2050年までに、海洋プラスチックの重量は海中にいる魚の重量を上回る可能性がある。2016年1月、エレン・マッカーサー財団は世界中の経済界のリーダーらが集うダボス会議の場でそんな衝撃的なレポートを発表した。
現在、海洋に廃棄されるプラスチックごみの量は少なく見積もっても年間800万トンあり、1分間にごみ収集車1台分のプラスチックごみが海に廃棄され続けている計算になるとして、世界中に早急な対策の必要性を訴えたのだ。
海面がプラスチックごみで埋め尽くされた状態は「プラスチック・スープ」と呼ばれ、海面の悲惨な現状を映し出した衝撃的な写真も世界中で数多く撮影されている。
海洋プラスチックごみの問題を解決するためには、すでに流出してしまったゴミを回収するという取り組みと、そもそもプラスチックがこれ以上自然界に流出しないように、人々の意識と行動の変化を促すという二つのアプローチのいずれもが欠かせない。
この二つのアプローチにとてもユニークな方法で同時に取り組んでいるのが、オランダのアムステルダム発のスタートアップ企業、「Plastic Whale」だ。
海洋からプラスチックを撲滅することをミッションに掲げているPlastic Whaleが提供しているのは、なんと川で魚ではなくプラスチックの釣りを楽しむという「Plastic Fishing(プラスチック釣り)」ツアーだ。
美しい運河の街並みで知られ、毎日多くの観光客が訪れるアムステルダムだが、その運河の水面をよく見てみると、観光客などが捨てたと思われるペットボトルやお菓子のパッケージなどのゴミがいたるところに浮かんでいる。
Plastic Whaleは、これらの運河に捨てられているごみが海洋に流出する前にボートに乗ってみんなで釣り上げる(回収する)という体験型ツアーを有料で提供している。
Airbnbなどを経由して予約可能な1回2時間のこのボートツアーは参加料が2020年4月時点では約3,500円で、一般的なアムステルダムの運河クルーズツアーの2倍近い価格設定となっている。それにも関わらず、毎回のように参加者が満員となるなど観光客の間で大人気のツアーとなっているのだ。
今回、IDEAS FOR GOOD 編集部では、実際にPlastic Fishingを体験してきた。その様子も交えながら、Plastic Whale のモデルの優れた部分をご紹介したい。
モットーは「Stop Talking. Let’s start doing」
Plastic Whale のモットーは、「Stop Talking. Let’s start doing(話すのはやめて、行動しよう!)」。海洋プラスチック汚染という大きな問題に対し、ただ議論をするのではなく、小さくてもよいから実際に自分でアクションを起こしていこうという考えが、Plastic Whaleの活動の根底にある。
しかし、プラスチックの問題に対していきなりアクションを起こそうと思っても、何から手をつけてよいか分からないという人も多いかもしれない。そのような人々に対して、「ボートに乗ってゴミを拾う」という誰もが簡単に参加できる機会を提供しているのがPlastic Whaleなのだ。
また、Plastic Fishingのポイントは、ただ行動するだけではなくそこに「楽しさ」が加わっている点だ。Plastic Whaleでは学校などと提携しながら子どもたちを対象とした教育目的のボートツアープログラムも提供しているが、子どもたちがツアーに参加すると、少しでも他の人より多くプラスチックごみを拾おうと、競い合いながら夢中になって楽しく取り組んでくれるという。
「議論するのはやめて、行動しよう!」と呼びかけても、それだけでは動かない人もいる。そこに「楽しさ」を加えることで、海洋プラスチック汚染という深刻な問題により多くの人々が触れられる間口を広くしているのだ。
雨天でも大人気の「Plastic Fishing」
ツアーの当日は、あいにくの雨天にも関わらず10人以上の参加者が集まり、2台のボートに分かれてPlastic Fishingに出発することに。ツアーをガイドしてくれる船長は、 Erikさんだ。最初にPlastic Whaleの概要や活動の目的について一通り説明してくれた。
岸を離れて運河を進みだすと、地上からは見えなかったペットボトルや空き缶、プラスチックの包装ごみなどが数多く運河に浮かんでいるのがよく分かる。Plastic Fishingでは、これら一つ一つのゴミを網を使って丁寧に拾い集めていく。
プラスチックで作られたボート
Plastic Fishingのボート自体も、廃棄されていたプラスチックを活用して作られている。床はペットボトルのキャップでできており、こうした細かい部分にも、「プラスチックはゴミではなく資源である」というPlastic Whaleの思想がしっかりと反映されている。
運河が、海洋プラスチック問題を訴えるメディアに
