「2023年は、記録的な気候変動の年となった」
昨年、IDEAS FOR GOODで公開した、2023年のハイライトをまとめた記事は、そんな一文から始まっていた。そして今年もまた同様に、そんな一文から始まるような一年だった。「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」
という昨年7月の国連事務総長の言葉は、まだ記憶に新しい。そして今も12月の東京では、クリスマスの装飾が街を彩る一方で、季節外れの美しいイチョウの葉が風に舞っている。
「気候変動の正念場を迎えている」
UNEPのインガー・アンダーセン事務局長は、2024年10月に公開された「排出ギャップ報告書 2024」の中で、そんなふうに述べている。2024年は、世界が分岐点に立ち、各国の政策や個々の行動が未来を大きく左右する一年となった。
この一年、決してなんの変化も起こらなかったわけではない。本記事では、日頃から世界のソーシャルグッド事例をウォッチするIDEAS FOR GOODが2024年に注目した、「気候変動に関する出来事」を振り返っていく。
2024年に起こった、気候変動をめぐる10のハイライト
01. EU、根拠のない「エコ広告」規制を再強化(1月)
EUは1月、根拠のない環境主張を禁止する新たな規制を正式に合意した。2026年からは、証明書なしに「環境に良い」と主張することや、カーボン・オフセットを根拠に環境への良い影響を訴えることが禁止に。また、公的機関やEU承認以外のサステナビリティ・ラベルの使用も認められなくなる。さらに、製品の耐久性にも焦点が当てられ、短寿命設計や修理不能な製品の誤解を招く宣伝も禁止される。
一方で、厳しい規制が企業の環境対策意欲を低下させる「グリーンハッシング」への懸念も挙げられた。企業はCO2削減への実行力と信頼性の高いクレジットの活用が求められ、消費者には本当に必要なものを選ぶ意識が一層重要となるだろう。
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02. スペインでGrowth vs Climate会議が開催される(3月)
2023年に欧州議会で開催された「Beyond Growth会議」を皮切りに、環境と社会の調和を目指す「脱成長(デグロース)」という言葉を聞く機会が欧州で増えている。3月には、スペイン・バルセロナで「Growth vs Climate Conference(経済成長と気候を考える会議)」が開催され、世界的な気候危機や環境問題に対処するため、経済成長の再考が議論された。
会議では、バルセロナ市がドーナツ経済学を採用し、持続可能な都市開発を進める事例や、共有資源を市民の手に取り戻す「コモンズ」の視点が紹介された。環境負荷を減らしながら人々の幸福を追求する、新たな経済モデルの可能性が模索された。
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03. 世代と国境を越えて。気候正義を求める歴史的な訴訟(4月)
4月、スイスのシニア女性グループ「KlimaSeniorinnen」が、気候危機への対策不足は「人権侵害」であるとして、欧州人権裁判所で勝訴。裁判所は、スイス政府が高齢女性を気候変動の影響から十分に保護していないと判断し、温室効果ガス削減の強化を求めた。また、この動きはアジアでも。9月には、韓国憲法裁判所が政府の気候対策が将来世代の基本権を侵害していると判断。政府は2031年以降の具体的なCO2削減目標を策定するよう命じられた。これは、アジア初の歴史的判決として注目された。
そして12月、米国サンフランシスコの私立高校「ヌエバ・スクール」の学生たちが学校の化石燃料投資撤退を実現。理事会は基金の一部を再生可能エネルギーに再投資することを承認し、学生主導の運動が成果を上げた。高齢者から若者、アジアから欧州まで、こうした運動は世界中で広がり、私たちが感じる無力感を打ち破る大きな一歩となった。
04. ブラジル含む4ヶ国が「世界3,000人の億万長者への課税」に署名(4月)
