スイッチ一つで付いたり消えたりする、部屋の電気。私たちの何気ない生活の裏にはさまざまな企業の努力があるというが、たとえば電気が私たちの家に届くまでにどのような道をたどっており、どういった課題があるか、意識する機会は少ないのではないだろうか。
そんなエネルギーのことを改めて五感で感じさせてくれる映画『Dance with the Issue』が、2023年11月10日から東京都世田谷区の下北沢K2、そして12月からは群馬県前橋市の前橋シネマハウスで上映予定だ。観終わったあとに咀嚼しきれない感情が残る、そんな不思議な映画である。
映画を製作したのは、映像作品やアートの力で市民一人ひとりに新しい選択肢をもたらし、社会課題解決への変容を目指す、特定非営利活動法人ブラックスターレーベル。前橋市を拠点とし、今後もさまざまなテーマで社会への問題提起をしていくという。
今回の映画の見どころは、エネルギー業界の難しさや裏側を語る有識者たちへのインタビュー映像と、ダンサーたちによるコンテンポラリーダンスだ。エネルギーとダンスという意外な映像の組み合わせのなか、有識者たちが、エネルギーをめぐる課題意識や視点を、観客と次々と共有していく。
映画のインタビュー映像に登場した有識者は、東京電力、会津電力、みんな電力などで働く人たちだ。語られた内容は、CO2排出と自然災害、再生可能エネルギーと原子力発電、電気の安定供給と経済性、ロシアによるウクライナ侵攻、日本の近代化と戦後復興、経済規模の拡大と自然への感謝、都市と地方、発電と送電、これからの国としての成長のあり方など、とても幅広い。
有識者たちは、それぞれの知見を提示すると同時に、組織や立場を超えた、率直な想いを話しているように感じた。「私も周りの人と、エネルギー課題について、自由に易しく対話をしてみよう」映画を見て、そんな心の扉が開きそうだ。
インタビューの内容理解を助ける、アニメーション映像にも注目してみてほしい。堅い雰囲気のインタビュー映像が続くなか、柔らかな雰囲気のアニメーション映像が、観客の緊張をほぐしている。
ダンス映像は、男女ペアが送電塔のそばで踊る映像や、スーツを着た人と白い衣装を着た人が水辺で踊る映像など、さまざまだ。「正解のない、難しい」エネルギーの課題を考えるために、言語を超えたコミュニケーションを取ってくる。
同映画の監督を務め、レーベルの代表でもある田村祥宏氏は、「ダンスを見て抱くであろう、『なんだろう』という感情を大切にしてほしい」と話していた。日本のエネルギー政策をめぐり、国民が難しい選択を迫られる日は、そう遠くないかもしれない。そのときも、きっと私たちは「なんだろう、わからない」と途方に暮れ、前に進むために考えるのだろう。
ダンスは、美しいアート作品だった。観客は、映画のなかのダンサーと自分を重ね合わせて、自分も身体を大きく動かしている感覚を得られるかもしれない。インタビュー部分で得た多くの情報を、全身に行き渡らせるイメージだ。
この映画では、本編が終わった後、観客が意識を自分の内側に向ける時間「シネマティック・リフレクション」を設けている。筆者は、着席した状態で自分の呼吸に意識を向けたり、社会の未来を想像したりするシネマティック・リフレクションを体験した。映画が終わった後、すぐに退場する習慣が身に付いている人にとって、新鮮な体験となるのではないだろうか。
レーベルによると、映画が終わった後に場所を移動し、新鮮な気持ちのまま、ダンスのワークショップを行う計画もあるという。
筆者が、同映画を振り返って強く感じるのは、「もともとエネルギーの“ない”国である日本は、さまざまな努力によって、エネルギーが“ある”状態にしている。私たちが、当たり前のように電気を使っている今の状況は、決して簡単に成し遂げられているのではない」ということだ。日本の状況は、もともとエネルギー資源が豊富なロシアのような国とは異なる。エネルギー資源の大部分を輸入する今、コストや環境への影響、安全性などとの葛藤も同時に感じた。
あなたが、スマートフォンやパソコンを使うための電気は、どのような過程を経て届いているだろうか。安定して電気をつくり、送る過程では、火力発電であっても再生可能エネルギーであっても、多くの人たちが働いている。
Dance with the Issueは、そういった、電気をめぐる広いつながりについて理解を深めた上で、決して称賛だけをするのではなく、自分の体で感じ、考え、電気をつくる人と使う人が共に未来を築くスタートラインに立つための映画だと感じた。
【参照サイト】映画「Dance with the Issue」公式サイト
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