人間と自然の共繁栄のかたち。生態系を拡張させる「協生農法」の実践

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2021年3月18日から21日にかけて、一般社団法人Ecological Memesがグローバルオンラインフォーラム「Ecological Memes Global Forum 2021」を開催。「あわいから生まれてくるもの ー人と人ならざるものとの交わりー」をテーマに、ビジネス・アート・エコロジーの領域から第一線を切り拓く多彩なゲストによるセッションが行われた。

今回は、一般社団法人シネコカルチャー代表理事 / 株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)リサーチャーの舩橋真俊氏とチームメンバーの、坂山亮太氏、太田耕作氏、鈴木吾大氏、株式会社BIOTOPE代表の佐宗邦威氏による「拡張生態系のパラダイム ーシネコカルチャーの社会実装の契機をさぐるー」のセッションを取材した。

約1万年前の農耕革命以降、人類は自然の資源を搾取・享受する歴史を歩んできたが、そうした関係性を大きく転換しようとする挑戦が始まっている。今回のセッションでは、拡張生態系という考え方を基盤に、生態系が本来持つ能力を活用する「協生農法(シネコカルチャー)」の研究・実践を伺った。食料生産や都市開発などの領域における取り組みから、人間が他の生命や地球環境と共に繁栄していく未来に向けた社会実装を探った。

登壇者プロフィール

船橋さん舩橋真俊氏
一般社団法人シネコカルチャー代表理事
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)シニアリサーチャー
東京大学にて生物学、数理科学を修め、仏エコールポリテクニク大学院にて物理学博士(Ph.D)取得。獣医師免許資格保持。 2010年よりにソニーCSL研究員。サステナビリティ、環境問題、健康問題の交差点となる農業をはじめとする食料生産において、生物多様性に基づく「協生農法™(Synecoculture™)」を学術的に構築。主に日本とアフリカ・サブサハラにおいて実証実験を行う。2018年に一般社団法人シネコカルチャー設立。人間社会と生態系の双方向的な回復と発展を目指し、活動領域を農業から、生態系全体に拡張している。

鈴木さん鈴木吾大氏
東京理科大学理工学部卒。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了。国立研究開発法人産業技術総合研究所人工知能研究センター特別研究員を経て、2020年より一般社団法人シネコカルチャーにリサーチャーとして所属。現在、同法人で協生農法、及び拡張生態系の社会実装を目指した研究開発と普及活動に取り組む。

坂山さん坂山亮太氏
芝浦工業大学システム理工学部卒。首都大学東京大学院理工学研究科生命科学専攻修士課程修了。2017年より化粧品受託製造会社の研究開発に従事。国内外・大手ベンチャー問わず、年間50以上の試作品を提案。2018年に癌が発覚し、様々な治療を行った自身の経験から、”生態系”と”ヒトの健康”の繋がりの研究を志す。2020年9月より、一般社団法人シネコカルチャーリサーチャー。

太田さん太田耕作氏
千葉大学教育学部卒。東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了、同大学院農学生命科学研究科博士課程在学中。
2012年よりソニーコンピュータサイエンス研究所の協生農法プロジェクトに参加し、現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所アシスタントリサーチャー。協生農法に関する学術的な研究と普及活動に主に携わっている。

佐宗さん佐宗邦威氏
戦略デザインファームBIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけたのち、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニークリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わったのち、独立。B to C消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザインやサービスデザインプロジェクトを得意としている。『直感と論理をつなぐ思考法』『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』『『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』』著者。大学院大学至善館特任准教授・多摩美術大学特任准教授。

人間と自然の「あわい(間)」から生まれる、拡張生態系

まず初めに「拡張生態系」と、その考え方を基盤とした「協生農法」について舩橋さんから説明があった。

舩橋さん:近年、世界各地で土着の生態系が失われ、場所によっては回復不可能なほどに変容しています。その大きな要因は、農業をはじめとする人間活動であり、科学技術に基づいて人間活動が進歩するほど、グローバルな生物多様性が失われ、世界各地で生態系の破壊が続いてるのです。多くの生物学者が、地球史上6番目の大量絶滅が史上最速のスピードで起きていると考えており、このままでは、2045年までに地球上の生態系が全体的に崩壊し、回復不可能なほどに損なわれることが危惧されています。その一方で、生態系の保全活動などは、短期的な経済発展が優先される範囲でしか行われていないのが現状です。

