かつて、コーヒー農園といえばそれはすなわちプランテーション農園のことを指していた。広大な土地を開拓し、そこに特定の植物だけを育てる。同一品目の大量生産が目的だから、農園には雑草ひとつあってはならない。農業とは、じつは「自然破壊の元祖」とも言える行為である。植物学者でもあった昭和天皇は「雑草という名の草はない」という言葉を残したが、人間がそこにある植物を勝手に「雑草」と呼んで刈り取るのが農業だ。
しかし、現代は商品の生産性よりもその付加価値が求められる時代である。余剰になるまで商品を生産し続けるのはむしろ不合理だ。そのうえ、森林を切り開く従来の農法はそれ自体が時代に適合しなくなった。「自然に優しい農法」という論理的には矛盾するやり方を本気で開発しなければならない時代が来ているのだ。
奄美群島に属する離島の一つ、徳之島には、そんな新しい時代にふさわしい農業のモデルケースとなるプロジェクトがある。それが、宮出珈琲園が取り組んでいる、森と共生するオーガニックコーヒーの栽培だ。
「日本でコーヒー栽培?」と不思議がられるかもしれない。たしかに、熱帯原産のコーヒーを日本国内で育てるという話はほとんど聞かない。しかし、日本は亜寒帯から亜熱帯にかけて南北に伸びた島嶼国家であり、コーヒー栽培に適した土地がまったくないわけではない。
徳之島は年間平均2000mm以上の降水量があり、年間平均気温も20度以上と温暖なため、コーヒー栽培には最適だ。そのなかで宮出珈琲園は、森のなかにコーヒーの木を植えるセミフォレスト農法を採用している。自然の植物を伐採することなく、環境との調和を目的とした農法だ。もちろん、大量の農薬で既存の草木を除去することもない。日本国内では非常に珍しい、オーガニックコーヒーの生産を目指しているのだ。
コーヒーに限らず、プランテーション農法はもはや世界各国で問題視されている。インドネシアのスマトラ島ではアブラヤシのプランテーション開発が国際問題になっている。農園を作るために、広大な熱帯雨林を焼き払うからだ。焼畑農業はオランウータンやスマトラサイなどの希少動物の生息域を奪うだけではなく、煙害をマレーシアやシンガポールなどの隣国にまでもたらし、外交問題にまで発展している。
そうして切り開いた農園だが、実は永続的に運営できる仕組みがまったくない。数年で土地が痩せるから、いずれはそこを放棄せざるを得なくなる。その次にやるのは、新しい農園を作るためにジャングルを焼き払うことである。プランテーション農法は、そうした悪循環を含んでいるのだ。
宮出珈琲園のコーヒー栽培は、土を使い捨てにするものではない。森を焼き払うのではなくコーヒーの木と共に育むことで持続可能な農業を実現する。様々な手間はかかるが、環境に好循環をもたらす仕組みを構築しているのだ。
宮出珈琲園は現在クラウドファンディングサイトの「Makuake」でキャンペーンを出している。ここで集めた資金はもちろんオーガニックコーヒーの栽培に充てられる。あえて表現を変えれば「近未来の農法の開発に投資される」ということだ。人類が目指すべき「自然に優しい農法」は、徳之島ですでに現実のものとなりつつある。