新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の影響により、社会は大きく変化している。実店舗での販売を中心としていた小売業界も例外ではなく、2020年4月に東京では緊急事態宣言が発令され、服飾品や雑貨を扱うデパートやショップの多くが休業を余儀なくされた。国内アパレル各社の4月売上は、前年同月比50%~80%まで減少したという。6月に緊急事態宣言が解除された後も、消費者の外出控えや需要の低下から売上減少に悩む事業者は少なくない。
新型コロナによる需要の低下で、多くの事業者が直面しているのが「在庫問題」だ。商品発注時に見込んでいたような販売ができず大量の在庫を抱えることとなった事業者たち──売上収入が減少した厳しい状態でも、仕入れた在庫の代金、店舗運営費、倉庫管理費などの支払いは発生するため、当然、彼らの資金繰りは難しくなっている。また、売れ残った在庫をどう処分するかという問題も生じてしまう。
このような中、小売事業者の在庫問題解消に取り組み、持続可能な小売事業の在り方を提案しているのがフルカイテン社だ。同社CEOの瀬川氏は、2020年7月29日、8月6日にコロナ禍の在庫問題に悩む事業者向けにオンラインセミナーを開催した。今回は、筆者が実際にオンラインセミナーに参加し得てきた知見を共有したい。
在庫問題の抱えるリスク
これまで小売業界は、多様化する顧客のニーズに速やかに応えるために、在庫を余分に持つ傾向があった。多く在庫を仕入れることが、多くの売上に繋がるという考えからだ。しかし「販売機会を逃さないよう余分に在庫を持つ」ということは、実際に見込まれる販売量以上に在庫を仕入れる、つまり在庫過多が前提となる。
このような現状に対し、「在庫過多を前提とした事業形態は持続可能ではない」と、瀬川氏は警鐘を鳴らす。
「売れ残った在庫は、やがて資産価値が低下し、事業者は損失を負ってしまいます。利益を得られないと商品競争力向上のための十分な投資を行えず、大量生産や値下げ販売に頼った事業構造になり、いずれブランド力を低下させてしまいます。そして、せっかく仕入れた商品の売れ残りや在庫過多を繰り返してしまう負のスパイラルが生まれるのです。」
「また、必要以上に物を作る、仕入れることは、常に廃棄リスクを伴います。環境への影響を考えても持続可能とは言えないでしょう。」
在庫問題は解消できるのか
新型コロナの影響もあり、小売事業の新しい在り方が模索される中、EC導入はもちろん、AIによる需要予測やデジタルトランスフォーメーションなど新しいテクノロジーへの期待も高まっている。デジタル化は必要だとしつつも、在庫過多を本質的に解決するためには、「在庫の質」を可視化し、事業者が在庫の質に合わせた対策を実行することが大切だと、瀬川氏は話す。
「正確な需要予測が立てられれば在庫過多を解消できると考える方もいるかもしれません。しかし、その日の天気、競合店の突発的な値下げ、販売員の気分など、条件が少し異なるだけで結果は大きく変わります。AIでも抜群な精度での需要予測は難しいでしょう。予測だけに頼るのではなく、変化に柔軟に対応できるよう在庫の質を可視化することが大切です。」
在庫の質に合わせた対策とは?