舩橋さん:今回のフォーラムのテーマを振り返って考えてみると、本来人間と自然の間の多様な関係性は「破壊」だけでなく、人間と生態系が互いに生かしあって生きていくヒントに溢れていたと思います。「あわい」とは二つの色がゆっくりと混ざりあいつつも、決してどちらかに染まり切ることなく、互いに滲み出し、新しい色彩や模様を生み出していく様子を言い表しています。人間と自然は切り離せず、その「あわい」からどれだけ持続可能な価値を取り出せるか。それは、人間も自然も共に変化していきながら、対立の間で無視されてきた価値に光を当てていくことです。その価値観をラディカルに追求しているのが、「人間による生態系の拡張」という「拡張生態系」の考え方であり、その代表的な例としてあるのが「協生農法(シネコカルチャー)」なのです。

シネコカルチャー

©︎舩橋真俊(一般社団法人シネコカルチャー、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL))

この写真は、日本で行っている協生農法の実験圃場の様子だ。舩橋さん曰く、1,000平方メートル程の小さな面積に200種類以上の有用植物を混ぜ、生物多様性が大きく拡張された生態系が育っているという。野菜やハーブ、果樹などの有用植物だけでなく、その間に生えてくる雑草、寄ってくる虫や動物たちも複雑な生態系の中でそれぞれの距離感を保ちつつ、全体として共存しているのだと舩橋さんは言う。また、日本にある協生農園だけで、1,000種類以上の昆虫や植物、中には絶滅危惧種の昆虫が観測され、協生農法が行われている場所では、肥料や農薬を使うことなく、多くの生き物たちが互いの生存を支えあう関係性が築かれていると舩橋さんは話す。

舩橋さん:それは、整然と一種類の作物が並ぶ通常の農地とは異なり、一見混沌とした藪や林のような様子です。このように、生態系が自分の力で発展していく自然のプロセスは「植生遷移」と呼ばれています。協生農法は、そのような複雑な生態系レベルで発揮される機能を前提に、そこに人間にとっても価値のある有用植物をできるだけ多様に編み込んでいきます。そうすることで、より生物多様性と生態系の機能が高く、経済的価値も発揮できる生態系を丸ごと作り、管理していくことを目指しています。

シネコカルチャー

協生農法を通して栽培された、野菜やハーブ、果樹などの有用植物。
©︎舩橋真俊(一般社団法人シネコカルチャー、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL))

従来の単作農業では一種類の作物のみを管理して育てるが、協生農法では一箇所に10種以上の有用植物が混在していることも普通であり、可能な植え合わせのパターンは膨大な数になるそうだ。協生農法をはじめとする拡張生態系で共存できる生物種の組み合わせは、自然生態系で観測される多様性よりもはるかに多く、こうした拡張された生態系のもつ生物多様性を「Megadiversity(超多様性)」と呼んでいると、舩橋さんは語る。

舩橋さん:生態系の超多様な関係をマネジメントするには、大規模なデータベースや人工知能を駆使した組み合わせや最適化が有用です。ソニーCSLでは、そのような拡張生態系のマネジメントを支援する技術も開発しています。そして、協生農法とその支援技術は世界の大多数を占める小規模の食料生産において活用されることで、グローバルな環境にも大きなインパクトをもたらすことができます。今、人口増加と農地の拡大によって、保護すべき手付かずの自然が急速に失われています。一方で、農地転換による過剰な環境負荷を生んでいる土地の大多数が小規模の食料生産を行っています。それならば、協生農法によって、生態系が全体的に崩壊するのを阻止し、人口が増加してもバランスが取れる食料や自然資源を生み出せる生態系を構築することができるはずです。これが、人間による生態系の拡張(拡張生態系)という考え方の目指す方向性です。

拡張生態系を通して、グローバルな社会問題解決を目指す

この仮説を検証するため、舩橋さんは2015年から農業による砂漠化が深刻なアフリカ・サヘル地域で実証実験を行ってきた。現地のNGOと協力し、150種あまりの有用植物を現地で調達し、従来型の農業によって砂漠化してしまった荒廃農地に植えたところ、雑草の種さえ発芽しなかった土地が1年ほどで植物に満ち溢れたジャングルへ変貌したそうだ。さらに、雨季・乾季に関わらず年間を通じて有用植物の生産が可能になったという。

シネコカルチャー

©︎舩橋真俊(一般社団法人シネコカルチャー、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL))

