バルト三国のうちの1国、エストニアが2018年7月1日から全国規模で公共交通機関を無償化した。首都タリンでは2013年から市民を対象に無償化していたが、これがエストニア全土まで広がったということになる。実際には対応していない地域もあるが、現在多くの国民が公営のバスや電車、トロリーバスなど好きなだけ乗る権利を得た。
交通機関無償化の狙いの一つは、文化施設や飲食店などの利用を増やして経済を活性化させること。加えて、自家用車の保有を減らすことだ。今年2月にいくつかの都市での交通無償化を発表したドイツと同様、気候変動への対策だと見える。
そして、忘れてはならないもう一つの観点。エストニアのカドリ・シムソン経済産業大臣が提唱したのは、エストニアの都市部と農村部の「移動の自由(Freedom of Movement)」である。EUの基本理念でもある「人の自由移動」は、福祉や教育と同じように、すべての人が与えられた権利だ。全国的な交通無償化は世界初の事例となるが、現地の人々はどのように感じているのだろうか。
住民はハッピー?タリンの好例
2013年にタリンの交通機関が無償化されたときの施策は、市の補助金で運賃をカバーするというもの。しかしこの無償化の恩恵が受けられるのはタリンに籍を置く市民のみであったため、タリンへの住民登録の件数は大きく増えた。住民が増えたことで、結果的に交通機関を無料にしても補助金の倍の収入が得られる状態になったのだ。
さらに、タリンでは自家用車の利用を減らすために、市内の駐車料金が大きく値上げされた。タリンでの車の移動は高い料金がかかるという認識を広めることとなったが、車でアクセスせざるを得ないタリン外の住民はどうしたらいいか。政府は、彼らが市外に駐車し、市内では交通機関を利用すれば交通機関も駐車料金も無料になるという仕組みを取り入れたのだ。この代替手段は大変好評で、文句を言う人もいない。
しかしながら、今回の全国的な公共交通機関無償化が行われてからタリン外に住むエストニア人コミュニティに尋ねてみたところ、実際に無償化の恩恵を受けていると感じることはあまりないというのが現実のようだ。
交通無償化への地域の懸念
冒頭で述べたように、すべての地方が公共交通機関の無償化を受け入れたわけではない。公営ではない商業バスなども、変わらず有料で走っている。つまり、いくつかの交通機関が無料になったからといって、いままで車を利用していた地方の住民がすぐに生活スタイルを切り替えられるわけではないそうだ。2019年の選挙に向けた、政府の人気取りなのではないか?という声もある。
エストニアンラインバスの代表であるプリート・キヴィ氏は、無料バスが多くの人々に普及することによって、いままでタリンと一部の地方をつないでいた商業バスの需要は減っていくだろう、と懸念を示している。都市と地方の「移動の自由」を促進するための決定が、これまで地方への移動で大きな役割を果たしていたビジネスの衰退につながる、というのはなんとも皮肉なことだ。
誰もが自由に移動できるように
タリンでは功を奏しているように見えるエストニアの交通無償化。全国で移動の自由を実現するまでの道のりは長そうだ。
地方のインフラ整備や国民の意識の向上など、まだまだ解決すべき課題はあるものの、画期的なアイデアであることに変わりはない。タリンでの事例のように、小規模での交通無償化によって生活がさらに便利になった人もいたはずだ。エストニアの今後の展望が楽しみである。
【参照サイト】Estonia is making public transport free
【参照サイト】ADVANTAGES AND DISADVANTAGES OF FARE-FREE TRANSIT POLICY
【参照サイト】Must teadmatus kaks kuud enne tähtaega
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取材主催:CAITOプロジェクト(田園ツーリズムプロジェクト)
機材協力:フィンエアー