2025年の大阪万博で、国連が掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」が達成される社会を目指すこともあり、SDGsという言葉が日本でも大きな話題を集めている。認知度が上がったのは嬉しいことだが、マーケティング目的でSDGsと謳うのみで中身が伴わない「SDGsウォッシュ」ともいえるような施策を行っている企業もある。ただ言葉だけが広がっていく状況に疑問を感じ始めている方もいるのではないだろうか。
SDGsにどのように取り組んでいくべきかを改めて考え直すため、筆者はニューヨークのとある場所を訪れた。
世界の課題解決にクリエイティブな方法で取り組むべく立ち上げられたThe Canvasは、インディペンデントブランドQuerencia Studioが運営する多目的コラボレーションハブだ。SDGsに取り組むブランドのショップ展開や、イベントの開催を通して、様々な顧客体験を提供している。創始者のデヴィン・ギルマーティンとティーガン・マキシーは、マンハッタンのアッパーイーストサイドの一角でThe Canvasをスタート。2018年末に、ニューヨーク市ウィリアムズバーグにある約370平方メートルのリノベーション済み倉庫に拠点を移し、2020年1月末には新しくベルギーにアントワープ店をオープンした。
SDGsについて学ぶというと、学校やセミナー、カンファレンスなどで座学を通して知識を身につけるイメージが大きいように思われるが、The Canvasではインフルエンサーや専門家を起用したトークイベントやワークショップ、ニューヨークらしいアートやライブ、ダンス、ファッションなどを通してSDGsについて学ぶことができるのが特徴だ。
そんなThe Canvas創始者の一人、デヴィン・ギルマーティンさんにお話を伺ってきた。
クリエイティブ×コラボレーションで問題解決
Q:The Canvasをオープンしたきっかけは何でしょうか?
もともと私たちは、2016年にQuerencia Studioというブランドをローンチしていました。大量生産を好まず、自分の作りたいスタイルを貫くインディペンデントブランドとして、サステナビリティ、テクノロジー、そして未来の地球を気にかけている人たちの心に響くようなユニークな商品で市場に参入したいと思っていたのです。Querencia Studioで持っていたコンセプトを拡大し、より意味ある活動を行うため多くの人々とコラボレーションできる場所をつくろうということでThe Canvasが生まれました。
The Canvasのミッションは世界中の注目のブランドの支援をすると同時に、空き店舗の問題解決することです。
Querencia Studioを立ち上げたころ、ニューヨークと世界各地の両方で空き店舗の数が増えていることに気がつきました。ブランドを立ち上げて2年ほど経ったとき、空き店舗のレベニューシェア契約(※支払い枠を固定せず、パートナーとして提携しリスクを共有するかわりに、生み出した利益を分配しあう契約)を結んでもらえるよう大家にプレゼンテーションをするというアイデアを思いついたのです。
最初に掛け合った何人かの大家たちは全く乗り気ではありませんでしたが、ウィリアムズバーグで、ついに私たちのヴィジョンを現実にしてくれる素晴らしいパートナーを見つけました。おかげで、2018年の末から、元々倉庫だった建物をエシカルな生産やデザインに焦点を当てている世界中の120以上のファッション、ジュエリー、コスメブランドで埋め、コラボレーションスペースに変身させることができたのです。一見、ブランドと関係のなさそうな空き家問題についても、クリエイティブなコラボレーションによって解決できると可能性を感じましたね。
こうした取り組みにより、ニューヨークのような大きな市場に商品を出すための金銭面での壁を下げつつも、サステナビリティの基準を上げることができています。
Q:持続可能な開発目標(SDGs)について、デヴィンさんはどのような考えをお持ちですか。また、それはどのようにThe Canvasの創設と繋がったのでしょうか。
SDGsは、私たちがこの星で直面している大きな問題に立ち向かうための、世界規模の枠組みです。現在、新型コロナウイルス感染症が拡大していくなかで、私たちは残念ながら世界規模の協力が欠けていることを目の当たりにしています。今回のように世界で何かが起こった時にどのように対応すべきかについて、世界の人々が同じ認識を持てるような教育方法を探し、備えることもこの枠組みの一部だと思うのです。オペレーションの方法を変えない限り、私たちは未来に別の結果を期待することはできないでしょう。
The Canvasは六大陸の120以上のブランドと共に力を合わせて活動しています。そんな私たちのコミュニティは幅広い人たちへリーチすることができるので、SDGsを効果的に実行するための良いスタートポイントとなれているように思います。私たちのコンセプトに対する人々の反応を見ていると、このアプローチが機能していて、様々な理由で人々を惹きつけることができたんだなと分かり、自信を持つことができますね。共通の目標に関するいろんなアイデア、信念、背景を持った人たちを惹きつけるというミッションは、The Canvasの運営の核心となっています。
2月28日には、以前取り上げたReFashion Week NYCの2020年の会場として、The Canvasが使用された。チケットは完売。
「モノをうる場所」以上の空間へ
Q:ウィリアムズバーグ店での一番の思い出は何でしょうか?