1.在庫の質を可視化し販促活動に活かす
それでは、「在庫の質を可視化する」とはどういうことだろうか。売れ残った在庫はみんな「売れない在庫」と思われがちだが、顧客の購買行動を分析すると、商品力はあるが販促活動が手薄だった「隠れた実力を持つ在庫」や、他の商品と一緒に買われ「客単価向上に繋がる在庫」など、値下げをしなくても売れる可能性のある様々な在庫がある。在庫の質を可視化することで、在庫の質に応じた販促活動を取ることができ、「在庫を増やして売上を増やす」構造から「今ある在庫の中から利益を出す」構造に転換できるという。
2.小ロット多頻度発注をする
また、市場環境の変化に柔軟に対応するには、「在庫の販売」だけでなく「在庫の仕入」も見直す必要がある。多くの小売事業者にとって発注作業は煩雑であり、在庫の仕入れ単価を抑えるためにも大量発注を少頻度で行う傾向にある。しかし、少頻度大量発注は急な需要の変化には対応しにくいのが実情だ。このため、発注業務の負担を軽減させ、商品の売れ行きを小まめに分析し、少量発注を多頻度で繰り返すことが、在庫過多を防ぐことに繋がるという。
こうした対策を可能にするのが、フルカイテン社の独自テクノロジーとAIを用いた予測アルゴリズムによるクラウドサービスである。これは、事業者がクラウドに提供する様々なデータに基づき、自動的に在庫状況を分析、在庫問題解消のための施策を提案してくれるというものだ。テクノロジーとAIにより、売れ筋や在庫状況、客単価を詳しく分析。過剰在庫を「隠れた人気商品」や「値下げしなくても十分売れる商品」「セールに回すべき商品」などに仕分けるほか、各商品の推奨発注数を自動ではじき出してくれるのが特徴だ。これにより担当者の発注業務の負荷が低減され、1回の発注数を減らして発注頻度を高めることが可能になり、在庫リスクの低減に繋がるという。
自身の失敗から学んだことを社会に還元する
瀬川氏はフルカイテン社を立ち上げる前、ベビー服のECサイトを運営していた。SNSフォロワーが12万人を超えるほどの人気を誇っていたが、在庫問題に悩まされ、3度の倒産危機に陥ったという。売上を拡大しようと在庫を抱えすぎたこと、送料無料キャンペーンを行ったところ販売数量は増えたものの顧客単価が下がり、利益が減少したことが原因だったそうだ。
理工学部だった瀬川氏は、3度の経営危機を乗り切るために、在庫の質を可視化する方法を検討し、環境の変化に対応できるような在庫実行管理システムを作りあげた。
自身の失敗と経営危機を乗り切った経験から生まれた、企業の「在庫消化率」「顧客単価」「在庫回転率」の向上を叶えるこちらのシステムは、すでに大手スポーツメーカーやアパレルメーカー等によって導入され始めている。
「ECサイト運営時に私が抱えていた悩みは、多くの小売事業者の方が抱えている悩みでもあると感じました。自分が失敗を通して学んだことを私一人の財産とするのではなく、他の小売事業者の役に立てるよう活かしたいと思い、フルカイテン社を立ち上げたのです。在庫問題を解決することは、大量廃棄という社会課題の解決にも繋がると気づき、使命感を持っています。」
2030年問題に向けて
新型コロナにより突如訪れた需要の消失は、小売業界に大きな衝撃と変化をもたらした。しかし、コロナショックが過ぎ去ればもとの業界体制に戻れるかというとそうではないだろう。今後の日本の小売事業を考えるうえで、忘れてはならないのが「2030年問題」だ。2024年、第一次ベビーブーム世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、2030年には国内人口の3分の1が65歳以上の高齢者となる。その際、急激な人口減少、社会保障負担や介護費用の増加、可処分所得の減少により、国内需要を支える個人消費が激減すると言われているのだ。
「新型コロナによるショックは、小売事業にとっては2030年問題の疑似体験だと考えています。内需が減少する中で、『在庫を増やして売上を増やす』という従来のやり方は限界を迎えます。商品価値を高め、在庫を増やさずとも利益を出せる事業構造に変わっていくことが今後求められるでしょう。新型コロナを一つのきっかけにどう変われるかが、日本の小売事業の先行きを決めるといっても過言ではありません。」
編集後記
国内アパレル業界では、年間供給量の約半数が売れ残り、供給過多が常態化している状況が度々指摘されていた。経済産業省の発表によると、バブル期1990年の市場規模が約15兆円だったのに対し、2017年は10兆円程度に減少している。しかしその一方で、アパレル品供給量は20億点から40億点に倍増しているのだ。
近年、リサイクル、アップサイクル、デッドストック品の再販売など、廃棄物を減らすために様々な取り組みが行われている。一見良い取り組みのように見えるが、その背景に必要以上にものが供給されている現状があるということを私たちは忘れてはいけない。
「在庫を減らしながら収益を上げる」「在庫を減らすことで廃棄物を減らす」──2つの意味で小売事業の持続可能性を目指すフルカイテン社は、これからの小売事業と社会の在り方を示そうとしている。
【参照サイト】フルカイテン
【参照サイト】断末魔のアパレル業界、企業の破綻リスクを見分ける3つのポイント | DIAMOND ONLINE
【参照サイト】繊維産業の現状と経済産業省の取組 | 経済産業省生活製品課
Edited by Yuka Kihara