なかなか人前では言い出しにくいけれど、「政治や民主主義、ジャーナリズムについて、気軽に話せる場があったらいいな」と思っている人もいるかもしれません。
北欧には、民主主義の祭典「Democracy Festival」と呼ばれ、年齢や性別、階級などに関わらず、多様な人々が政治について建設的な対話をする場があります。今回、北欧生まれのデモクラシーフェスティバルが、2020年11月27日から11月29日までの3日間、「Democracy Festival Japan 2020」として初めて日本でオンライン開催されました。
現状の批判だけで終わらないコンストラクティブ(建設的)で前向きなメディアとして、第1回ジャーナリズムX(エックス)アワードを受賞したIDEAS FOR GOODは、社会のさまざまな問題を報じるだけでなく、未来に向けて「じゃあどうする?」を提言するニュースのあり方を一緒に模索するために、「Media for Good~民主主義を促進する『コンストラクティブ・ジャーナリズム』とは?~」というテーマで同フェスティバルに参加しました。
登壇者およびモデレーターは、IDEAS FOR GOOD編集部のKimikaと水野渚が務めました。本レポートでは、同イベントの様子をお伝えします。
私たちの普段のニュースの消費の仕方を考える
まず最初に、私たちの普段のニュースの消費の仕方について、改めて見直してみましょう。
インターネットの普及により爆発的に情報量が増えました。それ故に、アルゴリズムを元に似たような情報や視点に囲まれてしまう状態であるフィルターバブルや、考えや思想を同じくする人々がインターネット上で強力に結びついた結果、異なる意見を一切排除した閉鎖的で過激なコミュニティを形成するサイバーカスケードと呼ばれる現象が発生しています。
同じような意見・思想を持つ人たちとインターネットでつながることは、心地が良く安心感を抱く一方、人々の間にはいつのまにか分断が生まれています。「なぜあの●●(特定のコミュニティ)の人たちはいつもこうなんだ……」 と自分と異質な意見を持つ人たちに対してイライラを感じた経験があるのではないでしょうか。
また、SNSなどで流れてくるニュースの中には、著名人のスキャンダルや、不祥事、企業の炎上、対立を煽るもの、特定の誰かの批判などネガティブな情報も含まれています。英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所が2019年に発表した調査報告書「デジタルニュース・リポート2019」によると、人々がニュースを避ける理由の最上位に「ニュースを見ると、後ろ向きな気持ちになる」があります。他にも「何もできない気持ちになる」や「普段は避けたい議論につながる」などの回答が見られます。日々、多くの情報にさらされ、脳が疲弊すると、安易な情報や過激な情報に飛びつきやすくなります。
それが近年話題になっているフェイクニュースにもつながります。2016年のアメリカ大統領選からは、虚偽の情報を流す「フェイクニュース」が世界的に注目されるようになりました。それに対抗し、2017年以降、ドイツや台湾など各国では法規制が進んだり、Facebookなどの大手企業がファクトチェック機能を搭載したりしています。
コンストラクティブジャーナリズムとは
上記で示したように、情報量や情報の発信者数が爆発的に増加し、私たちの普段のニュースの消費の仕方や、情報を取り巻く状況が変わってきています。何が起こったのかという「事実」に関しては、誰もが簡単に知り発信できる一方、「どうして起こったのか」「なぜ問題なのか」「どうしたら良いのか」などの文脈やコンテクスト、見方や解釈がより重要になっています。
そのような状況に対応するため、新たなジャーナリズムの手法が生まれています。その中の一つが、ニュースのネガティブ性だけではなく物事のソリューションやポジティブな面にも目を向けるコンストラクティブジャーナリズムです。
デンマークにあるコンストラクティブインスティチュートの定義によると、「コンストラクティブジャーナリズムとは、今日増加するタブロイド化や扇情主義、ネガティブなバイアスがかかったニュースに対応して、速報や調査的な報道に追加するジャーナリズムの手法(仮訳)」を指します。
5W1H(誰がいつどこで何をした、等)を伝え、その問題の「現状」に焦点を当てるだけではなく、「この事柄から何を学べるか」「これから解決のために何ができるか」など、「未来」に焦点を当てた報道の仕方です。