ウィリアムズバーグ店は、毎日新しい経験をもたらしてくれます。その中でも最もエキサイティングだったことの一つは、私たちが抱えているブランドとのコラボレーションイベントですね。過去には、キューバで初のインディペンデント・デザインストアClandestinaと3週間にわたるインスタレーションを行ったり、グローバル・ファッション・エクスチェンジ (世界規模のスワップイベント)やGoodwill(職業自立支援を行うチャリティーショップ)とのコラボレーションで寄付・スワップイベントを行ったりしました。
協同するパートナーたちと行うインスタレーションは、店舗空間を「モノをうる場所」以上の空間へと変えてくれます。The Canvasはコミュニティのハブでもあり、ファッション、アートを楽しみ、業界を前進させてくれる人たちが集まる場所なのです。
The Canvasに集まるブランドの多くはウィリアムズバーグ近郊発祥のものですが、中には世界の反対側から出展しているブランドもあります。そんな個性豊かなブランドをフィーチャーするイベントも頻繁に開催していて、ブランドの商品だけでなく、中で働く人たちについても紹介していますよ。皆と共に、お互いを高め合えるようなコミュニティを作り上げることができているな、と嬉しく思いますね。私たちは、人と地球のためにファッション業界をよりよくしていこうとする熱意と多くの人々のコラボレーションが、様々な問題に目を伏せて利益を上げようとする間違った企業の在り方を壊す力になると確信しています。
Q:ブランドやアーティストをどのように選定されていますか?
私たちのパートナーシップは全てSDGsに基づいています。政府や市民がこの基準に合わせるのであれば、ファッション業や様々なタイプのクリエイティブな活動もSDGsに則る必要があると信じています。
ブランド審査のプロセスでは、ブランドが商品をデザインする上で、どのような形でSDGsの17の目標を直接的/間接的に達成できているかを見るようにしています。
Q:来訪者はSDGsにどのようにエンゲージしていますか?
The Canvasでは、全ての衣類に「この商品がどのSDGsに取り組んでいるか」を示すタグが付けられています。顧客が商品を購入するかどうか決める理由の一つになるように、と考えてこの取り組みを始めました。こうした情報へアクセスができないのがお客様にとって普通であってはならないと思いますし、小売業者として洋服を販売するにあたり、これらの情報開示に責任を持つことは必須だと思います。
アントワープ店は、ファッションの国際連合
Q:なぜウィリアムズバーグの次にアントワープをロケーションとして選んだのですか?