現地の市場で販売した産物は、国民平均所得の20倍の売り上げに達した。これは、現地の絶対的貧困水準の50倍に相当し、拡張生態系の構築を通して砂漠緑化と地域経済の立て直しが両立できるインパクトが示されたと舩橋さんは話す。現在、政府や国際機関、大学、農民の協力を得て、サヘル地域で協生農法の大規模な普及が進んでいる。砂漠化による貧困がテロリズムの温床となり、国際機関の支援もなかなか届かなかったような場所でも、現地の人々が自らの手によって協生農法を実践し、生活を立て直す取り組みが始まっているのだそうだ。

先進国の都市部でも拡張生態系の導入は始まっている。舩橋さんたちは、東京の六本木ヒルズの屋上にある庭園で、2018年より協生農法や拡張生態系に関する実証実験を行っているのだ。ここでは、都市部における食料生産だけでなく、都市環境の中で育つ植生の組み合わせを探索し、生態系について学べる体験型学習キットとしてプランター型の拡張生態系入門キット、「シネコポータル」の開発も行っているそうだ。

都市化も生態系を破壊する大きな要因の一つだが、協生農法の一部分として成り立つ小規模の拡張生態系を配置し、周囲を行き来する生き物と積極的に関わる都市計画を行うことで、拡張生態系が生み出す様々な便益を都市生活にも導入できると舩橋さんは考えている。

「自然社会共通資本」が示す、自然資本と人間活動の関わり

次に、拡張生態系の考え方を経済的な視点から捉えるプレゼンテーションが行われた。

舩橋さん:これまでの経済システムは、自然生態系に由来する自然資本を一方的に搾取し、社会の中でのみ循環する資本を形成することによって成長してきました。しかし、このやり方では経済発展と環境保護のトレードオフから抜け出せず、結果的に増大した人口と劣化した環境の間で成長の限界に突き当たります。拡張生態系は、このトレードオフから根本的に抜け出し、持続可能な経済と環境のバランスを向上させることを目指しています。

従来の経済の考え方との根本的な違いは、これまで自然任せだった自然資本の再生産に、食料生産をはじめとする人間活動が積極的に関与し、自然と社会の相互循環と発展にとって共通して価値のある財やサービスを形成することだと舩橋さんは話す。舩橋さんはこれを「自然-社会共通資本」と呼んでおり、拡張生態系に基づく持続可能な経済システムの基盤と考えている。

シネコカルチャー

©︎舩橋真俊(一般社団法人シネコカルチャー、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL))

持続可能な文明への転換には、自然と社会の相互の資本が相乗的に高い状態で循環するような経済システムが必要であり、それは、地球規模で生態系が失われると予測される2045年までに行わなければならないと舩橋さんは語った。

舩橋さん:これまで私たち人類の生存を支えてきた様々な生態系サービスは、いわば「生物多様性」という桶の中に入った水です。その桶にほころびが出て、気候変動や食料危機、パンデミックの流行など様々な不具合が生じています。この桶を修理するためには、社会を構成する様々なアクターが「拡張生態系」を共通言語として新しい人間活動に踏み出していく必要があるのです。

シネコカルチャーとヘルスケアの関係性

次のセッションでは、一般社団法人シネコカルチャーの坂山さん、太田さん、鈴木さんからそれぞれ健康や福祉、農業、都市計画と拡張生態系の事例が紹介された。

まず、坂山さんからは、拡張生態系が私たち人間の健康に与える影響について説明があった。生態系サービスには、土壌形成、水循環、食料生産などがあり、それらの生態系サービスによって、綺麗な空気や水、心理的なリラクゼーションなどが得られる。一方で、人間の生活が生態系から離れると、ウェルビーイングが低下し、様々な形で我々に影響を与えるという。

その一例が、経済発展に伴う慢性疾患患者の急増だ。食料生産の工業化が生態系サービスを低下させ、腸内細菌叢の多様性が低下することで、ガンや認知症、脳卒中など免疫関連疾患が増える一因となっているという。それらを解決するためには、質の高い運動、質の良い食料、そして腸内細菌叢の多様性向上など、様々な要素が関わっていることが近年の研究で明らかになっているそうだ。そのうちの2つ、質の良い食料と腸内細菌叢の多様性向上は、拡張生態系が解決し得る課題だと坂山さんは語る。

シネコカルチャー

©︎坂山亮太(一般社団法人シネコカルチャー)