コンストラクティブジャーナリズムには3つの柱があります。1つ目が、問題だけではなく解決策にフォーカスすること、2つ目が、物事のさまざまな側面を見て、現状の複雑さを正確に伝えるために微妙なニュアンスまでカバーすること、そして3つ目が、民主的な対話を促すことです。
01. 解決策にフォーカスする
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- 問題そのものではなく、問題に直面したときの人の対応の仕方に焦点をあてる
02. 微妙なニュアンスまでカバーする
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- さまざまな側面から世界を見る
03. 民主的な対話を促す
- 再現性のあるアイデアと洞察を提供し、読者が建設的に反応できるようにする
コンストラクティブジャーナリズムの発祥の地はデンマークです。2017年にデンマークの公共放送局元報道局局長であるウルリク・ハーゲルップ氏によって、デンマークのオーフス大学にコンストラクティブジャーナリズムのための研究所(コンストラクティブインスティチュート)が設立されました。日本では、2019年から東京大学大学院の教授の元、勉強会「建設的ジャーナリズム研究会」(仮称)が発足しました。
ニュース速報と調査報道との違い
コンストラクティブジャーナリズムとニュース速報、調査報道の違いを図(※1)を使って見てみましょう。
ニュース速報 | 調査報道 | 建設的な報道 | |
時 | 今 | 昨日 | 明日 |
目標 | 早く報道する | 非難する | インスピレーションを与える |
問い | 何が起こっているのか?いつ起こったのか? | 誰が起こしたのか?どうして起きたのか? | これから何をする?どのようにする? |
形式 | 劇的 | 批判的 | 好奇心をそそる |
役割 | 警察官 | 判事 | ファシリテーター |
焦点 | 劇的事件 | 犯罪者と被害者 | 解決策と最優良事例 |
ニュース速報は、スピード感を持って、事件や事故など新しい出来事を報道します。「何が、いつ起きたのか」を示し、警察官のような役割をします。調査報道は、非難することを目的に、過去の出来事に対して、「誰が起こしたのか」「どうして起きたのか」を批判的に追求します。例えば、殺人事件の背景について調べて報道することが該当します。それに対して、建設的な報道は、インスピレーションを与えることを目指し、「これから何をしたら良いのか」「どのようにすべきか」という問いを投げかけ、解決策に焦点を当てます。建設的に未来を考えるためのファシリテーターのような役割を担っています。
3つの違いについて説明しましたが、決してニュース速報と調査報道が悪いわけではありません。ジャーナリズムの役割の一つが権力の監視であるため、ニュース速報と調査報道も民主主義社会に必要な報道なのです。
コンストラクティブジャーナリズムに対する批判的な見方
コンストラクティブジャーナリズムにも、批判的な見方があります。デンマーク出身のジャーナリストであるカトリーネ・ギルデンステッド氏は、以下のように語っています(※2)。
ジャーナリズムはアクティビズムから距離を置くものだと考えられてきたので、ジャーナリズムが、現実世界で社会変化まで促進してしまうことは、議論を引き起こします。あくまでジャーナリズムは、世界を「映す」ものであって、「動かす」ものではないという意見です。しかし、それは誤った通説です。ジャーナリズムは人々の思考や意思決定に影響を及ぼします。だからこそ、ジャーナリストは「どのような方向で」世界を「動かす」のかが問われます。
伝統的なジャーナリズムは、客観的かつ中立的に世界を「映す」ものであって、「動かす」ものではないという意見です。解決策まで提示することによって、ジャーナリズムとしての客観性を失い、アクティビズムになる可能性があるということです。
一方、情報発信者の意図に関わらず、記事を読むことで読み手の行動が変わるなど、読者が「結果として」動いてしまうのであれば、ジャーナリストがどのように社会を投影するのかは、非常に重要になります。だからこそ、コンストラクティブジャーナリズムでは、ポジティブ心理学の手法を取り入れ、世界を「どう映すか」を大事にしているのです。
コンストラクティブジャーナリズムの世界の事例
様々なメディアが、コンストラクティブジャーナリズムの手法を取り入れています。例えば、BBCの“Crossing Divides”というシリーズや、2011年イギリスで創刊された世界初のスロージャーナリズムマガジン「Delayed Gratification」、デンマーク発のニュース機関「World’s best news」、オランダ発のオンラインプラットフォーム「The Correspondent」(※2020年末創刊終了)などがあります。
