国連によると、2050年には世界人口の68%が都市で生活すると予測されている。1950年には30%にしか過ぎなかった都市部の人口割合は2018年現在で55%と半数を超えており、今後もその割合は増加し続けるのだ。なお、この都市部への人口集中の傾向は、日本でも同様だ。2018年時点で首都東京圏の人口は3544万人と日本全人口の28.3%を占めており、地方創生の掛け声とは裏腹に、より多くの人々が東京へと向かっているのが現状だ。
このように都市への人口集中が進む一方で、世界中の都市の多くは、増加し続ける人々の生活を支えるだけの十分なインフラを持っていない。都市への人口密集は感染病などの衛生リスクを高めるうえ、ゴミ処理や下水処理、交通渋滞や大気汚染などあらゆる問題を引き起こす。
これらの課題に対処するべく、今、世界では「サステナブル・シティ(持続可能な都市)」のあり方についての議論が活発化している。世界のサステナビリティを考えるうえで、都市のサステナビリティは切っても切れない課題となっているからだ。
理想的な「サステナブル・シティ」のあり方を考えるうえで参考になるのが、デンマークの首都、コペンハーゲンの取り組みだ。コペンハーゲン市の人口は約60万人、都市圏全体では約130万人とデンマークの人口全体の5分の1の人々が暮らしているが、サステナビリティに対するその先進的な取り組みから、2014年には欧州委員会から「European Green Capital(ヨーロッパの緑の首都)」に選出されている。
また、コペンハーゲンは2025年までに世界初のカーボン・ニュートラル都市を目指すことを宣言するなど、革新的な政策のもとで人と環境に配慮した都市づくりを進めている。
今回IDEAS FOR GOOD編集部は、実際にコペンハーゲンの街中をめぐりながらサステナビリティの取り組みを取材してきた。ここでは、市が公表しているデータとともにいくつかの切り口からコペンハーゲンのサステナブル・シティへの取り組みをご紹介したい。
世界でもっともサイクリストに優しい都市
コペンハーゲンの街を訪れると、まず目につくのが自転車で移動する人々の多さだ。世界でもっともバイク・フレンドリーな都市にも選出されているコペンハーゲンは、2011年12月に、2025年に向けたバイクシティ戦略、“good, better, best – The City of Copenhagen’s Bicycle Strategy 2011–2025”を策定し、複数の目標を定めてサイクリング専用レーンの拡充や自転車・歩行者専用ブリッジの建設、自転車事故を減らすための交通整備などを多角的に進めてきた。
結果、現在では市内のほとんどの道路に自転車専用レーンがあり、自動車と自転車が共存できる道路の作りとなっている。
実際に、コペンハーゲンには自動車の5倍以上の自転車が走っており、市内で自動車を保有している世帯はわずか29%しかいない。そして、コペンハーゲン市内で通学・通勤している人々の49%が自転車を使っており、コペンハーゲンを走る全てのタクシーが、2台の自転車まで載せられる架台を設置している。
また、電車内にも自転車を無料で持ち込むことができるのも大きい。少し遠い距離の目的地に行くときも、自転車で駅まで行って、そのまま電車に乗って降りてからまた自転車で目的地へ行くという移動が可能なのだ。
自転車は、市内で暮らす人々だけではなく、観光で訪れる人々も簡単に使うことができる。市内にあるホテルのほとんどはレンタルバイクを貸し出しているし、街のいたるところに電動自転車のシェアリングサービスの駐輪スポットも設置されている。
シェアリング自転車の利用方法はいたって簡単だ。ウェブサイトで会員登録し、クレジットカード情報を登録すれば、あとは自転車の前部に設置されているパネルからログインするだけですぐに利用できる。決済も自動で行われるので、手間がかからない。
実際に使ってみて感じた唯一のネックは、自転車を返却するときは駐輪スポットまで返しに行く必要があるのだが、近くの駐輪スポットが満車となっており、結局遠くまで返しに行かなければいけないというケースが発生することがある点だ。
しかし、自転車をレンタルしてコペンハーゲンの風を全身で浴びながら市内をめぐるのは、それ自体が最高のアクティビティとなる。コペンハーゲンを訪れる機会がある人は、ぜひこのシェアサイクルを試していただきたい。
ここまで自転車での移動が普及している背景には、コペンハーゲン市による積極的な推進策だけではなく、街全体がほとんど平地でできているというデンマークならではの地理的要因もあるかもしれない。
