2015年にSDGs(持続可能な開発目標)が制定されてから、「持続可能な開発」(Sustainable development)という言葉をよく耳にするようになった。近年、「持続可能な開発」に代わる概念として、「リジェネラティブ開発」(Regenerative development)という言葉が出始めたのをご存じだろうか。
リジェネレーションとは、「再生的」「繰り返し生み出す」といった意味を持つ言葉である。気候変動やサステナビリティに意識を向ける人々の間で、地球規模の社会課題を解決するための新しい概念として注目されている。
サステナビリティという概念では、地球に対するネガティブな影響を減らすことが行動の中心で、プラスの側面を生み出すことにつながらなかったり、人間が地球環境を外側から見て課題を解決しようとするため、人と自然が切り離された状態でのアプローチになっていたりするという限界がある。そこで、地球システムの一端に組み込まれた人間が地球とともに繁栄し、自然との相互のつながりを感じながら共生を目指すリジェネレーションという概念が生まれたのだ。
世界ではどのようなリジェネラティブ開発のプロジェクトがおこなわれているのだろうか。また、地球上に存在する生態系全体が繁栄する生き方はあり得るのか。
今回、リジェネラティブ開発の世界的ネットワークを構築しているイギリスのチャリティ団体「Common Earth」(以下、コモンアース)の創立者であるRola Khoury(ローラ・コーリー)氏に取材し、自分ならざるもの(非人間や自然環境)との繁栄はいかにして可能なのかを考えるヒントを見つけたい。
話者プロフィール:Rola Khoury(ローラ・コーリー)氏
国際法、ビジネス、フィランソロピーの分野で、セクターを超えたパートナーシップ構築を実践。国際法の学位を持ち、人道的ニーズに応えるための大規模な広報活動や資金調達イベントを企画。英語、イタリア語、アラビア語、フランス語、ヘブライ語話者。イスラエルのハイファ出身で、イタリアのミラノ在住。
「持続可能な開発」から、「リジェネラティブ開発」へ
コモンアースは、気候変動に脆弱であるコミュニティがよりサステナブルかつレジリエントに変化に対応できるよう、英連邦の全54カ国におけるリジェネラティブ開発を支援するチャリティ団体だ。
彼らの指す「リジェネラティブ開発」は、「経済的な豊かさを増加させること」ではなく、「生きている動的な地球システムとの上手な付き合い方への理解を増やすこと」を意図している。
コモンアースを創設したローラは、国際法のバックグラウンドを持ち、社会・環境問題において分野横断的にさまざまなプロジェクトを手がけてきた。そんな彼女がなぜ、リジェネラティブ開発に行き着いたのだろうか。
「これまでの気候変動のナラティブ(物語)が憂うつで、コラボレーションの欠如も感じていたので、コモンアースをはじめました。国際会議で聞く炭素隔離やカーボンフットプリントに関する話は、解決策に基づくものではなく、もっとモラルに関することでした。『これをしなきゃダメよ』ってね。さらに、2050年という遠すぎる未来の話をしていたので、いまを生きる私たちには現実的な問題として感じられませんでした。人々にとって、いまは新型コロナウイルスの方が大きな問題です。そのため、そもそものナラティブの語られ方に問題があると思いました。人々の参加を促すように、問題をもっと異なる語り口で伝える必要があると思ったのです。数字だけでなく、共感やパッション、思いやり、それに愛。自分たちの住んでいる地球を愛せなければ、自分たちの行動を変えようとは思わないですよね。フラストレーションを感じた別の原因は、気候変動などに関して有名な覚書などは多くあるけれど、意味や影響力のあるコラボレーションが少なかったことです。」
これまでのナラティブには、「ぬくもり」「体感」のような測定できない何かが欠けていると感じたローラは、2016年に農業生態学やパーマカルチャー、サーキュラーエコノミーなどの専門家や建築家、デザイナー、ジャーナリストなどが集まる専門家会合を開いた。ミーティングやワークショップを通じて、これまで破壊されてきた生態系とコミュニティの能力を再生する技術は存在するという合意に至り、人と環境を分けない包括的なアプローチであるリジェネラティブ開発に行き着いたという。
「現在の生態系の劣化を反転させたいのであれば、人間の活動と生命の継続的な進化を調和させなければなりません。人間と地球を区別することはできないのです。人権や貧困、食糧危機などSDGsが関わるすべての問題は、自分たちと、自分たちのいる場所との分離から起きています。」
人間以外のものとの共生──クジラの声を聴くプロジェクト
自然環境と人間を分けるのではなく、切り分けられない1つの世界としてより包括的に見つめ、考え、行動できるように、コモンアースはリジェネラティブ開発に関して、財政や農業、ガバナンス、観光などさまざまな分野からプロジェクトをおこなっている。
今回、コモンアースがカリブ海にあるドミニカ共和国で現在取り組んでいる「Project CETI」をご紹介する。CETIプロジェクトは、高度なAIなどの最新技術を駆使して、マッコウクジラの声に耳を傾け、翻訳し、さらには対話することを目指している。
