大切な人への贈り物や、今日も1日頑張った自分へのご褒美として大人気のチョコレート。魔法のような口溶けと、優しい甘さの虜になってしまっている人は多いのではないだろうか。
そう遠くはない昔、チョコレートは贅沢品だったが、今日では誰もとても身近に楽しめるものに変化した。有名ショコラティエの高級ボンボンから気軽に食べられるピーナッツチョコにいたるまで、その種類は豊富だ。
そして、最近ではアメリカから始まった「Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)」と呼ばれる新しいジャンルのチョコレートが人気を集めている。日本での先駆者的な存在といえるのが渋谷区富ケ谷に本店を構える「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」だ。富ヶ谷本店以外にも銀座、白金高輪そして池袋にも店舗がある。
Minimalのこじんまりとした店内に入ると、香ばしいカカオの香りが漂ってくる。それは、お店のなかでカカオ豆からチョコレートを手作りしているからだ。今回は、そんな日本のBean to Barの先駆けであるMinimalの田淵康佑さんにインタビューし、チョコレートへの想いを語ってもらった。
Bean to Barとは?
Beanとは「カカオ豆」、Barとは「板チョコレート」のことを指している。田淵さんは、「Bean to Barは、言葉どおり工房側でカカオの豆から板チョコレートまでを一気通貫して作ることです」と朗らかな表情で教えてくれた。
今日のチョコレートづくりでは、最終加工者であるお菓子メーカーやショコラティエの使い勝手が最も重視されており、カカオ豆を加工してクーベルチュール(チョコレート生地)をつくる業者も、消費者の需要に合わせてとにかく滑らかで使いやすい生地を生産するのが一般的だ。この際、カカオ豆の種類や味はほとんど重視されない。
「カカオ豆は種類によって味も香りも違います。そのため、それぞれの素材のよさを活かしたチョコレートをつくろう、というのがBean to Bar の始まりです。私たちMinimalでは、カカオ豆の種類によって製造の仕方が違ってくるので、カカオ豆からチョコレートまでを一貫してつくらないと、きちんと素材のよさを活かすことができないのです」
一般的なチョコレートの製造過程ではミルクやカカオバターなどを加えるのが常識だが、Minimalではカカオのよさを引き出すために、できるだけシンプルにチョコレートを作っている。最小限の材料となるカカオと砂糖だけで素材の個性を引き出しているのだ。
「素材のよさをお客さまに届けるために、カカオという最小限のものと向き合う。これがMinimalというお店の名前の由来でもあります」と田淵さんは語る。
そんなこだわりがあるからこそ、Minimalでは種類によって香りや食感、風味が驚くほど異なるチョコレートを製造することができる。例えば、人気商品の一つである「NUTTY」はナッツのように甘く、濃く深い味わいだ。
よりよいカカオ豆を求めて直接農家さんに会いに行く
そんなこだわりがたくさんが詰まったMinimalのチョコレート。それを作るのに手間は惜しまない。実際に、Minimalでは毎年直接カカオ農園を訪れ、農家さんとコミュニケーションを重ねている。
直接カカオ農園に行こうと思ったのはなぜなのだろうか。田淵さんによると、「シェフが漁港に行って、魚を仕入れるのと同じ感覚」とのことだ。本当に美味しい料理を提供したいのなら、直接素材を仕入れに行くのは当たり前ということだ。
田淵さんたちは、実際に自分たちが「よいカカオ豆」を栽培していると思う農家さんに出向き、生産、発酵、乾燥のプロセスなどを見学する。それらを踏まえた上で、栽培環境や農家さんのモチベーション、気候などからで今後一緒に取り組めるかを自らの目で確認するのだ。
「美味しいチョコレートを作るためにはカカオ豆を知ることが大事」であり、「発酵や乾燥の仕方を学ぶのはとても価値のあること」だと田淵さんは話す。
「カカオ豆は香りが不安定。発酵はわずかな気温や湿度の差で味が変わってくる。だけど、その時々で香りが変わるのはいいことだと思っていて、その個性を引き出すチョコレートを作ればいいと考えています」
実際に農園に足を運ぶことで、農園の栽培方法や土の性質などがわかると、豆の種類によって生まれる違いも分かるようになる。そうすると、成分と加工の仕方の関係を考え、そのカカオ豆のよさが最も引き出される方法を見つけやすくなるそうだ。地道だがとても科学的なアプローチだ。
「毎回味が変わるときは、実際に農家さんに行って味の変化が起こる理由を知ることができれば、その農家さんの豆に対する期待値が次第に見えてくるので、順調なのかどうか、産地ごとのキャラクターが分かってきます。そうすると、農家さんとうまく付き合うことができます」
同時に、農作物の品質はすぐには変わらないため、自分たちがその農家さんと5年、10年と長きにわたって関わっていけるのか、そして農家さんが品質向上に向けて時間をかけるのに耐え、頑張っていけるのかを見極めることも大事だという。そのために、Minimalではできる限り多くの農家さんを回り、関係を築けるかを見極めている。
Minimalはカカオ農家さんとの良好な関係づくりのためにコミュニケーションをとり、ともに美味しいチョコレートをつくろうとしているのだ。「『よいものを高く売る』という選択肢がカカオ農家さんにあってもよい」というのがMinimalの考えだ。
「フェアトレード」を名乗らない理由とは?
