途上国を旅したときに、時折地元の人の貧しさが垣間見えることや地域の大気汚染を体感することがある。車での移動中や、地下鉄を使う際に地元の人の生活を目の当たりにすると、心が少し痛んだり「なんとかならないものか」と考えてしまったりすることは、途上国に旅行をしたことがある方々にとっては共通の経験だと思う。
一方で、ホテルに到着すると当たり前のように大量の水を使い、分別することなくゴミを捨ててしまっていないだろうか。旅行客として、その地域にとって経済効果以外の良い効果をもたらしているかと問われたら、何も言えなくなってしまうのは筆者だけではないだろう。
施設の建築から宿泊客が使う水回りまで、全てのプロセスで現地の社会問題を増長させることなく快適に滞在できるホテルがバリにある。小人が住んでいるかのような可愛らしいヴィラが立ち並ぶエコホテル「Mana Earthly Paradise」だ。6月からソフトオープンしていて、9月14日には全館グランドオープンする。
運営するのは日本人夫婦である濱川知宏さんと濱川明日香さんが創設した一般社団法人Earth Company(アースカンパニー)。Mana Earthly Paradiseで得た収益は、同団体が運営するソーシャルアクセラレータプログラム「インパクトヒーロー支援事業」の運営費に充てられる。インパクトヒーローとは、アースカンパニーがアジア太平洋で社会課題に取り組んでいる「変革力」を持った人を1年に1人独自に選び、3年間に及んで資金調達やマーケティング支援、NGO経営コンサルティングを行う事業だ。
ホテルのビジョンは「トリ・ヒタ・カラナ」
Mana Earthly Paradiseのビジョンはバリの哲学である「トリ・ヒタ・カラナ」。直訳すると「幸福な生活に必要な3つの要素」という意味で、「人間と神」「人間と人間」「人間と自然」それぞれが調和を保つことで幸せが実現できるというバリ・ヒンドゥー教の思想だ。
Mana Earthly Paradiseを上から見ると一つの建物を中心として3つの円に囲まれている。この中心の建物がヨガなどのワークショップが行えるヴィラで、それぞれ3つの円は神・自然・人間を指しているという。
この「トリ・ヒタ・カラナ」の精神は、Mana Earthly Paradiseに結集したたくさんのアイデアに共通していることが分かる。今回はMana Earthly Paradiseゼネラルマネージャーのサラ氏に案内していただいた。「居心地のいいエコ」を体験できる11個ものアイデアをご紹介しよう。
目次
01.宿泊客でなくても歓迎、すべての人の学び舎
インクルーシブ(包括的)であることを大事にしているMana Earthly Paradise。エコテクノロジーやサステナビリティを学びたい人、家族連れ、子どもたち、障がいを持った人すべての人にオープンだ。Mana Earthly Paradiseを利用する目的は宿泊だけでなく、ワークショップに参加するだけ、レストランでご飯を楽しむだけ、お買い物をしにふらっと立ち寄るだけでも構わないという。
ショッピングエリアMana Marketは2019年9月からオープンする予定だが、量り売りで買える食料品や生活必需品、お土産などオーガニックでローカルな商品を取りそろえる。ストリートチルドレンや地域のお母さん方の手作りの品も店頭に並ぶようにし、地域経済が少しでも上向きになることをコンセプトとしている。
また、今後子どもたちの遊び場も併設予定だ。子どもたちを中心とした地域コミュニティの活性化も狙いのひとつだ。Mana Earthly Paradiseはホテルにとどまらず、地域コミュニティの中心になるような存在を担っていくに違いない。
02. イランの難民キャンプでも使用された「アースバッグ」建築
Mana Earthly Paradiseの大きな特徴は全ヴィラが「アースバッグ」で建築されていることだ。アースバッグとは、水と混ぜ合わせた土を土嚢に詰めて積み上げる工法だ。この建築方法はUNHCR(国連高等弁務官事務所)が提供するイランの難民キャンプに採用され、NASAによる月面基地の建築にも検討された。
大きなメリットは費用が安いこと、建築期間が短いこと、そして何より熱の通りにくさだ。夜は外の冷気を吸収し、12時間かけて室内に冷気が届くため日中の室内は涼しく、夜中には日中の外の熱気が室内に届くので温かいというシステムになっている。念のため扇風機が部屋にはあるものの、エアコンが必要ない設計だ。