2024年1月のダボス会議では、250人以上の億万長者が「Proud to Pay More」という公開書簡を通じて、世界のリーダーたちに富裕層へのさらなる課税を求めた。さらに、今年4月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議では、ブラジル、ドイツ、スペイン、南アフリカの財務大臣らが、世界の億万長者に最低2%の課税を提案する署名に賛同。この提案が実現すれば、年間2,500億ドル(約38兆円)の税収が見込まれ、貧困や格差解消に向けた施策に活用されるとされている。
富裕税(Net Wealth Tax)は、個人や世帯の純資産に定期的に課税する制度で、所得税とは異なり、資産そのものが対象となる。かつてヨーロッパの多くの国で導入されていたが、1995年から2007年にかけて多くが廃止された。現在では、フランス、ノルウェー、スイスなど一部の国で実施されている。今年は特に富裕税に対して再注目された年でもあったが、引き続き、富の二極化を打破しうる政策として、今後各地で議論される価値があるだろう。
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05. 成長依存からの脱却。貧困解消と持続可能性を目指す新たな経済モデルの開発(5月)
5月、国連の極度の貧困と人権に関する特別報告者であるオリヴィエ・デ・シュッター氏は、レポート『Eradicating poverty by looking beyond growth(成長を超えた先を見据えることで貧困を根絶する)』を発表した。この報告書では、経済成長に依存しない貧困解消の必要性が強調されている。従来の成長モデルは環境限界を無視し、持続不可能であると指摘し、代わりに社会的平等と環境の持続可能性を両立させる新たな経済アプローチを提案している。
さらに、2024年9月の研究では、世界人口85億人が適正な生活水準を享受するために必要な資源は、現在の消費量の30%で十分であることが示された。この研究は、経済成長に依存せず、資源の効率的な利用と分配によって、全人類の生活水準を向上させる可能性を示唆している。これらの報告や研究は、経済成長至上主義から脱却し、持続可能で公平な社会構築への転換を促す重要な指針となった。
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06. 再生可能エネルギーの拡大と期待の高まり(6月)
2024年6月、国際エネルギー機関(IEA)は、世界中で再生可能エネルギーへの投資額が化石燃料の2倍に達したと発表した。今年の風力、太陽光、蓄電池への投資額は2兆ドルに上る見込みであり、2023年の7,350億ドルから大幅に増加している。この急増は、脱炭素化とエネルギー転換を加速させる世界的な動きを反映しており、持続可能なエネルギーへの期待が高まっていることを示している。
イギリスの企業Sunsaveは、初期費用なしで太陽光パネルを設置できるサブスクリプションサービスを開始。これにより、多くの家庭が手頃な価格で再生可能エネルギーを利用できるようになり、既に7,000以上の世帯がウェイティングリストに登録されている。さらに、イタリアのスタートアップ9-Techは、太陽光パネルの素材を最大99%リサイクルする技術を開発。2040年頃に予想される大量廃棄問題への対策が進められている。今後も、再エネの動きには注目が集まるだろう。
07. 欧州委・持続可能な製品のための「エコデザイン規則」の発効と、修理する権利拡大の流れ(7月)
モノも思い出もつながりも直す。オランダの「リペアカフェ」を映したIDEAS FOR GOODのオリジナルドキュメンタリー【上映会レポート】
持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)が7月に発効された。耐久性や修理可能性、リサイクル性を重視し、炭素や有害物質への規制を強化。エネルギー・資源効率やデジタル製品パスポートも要件に含まれ、公共調達にも適用される。
また、これを補完するものとして「製品の修理を促進する共通指令」も発効。メーカーに修理義務を課し、消費者には修理費用や期限の明確な情報提供を義務付ける。EU全体で修理サービス検索プラットフォームを構築し、修理選択時の法的保証を12カ月延長することが定められた。
IDEAS FOR GOODでは、こうした流れを受けてオランダ発祥の「Repair Cafe(リペアカフェ)」をテーマにドキュメンタリーを制作。壊れかけた「モノ以上のもの」を直す人々の物語が収められている。日本でも、2024年7月にサーキュラーエコノミーに関する関係閣僚会議が開かれたが、循環を通じた地域活性化やライフスタイル転換の必要性が議論された一年となった。