大航海時代に遡って植民地主義に関わってくることだが、従来のカカオ取引においては大量のカカオ豆を安く入手することがクーベルチュールメーカーにとっての重要事項だった。言い換えれば、農家さんがコントロールできない世界のなかでカカオの値段が決まっていたのだ。そのため、多くの農家さんはクオリティは重視せず、効率的により多くのカカオ豆を生産しようとする場合がほとんどだ。実際に農家の人はそもそもチョコレートを知らない場合もある。
そのため、カカオ農家さんと話をするときは「美味しいものを作ってお客さんを満足させよう」という「ビジョン」だけでは通じない場合も少なくない。カカオ農家さんは自分たちが生活していくためにカカオを生産しているのだから当然だ。
しかし、どこの国の農家さんも「よいものを作りたい」というのは共通の想いだろう。だからこそ、Minimalでは現地のカカオ農家さんを集めてチョコレートを作り、食べ比べをしながら、会話をする。
そして、Minimalは農家さんにとってあくまで対等なパートナーとして選択肢を提示する。それは「頑張ってよい豆ができれば高く買うし、管理が不十分でよい豆でなければ理由と改善策を伝えて買わないこともある」というものだ。ここが、Minimal が「フェアトレード」と名乗らない理由であろう。
「フェアトレードについてはあまり詳しくないのですが、『農家さんが頑張ってくれたから、品質評価よりも継続して買うという行為が重要』というイメージを持っています。でも、低品質のカカオ豆を買って自分たちのチョコレートの信頼が無くなってつぶれてしまったら元も子もありません。『社会的に良いから』という想いだけでBean to Bar を始めたのではなく、『社会的にもハッピーな循環の中で美味しいチョコレートを作る』ことがスタートでした。そのためにも大切なパートナーとともに長期的な関係を作る必要があるというのが私たちの考えです。」と田淵さんは語る。
農家さんの立場からすると「今年は頑張ったからこそ翌年には1キロでも多くカカオ豆を買ってほしい」というのが本音である。そこで、Minimalではその農家さんから、カカオ豆を買い続けることを重視している。
「よい豆を作ろうとする努力も大切だが、お客さまには香りや味で満足してくれることが大事なので、カカオ農家さんとともに高品質のカカオ豆を作るために努力しています」と田淵さんは言う。
よい豆からできた美味しいチョコレートを作り、お客さまが喜んでいたことを農家さんに伝える。そうすることで、農家さんに還元することができる。農家さんが自分の育てたカカオに誇りを持つことができたり、カカオが高値で売れるようになったりするのだ。後継者がいなかった農家さんでも、息子が継ぐ意思を示したこともあるそうだ。
チョコレートごとのストーリーを伝える工夫
Minimalの店頭では、試食をしながらそれぞれのチョコレートのストーリーを聞き、自分の気に入ったものを選ぶことができる。「嗜好品に近いものとしての『新しいチョコレート』を作りたい」というのがMinimalの考えだ。普通、嗜好品と聴いて思い浮かぶのはお酒やコーヒーだが、チョコレートもそれらと同じように個人の好みや生活リズムに合わせた楽しみ方がある。それを伝えるために、Minimalではお酒やお茶、そしてコーヒーなどとチョコレートをかけ合わせたイベントも開催している。
「お客さまが楽しんで、考えて、選んで、嬉しい、楽しいという気持ちを持っていただければ、同じ値段でもリッチで贅沢な時間になりますよね」。チョコレートの一つ一つに異なるエピソードや世界観があることを知ってほしいというのがMinimalの願いだ。そのために、板チョコレートの形にも工夫が施されている。板には多様な大きさや形のブロックがあり、見た目もとてもスタイリッシュだ。
