経済成長は目的ではなく結果でいい。広井良典先生に聞く、人類と経済のこれから【ウェルビーイング特集 #34 新しい経済】

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限りない拡大と成長を前提とする、資本主義経済。生活に必要なものはほとんどが望めば手に入る人が多く、電気や水道などの生きるために必要なインフラも十分に整った社会──世界の国々と比較すると、日本はその恩恵を強く受けている国だといえる。だからこそ、GDPの増加、つまり経済が成長し続けることは、当たり前のように“善”とされてきた。

しかし、その負の側面を見てみるとどうだろうか。先進国と途上国、そして国家の内側にも大きな社会的格差が生まれ、その差は経済成長によって改善されるどころか、広がり続けている。さらには、昨今一刻も早い対策の必要性が叫ばれている、地球温暖化や資源の枯渇といった環境制約の問題もある。

何かを変えなければならない──それは、みなが薄々気づいていることだろう。しかし、一体何をどのように変えていったら良いのか。今の資本主義が間違っていたとして、私たちは次に何を目指して進んでいけば良いのか。

そのひとつのヒントを教えてくれたのが、公共政策と科学哲学を専門とし、京都大学 こころの未来研究センターの教授を務める広井良典先生だ。広井先生の研究は、医療や福祉、社会保障などの分野に関する政策研究、さらには環境やまちづくり、地域再生といった領域にまで及ぶ。

今回IDEAS FOR GOOD編集部は、人類の長い歴史の中で現代の立ち位置を捉える広井先生に、これから私たちが経済、そして社会をどのような方向に進めばれば良いのか、考えを伺った。

話者プロフィール:広井良典(ひろい・よしのり)

広井良典先生1961年生まれ。東京大学教養学部卒業、同大学院修士課程修了後、厚生省勤務、千葉大学法政経学部教授をへて2016年より京都大学こころの未来研究センター教授を務める。2001〜02年MIT(マサチューセッツ工科大学)客員研究員。専攻は公共政策及び科学哲学。『日本の社会保障』でエコノミスト賞、『コミュニティを問いなおす』で大仏次郎論壇賞受賞。他に『ポスト資本主義』『人口減少社会のデザイン』『無と意識の人類史』など著書多数。この間、内閣府・幸福度に関する研究会委員、国土交通省・国土審議会専門委員、環境省・次期生物多様性国家戦略研究会委員、内閣府・選択する未来2.0懇談会委員等を務める。

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人類史からみる現代は、「成熟・定常化」の時代

私たちはこれからどのような世界に向かっていけば良いのか。それを知るために、広井先生の代表的な研究のひとつである、人類史の中に見る「拡大・成長」の時代と「成熟・定常化」の時代についてまずはじめに紐解いていこう。

「人類の歴史をたどると、人口や経済が拡大・成長を続けた時代と、それが成熟し、定常化していった時代のサイクルが、これまでに3回繰り返されています。

1回目の拡大・成長の時期は20万年ほど前で、この時期には人類、すなわちホモサピエンスが誕生し、狩猟採集によって人口が増えました。2回目は1万年ほど前、農耕文明によって再び人口や経済が成長した時代です。そして3回目が、私たちが生きているこの300〜400年の工業化時代──いわゆる、化石燃料や石油を大量に消費する時代です。」
図解資料
そして、この拡大・成長の時代から成熟・定常化時代に移行するときに、非常に大きな精神的・文化的な変化が私たちの社会に起こってきたと、広井先生は考えている。

「たとえば、最初の狩猟採集の時代の終わりである5万年ほど前には、いわゆる『心のビッグバン』と呼ばれている、ラスコーの洞窟壁画に代表されるアート作品が一気に出土する現象が起こりました。2回目の農耕文明の終わりである紀元前5世紀ごろには、私たちがよく知る普遍的な宗教や思想──インドでは仏教、ギリシャではギリシャ哲学、中東ではキリスト教の源流であるユダヤ思想、中国では儒教などが、“同時多発的”に世界各地で生まれたのです。これは、ドイツの哲学者ヤスパースが『枢軸時代』、あるいは『精神革命』と呼んでいるものです。

この時期に人類は、まさに物質的なものを超えた“幸福の意味”を問うていました。仏教の『慈悲』、ギリシャの『魂の配慮』キリスト教の『愛』、儒教の『仁』、というように……。」

さらに、この時代を環境史と照らし合わせてみると、農耕文明によって森林の枯渇や土壌の侵食が進み、人類が自然環境や資源の限界にぶつかっていたことがわかっている。そこで人間は、物質的な拡大・成長から、文化的・精神的な成熟の方向に切り替えていったのではないか、というのだ。これは、私たちが生きる今の時代の状態に非常によく似ている。