次に、具体的な記事を見ていきましょう。まず、IDEAS FOR GOODの記事から。「異常気象による洪水から市民を守る、コペンハーゲンの『気候公園』」の記事では、課題である「異常気象から発生する洪水」ではなく、コペンハーゲン市がどのような対策を取っているのかという解決策(公園・建築)に重きを置いて報道しています。
なぜこの報道スタイルを取っているのかというと、課題ではなく解決策にフォーカスすることで、異常気象や洪水という社会課題に関心がなくても、建築に興味がある人に、課題について知ってもらうことができるからです。
コンストラクティブジャーナリズムアワードを受賞したGuardianの記事“The big sleep: how the world’s most troubled country is beating a deadly disease”では、世界的に最も不安定な状態にあるコンゴ共和国が、睡眠病という死の病をどのように撲滅しようとしているかを伝えています。コンゴ共和国の現状だけではなく、そこで行われている医者の取り組みがフォーカスされています。
New York Timesに掲載された記事“Answers to Your Current Coronavirus Questions”は、読者からコロナ禍における生活についての質問を受けて、医者や公共セクター、専門家と一緒に答える形式をとっています。
建設的に社会課題の解決策を考えるトレーニング
イベント後半では、「日本の若者の投票率」というテーマで、少人数チームに分かれ、建設的に社会課題の解決策を考える思考のトレーニングワークショップを行いました。
日本の投票率は、OECD諸国の平均よりも低くなっています(※3)。
前回2017年の衆議院議員総選挙では、年代別の投票率が、10歳代は40.49%、20歳代33.85%、30歳代44.75% (全年代を通じた投票率は53.68%)であり、特に若者の投票率が低いことがわかります(※4)。
U30世代を対象とした政治メディア「NO YOUTH NO JAPAN」や、米国ワシントン州で試験的に導入されたスマホ投票の事例なども参考に提示したあと、情報発信者(メディア、ブロガー、SNS使用者など)として、「どうすれば日本の若者の投票率が低い状況を良くできるのか」をグループで考えてもらいました。最後の発表では、各グループから「なぜ若者が投票に行かないのか」「どうしたら良いのか」などについて様々な視点が出てきました。
若者が投票に行かない原因については「日本では、選挙や立候補者の情報は、SNSのタイムラインで流れていたり、家族や友だちとの会話の中で話されたりする機会は少なく、自分たちで積極的に取りにいかないと入手しにくい。また、信頼できる情報源を見つけにくい」「日常の中で自己効力感をもつ体験が少ないから、選挙という行動が社会の変化につながる実感が湧きにくい」などの意見がありました。そして、解決策としては「海外では、政府が選挙に関する情報を集めたプラットフォームを用意していることもある」「フェスティバルなど知識がなくても気軽に話せる場所があると、政治へのハードルが低くなるかも」「年齢別に投票に重みを付ける施策もあり」といったアイデアが出てきました。
編集後記
より良い社会を目指すためには、一人ひとりが必要な情報を得て、自分の頭で考え、他者と対話をし決定をすることが必要です。その際、正確で、多様な視点や未来志向な側面、問題の構造を伝えてくれる情報が、建設的な意思決定に大きな影響を及ぼします。日々の思考にコンストラクティブジャーナリズムの手法を取り入れ、一人ひとりが建設的に情報を受け取ったり、発信したりして、より良い社会を創っていきたいですね。
【イベント内容はYouTubeでも視聴いただけます】
(※1)Constructive Instituteの図を仮訳
(※2)coursera上で公開されている「Positive Psychology: Martin E. P. Seligman’s Visionary Science」講座の一部内容を参照
(※3)Society at a Glance 2016: OECD Social Indicators
(※4)総務省
【参照サイト】Constructive Institute
【参考文献】津田大介『情報戦争を生き抜く 武器としてのメディアリテラシー』朝日新聞出版、2018年