「まずは美味しく食べてほしいという思いがあります。そしてランダムな形だからこそ、お客さまが自分の気分に合わせて自由に楽しむことができるのです。お店ではチョコレートの楽しみ方も提案しますが、お客さま自身が自分の楽しみ方を見つけてもらうことがよりよいと考えています。」
また、Minimalはチョコレートの購入後も顧客とコミュニケーションを図ることができるよう、パッケージにもこだわっている。コンセプトは「ソムリエ」で、パッケージにはカカオ豆の産地から加工方法などさまざまな情報が記載されている。
「お客さまが何かに引っ掛かり、面白いと思ってもらうためのきっかけになれればいいですね。そのために、パッケージには多様な情報を載せています」
私たちがチョコレートを楽しんでいるときにパッケージを眺めることで、生産者のカカオ農園について考えてみたり、誰かが頑張っているから自分が美味しいものを食べられるのだと知ったりするきっかけになるのだ。
「生産者と消費者が近づいたほうが、社会がよくなると思っています」と田淵さんは力強く話す。
「例えば、今年は稲が不作だというニュースを見たとしても、コンビニでおにぎりを買うときにニュースとそのおにぎりはリンクされていません。農家さんが頑張るのは当然ですが、消費者がそのことを知ることも大事だと思います。そうすることが、頑張っている人が正当に評価されることにも繋がります」
嗜好品として楽しみながらも、農家さんについて考えるきっかけを提供しているのが、Minimalのチョコレートをよりいっそう魅力的にしている要素の一つであろう。
新しいチョコレートの楽しみ方を世界へ
Minimalは今後どこへ向かっていくのだろうか。
まずは「チョコレートを新しくする」ことに尽力したいと言う。具体的には、よいカカオを世界中から見つけること、カカオ農家さんとともによい豆をつくること、そしてチョコレートの製法を磨くことだ。
「ワインはとても歴史が長いですが、今日ではさらに美味しいワインが登場しています。それと同じように、カカオももっと美味しくなっていく。素材、製法を進化させることで楽しみ方を増やし、もっともっと世界に広げたいです。そして、美味しいチョコレートを僕も食べたいです」と情熱的に語ってくれた。
将来は海外進出もしたいという。現在はすべてのチョコレートを手作業でつくっているため国内に供給するのに精一杯だが、欧米がスタンダードとなっているチョコレートの文化を刷新したいという想いがあるそうだ。
日本人が好きで得意な「素材を活かす」ものづくり。「日本人がチョコレートを作るとこうなる!ということを伝えて、世界を驚かせたい。そしてそこから、チョコレートの新しい文化ができればもっと嬉しいです」
なめらかさを追求する欧米のチョコレートとはまた違う、ザクザクで香り豊かなチョコレートがあることも知ってほしいとのことだ。「引き算」という和の精神が世界に浸透し、新しいチョコレートが広まることを期待したい。
取材後記
実際に筆者も店頭でMinimalのチョコレートを試食、購入したが、チョコレートの一つ一つに本当に多様なエピソードと個性があり、あらためてチョコレートの魅力を再認識することができた。
Minimalでは、カカオ農家さんや顧客と積極的にコミュニケーションをとることで、「チョコレート」を通じて様々なことを考えるきっかけを提供してくれている。
生産するとき、購入するとき、食べるときなどさまざまな機会で会話を交わすことで、何気ない幸せを自分だけではなく遠くの国にいる人々にも届けることができるのではないだろうか。
【参照サイト】Minimal – Bean to Bar Chocolate
(※画像:Risa WakanaおよびShutterstock)
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