唯一の懸念点は、釘が打てないことにより室内に置ける照明や家具の種類に制限があることだが、写真にある通り上から吊り下げることでバリならではの雰囲気が醸し出されている。
03.ヴィラで使う全ての電気は小さいソーラーパネルから
次はインフラについてご紹介しよう。それぞれのヴィラには小さなソーラーパネルがついていて、ソーラーパネルからの電気は「ジュールボックス」と呼ばれる小さな蓄電器に貯められる。ここからUSBケーブルで充電できるものはすべて充電できる。PCは特別なアダプターが必要だが、可能だ。念のため緊急用に政府が提供する電気のスイッチもあるが、宿泊客には「使わなくても十分電気を賄える」と伝えているという。
ソーラーパネルと聞くと大きいパネルが屋根に張り付いているイメージがあるが、小さいほうがより太陽光が当たる方向へ動かしやすく、ヴィラの収容人数にあわせてパネルの量もカスタマイズできる。そして何よりソーラーパネルの主張が強くないので景観を壊さないところが大きなポイントだ。
04.雨水の使用により近隣住民に負担をかけない
Mana Earthly Paradiseの水事情にも注目だ。周囲は田園に囲まれており、水不足は大きな課題だ。Mana Earthly Paradiseでは、地元の人の貴重な水資源を使うことなく、雨水のみで成り立たせている。屋根からパイプを使って雨水を伝わせて、地下にある巨大なタンクにためているのだ。たまった雨水は濾過して浄化することで、シャワーやトイレ、食事に使うことができる。
05.注目すべきはシャワーの水圧の高さ。その理由は?
旅の疲れを癒すために大切なのがシャワーの水圧。Mana Earthly Paradiseのシャワーの水圧は強いのだが、大量の水を使わない形で水圧を強くできる特別なシャワーヘッドを使っているという。
その秘訣は風圧にある。水と一緒に風がシャワーヘッドの穴から出るようになっており、シャワーを使う時に風が水を押し出すので水圧が強くなる仕組みだという。
06.排泄物さえ、有効活用
画像を見ていただくと分かる通り、便器の中が尿用と便用とに分かれている。通常、人は一日に平均39リットルの水をトイレだけで流してしまっているが、この便器の中では尿はそのまま穴の中に流れていくので水洗する必要はなく、大の時のみ水洗するため、水の使用量を一人当たり4リットルまで削減することができる。
また尿はタンクに貯められ、水で薄められて肥料として庭に撒かれる。尿を撒いた植物は一際育ちが良いのだ。便は一度フィルターをかけた後、廃水ガーデンの土壌の下に入る。その後堆肥化されて栄養分たっぷりの土壌となり、元気な花を咲かせる。
07.ローカルに根差したデザインを徹底
施設内に入るとエントランスの屋根のデザインや大きな帽子をかぶったようなイララン(日本で言うイグサのような素材)の屋根が並んだヴィラが目に飛び込んでくる。
屋根はバリ島の伝統的なデザインを採用しており、木造の建物に使われている木は、すべてインドネシア中から集めた廃材を使用している。「新しく木を切らない」姿勢が一貫されているのだ。
また、部屋の内部は竹で天井が支えられており、竹の繋ぎも竹のクリップを使用している。部屋の中にあるシーツや小物もインドネシア各地の伝統的な工芸品を買い取ったものだ。
ローカルに根差したデザインや古来より地域にある製品を活かすことを徹底しており、ヴィラの中は家に帰ったような落ち着きのある雰囲気が広がっている。
08.定期的にパーツをメンテナンスしてくれるエコマットレスをレンタル
マットまでも徹底している。タイの会社からレンタルしたエコマットレスを8年に一度返却してパーツをメンテナンスし、またレンタルできるというサブスクリプションモデルを採用し、廃棄物削減を実現している。
09.甘酒と麹を使い、地球の恵みを堪能
近年、大量の農薬を使って栽培された農作物や遺伝子組み換えの食材が出回り、地球が生み出したそのままの「命」を享受できていない現状がある。現代の食事に課題意識を持つMana Earthly Paradiseのレストラン「Mana Kitchen」では料理を “Awakening Food”、「命を目覚めさせる食事」と呼び、環境を破壊しながら作られた食材はつまりは体にも良くないので使わない。
“命を育むオーガニックレストラン。遺伝子組み換えされていない在来種のたねを自然農法で育てた食材で、食べれば食べるほど体が喜ぶ料理をご用意しました。日本のお味噌、自家製の生きた発酵調味料(甘酒・塩糀・醤油糀)とインドネシア伝統のスパイス・香料をふんだんに使い、次の世代を創る料理を提供します”
