ラオス北部にある古都ルアンパバーンは、町全体がユネスコの世界遺産に登録され、世界中の観光客に人気だ。そのルアンパバーン郊外にある観光名所クアンシーの滝へ行く途中には、もう一つの人気スポットがある。それがLaos Buffalo Dairy(ラオス水牛酪農場)だ。
この酪農場では、水牛やウサギと触れ合ったり、美味しいチーズやアイスクリームを食べられるだけではなく、地域コミュニティに利益が還元されるサステナブルなビジネスモデルを学ぶことができる。今回、創業者のひとりであるオーストラリア出身のSusieに、ラオスで酪農ソーシャルビジネスをはじめたきっかけや仕組みなどについて話をうかがってきた。
水牛酪農場が地域コミュニティにもたらす3つのメリット
Laos Buffalo Dairyのビジネスによって、収入面、雇用面、教育面で地域コミュニティに利益が還元されている。
まず、Laos Buffalo Dairyが農村からメスの水牛を借りることで農家は新しい収入源を得ている。ラオスでは、伝統的に畑での労働や食肉用としてオスの水牛が使われてきたが、メスの水牛は子供を産むためだけに飼われ、ほかに活用されていなかった。そこでLaos Buffalo Dairyではメスの水牛を7、8ヶ月の期間、約100米ドル(日本円で約11000円)で農家からレンタルする。農家は牧草地や施設のレンタル代も得ることができる。
水牛一頭は1200米ドル(日本円で約13万円)の価値があり、ラオスの最低年収とほぼ同額である。そのため、水牛は「歩く保険」として大切にされている。しかし、水牛も生き物であり、世話をするのは簡単ではない。そこで知識と経験のあるスタッフの元、Laos Buffalo Dairyで飼育プログラムを実施することで、通常村で水牛が出産すると40、50%の致死率が約10%まで下がる。
この飼育プログラムでは、国産の水牛に別種の水牛を掛け合わせて遺伝子の良い雑種を作る。なかには雑種にしたくない農家もいるが、良い遺伝子を引き継ぎより多くのミルクを生み出せるため、最終的には喜んでいる人が多いという。
次に、地方で新しいフルタイムの雇用を生み出していることも地域コミュニティへのインパクトが大きい。最低賃金が1.2ミリオンキープ(日本円で約15000円)のラオスで、Laos Buffalo Dairyは職歴のない新卒スタッフにも1.4ミリオンキープ(日本円で約18000円)の給料を渡している。ラオス人スタッフは酪農経験のある獣医をはじめ農業カレッジ出身者など現在48人がおり、半分は女性である。
そして、地域コミュニティとLaos Buffalo Dairyのスタッフに対して、酪農知識や英語を学ぶ機会も提供している。農家だけではなく、実務経験を積む機会がない農業カレッジの生徒や農村の女性たちを対象に、無料ワークショップやインターンシップの機会を与えている。週4日はスタッフと近隣の中学生や高校生に英語レッスンを提供している。
人生半ばでのキャリア転換は、グローバル企業から酪農経営へ
ラオスと聞いて、チーズやヨーグルトなどの乳製品を想像する人はほとんどいないだろう。実際、Laos Buffalo Dairyがラオス初の酪農場だ。
そしてそれを創業したのが、シンガポールに住んでいたオーストラリア人とアメリカ人の駐在員たちというのがおもしろい。創業者の一人であるSusieは、もともとシンガポールで約20年間グローバル企業のジェネラルマネージャーとして働いていた。そのハイキャリアを捨て、なぜラオスで未知なる分野でビジネスをはじめたのだろうか。
「スリランカとラオスを旅行したときに、たまたまスリランカで食べた水牛のミルクでできたヨーグルトが本当に美味しくて忘れられませんでした。ラオスにも水牛がたくさんいるので、同じように乳製品を食べられるだろうと思っていましたが、そうではなかった。ラオスでは乳製品を食べる習慣がなかったのです。」
「ちょうど人生半ばで、ポルシェ(お金)よりもパーパス(目的)を追求したくなった時期でした。自分でビジネスをやりたいという気持ちもありました。最初は一年間子供に新しい経験をさせようと、ラオスでゲストハウスをはじめました。ゲストハウスは、創業者である私、夫Steven、そして友人Rachelのバックグランドであるセールス&マーケティング、建築、料理が活かせると思ったのです。そしてあのスリランカで食べたヨーグルトをゲストハウスでも提供したいと思うようになりました。」
ラオスには多くの水牛がいるが、そのミルクを飲む習慣はなく、ラオス人が「ミルク」と聞けばココナッツミルクや豆乳をイメージするくらいだ。そのため水牛から乳搾りをする方法がわかる人が周りにいないなか、Youtubeを見て勉強しながら、ラオス人の知人に水牛農家を紹介してもらった。
そしてせっかく新しいビジネスをやるなら、サステナブルな方法でラオスの人々を手助けできる方法がいいと、ソーシャルビジネスをはじめることにしたのだ。
異なる国でビジネスをはじめるのは簡単ではない。しかも、牛乳を飲む習慣のない国で酪農経営をするのはより困難だ。それでも、製品の流通先はルアンパバーン市内のホテルやレストラン、カフェなど順次広がっている。また酪農体験ツアーは、トリップアドバイザーで高評価を得ており、観光客を中心に酪農場を訪れる人が後を絶たない。現在の売り上げは、製品販売と酪農場に訪れるツアーで半分くらいづつだという。
今後は、水牛の数を現在の100頭から200頭へ増やし、輸出先として東南アジアや中国に加え、日本にも広げたいという。また、水牛のミルクは牛と比べてカルシウムやタンパク質、ビタミンAが豊富で、コレステロールが少ない。そのため、政府や他のNGOと協力し、低栄養状態の子供たちが多い遠方の村に出向いて子供への栄養教育もしたいという。
言語の問題やスタッフが冠婚葬祭で急に長期的に休んでしまうという文化的な課題はあるが、「村人と私たちがお互いに学びながら運営しています。そして、直接的に地域コミュニティや人々に影響を与えている実感があります」と、楽しそうに生き生きと語ってくれたSusieの顔が印象に残る。
編集後記
東南アジアのなかでも貧しい国に分類されるラオス。シンガポールやタイなどと異なり、経済活動が活発なわけではない。そんなラオスで未知の分野にチャレンジしたのが、ハイキャリアを歩んできた駐在員たちという創業ストーリーが興味深い。
「眠っていた資源を活用し、得た利益を地域コミュニティに還元する」というビジネスモデルもおもしろい。実行するのは簡単ではないが、良いビジネスパートナーを見つけ、お互いに学びながら形にしていく姿勢があったからこそ、Laos Buffalo Dairyを通した素敵なコミュニティが形成されているのだろう。実際、農家とも訪問者ともインタラクティブな活動を大切にしており、着実にファンを増やしている。
自然に囲まれたのどかな田舎で動物と触れ合った後は、美味しく栄養のあるチーズやアイスクリームを堪能する。こんな素敵な休日を、ラオスで過ごしてみてはいかがだろうか。
【参照サイト】Laos Baffalo Dairy