しかし、車中心ではなく人中心の都市づくりを考える際、自転車で移動しやすいインフラを創ることは必要不可欠だ。自転車専用レーンの整備といったハードのインフラはもちろん、宿泊施設や電車をはじめとする他の公共交通機関との連携など、より総合的な観点からのアプローチが必要になるだろう。
なお、コペンハーゲンは自転車だけではなく市内を走るバスも2019年から徐々にディーゼルから電気自動車へと切り替える予定で、2019年12月には2路線41台が、2030年までにはすべてのバスがカーボン・ニュートラルとなる計画だ。自転車と公共交通機関の利用推進だけではなく、電気自動車も普及させていくことで都市の交通システム全体をサステナブルな仕組みへと移行しようとしている。
サステナブル・ツーリズムの推進
コペンハーゲンは、街を訪れる観光客に、環境を破壊する原因になるのではなく、環境の課題を一緒に解決する仲間になってほしいと考えている。そんな思いから、コペンハーゲン市の公式DMO(Destination Management Organization)であるWonderful Copenhagen(ワンダフル・コペンハーゲン)は、2018年の11月にサステナブル観光の推進に向けた新たな戦略となる「Tourism for Good」を立ち上げた。
この戦略には、大規模複合施設の100%、大型ホテルの90%が第三者のサステナビリティ認証を取得する、Global Destination Sustainability Indexで90%以上のスコア・3位以内を維持する、食料・飲料のオーガニック転換率を2019年までに30%、2020年には60%、2021年までに90%にするなどの目標が定められている。
この戦略もすごいが、実際のところコペンハーゲンの観光産業はサステナビリティへの取り組みにおいて、すでに世界の先端を走っている。市内にあるホテルの70%以上が公式な環境認証を取得しており、半数以上のホテルは水やランドリー、ハウスクリーニング、水・エネルギー使用、食、喫煙、室内環境といった分野に関する環境計画を持っているのだ。もはや、コペンハーゲンではエコではないホテルを探すほうが難しいと言ってもよいだろう。
2010年のEcoTourism Awardにおいて世界で最もグリーンなホテルの称号を得るなど、コペンハーゲンの環境フレンドリーなホテルの代名詞とも言えるCrowne Plaza Copenhagen Towers、市内の6つのホテルを経営し、世界初のカーボン・ニュートラルホテルとなったThe Brøchner Hotel Group and Arthur Hotelsなどがその代表例だ。
また、自転車で市内をめぐりながらコペンハーゲンのサステナブルな取り組みについて効率的に学ぶことができるGreen Bike Tourや、市内の湾岸エリアや川を太陽光エネルギーで動くボートでめぐりながら、コペンハーゲンのきれいな水環境を楽しむことができるGoBoatなど、サステナブルな体験を求める観光客に向けたアクティビティも数多くある。
美しい緑ときれいな水がすぐそこにある街
コペンハーゲン市内には、公共に開かれている緑地が約2,260ヘクタールもあり、コペンハーゲンに暮らす人々の96%が、これらの緑地に少なくとも歩いて15分以内で行けるようになっている。誰もが緑のすぐそばで暮らしているのだ。また、コペンハーゲン市は2025年までにさらに10万本の木を植える計画を掲げており、開発が進んでいる湾岸エリアも含めて緑化を進める予定だ。
また、コペンハーゲンの湾岸エリアはとても水がきれいなことでも知られており、6月から9月の間は泳ぐことができるIslands Brygge Harbour Bathは、地元の人々や観光客から人気のスポットとなっている。実際に市内を流れる川面を見てみるとその水はとても透き通っており、東京の河川と比較するとその水質の差に驚かされる。
「食」とサステナビリティ
コペンハーゲンのサステナビリティは、建物や交通手段だけではなく、人々の日常の暮らしの中にもしっかりと浸透している。その代表例が、「食」だろう。
世界最高のレストラン「noma(ノーマ)」の創業者、クラウス・マイヤー氏らが中心となって創り上げたNew Nordic Cuisine Manifest(新北欧料理マニフェスト)にもサステナビリティの精神は貫かれており、できる限り地元の食材を利用すること、動物の福祉や自然の生態系を大事にすることなどが明記されている。
