日本のレジャーとしての旅の起源は江戸時代の「伊勢参り」にまでさかのぼる(※1)。参拝を主たる目的とした徒歩での移動から、何百年もの時を経て移動手段や距離は変化し、現代に生きる私たちは無限にある選択肢の中から自らの意思で自由に旅を楽しめるようになった。
選択肢が多く、自由であるからこその大変さもある。どこに行けばいいか分からない、旅先の混雑や過密スケジュールによって疲れ果てて帰ってくる、などといった経験をしたことがある人も少なからずいるだろう。
疲弊しているのは旅行者だけではない。近年、特定の観光地では訪問客の増加によって、地元住民の生活や自然環境に悪影響を及ぼすオーバーツーリズムが問題になっている。その対策として観光税の導入を検討、実施している自治体が増加傾向にある(※2)ことからも、旅がもたらす環境への影響の大きさが感じられる。
これから先も自由に楽しく旅を続けられる世界を維持していくために。いま、自分のペースで目的地をまわり、地域文化を体験することに時間をかける新しい旅のスタイル「スロートラベル」を好む人が増えている。本記事では、人も環境も豊かにするスロートラベルのヒントとなる、世界のユニークな事例を紹介していく。
人も街もハッピーに。スロートラベルのヒントになる事例5選
01. 移動時間をゆっくり楽しむ旅はいかが?ヨーロッパで夜行列車の人気が復活
旅に出るとき、出来るだけ早く目的地に着くために、最短かつ効率的な移動手段を選びがちだ。しかし近ごろのヨーロッパでは、気候変動への懸念からあえて時間のかかる夜行列車など鉄道の旅を選ぶ人が増えている。鉄道での移動は飛行機に比べて温室効果ガスの排出量をわずか5分の1程度に抑えることができるからだ(※3)。
2019年、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが飛行機を使わずに移動する様子が報道された。そしてそれが、人やものの移動が地球にどれほど大きな負担をかけているかを考えるきっかけになった。飛行機に乗ることを「恥」とし、鉄道などの移動手段をすすめる「Flight shame(フライトシェイム)」という言葉が生まれたことも世間の関心の高さによるものだろう。
今再注目されているヨーロッパの夜行列車だが、1990年代頃から衰退傾向にあった。格安航空会社の出現で人々が飛行機を利用しやすくなり、夜行列車の需要が激減したのだ。2019年までにドイツとスイスは夜行列車を完全に売却または廃止し、ヨーロッパの旅客夜行列車の総数は2001年の週約1,200本から約450本にまで減少した。
しかし、気候危機に対する意識の高まりを受けて、鉄道会社やEU各国政府は、かつて世界各地を結んでいた夜行中距離鉄道網を再運営するよう動きはじめている。長距離および、国境を越えた旅客鉄道の促進のため、欧州委員会は高速鉄道の輸送量を2030年までに2倍にし、2050年までに3倍にする目標を掲げている(※4)。
環境負荷を小さくするのはもちろん、車窓からの眺めを楽しみながら移動できることは、鉄道旅ならではの醍醐味だ。時間に追われずに過ごす旅の中で、忙しない日常で見落としていた何かを発見できるかもしれない。
【参照サイト】Climate Concerns and Air Travel Chaos Are Reviving Europe’s Overnight Trains. Here’s What It’s Like On Board
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02. 「現在地から○○時間でいける場所は?」電車旅の所要時間を知らせるアプリで旅をより身近に
環境負荷をかけないために電車での旅を決めたなら、移動時間で目的地を決めてみてはいかがだろう。「Chronotrain(クロノトレイン)」はヨーロッパの各駅からの移動時間を検索できるアプリだ。地図上で選択した出発地から目的地までの移動時間や乗り換えの回数が表示される。8時間以内であれば、指定した移動時間で行ける他の旅行先も検索することができる。
例えば、イギリスのロンドンからフランスのパリまでの所要時間は2時間17分。クロノトレインでは他の都市へ行く場合の所要時間も地図上で同時に見ることができる。各都市の有名な観光地や見どころが簡潔に紹介されていることも興味深い。
行き先が決まったら、クロノトレインのページから、イギリスの電車チケット予約アプリ「Trainline」や、SNCF(フランス国鉄)公式サイト「SNCF Connect(SNCFコネクト)」の予約ページに遷移して、そのままチケットを予約、購入することもできる。
Chronotrainは、自分のスケジュールに合わせて無理なく旅の計画を立てることができるだけでなく、これまで興味のなかった場所への旅のきっかけになるかもしれない。
【参照サイト】Chronotrain
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03. 五感で旅を楽しもう。世界初、デジタルデトックスを奨励したフィンランドの小さな島