坂山さん:私たちが取り組んでいるシネコカルチャーは、植物を混生・密集させて生物多様性を向上させた場を作ります。シネコカルチャーの農産物は、モノカルチャーの農産物よりも、土壌微生物由来の栄養素やファイトケミカル(野菜や果物などの植物に含まれる化学成分。抗酸化作用を持つものが多く、老化予防や代謝の促進、免疫力向上などの働きがあると言われている)が豊富であるということが明らかになっています。現代の生活では、土壌微生物由来の栄養素が足りておらず、それが免疫関連疾患のリスクを向上させていることも指摘されており、シネコカルチャーの農産物が腸内細菌叢の制御や慢性疾患の予防に寄与することが示唆されているのです。

また、表土生態系には感染症を抑制する効果があるという。短期的な利益を追求し、環境破壊を続けると、新型コロナウイルスのような新興感染症のリスクを高めてしまうそうだ。持続可能な社会を構築するためには、人間活動によって生態系が回復する仕組みを構築することが重要だと、坂山さんは話した。

人と自然の境界を融解するシネコカルチャー

続いて、太田さんからは農業の持続可能性についてプレゼンテーションが行われた。農業を持続可能にするには、生物多様性を破壊し食料を得る農業の方法を根本的に変える必要があり、特に砂漠化している地域の小規模農家においてその転換を起こす必要があると太田さんは話す。

太田さん:まず小規模農家をどのように支援するかについてですが、ブルキナファソの例にあるように、現地に協生農法を導入し、それが上手くいけば生物多様性やバイオマスが増え、現地の人々は協生農園から食料を収穫し販売することができます。そうすると、生活の豊かさや余裕が生まれ、さらに農法を学ぶ人や農園が増えることで、生態系と社会が相互により良い方向に動いていくことが期待されます。また、ICTによってこうした生態系と社会の循環を支援することができ、人々の生態系のリテラシーが高まることでより効率が良くなるのです。こうした循環を起こすために、私たちは支援システムやコンテンツを開発しています。

シネコカルチャー

©︎太田耕作氏(ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL))

次に、耕作放棄地に関して太田さんからお話があった。こうした土地に協生農法を導入をすることで、耕作放棄地の生物多様性や栄養性が高まり、その結果、健全な植物、野菜、果物などを収穫でき、腸内細菌叢などを通じて人々の健康に寄与できるのだという。また、豊かな生態系が構築されていれば、労働を大幅に減らし、ほぼ収穫するだけの仕組みができあがり、豊かな生態系で地域の人々が集まって作業することで、個々人の役割が生まれ、自己肯定感や日々の楽しさが向上するそうだ。

太田さん:自然生態系と触れ合う機会が少ない人はあまり環境問題に目を向けないという傾向が知られています。拡張生態系を実装することで、都市においても生態系と触れ合えて、ICTなども活用してエコロジカル・リテラシーを高めることができれば、人々は生態系について知る機会にもなり、拡張生態系を増やしていくことができます。たとえ個人の活動が小さくても、ICTの力を借りて人々が拡張生態系というプラットフォームで繋がり、大きな力にしていけるかもしれません。これは今日のテーマでもある「あわい」という人と自然の境界を淡くしていくような話と繋がると思います。今話したことは原理的には可能だということが科学的知見や実証実験からわかっています。より多様な現実で大規模に展開していくためには、様々な方々と協力して具体論を展開していく必要があります。

実践的な生態系共創コミュニティの創出へ

最後に、鈴木さんから「都市」という視点から拡張生態系の重要性が話された。具体的に、都市空間における拡張生態系の実装に向けて、ステークホルダー同士のコラボレーションを実現するプラットフォームと、それを支える仕組みやサポートツールついて紹介があった。

シネコカルチャー

©︎鈴木吾大(一般社団法人シネコカルチャー)

鈴木さんたちは、「人間活動の多様化」と「生態系の多様化」の良循環を起こし、人間活動と生態系が相互的に拡張していく循環の基盤として都市空間があるべきだと考えており、社会的な資本だけでなく自然資本とのハイブリッドな価値を生み出し、社会と自然の両者に還元する仕組みを目指している。

鈴木さん:最初に、コラボレーションプラットフォームを通してステークホルダーが集まり、彼らが実現したいことに沿った評価指標を設定します。従来の都市の緑地計画などは、これをもとにデベロッパーやデザイナーが計画を立て、施工業者が実装しますが、私たちはこの段階にも各ステークホルダーを巻き込む仕組みを考えています。

