リジェネラティブ農業の成功要因は?コスタリカ「Regenerate Costa Rica」の実践から考える

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2020年、世界中で新型コロナウイルスが発生した。その影響で、2021年現在でも、国を超えてグローバルに人が移動することは難しく、多くの人は自分の住んでいるローカルな地域内にとどまっている。

“Think Globally, Act Locally”(世界規模でものを考え、身近な地域で活動しなさい)とは、よく聞く言葉ではあるが、いまこそまさにこれを実践するときではないだろうか。“Act Locally”──自分の足元を見つめなおすと、学ぶべきことや改善できることが多くあることに気がつく。

足元を見つめなおした際に、見えてくるのが「土」。実は、その土を荒地のままにせず、整えて活用することが、気候変動対策や分断されたコミュニティの再生に、非常に重要なのだ。これが、今回のテーマである「リジェネラティブ農業」である。農地の土壌をただ健康的に保つのではなく、土壌を修復・改善しながら自然環境の回復に繋げることを目指す農業で、気候変動を抑制するのに有用な手法でもある。

今回、中南米のコスタリカでリジェネラティブ農業に取り組んでいる「Regenerate Costa Rica」(以下、リジェネレートコスタリカ)の創立者であるEduard Müller(エドゥアルト・ミュラー)氏に、リジェネレートコスタリカが生まれた経緯や実際の活動内容について話を聞いた。

話者プロフィール:Eduard Müller(エドゥアルト・ミュラー)

Eduard Muller氏の顔写真
国際協力大学(UCI)の創設者兼学長。現在は、リジェネラティブ農業の分野で世界的に知られており、「リジェネレートコスタリカ」を主導。WEALL(Wellbeing Economy Alliance)のグローバルカウンシルのメンバー。また、ユネスコの生物圏保存地域と自然・複合世界遺産委員会の会長も務めている。

コスタリカの大学でリジェネラティブ農業が始まった理由

リジェネレートコスタリカは、コスタリカにある国際協力大学のプロジェクトの1つである。創立者であるエドゥアルトは、サステナビリティを推進するためには、従来の学問における要素還元主義から離脱し、経済、社会、環境の相互作用に着目した学際的な学問を目指す必要があると感じ、1994年に国際協力大学を創立した。

国際協力大学がある首都サンノゼの街並み

国際協力大学がある首都サンノゼの街並み

「2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議のときに、生物多様性への20の戦略的フレームワークを定めたが、その10年後である2020年時点でどの国も達成していなかった。これまでのやり方での持続可能な開発のアプローチは失敗したんだ。生物多様性の損失や肥料の使用、土地利用の変化、気候変動は、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)の主な要因であり、とくに生物多様性の損失と肥料の使用は二大リスクなんだ。しかし、多くの人は気候変動にばかり焦点を当て、炭素を減らそうとしている。これは、学問が専門的になっているからでもあるんだ。エンジニア専攻はエンジニアしか学ばない、とかね。このような懸念から、リジェネレーションというコンセプトを作ったんだ。」

リジェネレーションは、環境や社会、経済、文化、政治、精神性(スピリチュアル)(※1)のすべてに関わる包括的な考え方なのだ。

※1 ここでいうスピリチュアルは、宗教ではなく、倫理や価値観、「私たちは自然である」という認識を指している。

「我々が自然の世話をする必要はないんだ。自然は自ら世話をするんだから。人間のために自然が機能しないといけないのに、我々によって自然が機能していない。SDGsをはじめとする持続可能な開発は、これまでの我々のマインドセットや、やり方から変わっていない。クリエイティブになるには、現在のパラダイムから脱しないといけない。これには2つのやり方があるんだ。1つは古いやり方と戦うこと。しかし、アメリカ出身の哲学者であるバックミンスター・フラーは『戦うな』と言ったんだ。そこで僕は、よりよいシステムを作れば、古いシステムは廃れていくという第2の方法を取った。それが、リジェネレートコスタリカだ。リジェネラティブ開発というコンセプトを実現することが理論上『可能である』のではなく、実際に『起こっている』と示すために、2018年に世界中からリジェネレーションに関する専門家を集め、コミュニティネットワークを作りはじめた。」

リジェネレートコスタリカは、自然環境を破壊することなく社会的正義を実現し全員が豊かに繁栄していくためのドーナツ経済学(※2)の考え方を基盤とし、ブルー・マーブル・エボリューションという評価アプローチを取り入れ、すべての生命体の可能性を再生しようとしている。具体的には、2030年までにコスタリカにある農地の4分の3をリジェネラティブ農業にする目標を掲げている。

※2 ドーナツ経済学の提唱者である経済学者ケイト・ラワース氏とエドゥアルト・ミュラー氏の対談は、こちらのYouTubeから。

堆肥作りと人材育成を同時に

リジェネラティブ農業には、堆肥作りと人材育成が欠かせない。リジェネレートコスタリカのプロジェクトは、その2つを同時に達成しようとしている。まずは、堆肥作りから見ていこう。

