近年、企業にとって「SDGs」や「サスティナビリティ」が大きなテーマとなってきている。一方で、「トップが言うからやらなければならない」「SDGsに取り組まなければいけないのもわかるが、目の前の数字も大事」などという声が、現場から聞こえてくることも事実だ。さらには、「なんだか私の働き方がサステナブルじゃないんです……」と、サステナビリティに取り組む人自身が、働き方に悩むといった話も聞く。
外側に向けてのサスティナビリティは大切である一方で、内側にある自分自身のサスティナビリティがないと、そもそも本質的な「SDGs」は浸透しないのではないだろうか。
2020年2月19日、20日の2日間にわたり開催された 『サステナブル・ブランド国際会議2020(以下、SB)』。日本で4度目の開催となる今回は『Delivering THE GOOD LIFE~“グッド・ライフ”の実現~』というテーマで、スタートアップから大手企業のCEOや自治体など約200名のイノベーションリーダーが国内外から一堂に会し、さまざまなセッションを実施した。
本記事では、そんな数あるセッションの中から、2日目に行われた「インナー・サステナビリティが未来を創る〜自然と自分との繋がりが未来のサステナビリティ・リーダーを生み出す〜」のセッションで印象的だった内容をお届けする。
セッション登壇者
- Facilitator:株式会社SYSTEMIC CHANGE 代表取締役/コンサルタント/組織変革コーチ 東 嗣了氏
- Panelist:HARAPPA株式会社 代表取締役 ガクチョー 塚越 暁氏
- Panelist:株式会社グリーンドック 保健農園 ホテルフフ山梨 取締役 春日 未歩子氏
自然を愛した経験がない人が、どうやってサスティナビリティを語るのか?
今回のセッションのファシリテーターである株式会社SYSTEMIC CHANGE代表の東氏は、海外ではすでにインナー・サステナビリティへの動きが進んでいることを冒頭で説明した。「日本では、内側の話がされることはまだあまりないですが、海外で行われているサスティナビリティやSDGs関連のカンファレンスでは、インナー・サステナビリティを扱うセッションがここ最近でかなり増えています。」
「地方」と「都会」や「自然」と「人間」、「自分」と「自分の心」など、物理的にも精神的にも「分断」が起きている中で、2017年にアメリカのデトロイトで開催されたSBでは、参加者向けのヨガセッションや、自然の中でのワークショップが行われた。2018年にカナダのバンクーバーで開催されたSBでも、インナー・サスティナビリティが大きなテーマとなったという。
「印象的だったのは、自然を愛した経験がない人が、どうやったってサスティナビリティを語れるわけがないという議論でした。『もっともっと外に行こうよ』という話がされていたんです。」(東氏)
「自然」と「人間」の分断をなくすために、自然と触れる機会を増やすことで、人間も自然の一部であるという感覚を持ち、自分の一部である自然を大切にしようという動きが、世界で始まっている。
日本発祥の森林浴(Forest bathing)で大地とつながる
疲れた人の心と体を整える、感覚と語り合うホテル「保健農園ホテルフフ山梨」を運営する春日氏は、日本人のメンタルの問題を指摘する。精神疾患による労働災害申請状況のデータ(厚生労働省の調査)を見ると、2018年の労災認定件数は1820件となっており、上下しながらもその数は増加し続けているという。
「なぜ疲れが溜まっているかというと、心と体が切り離されてしまっているからなんですよね。本当は体を休ませたいのに、やらなきゃいけないことがたくさんある。人と人との安心したつながりが持てていない。自分が本当にやりたいことが何なのかわかっていない。そんな精神状態にあることが、一番辛いことです。」
「こうした疲れを取るには、土と触れ合う畑の作業が欠かせません。あとは森を歩いてもらい、自然の仕組みを学びながら、じわじわと自分の感覚を自然に戻していきます。日頃疲れている方々に、森林セラピーで森で寝てもらう体験をしてもらうと、虫が嫌いな人でも大地で寝転ぶことができたり、普段寝れてない人が寝落ちすることもあるくらいです。」
「何が起きているかというと、大地とちゃんとつながることができるんです。森で寝ると空も見えて視野が広がります。そうすると、過去の出来事に囚われていたのが、今度は“今”を見れるようになるんですよね。」
実は日本が発祥である森林浴の効果については、さまざまな角度から検証が行われ、科学的な根拠に基づいていることが判明している。ストレスホルモンの減少やリラックス効果、学習能力を高める効果もあるという。最近では、海外でも「Forest bathing(森林浴)」として注目を集めている。
「不確実性」を許容して、自己肯定感を高める
「僕、今日SBにお呼びいただいていますが、SDGsとかサステナビリティとか、あんまりそういう言葉を使ったことがなくて。」と話すのは、365日間、親子のための遊びの学校として逗子に開校した「原っぱ大学」の“ガクチョー”である塚越氏。原っぱ大学では、大人も子どもも関係なく、逗子の森林で泥滑り台や泥沼で遊んだり、山に生えているきのこを取ってきて食べたりと、“ただ遊ぶ”ことに取り組んでいる。
「自然の何がいいかって、不確実で、成功しないところです。天候も予測できないし、あらゆるところで失敗が起こる。『イカダを作るぞ』と、川にイカダを浮かべても、5メートルも行かずに沈没したり、五右衛門風呂を作っても、入ったら水が温まっていなかったりすることもあります。でも自然の中だと、その失敗が許容されやすいんですよね。色々なハプニングが起こる自然の中で、不確実性を学ぶことができます。」
オランダの比較文化学者であるヘールト・ホフステード博士の研究によると、日本人は不確実なものを許容できないという特徴が、どこの国よりも顕著に見られるという。それにより、ルールや制度、これまでのやり方に固執してしまい、何か新しいことをやるときに臆病になってしまう。
これに対し春日氏は「失敗してもいいという気持ちがあって初めて、自己肯定感がうまれます。」と、続ける。チャレンジを許せるぐらいの不確実への耐性が、自己肯定感を高める鍵にもなるのではないだろうか。
編集後記
筆者が感じた、このセッションのポイントは下記の3つだ。
- 自然と触れ合い、分離している「心」と「体」を結びつけることが、自分自身のサステナビリティにつながる。
- 大地とつながり、自分自体が自然の一部だと知ることで、本質的に環境のことを考えることができる。
- 自然は不確実なもの。「不確実性」を許容できるようになると、自己肯定感を高めることができる。
原っぱの上に寝転んでいるときや、誰かと手をつないでいるときなど、自分が自然や人とつながっているという、いつになく感じる特別な瞬間を、多くの人は覚えているのではないだろうか。私たちは、他の人間や人間以外の生き物、そして地球と互いに依存しあって生きている。他者とつながっている感覚がなくなると、私たちはこうした生物多様性の美しさを見逃すようになってしまう。
言葉ではなく、感情や想いを大切にしなければ、本質的にサステナビリティを進めていくことは難しい時代になってきている。そう今回のセッションで改めて感じた。
【参照サイト】原っぱ大学
【参照サイト】保健農園ホテルフフ山梨