【イベントレポ】アシックスの「カーボンフットプリント世界最少スニーカー」社内外を越境するイノベーションをどうつくる?

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気候変動により、地球の温度はますます上昇しています。国連によると、1800年代に比べて地球の気温は1.1度上昇しているといいます(※1)。このまま気温上昇が続けば、人類は自然災害や紛争、食料不足などさらなるリスクにさらされるでしょう。

気候危機は環境だけでなく、社会や政治、世界システムなど複雑に絡み合って私たちの前に立ち塞がっています。

私たちは、複雑な問題が組み合わさっているこの気候危機に対して、どう向き合っていけばいいのでしょうか。ますます進行の一途をたどっている気候変動を抑えていくためには、これまで以上の大胆な改革が必要だ──そんな想いから、IDEAS FOR GOODと株式会社メンバーズが始めた共創プロジェクトが「Climate Creative(クライメイト・クリエイティブ)」です。

Climate Creative企画ではこれまで、数々のイベントを開催してきました。(過去のイベント一覧)

10回目となる今回は、「アシックスの『カーボンフットプリント世界最少スニーカー(※2)』社内外を越境するイノベーションをどうつくる?」と題し、株式会社アシックス・サステナビリティ統括部長の吉川美奈子さん、株式会社アシックス・スポーツスタイル統括部開発部の松本雄介さんのお二人を招き、どのようにしてカーボンフットプリント世界最少を実現したのか、お話しいただきました。

IDEAS FOR GOODでは、過去にシューズのサステナブルな仕組みなども取り上げましたが、この記事では、そのイベントの第一部の様子をお伝えします。温室効果ガス排出量の削減が難しいと言われるシューズ。どのようにして「カーボンフットプリント世界最少」を実現したのでしょうか?

話者プロフィール:吉川美奈子(よしかわ・みなこ)

吉川 美奈子株式会社アシックス サステナビリティ統括部長。ドイツ銀行、P&Gを経て、2011年アシックスにCSR部長として入社。サステナビリティ戦略と体制のグローバル化を推進。グローバル広報室長、リスクマネジメント担当部長、CSRサステナビリティ部長を経て、現在に至る。

話者プロフィール:松本雄介(まつもと・ゆうすけ)

松本 雄介株式会社アシックス スポーツスタイル統括部 開発部。アパレル品質管理経験(繊維製品品質管理士)を経て、2014年アシックス入社。2017年よりスポーツスタイル統括部にて、グローバルでのスポーツスタイルシューズ開発に携わり、CO2最少スニーカーであるCM1.95の商品開発を担当する。

カーボンフットプリント世界最少のスニーカー

アシックスは、一足あたりの温室効果ガス排出量を1.95kgCO2e(※3)に抑えたスニーカー「GEL-LYTE Ⅲ CM 1.95」(以下「CM1.95」)を開発。アシックスによると、これまでのシューズの世界最少CO2排出量が2.94kgだったため、それを抑える数値となりました。

アシックス

シューズは、温室効果ガス排出量の削減や可視化が特に難しいと言われています。吉川さんによると、「シューズ業界では年間約200億足が生産され、世界の温室効果ガス全体の1.4%を占めている」と言います。

「アパレルの中でもシューズは多くの材料やパーツからできており、構造が複雑なため、どうしても製造工程が多くなってしまいます。その結果、製造工程におけるCO2排出の可視化が複雑で、削減も難しいという課題があります」

アシックス

アシックスは「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標」を掲げています。通常、バリューチェーン全体の中で材料調達と製造時のCO2排出量が全体の約70%を占めています。バリューチェーン上流でのCO2削減を目指し、目標達成のための重要なマイルストーンとして、温室効果ガスの排出を削減したスニーカーの開発が決まったそうです。

CO2排出量をどのように削減したか?

温室効果ガス排出量の削減が難しいと言われるシューズですが、どのようにして「カーボンフットプリント世界最少」までを実現したのでしょうか?CM1.95の開発を担当した松本さんから、開発する上で特にこだわった三つの取り組みが紹介されました。

アシックスイベント画像

一つ目はサトウキビなどを原料とした複数のバイオベースポリマー(生物由来のポリマー)を配合した「カーボン・ネガティブ・フォーム」を採用し、ミッドソールを開発したことです。サトウキビの成長過程でCO2を吸収し、その吸収量がフォーム材作製に必要なCO2排出量よりも大きいため、カーボンネガティブを実現できたと言います。

二つ目は、パーツの数を半分に減らしたことです。通常、シューズは約50のパーツから成り立つそうです。松本さんによると「パーツを減らすと製造工程が減り、温室効果ガスの削減にも繋がります。ただ、単にパーツを減らしてしまうとシューズとして強度が失われることが課題でした。そこで、アッパーの補強パーツとしてテープ形状パーツを必要量のみカットし、折り返して配置することで、少ないパーツで補強し、廃棄を減らす工夫をしました」