コスタリカはエコツーリズム観光立国であり、観光施設を建設するために農地が開発され、地元で生産している作物はなかった。とくに観光業で成り立っていた北部太平洋側にあるグアナカステ州(下記地図の赤枠で囲った場所)は、2020年新型コロナウイルスの影響で経済が立ち行かなくなった。そこに、同年夏頃エドゥアルトはコミュニティ農園を作りはじめた。

Google mapにグアナカステ州をマッピング

Google mapより作成

「荒れ果てた牧草地だったので、1ヘクタール年間1ドルと非常に安く土地を借りることができた。最初にしたことは、1ヘクタールの土地に100トンのコンポストを導入することだ。すると、3、4週間後には少しずつ収穫ができ、2ヶ月も経つと20、30世帯を養うのに十分な収穫量があった。レタスは1ヶ月、トマトは3ヶ月ほどかかっただろうか。もちろんこのスピードは、熱帯気候のおかげでもある。ここでは5、10年で森が再生するくらいなんだ。コミュニティに属する30世帯が食べきれない分はマーケットで売り、定期的に収入が得られるようになった。今年5月に調査したところ、5ヶ月前にはいなかった79種類の生物が戻ってきたんだ。土壌が炭素や窒素を吸収するので、さらにプラスの二酸化炭素を吸収することができるんだ。」

2021年6月のコミュニティ農園の様子

2021年6月のコミュニティ農園の様子

リジェネレートコスタリカは、地下の炭素量をリアルタイムで測ることができるデバイスを開発しているカーボンアンダーグラウンドという団体と協働し、食物生産をしながらどれほどの炭層を吸収しているのかをリアルタイムで測定しているという。

「いま5つのコミュニティ農園を運営していて、約150世帯が所属している。まだ十分な資金はなくとも、堆肥から作りはじめることはできる。ただ、完熟堆肥を作るのには半年かかるんだ。しかし、半年待っていたらうまくいかないので、まずはこちらで用意した堆肥を使ってもらい、本当に食べ物が生産されるのかを実際に目で見てもらう。」

有機堆肥のおかげで食物が育つようになったコミュニティ農園。農園の自然環境だけではなく、コミュニティに住む人々にも変化が見られた。

「これまでは、食料輸入に頼っていたが、いまではホテルで地元産の新鮮で無農薬の野菜を提供することができるんだ。また、ミシュランのシェフなどを呼んで、育てたバジルや花などを乾燥させ、付加価値を付与し、レストランやバーで使用してもらう。活動をはじめる前、この地域では自殺もあったんだ。だから、地元に心理的サポートを提供していたNGOがあったが、いまでは誰もカウンセラーに助けを求めないという。コミュニティのみんなが畑に従事していて、もう忙しいよ。ハッピーなんだ。」

学生の「教育」を通じ、リジェネラティブ農業を広げる

畑に小さな芽が出たら、次はそれを育て、増殖するステップだ。

初期の完熟堆肥はリジェネレートコスタリカで用意するが、その後は、コミュニティの人々自身で堆肥を作り、維持していくことが求められる。そのとき、リジェネラティブ農業の担い手の育成は欠かせない。リジェネレーションコスタリカでは、すべての群(コスタリカの行政区分の1つ)に1つずつある専門学校と協働して、リジェネラティブ農業やリジェネラティブ観光、プロジェクトマネジメント分野において起業家を増やすプロジェクトもスタートさせている。

食物が育っている様子

食物が育っている様子

「現在、まず2つの専門学校と連携を取りはじめたところだ。このプロジェクトを通して、専門学校の学生たちは、地元のコミュニティ農園を技術的に支援できるようになる。さらに、この地域にある550校の小中高校に、それぞれスクール農園を作ろうと、いま資金集めをしているんだ。このプログラムにおいて、専門学校の学生たちに環境再生型のスクール農園の担い手になってもらいたいんだ。このプログラムがはじまると、小中高校生は学ぶためだけではなく、自分たちで育てた新鮮な野菜や果物を使った朝食と昼食をとるために学校に行くのさ。彼らは専門学校の学生によるサポートを受けられる。だから、専門学校の学生を訓練して、小中高校生が学校で農園を運営できるようにすれば、小中高校生の生徒は肥料の作り方を学ぶことができるし、専門学校の学生たちは、有機肥料を生産し、地元コミュニティで販売することができる。コミュニティは、専門学校の学生たちが作った堆肥を購入し、初期の堆肥に毎年20%ほど追加することで、地域内での資源と経済の循環がはじまる。」

