シェアリングエコノミーやサーキュラーエコノミー、感謝経済。新しい経済圏やそれに伴う価値観が次々と出てくるいま、自分にとって本当に大切な価値観は何だろう?いま、「発酵」を軸に生き方を見直す人々がいます。発酵といえば、味噌や納豆、ヨーグルトなどの発酵食品がおなじみですよね。
発酵に欠かせないのは、目に見えない小さな微生物たちの働きです。人間が生まれるよりもはるか昔、約40億年も前からこの地球に存在していた微生物は、私たち生命体にとって大先輩であり、運命共同体でもあります。
この「発酵」における微生物の役割を、人間の経済活動という営みに当てはめ、私たちが目指すこれからの経済をのかたちを模索する。そんなテーマのトークイベントを先日開催しました!
「発酵」×「経済」をテーマに活動するZ世代(1995年以降生まれ)のスペシャルゲスト二人をお呼びして、人も地球も幸せになるサステナブルな経済を作るためのヒントについて考えてみました。本記事では、当日のようすをレポートしていきます。
登壇者プロフィール:小泉泰英(こいずみやすひで)
1996年生まれ。株式会社アグクル 代表取締役。埼玉県出身。宇都宮大学農学部出身。これからの未来をつくっていく子どもたちに発酵文化を伝えたく、アグクルを2018年5月に創業。子ども向けの発酵調味料「おりぜ」や甘酒嫌いでも飲める甘酒「ありがとう」などを開発販売中。
インタビュー記事:アグリカルチャーをなめらかに。発酵食ベンチャー「アグクル」の挑戦
登壇者プロフィール:千葉恵介(ちばけいすけ)
1996年生まれ。思想家。岐阜県出身。思想家。感謝経済という見返りを求めない贈与の循環を滑らかにする潤滑油として「ありがとう」を用いた経済を醸している。感謝で繋がる恩贈りSNS「musubi」を開発し、貨幣に頼らない経済を模索中。
インタビュー記事:感謝経済の先にある「醸す」経済とは? Z世代の思想家・千葉恵介が考える、資本主義0.0
ファシリテーター:加藤佑(かとうゆう) IDEAS FOR GOOD編集長
1985年生まれ。大学卒業後、リクルートキャリアを経て、日本最大級のサステナビリティ専門メディア「Sustainable Japan」の立ち上げ、大企業向けCSRコンテンツの制作などに従事。2015年12月に Harch Inc. を創業。翌年12月、世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」を創刊。英国CMI認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー資格保持者。
二人のZ世代起業家が「発酵」にたどり着くまで
小泉さん、そして千葉さんは、なぜ「発酵」というテーマで事業を行っているのでしょうか。それぞれの活動の背景にあるユニークなストーリーを語ってくれました。
後世に残るビジネスへ。発酵食品を子供に届ける小泉さん
小泉さん:僕は、アグクルという会社を運営させてもらっています。おいしい発酵食品をつくり、子供たちや、その親に発酵食品の良さを伝えるビジネスです。会社を立ち上げるきっかけは、大学で農学部に所属しているとき、ある人物に出会ったことでした。明治から大正、昭和にわたって活躍した文学者の内村鑑三さんです。彼の著書『後世への最大遺物・デンマルク国の話』を読んだときに、猛烈に感動してしまったんですよね。彼の言葉を一部抜粋します。
後世へ残すことのできる最も崇高な遺物は、勇ましい高尚なる生涯である。
高尚なる生涯っていうのは、お坊さんみたいに悟りを開いた人生を送ることではなく、あなたが今生きているこの一分一秒、次の世代にとって価値あるものにできる、ということです。自分も、300年後にも役に立つ思想や、事業を残したいなと思って大学卒業後にアグクルを立ち上げました。
事業のテーマは「なめらかなアグリカルチャー」。これは生産者と消費者の距離を近くすることです。たとえばキュウリの生産から消費。生産者の人たちは、規格等の理由からまっすぐなキュウリを作ろうとしますが、消費者から見たとき、味が変わらなければまっすぐでも曲がっていても変わらないですよね。でもお互い顔が見えないから、マインドにギャップができてしまう。このギャップを埋めるために、誰もが食と農に関わる時代を実現したいと思い、大学時代にも研究していた「発酵」にたどり着きました。
発酵食品の事業だったら美容・健康志向の女性をターゲットにした方が良いのですが、僕が届けたいのは子供。親が子供に健康にいいものを食べさせる循環を作り出せば、その子供がまた自分の子供に食べさせ、次の世代につながりますよね。「いい食の循環をつくりだす」ことを目指してます。