アシックスイベント画像

三つ目は、パーツの型抜きにパズルのような配置を採用したことです。すき間なくぴったりと組み合わせることで限りなくロス率を削減しました。パズルのように配置するためには左右対称のデザインにする必要がありますが、足の形は内側と外側で異なるため、左右対称のデザインにするのが難しく、その点もこだわったポイントだと松本さんは話しました。

アシックスイベント画像

『攻め』と『守り』に分けた戦略

CM1.95がCO2世界最少を実現できた成功要因として、吉川さんは戦略、体制・姿勢に分けて次のように説明しました。

「戦略として『攻め』と『守り』に分けてCM1.95の開発を進めました。『攻め』の部分は、今までの当たり前を見直したこと、それからCO2削減を目指しながらも品質を妥協しなかったことです。日本のお客様(ランナー)は特に耐久性のある製品を求めており、環境に良いシューズを販売しただけではお客様に喜んでいただけません。履き心地の良さを徹底的に追求しました。一方、『守り』の部分はCO2算出の精度を向上させたこと、国際規格ISOに準拠した第三者認証を取得しました。」
品質に一切の妥協を許さない開発部と、材料生産に係るCO2排出量などCO2算出範囲を広げ、精度を向上させながらCO2排出量削減を目指すサステナビリティ統括部が何度も議論を重ねることで、今回のイノベーションに繋がったと話します。

アシックス

「経営計画の中でCO2削減が掲げられていましたが、トップダウンでの決定だけで開発を進めたわけではありません。元々現場から『CO2を極限まで削減したシューズが作りたい』という声が挙がっており、トップダウンとボトムアップを融合できたことが、現場のモチベーションが高く維持されることに繋がり、良かったのだと思います。開発の初期段階から開発、サプライチェーン、コミュニケーション、マーケティングなどさまざまな部署が広く携わり、議論を重ねてきました。これまでにやったことのない、CO2排出量を最大限に削減するスニーカーを開発するにあたって困難も多かったのですが、各々の知見を集められたからこそ実現できたと感じています」
複数の部署が共創する過程で培った各部署内におけるサステナビリティに関する知識やCO2削減の技術は、アシックスの「無形資産」だと吉川さんは語りました。

また、CM1.95の開発にあたって欠かせなかったのが、サプライヤー工場との協働だと言います。吉川さんは「シューズの製造はベトナムにある工場に外部委託しているのですが、工場は『製造時のCO2排出量を計算するための詳細な情報を開示してほしい』とこれまで言われたことがなく、最初は戸惑っていたようです。工場からのデータの中には、CO2排出量が予想よりはるかに低いものもあり、アシックス側から『きちんと調査してからでないとデータを使えない』と伝え、算出の精度を上げるためのやり取りを繰り返しました」と話しました。正しいCO2排出量をお客様に伝えるブレない姿勢と、工場との丁寧なコミュニケーションが、結果として透明性の高いCO2排出量データの開示に繋がったそうです。

工場との取り組みとして、CO2削減のため、サプライヤー工場に太陽光パネルを設置を実現しました。吉川さんによると、ベトナムは太陽光発電の割合がベトナム全体の5%しかないそうです。アシックスはグリーン調達方針を設けており、グリーン調達方針の中に長期的な再生可能エネルギーの調達も掲げていたため、グリーン調達方針に則って工場との話し合いを進め、太陽光パネルの設置に繋がったと言います。

CM1.95の開発にあたり困難なことが多く、苦労された様子が垣間見えました。そんな困難な状況においても、各部署が自分ごととして主体的に開発に取り組み、「たとえ失敗しても学びになるから、開発に取り組んでみよう」という前向きな姿勢と誠実な努力が実を結んだのだと感じました。

これまでに挑戦したことのない商品を開発するには社内を含むステークホルダーの説得が必要となりますが、今回のお話を通して、社内での連携やサプライヤーとのコミュニケーションの取り方など、ヒントが沢山ありそうです。

次回のイベントも、ぜひご期待ください!

第2部では、「サステナビリティに取り組む価値」を社内部門間およびステークホルダーにどう伝えていくかについて吉川さん、松本さん、Climate Creative事務局でディスカッションし、第3部でもイベントに参加した方々と今後の取り組み展望などについて対話をしました。
第2部のクロストークのアーカイブ動画はClimate Creativeコミュニティ参加者のみのご覧いただけます。(コミュニティには主にイベントご参加の皆様をご招待いたします。参加者募集中・過去のイベントはこちらから。)

※1 What Is Climate Change?-United Nation
※2 ※2023年9月時点、製品ライフサイクルにおける温室効果ガス排出量が開示されている市販シューズを対象としたデータに基づいています。
※3 2022年8月にISO14067規格に準拠してアシックスが実施し、SGS (Société Générale deSurveillance) Japanによって検証された計算に基づく。

【参照サイト】GEL-LYTE Ⅲ CM 1.95 – 特集ページ(アシックス公式)
【参照サイト】GEL-LYTE Ⅲ CM 1.95 – カーボンフットプリントレポート
【参照サイト】GEL-LYTE Ⅲ CM 1.95 – YouTube(アシックス公式)

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