専門学校や小中高校を通じたリジェネラティブ農業の実践は、既存の慣行農業をおこなっている農家にも影響を与えている。

生徒たちがスクール農園で食物を生産している

生徒たちがスクール農園で食物を生産している

「化学肥料を使う農家がいたので、その子どもにリジェネラティブ農業を実践してもらい、親の慣行農業よりも収穫高があることを示したんだ。戦うのではなく、実際にやって説得してきたんだ。専門学校の生徒たちに家族に話してもらえるように教育し、学校を通してコミュニティを形成しているケースもある。子どもたちと関わることは、つまりその親とも関わることなんだ。」

ほかにも、さまざまなステークホルダーと協議し、リジェネレーションの考え方を広めている。地元の市長と話し、リジェネラティブ農業によって増加した税収入を地元の発展に戻すよう促したり、観光面では、グアナカステ州を世界で最初の環境再生型観光地区にし、観光客が地元の自然やコミュニティと相互交流できるようなプログラムを観光業界の人に考案したりしている。また、家畜農家とも協働し、多くの炭素を土壌に固定することができるリジェネラティブシステムを取り入れるよう働きかけている。さらに、テクノロジーも活用し、Seedsと呼ばれる仮想通貨を導入し、地域経済圏を強化しようとしている。

「論より証拠」。「実例」を見せる、静かな抵抗運動

田畑の世話をしたことがある人ならわかるかもしれないが、「耕す」ことは、言うほど簡単ではない。土地の環境にも依存するし、まして、リジェネラティブ農業という新しい手法をはじめることは、周囲の理解も得にくいだろう。それでもエドゥアルトは、「批判」ではなく、新しいやり方を「実践」し続けて証明することで、新しい道を切り開いている。

「古いパラダイムを批判するだけでは無駄だった。だから、物事は違うようにもできるんだと実践することで証明しているんだ。もし変化を起こさせたいのなら、自分からはじめないといけない。なぜなら、自分自身を変え、その変化を家族や友人、地域社会と共有することで、違いを生み出すことができるから。まず、堆肥作りからはじめて、美しい庭を作れば、隣の人が『どうやったの?』って聞いてくるでしょう。それは価値があるってことなんだ。そういうよいストーリーやナラティブが必要なんだ。たとえば、『Kiss the Ground』というリジェネラティブ農業に関するドキュメンタリー映画とかね。これからは、従来とは異なるタイプの開発や仕事が必要だ。」

ガーデンで水やりをしている

Image via shutterstock

また、環境再生型のコミュニティ農業は決して一人ではできないが、他者と協働する際に必要なことはなんだろうか。

エドゥアルトは、「エゴをなくすこと」と「深く聴くこと」と応えた。

「直接町や村に行き、人々の話を聞きます。最初にしなければならないことは、エゴをなくすこと。そして次は、深く聴くこと。だから、たとえ私が多くの人から専門家と思われていても、私がコミュニティに行くときは、私はまず彼らの話を聞く。自分の考えを押し付けるのではなく、彼らの話を聞き、自分が何をできるかを知り、彼らができることから構築していきたい。彼らは自分たちの状況を恥ずかしいと思い、自分には無理だと思ってしまう。しかし、もし私が彼らのそばに座り、『教えてください』と言うことができれば、『子どもの頃は豊かな生活を送っていたのに、いまは極貧の生活を送っています。親が観光客に土地を売ってしまったからです。私たちは土地の所有者ではなく、庭師として残されたのです』という話をしてくれる。耳を傾け、理解し、共感することで、一緒に構築することができる。協力とは、解決策や小切手を持参することではない。それは依存症だね。」

希望を感じるナラティブと、新しいやり方が現実的に可能なことを示す事例。これがあれば、ある一地域ではじまった「静かな抵抗」を、より大きな「ムーブメント」に変えていくことができるのだろう。

編集後記

コスタリカで起こっている「静かな抵抗」を見てきた。それは、直接的に何かを否定するのではなく、オルタナティブなやり方を示すことで、人の興味を惹き、行動を変えるやり方だ。そのなかでも、学校との協働プロジェクトは、リジェネラティブ農業のアイデアを広めるという点において、成功要因の1つだと言えよう。

リジェネレートコスタリカがおこなっているコスタリカの事例はあくまで一例で、気候の異なる日本で同じことはできないかもしれない。しかし、より多くの人が、それぞれのローカルな地域で、ローカルにある自然環境や人々と対話をしながら、できることを小さく穏やかに実行していくことで、大きなムーブメントに変わっていくのだと思う。そこには、確かに新しい農業、さらには生き方がある。

リジェネラティブ農業は、人間がつけた傷跡を、再び人間の手によって回復させようとする試みだ。つまり、一度「破壊」してしまった自然を、再び「創造」させようとしているのだ。人間の自己都合であることは否めないが、人間が地球上に存在する限り、人間の根源的な欲求である「破壊」と「創造」は繰り返されていくだろう。この2つは紙一重でもあるからこそ、地球の声を深く聴いて、バランスを失わずにいたい。

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【参考サイト】Regenerate Costa Rica

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