Plastic Fishingの最中、橋を渡る通りすがりの通行人とすれ違うこともあった。すでにアムステルダムで暮らす地元の人々にとってはPlastic Fishingの活動も日常の風景となっているが、初めて見る人にとっては、ボートに乗って我先にと競い合いながら楽しそうにゴミを拾っている集団の姿を見れば、興味を惹きつけられるに違いない。
Plastic Fishingの活動は、アムステルダムの運河を単なる観光資源ではなく、海洋プラスチック問題の存在を人々に訴えかけるメディアへと変えるのだ。
Erikさんも通りすがりの通行人と仲良さそうに会話を交わしていたが、こうした一つ一つのやりとりが、まちで暮らす市民の「当たり前」を変えていくのだろうと感じた。
まちを消費する観光客から、まちをよくする短期市民へ
2時間のボートツアーが終わり、最終的にはゴミ箱がいっぱいになるほどのゴミが集まった。特に目立ったのは、やはりペットボトルとプラスチック袋だ。
また、他には開封されていないビール缶パックや、ほとんど汚れのないファッションブランドの買い物バッグなどもあった。捨てられたゴミを並べて見てみると、地上で営まれている生活の姿がまじまじと浮かび上がってくる。
Erikさんによると、過去に拾ったものの中で最も高価だったのは、大量の現金だったそうだ。
今回のツアーを体験して感じたPlastic Fishingの優れた点は、私たちに、ただ観光客としてアムステルダムのまちを消費し、ゴミを出して汚すのではなく、ゴミ拾いを通じてまちを綺麗にするというまちのつくり手側の役割を与えてくれるという点だ。言い換えれば、「観光客」ではなく「短期市民」としてアムステルダムというまちと関われる体験のデザインとも言える。
アムステルダムを訪れる人の中には、例え短期間だったとしても現地のコミュニティと関わり、コミュニティによい影響をもたらしたいと考える人も多いはずだ。Plastic Fishingはそうした人々にとってとても参加しやすい機会を提供してくれており、だからこそ、通常の運河観光船より高いお金を払ってでも参加したいという人が途絶えないのだろう。
拾ったプラスチックでつくるサーキュラー家具
Plastic Whale のユニークさは、このPlastic Fishing という体験プログラムの提供だけにとどまらない。Plastic Whaleでは年間4万以上のペットボトルを回収しているが、彼らはただペットボトルを回収して海洋プラスチック汚染を防ぐだけではなく、それらをアップサイクルして新たな家具を作っているのだ。
オランダの家具メーカー「Vepa」と提携し、回収したペットボトルを細かく粉砕してリサイクルPET繊維にし、家具の素材として活用している。出来上がった家具はデザインも洗練されており、言われなければそれが廃棄ペットボトルを活用して作られたとは誰も気付かないだろう。
ここにも、プラスチックは「ゴミ」ではなく「資源」であるというPlastic Whaleの哲学がしっかりと反映されているのだ。
さらに、家具の売上の10%はPlastic Whaleの財団に寄付され、開発途上国の水問題の解決に役立てられる。Plastic Whale ではインドのバンガロールに拠点を置く廃棄物マネジメントのSweepsmartと提携し、プラスチックの埋め立て廃棄を減らし、地域に雇用をもたらすための取り組みを支援している。
取材後記
Plastic Whale のモデルには、サーキュラーエコノミー型のビジネスをつくるうえで参考にするべきエッセンスが詰まっている。
まず特筆すべき点は、「Plastic Fishing」というネーミングに象徴されるように、より多くの人々にプラスチック問題を知ってもらうために「楽しさ」を意識した体験のデザインができており、専門知識がなくても気軽にプラスチック問題と関われる機会を提供しているという点だ。
実際にPlastic Fishingを体験してみると、ごみを拾うだけではなく、普段とは異なる視点から見るアムステルダムの街並みや、船長や同乗した参加者との会話など、楽しさに満ちた時間を味わえる。
また、ボートに乗ってゴミを拾うという体験を、ボランティアではなくお金をとって提供している点もポイントだ。アムステルダムを訪れる観光客の中には、まちを消費するのではなく、作り手としてまちに貢献したい人々もいるのだ。
そして、Plastic Fishingを通じて回収したペットボトルをアップサイクルして家具をつくることで、プラスチックが持つ資源としての価値を自らの事業を通じて示している。家具メーカーとのコラボレーションは、サーキュラーエコノミーの実現に欠かせない「パートナーシップ」の好事例でもある。
拾うものはペットボトルではなくてもよいし、乗るのはボートでなくてもよい。Plastic Whaleのエッセンスは、様々な業界の様々なビジネスモデルに適用できるはずだ。日本でも、Plastic Whaleのようにユニークなサーキュラーエコノミープロジェクトが生まれることを期待したい。
【参照サイト】Plastic Whale