旅先の観光地で、スマートフォンで撮影する大勢の観光客の姿をよく見かける。旅の思い出を記録に残すことはもちろん素敵なことだが、私たちは画面越しに見た景色を「実際に見たつもり」になっていないだろうか。
SNSやインターネットから溢れるたくさんの情報から離れて、自分の感覚に集中したい時は、スマートフォンやパソコンから意図的に離れる旅をおすすめしたい。
フィンランドの小さな島、ウルコ・タンミオ島は、2023年夏に世界で初めて島内でのスマートフォンなどのデジタルデバイスの使用を控える「デジタルデトックス」を呼びかけた。同島を訪れた観光客に自然の平穏さと静寂を楽しんでもらうためだという。強制ではなく、あくまでも自発的な行動に委ねるため、緊急時にはもちろん携帯電話を使用することができる。
普段意識することのない自然の音や匂い、景色に触れる時間は、オンライン上では体験できない新しい発見に溢れているだろう。すべての機器の電源をオフにして五感を刺激する旅に出るのもいいかもしれない。
【参照サイト】Phone-free zone: Finland introduces world’s first digital detox tourist island
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04. 暗闇、デジタルデトックス、健康的な食事。いま注目される「リトリート」とは
日常から離れてセルフケアに集中したいなら、普段の生活環境から離れ、ゆったりとした時間の中で心身の回復を目指す「リトリート」旅がおすすめだ。自身で意識して過ごすだけでも十分だが、専用施設に宿泊することでより高い効果を実感できるだろう。
リトリートと一言で言っても、その種類は多岐にわたる。ヨガやスパなどリラクゼーションを目的にしたものから、自然の中で過ごすアドベンチャーリトリートなど、世界中に独自のプログラムを持つユニークな施設がある。
アメリカ・オレゴン州にある「Dark Retreats Oregon(DRO)」は、完全に真っ暗な環境で過ごすための場所と健康的な食事を提供する宿泊施設だ。私たちの身の回りに溢れるあまりにもたくさんの情報や、目に入るすべてを遮断し、自分自身に向き合うことでストレスを軽減し、集中力を高めることができる。あるがままの自然と静寂の美しさに囲まれた、広大な森の中で過ごす日々は、自分自身を見つめ直す最高の機会になるだろう。
【参照サイト】BookRetreats: Dark Retreats in Oregon
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05. 「どこへ行くかは当日までのお楽しみ」プロがオーダーメイド旅を提案
いつ、どこで、誰と、何をするか。旅の計画は忙しい人にとって、ときにストレスすら感じるものだ。その道のプロが自分のための旅を企画してくれたらどんなに楽だろう。
イギリスのBlack Tomato社は2005年の創業以来、世界中の旅行者のためにオーダーメイドの旅行を提供している。予約方法は非常に簡単で、同社のオンラインサイトから、誰と行くかや、季節ごとのおすすめの場所やキーワードなど、旅のヒントとなる項目を選択し、送信するだけ。あとはそれらのヒントをもとにしたユニークでインスピレーション溢れる旅の企画の回答を待つだけだ。
旅行会社のパッケージツアーとの違いは、より顧客のニーズに沿った旅を提案している点だ。例えば「サステナブルツーリズム」をリクエストをすれば、旅先の環境や文化に配慮した持続可能な旅を提案してくれる。
多様化する一人ひとりの価値観に合わせた旅を提案してもらえるサービスは今後もますます求められていくだろう。
【参照サイト】Black Tomato
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編集後記
筆者自身、年齢や環境の変化とともに「何もしない」旅の良さを感じるようになった。肩の力を抜いて何もしないのもまた最高の贅沢だ。
旅は人生を豊かにし、自分自身を成長させてくれるが、気候変動への危機感や、サステナビリティへの意識から、旅そのもののあり方が大きく変化しようとしている。私たちは今何をすべきなのか、考え始めればきりがないが、新しい刺激やまだ見ぬ誰かに出会うために私たちはまた旅に出るのだろう。
※1 公益財団法人 日本交通公社「旅行文化変遷史(I)〜変わり続ける旅のスタイル<戦前編>」
※2 株式会社第一生命経済研究所「海外旅行がますます割高に?〜世界的に観光勢拡大の動き〜」
※3 一般社団法人 日本民営鉄道協会 鉄道Q&A「鉄道は、自家用車や飛行機などの交通機関と比べて環境にやさしいと言われますが、本当ですか?」
※4 日本貿易振興機構(ジェトロ)「欧州グリーン・ディールとEUの鉄道政策、その現状と課題は(EU)」
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