ただ「労わる」のではない。新たな視点をもたらすウェルビーイングの実践5選【2025年ハイライト】

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社会で広く使われ始め、SDGsの次を担う指標にも組み込まれるとささやかれる「ウェルビーイング」。

表層的な使い方をすれば、ただ心身を労わり穏やかな時間を過ごすことに聞こえるかもしれない。しかし、今や世界には「何から距離を置き、何を取り戻すためのウェルビーイングなのか」「誰の視点に立ったウェルビーイングなのか」など、深くその目的や意義を問いかけた上で動き出した取り組みが生まれている。

本記事では、世界のソーシャルグッドな取り組みをウォッチするIDEAS FOR GOODが2025年に出会った取り組みの中から、そんな「ハッとする」ようなウェルビーイングの切り口を与えた事例を5つ厳選して紹介する。

世界のウェルビーイング事例5選

01. デジタルは全て遮断。広がり続ける「オフライン」によるケア

オランダの駅に、電子機器NGの“オフライン・ゾーン”現る。スマホを預けて、自分と向き合う時間を

2024年に紹介したオランダ発のオフライン・カフェは、2025年も多様な広がりを見せた。同国ユトレヒトの駅には、電子機器使用禁止の空間「ザ・オフライン・ゾーン」が登場。利用者は、入口横に設置されたロッカーにスマホを預け、鍵をかけてから、ブースに入ることができる。

AIが普及しデジタル化が否応なく進む社会において、私たちはオフラインの時間を能動的に設けることでちょうど良いバランスを保とうとしている。それが決して孤独な時間にならないよう、カフェのように一人でいることも雑談することも許されるコミュニティが支持を集めているのだろう。

02. 高齢化が進む日本で「生」と「死」を支え合う場所

ここは診療所と大きな台所があるところ。軽井沢の森小屋「ほっちのロッヂ」で育まれる“互いをケア“する関係

長野県軽井沢町に拠点を置く「ほっちのロッヂ」は、2020年4月に開業し、診療所、訪問看護ステーション、共生型通所介護、病児保育など、多岐にわたる在宅医療サービスを提供。ただしここは、診療所としての機能に閉じていない。大きな台所を中心に、誰もが自由に訪れ、様々な活動に参加できる環境を整えている場所だ。

診療室にはちゃぶ台が置かれ、一般的に想像する「診療室」とはまったく異なる風景がある。診療所でありながら誰でもふらっと訪れることができる場所で、町の人々が集まり、ほっちのロッヂのスタッフも一緒になって、みんなで食事をとることも日常茶飯事。予防接種待ちの時間に、リラックスして本を読んでいる子どもたちもいるそう。

医療の現場が、病気を治す以上の役割を担い人や地域コミュニティを支える形を教えてくれる事例だ。

03. “有害な男らしさ”を解体する、ネイルの社会実験

男性が1週間ネイルを塗ってみたら。“有害な男らしさ”を問う、イギリスの社会実験「Hard As Nails」

ウェルビーイングを語るとき、心の健康について語るとき、その主体や対象が女性になってしまいがちではないだろうか。その裏には、男性優位の意識やタフであることが社会的に規範として求められる風潮がある。これが男性に対して過度なプレッシャーや不安を与える「有害な男らしさ(Toxic masculinity)」として指摘され始め、「男性も弱さを見せて良い」という考えが広がっている。

イギリスの参加型社会実験・Hard As Nailsは、男性が1週間ネイルをして過ごしてみることで、「男性であること」の意味を考え直すきっかけを生むもの。一般的に女性がするものだと思われているネイルを通じて、“当たり前”から抜け出す一歩をサポートしている。アメリカのロサンゼルスで生まれたコミュニティ「Dads Coffee Club」でも、父親向けの子育てクラスや支援が少ないとの気づきから、カフェでコーヒーを片手に父親と子どもが自由に集える時間をつくっている。

一人ひとりの心身の健康は、法律やルールなどの構造だけでなく、社会が「何を当たり前とするか」という規範からも大きく影響を受ける。それを変えるヒントは、ネイルやカフェ時間など案外身近なところに眠っているのかもしれない。

04. 社員が地域や人とつながり直すための「金曜午後」の改革

なんとなくやりすごす金曜午後を、心が動く時間に。社会と出会い直す新習慣「Social Friday」

金曜午後という“最も生産性が低い時間”を、地域や人とのつながりを取り戻す「社会参加のカルチャーシフト」へと再構築するグローバルムーブメント・Social Friday。アメリカ、ドイツ、イギリス、スウェーデン、アルゼンチン、香港など、世界各地で展開されている。企業の業績報告のように、四半期に一度実施することで社会貢献も定期的なリズムのなかで継続することを推奨している。

これまでウェルビーイングへのアプローチは、個人の努力に任される傾向にあった。しかしそれは、社会の構造に規定されることも多い。だからこそ、心身の健康を維持するために「社会システムそのもの」を変えようとするSocial Fridayの広がりは、大きな変化と言えるだろう。

05. テクノロジーとの「コンヴィヴィアル」な関係の模索広がる

“できない”を隠さない「弱いロボット」。開発者の岡田教授と考える、テクノロジーと私たちのコンヴィヴィアルな関係

デジタルを一時的に遮断するオフライン・カフェのような動きもあれば、テクノロジーを「ちょっと弱く」することで人との関係を変えようとする動きも広がりを見せた。豊橋技術科学大学の岡田教授への取材からは、自己完結型のロボットから、人の助けを引き出しながら共生するロボットへ移行することが、寛容さを備えた豊かな社会につながる可能性が見えてきた。

そこでキーワードとなったのが「自律共生」「共愉的」などと訳されるコンヴィヴィアリティという概念だ。

テクノロジーは、必ずしも人間のウェルビーイングを損なうものではない。「その技術は人とコンヴィヴィアルな関係を築くことができるか」と問うてみることで、設計や使い方を捉え直すことが重要だ。すでにそんな問いかけが社会で生まれていることは確かな希望である。

まとめ

こうして、ウェルビーイングに光を当てて一人ひとりの生きやすさを見出そうとする取り組みは増えつつある。その一方で、それが経済的な価値ばかりに換算されてしまう傾向には警鐘を鳴らしたい。社会で謳われるウェルビーイングが、「商品としての」ウェルビーイングに閉じてはいないだろうか。

ウェルビーイングは「買う」もの?ヨガに瞑想、トレーニングの商品化へのアンチテーゼ

心身の健康を守る方法は、何かを消費することで成り立つものとは限らない。本記事で見てきた事例が示すように、意図的にデジタル機器や職場から離れることや、そうした時間を周囲の人と共有すること、それを経済や社会の仕組みに変えていくことも、ウェルビーイングを守るための方法となるのだ。

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