティブな変化を促すことです」
トッテナムは、2040年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」の目標を掲げている。これは英国政府の目標よりも10年前倒しの野心的な設定だ。
ノリス氏「私たちは、何よりもまず、人々、地球、そしてコミュニティのために『正しいこと』を行うクラブであることに誇りを持っています。エネルギー使用の最適化、炭素排出を抑える素材の使用、これらは意識的な決断の結果です」
ライアン氏の言葉通り、クラブの取り組みは徹底している。スタジアムとトレーニングセンターを含むすべての施設は100%再生可能電力で稼働しており、電気使用に伴う温室効果ガス排出(Scope 2)はゼロを達成している。さらに、英国のスタジアムとして初めて完全キャッシュレス化を実現し、使い捨てプラスチックの削減も宣言した。

リユースカップ Image via トッテナム・ホットスパーFC
しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。勝利を求められるプロスポーツの世界において、環境への配慮は「足かせ」にはならないのだろうか。ライアン氏は即座に否定する。
ノリス氏「環境へのリーダーシップを示すことは、私たちのビジネスにとってもプラスに働きます。NikeやSchneider Electric、HPEといったパートナー企業は、私たちと同じ価値観を共有したいと望んでいます。気候変動への取り組みは、スポンサーシップ獲得の戦略にも深く組み込まれているのです」
環境に配慮することは、もはやコストではなく、強力なビジネス・アセットになる。トッテナムの事例は、経済合理性と社会正義が両立しうることを証明している。
スタジアムは「コンクリートの塊」から「生態系」へ
気候変動対策の最優先事項として、CO2排出量削減などの「数字」を追うことは不可欠だ。しかし、トッテナムの視点はそこにとどまらず、より広く足元の「自然」にも向けられている。トッテナムは、国連の生物多様性枠組み「Sports for Nature」に、プレミアリーグのクラブとして初めて署名した存在でもある。
「気候変動と生物多様性は、切っても切り離せない関係にあります」と、サステナビリティ・マネージャーのマーカス氏は指摘する。
マーカス氏「どんなに二酸化炭素排出量を減らしても、自然環境そのものを守らなければ、大きな視点での解決にはなりません」
ロンドン郊外のグリーンベルト地帯に位置するトレーニングセンターでは、開発にあたって自然環境の修復と保全が最優先された。ここでは、単に芝生を管理するだけでなく、鳥やハチの活動をモニタリングするシステムまで導入されているという。

生物多様性モニタリングシステムの様子 Image via トッテナム・ホットスパーFC
マーカス氏「私たちは、人間が生きていくためには生物多様性が不可欠であることを理解しています。私たちが来たときよりも、自然をより良い状態にして次世代に残す。それが私たちの責任です」
無機質なコンクリートの建造物と思われがちなスタジアムや施設を、周囲の自然と共生する「生態系の一部」として捉え直す。このホリスティックなアプローチこそが、トッテナムの強みだ。スタジアムから出る廃棄物は高度な管理システムによって処理され、埋立地へ送られるごみはゼロ。資源はスタジアムという生命体の中で循環し続けている。
選手も、ファンも。ピッチの外で広がる「緑のパスワーク」
トッテナムの取り組みにおける最大の独自性は、その影響力を「自分たちだけ」に留めない点にある。約800人のスタッフ、そして世界中に数百万人はいるとされるファン、さらにはピッチ上のスター選手たちをも巻き込んだ、巨大なムーブメントを生み出そうとしているのだ。
「フットボールクラブの影響力は絶大です」とマーカス氏は語る。
マーカス氏「私たちが社会的な問題に対して声を上げれば、人々はそれに注目し、行動を変えるきっかけになります」
その象徴的な事例が、選手へのサステナビリティ教育だ。トッテナムは、トップチームの選手に対してサステナビリティ研修を実施した最初のクラブの一つである。現在はアカデミー(育成組織)の選手たちにも教育を施している。
マーカス氏「選手たちは、私たちの取り組みの強力なアンバサダーになり得ます。選手たちが理解し、発信することで、ファンの行動変容を促すことができるのです」
ファンに対しても、試合観戦時の移動手段を環境負荷の低いものに変えるよう促したり、スタジアムで提供するプラントベースの食事の選択肢を増やしたりと、自然な形でのサステナブルな選択を提案している。リサイクルボックスに正しくごみを捨てる、そんな小さな行動の一つひとつが、数万人の規模で集まることで大きなインパクトを生む。
さらに、その影響力は国境も越える。2024年の夏、プレシーズンツアーで東京を訪れた際、トッテナムは日本財団と連携し、Jリーグクラブの関係者を招いたサステナビリティ・カンファレンスを開催した。
「世界中のどこであっても、パートナーと話をすれば、そこには学び合い、アイデアを共有しようとする意欲があります」とノリス氏は振り返る。
ノリス氏「私たちは皆、同じ惑星に住んでいます。競争相手であっても、地球を守るという責任は共通しているのです」
次なる焦点は「サプライチェーン」
順風満帆に見えるトッテナムの挑戦だが、ゴールはまだ先にある。現在、彼らが直面している最大の課題は、サプライチェーン全体からの排出(Scope 3)の削減だ。
「私たちの炭素排出量の約67%は、調達に関連するものです」とマーカス氏は明かす。スタジアムで売られるグッズ、食品、建設資材など、自社の活動の外側で発生する排出量を正確に把握し、削減していくことは容易ではない。
マーカス氏「サプライヤーやパートナーと共に協力して取り組む必要があります。彼らにも私たちと同じプロセスを導入してもらい、より信頼性の高いデータを取得することで、サプライチェーンに内在する炭素の全貌を理解しようとしています」
これは、トッテナム一社だけで解決できる問題ではない。だからこそ、彼らはリーダーシップを発揮し続ける。
ノリス氏「私たちが先頭に立って行動を示すことで、他者もそれに続く。そうしてスポーツ界全体、ひいては社会全体でこの課題を前に進めていくことができるのです」
マーカス氏は、こう強調した。
マーカス氏「トップダウンのリーダーシップなしには、サステナビリティを組織に根付かせることはできません。自分たちがやっていることを信じ、責任を持つこと。それが最も重要です」
彼らが目指す頂点は、順位表の上だけにはない。地域コミュニティ、自然環境、そして次世代のファンたち。あらゆるステークホルダーを「ケア」しながら強さを求めていく彼らの姿勢は、21世紀におけるプロスポーツクラブの在り方そのものを再定義していると言えるだろう。

スタジアム内のマイクロブルワリー Image via トッテナム・ホットスパーFC
SFSプラネットリーグ・ディレクター 梶川三枝氏コメント
今回は、プレミアリーグのサステナビリティ推進トップランナー、トッテナムホットスパーの活動についてご紹介頂きましたが、CRO(最高収益責任者)からサステナビリティ推進の重要性について発信されている点が貴重だと思います。ご本人と直接お話しても、「瞬時に迷いなく」経営にとって不可欠なもの、という回答が返ってきます。排出量削減のためスタジアム内にビール醸造所をつくったり、プレミアシート用ケイタリングにもサステナビリティを取り入れるなど、最先端の取組みは目を見張るばかりですが、日本スポーツ界も彼らのマインドに学び、今後の活動に是非取り入れて頂けたらと思います。
【参照サイト】Tottenham Hotspur: Official Spurs Website













