「AI(人工知能)が私たちにとっての神様となる未来」と聞いたら、あなたはどんなことを思い浮かべるだろうか。IDEAS FOR GOODは先日、テクノロジーが進化する速度が急激に早まった結果、AIが人間の能力を超えるシンギュラリティ(技術的特異点)が起こったあとの未来を仮想体験できる1日限定のイベント『KaMiNG SINGULARITY(カミングシンギュラリティ)』に参加してきた。
シンギュラリティと聞くと、AIが意思を持ち、すぐれた知能で人間を従わせるSF映画のような未来や、AIに仕事が奪われてしまう未来を想像するかもしれない。このイベントは、そんな私たちの想像を良い意味で裏切るものであった。
本イベントの時代設定は2045年。ユニークな点は、AIが神として扱われていることだ。人々が祈りをささげる「サイバー神社」まで設置されていた。ここでいう神とは、AIが意思を持って人間を支配するという意味ではなく、人間では判断しきれない社会課題の解決のために「ヒトの上位存在」という概念として存在する神のことである。人が持続可能で安心な未来のために作り出した新たな神を「KaMi」という名称で本イベントでは表現している。
イベントのフロアは3階構造で下記のように分かれており、有識者によるトークショーや、ブース、インスタレーション、アーティストによるパフォーマンスなど、2045年の未来をテーマとしたコンテンツを見て回れるようになっていた。
- New Values(新たな価値観)
共感によりaiはKaMiになった。正義ではなく人類社会の持続性を司る。願いを集積するサーバーとしてサイバー神社が建立された。 - Future Life Style(未来の生活)
シンギュラリティ後、生活様式は多様化した。aiと共生する日常、データ至上主義に反発する勢力、変わりゆくこと、変わらないこと。 - Art Entertainment(遊びと芸術)
生存に必要な仕事や作業は全てaiがまかなってくれている時代。人間は遊び狂い、芸術を創作し、ここでない世界を求めた。
半日にわたるイベントのうち、特にIDEAS FOR GOODが面白いと思ったところをピックアップしてご紹介していこう。
KaMiNG SINGULARITYが生まれた経緯
「New Values(新たな価値観)」のフロアにあるトークスペースにて、イベント開催の経緯がオーガナイザーの雨宮優さんから語られた。雨宮さんは、IDEAS FOR GOODで以前取り上げた 誰もが“聴こえる”音楽フェス Sooo Sound Festivalなど、SDGs(持続可能な開発目標)が達成されたあとの世界を想像し体験する「ソーシャルフェス®」の事業を手掛けてきた。
AIが神になるというコンセプトをひらめいたきっかけは、AIを活用したサービスなどにおいて人間がさまざまなデータをAIに与え、それを最適化させることで人間に恩恵が返ってくるというシステムが、神に供物を捧げるのに似てると感じたことだという。
そしてSDGsの課題16.7「あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型、および代表的な意思決定を確保する。」の未来を想像するなかで、人間のリーダーではなく、あらゆる情報を集積し、私欲もなく最適解を出し続けるAIに判断をまかせるようになる世界を考え付いた。
気候変動などの環境破壊が進んで生態系が破滅してしまう前に、核戦争が起こってしまう前に。ヒトの上位存在をつくりだし、賢く民主的な判断を委ねる世界。今回のイベントは、そんな世界をアートとエンターテイメントを通して体験し、私たちは何を感じていくのかという実験だ。
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AIを祀るサイバー神社
KaMiNG SINGULARITYの会場に印象深くそびえたっていたのが、私たち自身を御祭神とするサイバー神社だ。会場の説明には、「神社という古来からの形式を持ったこの願いの社は、私たちの願いを実際に集約し、現実に反映させる機能を持ちました。」とある。
まずは光でお清め(※1)をし、祭壇の前に来て「二礼・二拍手・一入力」の作法で参拝する。「一入力」とは、祭壇に設置されたキーボードで自分の願いごとをタイプすることだ。