これがMana Kitchenのコンセプトだ。Mana Kitchenのメニューは日本の地方創生フードプロデューサーである比嘉康洋シェフが開発している。調味料の基本として、砂糖の代わりに甘酒を、塩の代わりに麹を使用。米は酵素玄米だ。
10.命を循環させるパーマカルチャーガーデン
Mana Earthly Paradiseは環境と体にいい食事を提供することにとどまらない。Mana Earthly Paradiseの奥にはパーマカルチャーガーデンが併設されており、レストランからのごみはすべてコンポスト(堆肥化)している。育てる→食べる→肥料にする→育てるという命の循環を実現させている。何もごみにしない、体が健康なら肥料も健康であるという強い想いがある。
化学肥料は使わず、季節の野菜を育てている農園にはさまざまな種類のフルーツや野菜が元気いっぱい育っていた。将来的には、施設内で育てた野菜を宿泊客が収穫し、それをレストランで食べられるようにするという。
11.スタッフの人生にも想いを寄せる
Mana Earthly Paradiseのスタッフのうち40%が近隣の村出身だ。高校卒業後に学位を取得する人は珍しく、若年層のほとんどが高校を卒業したら、専門学校を出て家族のために働くという。スタッフの平均年齢は20代と若く、19歳のスタッフもいるようだ。
その理由として高校卒業後に新卒で雇えるようにしていることが挙げられる。新鮮な考え方を取り入れることはホテルの価値に繋がると考えられており、ここにもインクルーシブさを感じ取ることができる。キッチンスタッフにも料理人を目指すスタッフがおり、彼らの夢に向かって全面協力する、というほどの教育熱心ぶりだ。
Mana Earthly Paradiseの未来
最後に、今回の施設内の案内をして頂いた、インドネシア出身でバリの有名ホテルでのマネージャー経験もあるMana Earthly Paradiseゼネラルマネージャーのサラさんに、Mana Earthly Paradiseの利用者に感じてもらいたいことを伺った。
「ぜひ快適にサステナブルでいられる時間を過ごしてみてください。エコが全く辛いことではないということを感じてもらいたいです。エコトイレとは土に直接排泄するのか、屋根に上って電気をつけたり消したりするのか、なんてお問い合わせが来ますが、そんなことはしません。私たちは来ていただいた方に環境にいいことをしながら快適でいられて、家に帰ったような幸せな気持ちを感じてもらいながら、体が喜ぶものを吸収してもらいたいと思っています。」
サラさんが叶えたい夢を訊ねると、嬉しそうにこう答えた。「いつかはMana Earthly Paradiseを世界中に作りたいと思っています。ここを試験場として、東インドネシアやフィリピンやアフリカなど、このホテルを必要としているところに作りたいです。アスカ(Earth Company創設者:濱川明日香さん)には『まだ始まったばかりなんだから気が早いわよ!』なんて言われるけれど(笑)」
そしてこう続ける。「Mana Earthly Paradiseの一部になれてることが私にとって誇りなんですよ。10年バリにいて宿泊施設がどれだけもったいないことをしてしまっているかを見てきました。ここまで徹底しているエコホテルは他にはないんじゃないかしら。バリ島には活火山がありますが、万が一何があっても持続可能に生活できるこの場所では、何が起こっても飲食には困らないし、家族に連絡もできます。水や電気のためにお金を出すこともありません。エコ建築は、難民キャンプや地震・津波の被災地にも適していると思います。」
編集後記
実際にヴィラの中に足を踏み入れてみて、まず驚いたのは室内の涼しさだ。7月の日差しが強い日中にも関わらず、室内でほどよい涼しさを感じられるのはアースバッグの賜物だ。Mana Earthly Paradiseで感じる「居心地のよさ」は、高級ホテルで贅沢に過ごす快適さとは違って、誰も犠牲にしない、後ろめたさのない居心地のよさであることに充足感を覚える、そんな滞在だった。
「バリを消費しない」だけでなく「バリを活かし、よりバリを感じられる」機会を提供するMana Earthly Paradise。サラさんが興奮しながら「Mana Earthly Paradiseの一部であることが誇り」と話されていたことも印象的だった。Mana Earthly Paradiseのように現地の人にも愛されるホテルが、より多くの場所で展開されることを願うばかりである。
【関連サイト】Mana Earthly Paradise