「自然ならなんて言うだろうか?」
自然の気持ちになって、自分たちの行動が自然にどんな影響を及ぼすかを見直す問いかけ。
自然との付き合い方を立ち止まって考えるきっかけとなるこの問いを実際に経営に取り入れた会社がある。イギリスのインテリアブランド「House of Hackney(ハウス・オブ・ハックニー)」だ。サステナビリティに配慮した企業や団体に与えられる国際認証・B-Corpを取得している同社は2023年11月、「Mother Nature(母なる自然)」と「Future Genrerations(未来の世代)」を正式に取締役に任命した。
今回の取締役の任命により、「母なる自然」と「未来の世代」の隠された声が会社の意思決定に必ず反映されることになる。
ハウス・オブ・ハックニーは「母なる自然」と「未来の世代」をそれぞれ以下のように定義している。
- 母なる自然:人間によって作られたもの・引き起こされた現象を除く、動物、植物、生態系、自然現象などすべての事物
- 未来の世代:地球上全ての人間、動物、植物の今日以降の存在
同社は製品づくりにおいて自然から多大なインスピレーションを得ていることもあり、自社の活動が自然と次の世代のクオリティー・オブ・ライフにもたらす影響を精査し、説明することは義務だと認識。今回の任命に踏み切った。
ハウス・オブ・ハックニーは、人間は他の動物や植物、川や山、海など、すべての存在との対等なつながり合いの中に生きており、人間も自然の一部なのだと考えている。
しかしながら、昨今では私たち人間があたかも自然を支配しているかのような錯覚に陥っていると同社は主張した。この錯覚を今すぐに払拭して行動しないと、後戻りができなくなると指摘している。
実際の運用にあたり、ハウス・オブ・ハックニーは自然保護に特化した同国の法律事務所・Lawers of Natureの共同創設者であり、エセックス大学で講師を務めるブロンティー・アンセル氏を法的代理人に任命した。アンセル氏が幅広い分野の専門家の意見を参考にしながら意見をまとめ、「母なる自然」と「未来の世代」の代弁者としてハウス・オブ・ハックニーの経営に意見を述べることとなった。
ハウス・オブ・ハックニーは、今回の決定を「自然の権利運動」の一部だととらえている。「自然の権利運動」とは、山や川などの自然環境にも人間と同じ権利を認める運動であり、近年動きが加速している(※1)。
自然の権利運動の潮流の中で、自然を取締役に任命した事例は、実はこれが初めてではない。2022年9月に同じくイギリスの美容ブランド「Faith in Nature」が自然を取締役に任命した事例をIDEAS FOR GOODでも紹介した。
一方で、「まとめあげられた意見は実際に『自然』や『未来の世代』の声を反映していると言えるのか」といった疑問を抱く読者の方も多いのではないだろうか。また、「自然」の定義にも議論の余地がある。自然を思う気持ちがあるからこそ先述の定義を固定のものとせず、多様な価値観を考慮し続ける姿勢も必要だろう(※2)。
もはや「持続可能」では不十分で、リジェネラティブな方向にシフトしなければならないと主張するハウス・オブ・ハックニー。今回のアクションにより、具体的にどのような変化が生まれるのか。取り組みの中での課題は何か。そして、このような経営のあり方は今後も広がりを見せるのか。IDEAS FOR GOODとしても引き続き注目していきたい。
※1 Harvard Univerisity: Can Science Boost the Rights of Nature Movement?
※2 言葉一つとっても、その言葉をどうとらえるかにはアクターにより差異が現れることがある。それを認識できていないと、複数のアクター間で同じ言葉について話しているつもりが、気付かぬままにそれぞれ異なる話をしているという現象もありうる。これを民俗人類学ではuncontrolled equivocation アンコントロールド・イクイヴォケーションと呼ぶ。これにより、知らず知らずのうちに1つの価値観を他者に押し付けてしまったり、その価値観の優位性を築いてしまったりしうるので注意が必要だ。
【参照サイト】Mother Nature & Future Generations: Taking their Seat at the Table
【参照サイト】‘What would nature say?’: House of Hackney becomes second firm to appoint ‘nature’ to board
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