アートは「時代を生き抜く力」。ニール・ヒンディ&長谷川雅彬に聞く、今こそアートが必要な理由とは?

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シンギュラリティに到達する、AIに仕事が奪われる―そんなセンセーショナルな予測が飛び交う近年。変革の時代を生き残るのに必要なのは「クリエイティブな力」だと言われている。そこで注目が集まっているのが「アート」の分野だ。

しかし、アートには未だ「ハードルが高い」「難しい」というイメージがあるのも事実。イノベーターやビジネスリーダーといった一部の人にしか関係ないことだと思っている人も多いのではないだろうか?

そこで今回IDEAS FOR GOOD編集部は、『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』(クロスメディア・パブリッシング)の著者であるニール・ヒンディ氏と監訳者の長谷川雅彬氏にインタビューを行った。

アートを「誰にでも関係のあるもの」として捉え、普段からアート×ビジネスの分野で活躍するお2人が考える「いまアートが必要な理由」そして「私たちがアートを取り入れる方法」とは?

話者プロフィール:長谷川雅彬(アーティスト・作家)

スペインのErretres Strategic Design Companyデザインエヴァンジェリスト、ロシアのContemporary Museum of Calligraphy大使。「ボーダーを越えて人々をつなぐ」アーティストでもあり、欧州を中心に活動を行う。世界最大のカリグラフィー作品「読めない文字」を制作(2018年11月の記事に登場)。英語・スペイン語でも創造性に関する執筆と講演活動を行なっている。

話者プロフィール:ニール・ヒンディ(起業家)

イスラエル・テルアビブ出身。イノベーションが求められる時代でも、創造性より実装・管理に重きを置くビジネス教育のあり方に疑問を抱き、The Artianを創業。個人や企業のクリエイティブ能力開発を行うため、アートの考え方をもとにしたビジネスセミナーやワークショップを開催している。ヨーロッパ屈指のIE ビジネススクールで講師も務める。

アートは、時代を生き抜く力

Q:なぜ今アートが必要なのか?

ヒンディ氏:書籍タイトルには「ビジネスリーダー」とありますが、アートは起業家やイノベーターだけに限らず、すべての人に関係があることです。

社会や技術は、今この瞬間にも、ものすごいスピードで発展していっています。今後はこれまで以上に変化が激しくなり、少し先の未来を予測するのも困難になるでしょう。従来のやり方では対処できないことも増えるはずです。

例えば1850年代は、多くの人が「良い馬を手に入れる技術」を追求し、その道のプロを目指していたわけですが、2019年の今ではそんなスキルがあっても全く役に立ちませんよね。変化のない安定した時代では、ただひとつのことに特化するやり方でも良かったのでしょうが、これからはもはやひとつの分野に詳しいだけでは通用しません。アートは「考え方」です。そして、「考えられる」ということは、周囲の変化に適応したやり方を生み出せるということ―つまり「生き抜く力」になります。

長谷川氏とヒンディ氏の写真

長谷川氏(左)とヒンディ氏(右)

世間では、右脳の領域(クリエイティブ)/左脳の領域(ロジック)がハッキリと区別されがち。ビジネスマンはデータに基づいて合理的に行動するのが常識であるように言われています。ですが本当は、論理的な思考とクリエイティブな発想とのどちらも同じように大切なのです。セオリー通りにこなす重要性はことあるごとに強調されますが、クリエイティブな考え方については知る機会があまりありません。だから、今こそアートを通して「考える力」や「点と点をつなぐ力」を身につける必要があるのです。

長谷川氏:ニールに付け加えてもうひとつ、アートが今こそ必要だと考える理由があります。それは今が「意味を求める時代」だからということです。産業化が進み、たいていのモノが手に入ってしまう現代では、人々が消費するのはモノそのものではなく「意味」へとシフトしてきています。それなのに、学校ではどうやって意味を見つけるのか/つくるのか、ということについては教えてくれませんよね。