模索するのは資本主義の原点。感謝経済を広める千葉さん
千葉さん:僕は、感謝の気持ちを軸とした「感謝経済」をのかたちを模索しており、いまはスキル交換ができる恩贈りSNS「musubi」の開発を手がけています。
今の資本主義経済に興味を持ち始めたのは、2015年に起こったパリのテロがきっかけです。そのとき、たまたま別の大学で文化人類学の授業を受けて「はたしてISがすべて悪いのか?」という問いを投げかけられました。もともとグローバルの基準がアメリカなことに疑問を持っていませんでしたが、テロや戦争などには列強諸国の植民地化という背景があることを考えたとき、なぜみんな問題を作った側の基準で考えているんだろう?資本主義おかしいな、と。そこから自分にも何かできることはないかと色々考えていくうちに醸し出されたのが、感謝経済です。
musubiは、自分がやりたいこと、逆に困っていてやってほしいことを投稿し、それを誰かにやってもらったら、お礼としてサンクスレターを贈るという仕組みのSNSです。今では200通ぐらいのサンクスレターが循環してますね。人がもともと持っている性質として、「贈与(他人へ与えること)」があります。そして他人から必要とされ、自分が生まれてきた意味を突き詰められた人たちが、それを実践していった結果として調和している状態。それが発酵だと僕は思います。
そして、僕はこの経済の考え方を「資本主義0.0」とも呼んでいます。いまは「〇〇2.0」とか「〇〇3.0」とか多いですが、アップデートにはきりがないから。そこにずっとあった原点に戻って、本当に大切なものは何なのか見直すのがいいと考えました。
いまのシェアエコはおかしい!?
資本主義経済に疑問を持っていると語った千葉さんですが、一方で自宅や空きスペースなどを貸し借りするサービスを始めとしたシェアリングエコノミーなど、新たな経済圏も広まりつつあります。それは、同じく「何かをシェアする」感謝経済とどう違うのでしょうか。
加藤:いまのシェアリングエコノミーに対しても、千葉さんは疑問があるんですよね。
千葉さん:そうなんです、正直言うと好きではなくて。シェアリングエコノミーは、自分の資産を所有したまま貸し借りしてお金をかせぐものになってしまっています。つまり資本主義とさほど変わらない。市場に自分の所有物を見せて、お金をもらってシェアした気になっているのではないかと。
シェアなのに所有するの?
千葉さん:そもそも「所有」の概念にも引っかかりました。森や地という自然から与えられたものが、労働力を加えた瞬間に人のものになってしまうんです。自然のものを所有するというのは、キリスト教や西洋哲学からきた考え方で、東洋や少数民族には所有の概念はもともとありませんでした。僕たちの生活は自然に依存していて、色々なものをただで借りているに過ぎません。だから、それがお金で計られていることがおかしいのではと感じます。
小泉さん:それを聞いて、思想家の岡倉天心さんが書いた『茶の本』を思い出しました。ヨーロッパは昔、日本が日露戦争で勝ったときにはじめて日本を文明国だと認めたという話に対して、岡倉天心さんは「日本はむしろ、江戸時代の方がよほど文化や教養を持っていた」と反論してます。植民地を持つようになってはじめて日本は世界に認められる、というのはおかしいよねと。
ただ、シェアリングエコノミーは僕は個人的にはいいアイデアだと思っています。世界的に普及しはじめた、と言ってもまだまだなので、まずは広がることが大切。その先は広がってみてからみんなで考えれば良いんじゃないでしょうか。
千葉さん:僕もそれでいうと、カウチサーフィン(無料で家の空きスペースを旅行者に貸し出し、人を泊められるサービス)などはすごく良いと思います。使用権をみんなでシェアして、お金のやりとりがないところがいい。
定量化しない経済の大切さ
千葉:感謝経済では、定量化(数値化)しないことがポイントです。グローバリズムや資本主義は、生産者と消費者を遠ざける考え方となってしまいました。お互いの顔がだんだん見えなくなり、信頼ができない。だから絶対的な価値をもつお金という媒体でやりとりします。お金は正確で機械的に扱うことはできますが、そこに愛はない。本当に何かを他の人とシェアしたいのであれば、なぜ無料じゃだめなんでしょうか。
だからこそmusubiでは、貨幣やポイントを交換するシステムにはしていません。感謝を客観的な数値に落とし込むのは難しいので。感謝されるような行動をすればするほどポイントがもらえると聞けばうれしいですが、最後には損得勘定になってしまう。稼ぐのではなくて、顔の見える小さな社会で感謝を循環させていくことを目指したいです。
微生物に学ぶ「醸す」経済とは?