「私たちは今、生物の死骸が何億年もかけて溜まってできた化石燃料をこの200年程度で大量に燃やして使い尽くして経済を成長させてきましたが、結果それが温暖化を引き起こし、地球環境の有限性や限界にぶつかっています。つまり、今はちょうど3回目の拡大・成長の時代から、成熟・定常化の時代に移行する時代だということなのです。」

自国の利益を超えた世界共通の思想、「地球倫理」

ここ何百年かの出来事に焦点を当てて語られることが多い、資本主義経済の話題。それが、長い人類史をみたときにこれまで人類が通ってきた歴史の転換点と重なるという広井先生の見解には、非常に説得力がある。

そしてこの考えにもとづくと、1回目の成熟期に起こった「心のビッグバン」、2回目の成熟期に起こった「精神革命」にあたる“新たな思想”が私たちの生きているこの時代に生まれる可能性が高いということになる。これについて広井先生が考えるのは、自らが提唱する、「地球倫理」という思想である。

「地球倫理とは、地球上の各地域に存在する思想や宗教、自然観や世界観などの多様性に目を向け、それらが成立した背景や環境なども含めて尊重する思想です。

さらには、自然の具体的な事象の中に、単なる物質的なものを超えた何かを見出す自然観──自然は生きていて、内発的なパワーを持っている、と捉える思想ともいえます。これは、『アニミズム』とも呼ばれる、原初的な自然信仰のあり方ですね。日本でよくいわれる『八百万の神様』も、自然の中に神が宿っているという考え方で、同じような思想と言えます。」
秋の森

先程、地球倫理を“新たな思想”と述べたが、こういった考え方の根底にある感覚自体は全く新しいものではなく、むしろ非常に原初的なものだと広井先生は見ている。しかし、これまでの資本主義経済では、経済そのものの規模の拡大や自国のGDP成長が最も重視され、その中で自然は「人類が発展するための技術を取り出す対象」と捉えられてきたため、そのような考え方は古いものとして退けられていた。そんな思想がこの先、環境を破壊し続けながら拡大する経済システムを食い止めるものとして、必要とされている。

「1回目、2回目の成熟・定常化時代と今の時代との違いは、環境問題が地球規模で問題になっている点ですから、次の時代に必要とされる思想に“地球”というコンセプトが組み込まれるのは間違いないのではと考えています。」

日本に伝統的に存在する、「ビジネス倫理」に立ち返る

自然を生きているものとして捉え、尊重する。この思想を私たち全員がベースとして持っていれば、経済成長のために自然環境を破壊する行為や、必要以上の資源搾取はおのずと減っていくだろう。さらには、そういったことを行う人や企業が、今まで以上に人々から非難される対象となっていく未来が想像できる。

実際に、欧州を中心とした海外ではここ数年、すでにその流れが次々と生まれてきている。たとえば、ビジネスの過程で環境に負荷をかける企業に要求される環境税は、人類が尊重すべき自然環境を利用したり破壊したりすることへの対価であるため、地球倫理の考え方と照らし合わせてみると当然といえる。また、環境に高い負荷をかける企業を投資対象から除外する投資手法であるダイベストメントや、各国の政府による廃棄物やプラスチックへの規制なども同様だ。

一方で、日本はどうだろうか。近年その額は増えているものの、ESG投資額は欧州やアメリカと比較すると、まだまだ小さい。(※1)また、近年EU諸国や中国では使い捨てプラスチック製品や包装を規制する法律が次々と生まれているのに対し、日本ではそういった大規模な改革を促す政策は未だみられない。これについて、広井先生は政治、経済の両面に対する見解を語ってくれた。

「日本では、未来の世代や持続可能性についての議論が活発になってきてはいるものの、その割には海外と比べると環境問題が政治や政策の争点に十分なっているとは言えません。今の日本に必要なのは、いわば『持続可能党』、あるいは『未来世代党』といった政党だと私は考えています。

一方で最近ひしひしと感じるのは、ここ数年で明らかに経済や社会の潮目が変わってきているということです。特にSDGsについては一般的に議論されるようになりましたし、2021年は斉藤幸平さんの著作『人新世の資本論』が大ベストセラーとなりましたよね。企業や経済界などが、持続可能性に関するテーマやウェルビーイング、幸福といった話題を取り上げるようになったのはここ数年の顕著な変化で、私が『定常型社会』という本を2001年に出した頃には考えられなかったような大きな変化です。」

また、普段から大学で若い世代と関わっている広井先生は、彼らの勢いにも希望を感じるという。

「全体の中では一部かもしれませんが、環境や社会貢献的な事業を起こしている学生や若い世代がたくさんいます。たとえば、千葉大学の卒業生が立ち上げた千葉エコエネルギー(※2)という会社は、耕作放棄地や田畑に特殊な形の太陽光パネルを設置し、農業と再生可能エネルギーの一石二鳥を図るソーラーシェアリングという事業を行う企業です。また、私がささやかながら進めている『鎮守の森・コミュニティプロジェクト』(※3)では、大阪府河内長野市の地域住民やお寺の方、電力会社の方、さらにはスターバックスとも連携し、小水力発電(※4)の導入を進めています。」