【参照サイト】持続可能な製品のためのエコデザイン規則が発効。欧州委、今後の予定を公表 (外部サイト)
【参照サイト】EU「修理する権利」指令が発効。加盟国は2年以内に国内法として適用へ(外部サイト)
08. EUが生態系回復を目指す「自然再生法」を承認。世界で広がる「自然の権利」(8月)
欧州連合(EU)は、自然環境の回復と生物多様性の保全を目的とした「自然再生法」を8月18日に発効した。この法律は、2030年までにEUの陸地と海域の20%以上、2050年までに再生が必要なすべての生態系を回復することを目標としている。加盟国間での意見の相違や反対もあり、最終的な承認には時間を要したが、議論を経て2024年2月27日に欧州議会で採択された。この法律の成立により、EUは生物多様性の危機に対処し、持続可能な環境の実現に向けた取り組みを強化することとなる。
2024年は、世界で自然環境や生態系が法的な権利を持つべきだという「自然の権利(Rights of Pechamama)」のための取り組みが急速に広がった年となった。これは、樹木、海、動物、山々を含む生態系が、単なる資源ではなく、人と同じように権利を持っていることを認め、尊重することである。
中でも、2024年7月7日に、エクアドルの裁判所は、マチャンガラ川が汚染されている現状は川の権利を侵害しているとの判決を下した。自然の権利が認められるだけでなく、それが行使され自然が守られる事例が増える一歩となりうるような、歴史的な判決となった。
【関連記事】法廷に立つ「自然」は気候危機を止めることができるか
09. 気候教育の変化。ブラジルでは、2025年までにすべての学校で気候教育を義務付け(10月)
2024年は気候変動教育の重要性が世界各地で認識され、多様な取り組みが動きだした。5月、スコットランドの市民パネルは、気候変動を小学校から高校までの必修科目とするよう政府に提言。10月には、ブラジル政府は2025年までに全ての学校で気候カリキュラムを導入する計画を発表し、若い世代の環境意識向上を目指している。
また、アメリカ・ニューメキシコ州では、音楽教育を通じて先住民の視点から環境問題を学ぶプログラムが展開。気候変動教育が単なる知識伝達に留まらず、文化的背景や社会的文脈を考慮した包括的なアプローチへと進化していることを示しているだろう。
10. 気候変動政策への今後。選挙イヤーとなった2024年(11月)
2024年は欧州と米国で重要な選挙が行われ、気候変動政策に大きな影響を与えた。米国ではトランプ氏が再選し、「アメリカファースト政策」のもと化石燃料産業の振興やパリ協定からの離脱が再浮上している。一方で、サーキュラーエコノミーの視点からは、国内生産回帰によるサプライチェーンの再構築や製造業の人材育成、リペア・リユースの促進による地域経済の強化、バイオマスプラスチックの国内生産拡大、リサイクルや再エネ発電施設への投資、農業分野への人材投資が注目されている。
欧州では、フランスやドイツで右派政党が躍進し、気候変動政策への懐疑的な姿勢が広がりつつあるが、EU全体では再生可能エネルギーとグリーンインフラへの投資を拡大し、引き続き炭素中立社会の実現を目指している。米欧両地域に共通するのは、地域経済の活性化とサーキュラーエコノミーの推進が、気候変動対策と経済成長の両立においてカギを握るという認識である。
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アイデアで、人々が互いに支え合える「やさしい」社会をつくる
2024年は、記録的な気候変動、社会の分断、終わらない戦争という混沌の中で、世界は多くの挑戦に向き合ってきた。もし一人でモヤモヤを抱えていたら、こうして振り返ってみよう。すると、世界には声をあげる人がいて、アクションを起こす人がいて、本当に少しずつ、でも着実に前に進んでいることに気づく。
編集部では、定期的にメディアとしてのパーパスを見返すことがあるが、今年最後の記事に、改めてここに置いておきたい。
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Edited by Erika Tomiyama