「マッコウクジラを直接的に救おうという趣旨ではなく、マッコウクジラが地球上のエコシステムの中で、何を言おうとしているのか、どんな働きをしているのかを探求しています。プラスチック汚染や乱獲など、海の中で起きていることはマッコウクジラの生活に反映されています。マッコウクジラは、人より脳の大きさが6倍もあり、社会性を持った動物です。彼らの言葉がわかれば、もっと多くのことを学べるでしょう。」
プロジェクトCETIのチームは、マッコウクジラの生態やロボット工学、機械学習、言語学、広報活動などの世界的な専門家で構成されている。まず、動物に危害を加えない繊細なロボット技術を開発し、カリブ海のドミニカ沖に生息するマッコウクジラの群れの鳴き声や社会生活、行動に関するデータを収集する。そして、公開ポータルサイトを立ち上げ、ナショナルジオグラフィック協会などのパートナーと協力し、人間以外の種との有意義な対話を試みることで、この地球上での生き方についてともに学んでいこうとするアプローチである。
「すでにあるもの」から生み出されるコラボレーション
マッコウクジラのプロジェクトがメタファーとして示しているように、これまで声を持たなかった人たちや動植物の能力をいかに高め、現代社会が抱える問題の解決に向かって協働することができるのかが、リジェネレーションのカギとなる。
生態系の潜在能力を発掘するには、「すでにあるものからはじめる」という態度が欠かせない。
「現地にいる人々や彼らの文化を尊重し、彼らがすでに持っているものに何かを追加するという姿勢です。この姿勢は、トップダウンではなく、内から外に向かって問題を解決するインサイドアウトなのです。インサイドアウトでは、現地のコミュニティだけではなく、ほかの団体や組織とも協働するため、ボトムアップよりもさらに包括的です。地元の知恵が1だとしたら、我々はそれに0を増やしていくサポートをするだけです。協働プロジェクトの声かけ自体は外から持ち込まれましたが、もし1がなかったら、0は何者にもならないでしょう。」
「たとえば、カリブ海には多くのクルーズ船が入港します。しかし、多くのクルーズ船はサステナブルではなく、海洋生物を傷付けたり、観光客がごみを海に捨てたりします。カリブ海に暮らす人々にとって重要な観光業をどう環境再生型にしていくか。つまり、エコツーリズムです。そこでは、科学的な知識と現地の知識をつなげることが大事になります。」
生態系全体が繁栄する生き方はあり得るのか
CETIプロジェクトは、人と自然を切り離さないリジェネレーションの概念を反映する試みだ。資本主義や人間中心主義など、既存のパラダイムの中で無視されてきた声に耳を傾ける必要性を訴えている。つまり、リジェネレーションとは、自然環境を再生するというエコロジカルなアプローチであると同時に、自分と異なる「他者」への共感力を発揮するというソーシャルなアプローチでもある。
同時に、今日、資本主義や人間中心主義で繁栄している大手グローバル企業を排除してはいけないと、ローラは忠告する。
「協力的ではない人たちや、いまあなたの望むことを理解していない人たちを排除してはいけません。彼らは、あなたが見ているものを見ていないのであって、見ていないのは見られないからなのです。これらの企業が原理的に悪であるとは思わないでください。つまり、彼らはある種のパラダイムや数字、企業に対する拒否反応にとらわれているのです。しかし、それらの企業に対して、彼らは別の方法で立ち向かい、繁栄することができるという物語を示すことが、あなたの取り組むことです。」
一方、頭では「他者を受け入れなければ」と理解していても、自分と違う価値観を持つ人や、自分が好まない行動をする人をすんなりと受け入れることは、実際難しい。ローラは、なぜそれができるのだろうか。
取材中彼女は、リジェネラティブ開発が彼女の個人的な旅であり、「人間性」に関わることであると繰り返し強調した。
「気候変動とは、人間関係の問題なのです。私は人のことが大好きで、人間性を信じています。私の仕事は、気候変動の問題を自分たちの問題であると感じてもらい、リジェネレーションの旅に参加してもらうことです。そのためには、まず私自身が誰であるのかを知り、自分のコンテクストの中で具体的なものを築かなければならないのです。なぜなら、人は歴史や政治では動かないからです。未来への希望やよい評判、事例、つまり何をやり遂げてきたのかという実績、そして人間性で信頼を獲得する必要があります。そのためには、人として、オープンでいて、そして話を聴くことです。」
自分自身が愛し、守りたいものを、他者にも大事にしてもらいたいのと同様に、他者が大事にしているものもないがしろにせずに、向き合ってみる。簡単なことではないが、すべての人がそのような態度を心得ることができれば、生態系全体が繁栄する生き方はあり得るのかもしれない。その態度が、自分と他者が「よりよく生きる」というウェルビーイングにつながっている。
【関連記事】リジェネラティブ農業の成功要因は?コスタリカ「Regenerate Costa Rica」の実践から考える
【参照サイト】Common Earth