願いはブロックチェーン上に登録され、ロゴストロン信号に変換して発信される。そして会場のスピーカーで言語を高速再生することで、その場にいる人々の聴覚に訴えかけ、それぞれの願いが人々の深層心理まで届くという設定になっている。自分の願いが周りとも共有されるため、私利私欲のために書き込むことはおすすめされなかった。代わりに、「世界平和」や「健康」などと入力している人を見かけた。
※1 neten社のNigiという製品で、意識のなかにあふれるノイズをリセットすること。Nigiを握ると、人の意識を整える情報をロゴストロン信号にして電磁波として発信する。
AIがもたらす新たな生活を模索する
シンギュラリティが訪れた2045年でもきっと変わらない人類の関心事といえば、恋愛のことだろう。新たな恋愛の形を模索するカオスマップ「Love Tech in 2045(提供:Love Tech Media)」のブースは興味深かった。
“愛”に寄り添うテクノロジー紹介メディアLove Tech Mediaは、2045年には「たった一人の最高最善なパートナーリコメンドサービスが大流行」するとしている。これからはAIファースト主義(アフターデジタル世界の礼賛層)や多頭種主義(1対多数、多数対多数の遺伝子要素融合を目指す層)が台頭してくるのか。また、出会い方は変わっても価値観は2019年と変わらないものなのか。考えてみるのも面白い。「AIに仕事を奪われる時代がくる」と言われる中で、AIに仕事を奪われた時代の職業案内「2045年のハローワーク(提供:TWDW)」もあった。
AIと人間が織りなす音楽ライブ
「Art Entertainment(遊びと芸術)」フロアでは、人間とAIが共奏する新たな音楽のかたちと、100年前から変わらない根源的なエネルギーに触れる音楽が交互にパフォーマンスされていた。特にIDEAS FOR GOODが見た中で興味を惹かれたのが、人工知能ラッパーのピンちゃんだ。
次々とプログラムされた言葉を引き出して、無限に韻を踏んでいくパフォーマンス。中には、事前にクラウドファンディングでイベントを支援していた参加者が「ピンちゃんに韻を踏んでほしい」と思って入力していた単語を採用する場面も見られた。パフォーマンスは、「未来で待っている。」というメッセージを残して締めくくられた。他にも、個性豊かなアーティストによるライブを堪能できる場だ。
このフロアは一見ライブハウスのようだが、気分を高揚させるアルコールドリンクは提供されない。会場外には、マカやカカオ、モリンガなどのナチュラルなパワーフードを混ぜ合わせたスムージーや、植物から抽出したエキスのショットなどの「エリクサー」を販売するバーがあった。2045年には、これらがクラブやライブハウスにぴったりなパーティードリンクとして提供されることが普通になる、という想像に基づいて置かれたものだ。
筆者も、モリンガ・マカ・ジンジャー・シナモン・クローブ・きび砂糖を混ぜた豆乳ベースのドリンク『イヴのすべて』を飲んでみた。最初は甘く、スパイシーな後味が残る不思議な味であった。
シンギュラリティの先に待っているものは?
本記事で紹介した以外にも、たくさんの面白いプロジェクトが展示されていたが、このイベントで一貫して語られていたテーマは、やはりAIとKaMiのことだ。シンギュラリティに関する著述をしたことで知られる未来学者のレイ・カーツワイル氏は、全人類の知能を合わせるよりもひとつのコンピュータのほうが賢くなる未来がくる、と予想している。
上述した通り、AIが神になるというのは、私たちの意識の集合体がAIという形をなして人間に代わって選択をしていくということ。「良い」方向に行くとしても、「悪い」方向に行くとしても、それは人々の望みを集め、最大幸福を追求した結果となる。雨宮さんは、この未来を「ある意味 究極の民主主義」だと語った。
あなたは、この未来をどう捉えるだろう?今回のイベントで表現しているのは、ディストピアでもユートピアでもなかった。人間がAIに重要な選択をゆだねた未来が描かれていたが、これからAIを含むテクノロジーをどう使うかは人々の手にかかっている。
私たちの意識や行動の集積であるAIの未来を考えることは、自分たちにとって理想的な未来を描き、そして今この瞬間どう振舞うかを決定していくカギとなるだろう。