鎮守の森・コミュニティプロジェクトの様子

鎮守の森・コミュニティプロジェクトの様子

「もともと日本には、近江商人の『三方よし』、あるいは渋沢栄一の『論語と算盤』といった、まさに今の言葉でいう『持続可能性』に重なる伝統的な思想が存在しました。これらは、経済の限りない拡大・成長ではなく、事業が持続可能であり、倫理的であることを大事にする考え方です。

そう考えると、持続可能性な経済の追求とは、私たちにとっては全く新たなことを始めるというよりも、日本の伝統的な経済・経営の考え方を再評価し、いわゆる『懐かしい未来』に立ち返ることではないでしょうか。」

経済成長は“目的”ではなく“結果”であるべし

ここまでで述べてきた通り、現在の資本主義経済のあり方を変えなければいけないことは明確だ。しかし世界に目を向けてみると、現在の資本主義の悪い部分は修正し、これ以上地球環境に負荷をかけずに経済成長を目指す「緑の経済成長(グリーングロース)」という考え方がある一方で、その方法では環境問題の根本的な解決は不可能であり、経済成長そのものから脱却していく必要があるとする「脱成長(デ・グロース)」という考え方も存在する。昨今、持続可能性を追求する人たちの中でもこの「経済成長」に対する考え方の違いが、新たな議論を生んでいるのだ。これに対して、広井先生はどのように感じているのだろうか。

「私は、今の段階では両者の違いにこだわり過ぎない方が良いのではないかと思っています。そもそもグリーングロースとデ・グロースは、持続可能性を追求するという意味では同じ方向を向いているのですから、その2つの間で分断が生まれたり、批判しあったりするのは非常に良くないことだと思います。これはたとえるなら、野党の内部で争って結局政権が取れない、といった状態に近いのではないでしょうか。

それよりもまず、限りない経済成長、特に日本では、昭和の高度経済成長期的な発想や価値観から抜け出すことが必要です。

私は決して、成長そのものをすべて否定しているわけではないんです。しかし、たとえば、『とにかくGDPを500から600に増やそう』といった発想は、『今日は営業を100件回れ』『電話を何百件かけまくれ』といった悪しき量的ノルマ主義を生み出します。これは自分たちを疲弊させるだけではなく、経済にもかえってマイナスでしょう。」
public transport

これまでは、「経済成長=豊かさ」とされてきた。では、これから目指していくべき“真に豊かな社会”とはどのような経済のあり方によって成り立つのか。

「『成功は目的ではなく結果である』という有名な言葉がありますよね。成功を一番の目的に掲げて躍起になるのではなく、自分が好きなことにとことん取り組み、自らのこだわりや道を極めていくことが何より大事だという考え方──これはそのまま、経済のあり方にも当てはまるのではないでしょうか。

個人が好きなことを見つけて、創造性を発揮していくこと。もしそれによって経済が成長したとしても、それは何ら問題ではありませんよね。要するに、経済の目的をどこに設定するのかが大切なのだと思います。」

編集後記

編集部が広井先生に取材を行ったのは、ちょうど総裁選が行われ、岸田新政権が発足した日だった。今後日本は環境に負荷をかける経済成長を志向し続けるのか。それとも、単なる経済成長ではなく、環境や社会の持続可能性を追求する方向に向かっていくのか。引き続き、注意深く追っていきたい。

私たちのほとんどは、大きな経済システムの中で生きていかなければならない。だからこそ、ひとりひとりが経済や社会のあり方に関心を持ち、“真に豊かな社会”とは何なのかを考え続けることが必要だと、今回の取材を通して改めて感じた。

※1 GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020
※2 千葉エコエネルギー株式会社は、2012年に大学発ベンチャーとして設立され、営農型太陽光発電の運営経験やコンサルティングを行っている。
※3 全国に8万か所以上存在する神社・お寺と自然エネルギーの分散的整備を結びつけたプロジェクトで、鎮守の森コミュニティ研究所を中心に進められている。
※4 一般河川や農業用水、砂防ダムなどで利用される水のエネルギーを利用し、水車を回すことで発電する方法で、再生可能エネルギーのひとつ。出力1,000kW〜1,0000kw程度の小規模な発電設備を指すことが多い。

【参照サイト】広井良典
【参照サイト】鎮守の森コミュニティ研究所
【参考書籍】広井良典,『人口減少社会のデザイン』,東洋経済新報社,2021
【参考書籍】広井良典,『ポスト資本主義―科学・人間・社会の未来 』,岩波新書,2015
【参考書籍】広井良典,『定常型社会-新しい「豊かさ」の構想』 ,岩波新書, 2001

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

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