実際に、コペンハーゲンで販売されている食料のうち実に24%がオーガニック食品で占められており、この割合はデンマークの中で最も高い。また、コペンハーゲン市の公的機関で消費される食料の88%がオーガニックとなっている。都市部で暮らす人々も、食のサステナビリティに高い関心があり、販売する側もその点を意識しなければ消費者に選んでもらえないという現実があるのだ。
2016年にはコペンハーゲンで初めてオーガニック食品だけを取り扱うパッケージフリーの量り売りショップ、「LØS Market」がオープンし、多くの話題を呼んだ。LØS Marketはすでに2店舗目ができるなど人気を博しており、市民の間では口にする食品そのものだけではなく、買い物自体のサステナビリティ意識も高まってきている。
また、地産地消型のよりエコな食の流通を追求する一環として、新しい都市型農業の形を模索する動きもある。2014年にできた、デンマーク初となる屋上農園「ØsterGRO」がその代表例だ。かつてカーオークションハウスだったビルの屋上では野菜が栽培されており、地元の人々が農業を体験できるワークショップなどが開催されている。また、屋上の奥にはビニールハウスでできたレストラン「Gro Spiseri」があり、オーガニックな食事を楽しみたい地元の人々で毎晩溢れかえっている。
毎日の生活の基本となる「食」は、サステナブルな暮らしを実践するうえで最も大事な要素だ。できる限り地産地消を心がけ、環境にも体にも優しいオーガニック食品を取り入れる。買い物時には無駄なパッケージは避け、必要な分だけを購入して食料廃棄もゼロを目指す。消費者がこうした生活を当たり前に選択するようになれば、小売も飲食店も変わっていき、結果として都市全体にサステナブルなライフスタイルが浸透することになる。
サステナブル・デザインの街
コペンハーゲンの人気観光スポットの一つが、デンマークを代表するデザイナーの椅子やインテリアなどを数多く堪能することができる「デザインミュージアム」だ。ヒュッゲの文化を持つデンマークにとって椅子はとても大事なアイテムだが、このデザインミュージアムを訪れる際にぜひ見てほしいのが、以前IDEAS FOR GOODでもご紹介したサステナブル・デザインのコーナーだ。
例えば、このポスター、何をテーマにしたものだか分かるだろうか。
実は、これは国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の17の目標ごとに作られているデザインポスターだ。このポスターがインテリアの一環として飲食店などに飾られていたらとても素敵に違いない。サステナビリティといういささか固いイメージがあるテーマも、スタイリッシュなデザインで見せることで、関心がない層の興味を惹きつけることができる。
また、他にもミュージアム内には、竹でできた椅子、コペンハーゲンのサステナブルな都市づくりやきれいな水環境に欠かせない排水設備のデザイン、プラスチックストローで作ったドレスなど、ユニークなサステナブル・デザインが数多く展示されている。
こうしたサステナブルなデザインは、ミュージアムの外に出ても、街のいたるところで見つけることができる。たとえば、現在急速に開発が進んでいる湾岸エリアの新興住宅街には、ゴミ捨て場と一体化した木製の自転車置き場がある。とてもお洒落なデザインだ。
また、以前にIDEAS FOR GOODで紹介したこともある、全面が太陽光パネルが覆われているコペンハーゲンインターナショナルスクールも有名だ。建築デザインとサステナビリティが一体化している。
コペンハーゲンで見つけたサステナブルなデザインを挙げようと思ったらきりがない。それほどにこの街には優れたデザインが溢れており、街を歩くだけでも多くの発見がある。
編集後記
いかがだろうか?ヨーロッパの緑の首都、コペンハーゲンには、サステナブルな都市づくりのヒントがいたるところに落ちている。また、街づくりの視点だけではなく、そこで暮らす人々の視点でも、参考になるアイデアが山のようにある。
私たちはサステナブルなライフスタイルというと自然が豊かな田舎をイメージしがちだが、都市においても、便利さを失うことなくサステナブルな暮らしを追求することはできるのだ。
コペンハーゲンを訪れる機会がある人は、ぜひ上記も参考にしながら自分だけのサステナブルな暮らしのアイデアを見つけてみてほしい。
【参照記事】Sustainable Copenhagen
【参照記事】Copenhagen: A Sustainable City