ウィリアムズバーグ店の空間に飾るファインアートのキュレーターでもあるベルギーのアートコレクティブ、KUNSTGEZINDとのコラボレーションしたことが星の巡り合わせでした。現在私たちのアントワープ店の文化的パートナーになってくれている彼らとの出会いは2019年の2月。彼らが連れてきてくれた12の素晴らしいアーティストたちとウィリアムズバーグ店でショーを行ったのです。短い時間と少ない資材で準備をしなければならずなかなか大変なショーではありましたが、チーム皆で協力し合い、成し遂げることができました。そんなつながりができたあと、のちにThe Canvasアントワープ店のマネージャーとなるSteff Vermeeschが大家のMADEと繋げてくれました。
2020年1月末にオープンしたベルギーのアントワープ店は、木材を基調としており、ウィリアムズバーグ店のインダストリアルでカジュアルな雰囲気と比べると、優しく落ち着いた雰囲気に包まれているのが分かる。
Q:アントワープ店の好きなところを教えて下さい
アントワープ店の建物の歴史は1672年に遡ります。この古い外観にリノベーションされた新しい内装が見事にマッチしているのが特徴ですね。この空間は深い歴史を感じさせ、人類が成し遂げてきたことを私たちに思い出させてくれます。そんな、昔からずっとここにある建物が、The Canvasを「未来へ」動かしてくれるというのは素敵ですよね。
アントワープ店のブランドも世界規模のデザインコミュニティを表す素晴らしいキュレーションとなっています。私たちは、アントワープ店が会話を促進しアクションを起こす場となるよう励んできました。ですから、オープニングレセプションの場で、来場者の一人が私たちを「ファッションのUN(国際連合)だ」と形容してくれたのは嬉しかったですね。コーヒーバー、ヨガスタジオ、ファインアートなどを備えたアントワープ店は、私たちの旅路の新しいステップとして素晴らしい場所であり、リテールの枠を超えたコラボレーションハブとなっています。
Q:最後に、読者にメッセージをいただけると嬉しいです
個人、メディア、政府のそれぞれがSDGsに気を配ることによって、SDGsという概念の正しい理解を幅広く浸透させ、公衆に行動を促すことができます。地球や社会にとって良い取り組みについてシェアしたり、目標に向けて努力をしている人や会社を支援したりすることで、皆が努力している明確な進歩の達成に私たちは限りなく近づくことができるでしょう。
編集後記
世界中から様々なバックグラウンドを持つ人たちが集まるThe Canvasは、ファッションやアートを通して真の意味で地球や人に優しくあろうとメッセージを発信している場所だ。人と人との繋がりを大切にし、支え合うこのコミュニティでは、SDGsという一見重たいテーマに対して取り組みやすい雰囲気が形成されていた。
サステナビリティと海洋生物学、ファッションについて学び、大学在学時の2016年に後に親友となるティーガン・マキシーさんと共にサステナブルファッションブランド Querencia Studioをローンチ、その後The Canvasを創設したデヴィンさん。自身のブランドQuerencia Studio創立時には「トレンドを形作っているハイファッションが好きな層にも響くような物を作りたい」と語っており、ただ欲しいと思ってもらうだけでなく、エココンシャスなファッションを深く理解してもらえよるように注意を払ってきたのだそうだ。
マンハッタンの一角で始まったThe Canvasはウィリアムズバーグへと場所を移し、さらには国境を越えてアントワープまで足を伸ばした。そんな今でも、「私たちのスタート地点であったマンハッタンのスペースは、「現在のThe Canvasのアイデアを与えてくれた大切な場所」とデヴィンさんは語る。彼らは今後マンハッタンに関する新しいニュース発表を控えているそうだ。
私たちと地球の未来のために、常に新しくてエキサイティングなアイデアを提案し、たくさんの人をアクションに巻き込んでいるデヴィンさんとマキシーさん。次はどんな企画を提案してくれるのだろう、どんな洋服に出会わせてくれるのだろうとワクワクさせてくれる2人、そしてThe Canvasの活動から今後も目が離せない。
【参照サイト】The Canvas
【参照サイト】The Canvas-Instagram
【参照サイト】Querencia Studio
【参照サイト】大阪・関西万博の開催目的