具体的には、立てられた計画に対して、植生シュミレーションを用いて、上で設定した指標の予測値を算出します。予測値に基づいて、各ステークホルダーは計画が望ましいものか評価して、再度計画を立て直します。このようなフィードバックループをステークホルダー間で集団的合意形成が取れるまで、繰り返します。また、これを議論だけで実現するのは困難なので、デザインサポートツールも同時に開発しています。環境と植生の評価や、各ステークホルダーが持つ計画同士のシナジーやトレードオフの関係を解釈しやすく可視化し、時間軸や空間軸を自由に変えてシュミレーションできることが重要だと考えています。

今後は、これらのプラットフォームやツールを用いて、様々なステークホルダーを巻き込み、実際に都市空間への拡張生態系実装を進めていきたいと考えているそうだ。

何億人もの集合知で拡張する生態系

シネコカルチャー メンバー

最後に、ファシリテーターの佐宗さんのもと、登壇者によるディスカッションが行われた。

佐宗さん:先ほど、生態系そのものを見ていく「まなざし」というのは、人間の目と機械の目の両方で統合的に見ていくことなのではないかという話をしました。それによる人間側の認知の変容が関係していると思ったのですが、これについてはどのように捉えていますか?

太田さん:例えば、「この植物がこの生態系にとって重要らしい」というように、人間の知識からするとよく分からないことが、機械やシステムを通すと分かることがあります。それをよく調べると、ある特定の時期の、ある特定の虫に対しての蜜源というようなことがあとから分かります。つまり、ICTを通して私たち自身が気付いていなかった生態系の相互作用に気付くことができ、それを次の農園の戦略に生かすことができるのです。

舩橋さん:先ほど質問の中で、農家の方の意見を聞きたいという意見があったのですが、太田さんは青森の農家の出身ですよね。農学者の卵としてその辺りについてどのように考えていますか?

太田さん:私の地元も田舎なので、草がぼうぼうだと管理してないだとか、だらしないように感じるなど、そういった価値観や常識が一般的になっています。そのような場所で協生農法を始めると、そもそも農園として見てくれないこともありますね。そうした価値観を乗り越えるためには、協生農法を実施している農園を見た時に、明らかにこれは放置しているのではなく、何かが起きているというのが分かる状態になると良いかなと思います。そこまで行くには数年かかると思いますが、それを目指してやっています。

最後に舩橋さんから、今後協生農法を実践する中で意識していきたいことについてお話があった。

舩橋さん:今回の「Ecological Memes」というタイトルが非常に示唆的だと思いましたね。「Memes」は生態学的な考えを文化的な概念の進化に応用したものですが、実際の生態学的な意味での「エコロジー」にきちんと根ざしているものと根ざしていないものが今混在していると感じます。もちろん社会的な価値も必要なのですが、私たちは、まずはきちんと生態学的なものからサイエンスベースで立脚してミームを作るというのを徹底してやろうとしています。だからこそ、生態系の発展原理ときちんと突き合わせて、ビッグデータや人工知能も使い、日本の北から南だけでなく、遠くアフリカ地域に至るまで、人間一人ではなく何億人という集合知のレベルで、生態系との関係性を結び直し、高い水準に引き上げていきたいと思います。

編集後記

今回シネコカルチャーのセッションを聴き、筆者自身も未来に向けた明るい展望を感じた。以前の「リジェネラティブ農業」に関する記事でも言及したように、テクノロジーを用いて生態系を拡張していく「シネコカルチャー」は、環境への負荷を「減らす」のみならず、環境へのポジティブな影響を「増やす」ことができる。さらに、そうした普遍的なテクノロジーは、国境を超えてそれぞれの国や地域に根ざした形で実践が可能であり、大きく広がるポテンシャルを持っている。これは、今後地球全体のレベルで深刻化していくであろう環境問題を打開する大きな鍵となるのではないだろうか。

タイトル画像:©︎舩橋真俊(一般社団法人シネコカルチャー、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL))
【関連記事】生物多様性を取り戻す。シネコカルチャーに学ぶ協生農法とは?【ウェルビーイング特集 #12 再生】
【参照サイト】一般社団法人シネコカルチャー
【参照サイト】株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)
【参照サイト】株式会社BIOTOPE
【参照サイト】Ecological Memes Global Forum 2021 あわいから生まれてくるもの ー人と人ならざるものとの交わりー(各セッションの映像アーカイブは、こちらのサイトで販売されています。本記事で紹介したセッションはこちら。)
Edited by Megumi

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