「微生物に生かされている」という感覚
加藤:どの発酵食品にもいる微生物って、有機物を分解するっていう自分の役割を持っていますよね。それで要らないものを排出するんですが、これが次の微生物のえさになる。ある微生物にとってはただの排出物ですが、他の微生物には不可欠なもので、それが最終的に人間の栄養になっていく。
これって人に当てはめてみても同じだと思うんです。musubiのサービスを見てもわかるように、自分が持っているものに価値を見出して、他の人と交換・共有していくと幸せになれる。これは「発酵」という一つの生き方だと思うんですが、お二人は発酵についてどう考えていますか?
千葉さん:微生物に生かされているという感覚を持つことが、まさに発酵だと思います。僕らの体内には何兆もの微生物が存在していて、細胞よりも多いんですよ。僕らが酸素を吸って生きていられるのも、食べ物を食べて生きていられるのも、これらを分解してくれる微生物のおかげだし。
人間の体だけじゃなくて、生態系のマネージメントも微生物たちがしてくれています。死骸を食べて分解し、有機物を土や水、大気に還元してくれているので。僕たちは、無意識に微生物と共生・共存しています。普段から「自分で生きている」のではなく、「生かされている」という感覚を持って生活することが、幸せなんではないでしょうか。
小泉さん:体の中には善玉菌、悪玉菌、日和見菌(善玉菌にも悪玉にもなりうる菌)が存在していますが、これも微生物ですね。もちろん善玉菌が多ければ免疫力が高まって健康でいられますし、悪玉菌が多ければ体調や精神にも影響してくる。体の中でいかに善玉菌を育てていくか、ということが大切です。
考え方でいうと、善玉菌が「発酵」、悪玉菌が「腐敗」だと僕は思っています。発酵と腐敗は一見似たようなものに思えますが、微生物が人間にとって有益な物質を出すことが発酵、有害な物質を出すことが腐敗です。その菌を日々の暮らしのなかで良い方に変えていくことが、自分を変えることなんじゃないかと。
新たな経済圏における「成長」とは
トークの最後に、小泉さんと千葉さんは「時間」や「成長」という概念をどう捉えているか、という質問がイベント参加者の方から出ました。これまでの資本主義経済での成長とは、一定の時間内での伸び率をはかるものでしたが、循環経済や感謝経済では、数値化しないため成長しているのかどうかがわかりづらいとのことです。二人は、どう向き合っているのでしょうか。
千葉:指数関数的な成長をするのは、どちらかというと悪玉菌で、腐敗の方向性です。醸すときというのは、時間がかかるもの。すぐに結果は出ないので成長率は低く、他の生物と共存してるので一定の味(結果)にもなりません。
僕たちは過去も未来も変えられないので、今この瞬間をどう捉えるかということが大事だと思っています。今を乗り越え、今の自分を幸せにすることで、いつ過去を振り返っても幸せじゃないかと思えるのではないでしょうか。
小泉:時間に関しての考え方は、千葉くんと一緒ですね。自己紹介のときもお話したように、「今生きている一瞬一瞬が次の世代への価値である」と考えています。
農業と経営の研究をしていたときに色々な味噌屋さんの経営を見ていると、100年近く続いていることがわかりました。どこも決してずっと成長し続けているわけではなくて、時代の流れにあわせて生きているんです。いい風が吹いたときは成長し、成長が見込めない難しい局面のときは、後世につなぐために、じっとしゃがんで待っている。だから、成長=拡大ではないと僕は思います。時には、しゃがんで醸されるのを待つことも大切じゃないでしょうか。それが100、200年という長いスパンで見たときの持続可能な成長だと捉えています。
編集後記
今回登壇してくださった小泉さんは、経営に「発酵思想」を入れていると語っていました。その一つは、「どう決断すればいいかわからないとき、とりあえず寝かせる!」という手法です。はじめは会場に笑いが起きていましたが、そうして考えを発酵させているあいだに、突然ピンとくることがあるそう。思わず納得してしまう、ユニークな考え方でした。
微生物たちは、「共生」「循環」「調和」という三つの概念で成り立っています。何も語らず、人間のことを助けようと思っているわけでもなく、菌同士で相互扶助しながら、自分の役割を終えたらバトンタッチをして消えていくのです。この三つの概念は、これからの幸せな未来を考えるときのキーワードにもなるでしょう。
今回登壇されたお二人には、IDEAS FOR GOOD編集部がインタビューを行い、現在の活動に至った経緯やその哲学について語っていただきましたので、より詳しく知りたい方はインタビュー記事もご覧ください!発酵と経済、一見突拍子のないテーマに見えるかもしれませんが、発酵が私たちの仕事や普段の考え方にも大事なエッセンスを持っていることがわかります。これからの未来を担う二人の今後の活躍にも注目です。
▶小泉さんインタビュー:アグリカルチャーをなめらかに。発酵食ベンチャー「アグクル」の挑戦
▶千葉さんインタビュー:感謝経済の先にある「醸す」経済とは? Z世代の思想家・千葉恵介が考える、資本主義0.0