アートの強みのひとつに、人が「ダイレクトに感じられる形」で表現できるということがあります。

例えば、温暖化という問題があることはみんな知っていますが、その深刻さや自分が行動を起こす必要性について、はっきり意識しているという人は少ないのではないでしょうか。それは、問題が遠すぎてジブンゴトとして捉えられないからかもしれません。意味が生まれるのは、その人自身が何かを感じ体験したときですから。

複雑な問題でも、アートを通せば、見て、聞いて、触れて……自ら“体験”することができます。アートが何かと自分との間にあるギャップを埋めてくれるのです。

アートをながめる親子

image via shutterstock

Q:現代の「いつでも情報とつながれる」社会は、人間の思考に影響している?

ヒンディ氏:インターネットが普及して人間の生活は本当に変わりましたね。だって、今ではもう検索窓に文字を打ちこむ必要だってないんですよ!椅子に座ったまま、ただ「アレクサ!」って呼びかければいいんですから。

何かを知るのは容易になりましたが、今は「情報にアクセスしやすい」というレベルを通り越して、世の中に情報が氾濫している状態です。作りこまれたフェイクニュースまで登場し、何を信じればいいのかわからなくなるほど。こうした状況のなかで、膨大な情報の中から真実を見分けるためには、批判的に考えられることが必要です。ですが実際には「それは本当?」「情報源は?」といちいち疑問を持てている人は少ないのではないでしょうか。

長谷川氏:インターネットやSNSで重視されるのは、即時性。記事の内容を充実させるよりも「情報をいかに早くシェアできるか」のほうに重きが置かれます。一方、新聞や雑誌、本などの伝統的なメディアの場合は、記者が「ただの情報」を、読者に届けてもよい「記事」の状態に加工するまでに少々時間がかかります。この「遅れ」には、書き手の知識や経験が盛り込まれています。つまり、考える時間、情報を噛み砕いたり意味を見出したりするための「タイムラグ」こそがバリューとなるわけです。

新聞とタブレット

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違う情報にアクセスしたいとき、新聞や雑誌の場合は、開いたり畳んだり持ち替えたりしなければなりませんが、スマートフォンの場合は指一本の操作で違う情報にたどり着くことができます。絶え間なく情報が更新されるので、ひとつひとつをじっくり見ている暇もありません。現代では、解釈したり、考えたことについて話し合ったりする時間が少なくなっているのではないでしょうか。

Q:クリエイティビティは、特別な人だけが持つもの?

ヒンディ氏:「自分には、当たり前のことに疑問を持つなんてできない」とか「何にも興味がわかない」「クリエイティビティなんてない」と思っている人がいるかもしれませんね。では、周りにいる子どもを見てみてください。「あれは何?」「これは何?」とたくさん質問をして大人を困らせていますよね。忘れているかもしれませんが、あなたも幼いころは朝から晩まで大人にいろんなことを尋ねていたはずです。人間には本来は好奇心が備わっているのですね。好きなものや興味のあるものだけを追いかけることが許されない学校教育の過程において、興味を追求する方法や疑問をもっても良いという事実を忘れてしまっただけで、あなたにはもともと好奇心や問いかける力が備わっているんですよ。

長谷川氏:日本人は、もともとクリエイティビティのもととなる独特の感性を持っていたと思うんです。

例えば、茶室や日本庭園、書道といった日本の文化では、何もない「余白」の部分に価値を見出します。「空気を読む」という表現にも表れているように、日本では「見えないものを見る」ことが大切にされてきました。美しさは、引かれた線そのものではなく、線と線との“間”にこそあるという「無の美学」ですね。この「見えないものを感じ取り、そこに価値を見出す感覚」こそ、日本独特のセンスでした。

日本庭園

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産業化が進み高度情報化社会になるにつれて、そういった感覚が薄れてしまったのだと思います。でも、もともと日本人には特有の感覚があったんだと思うと、自分にも新しい価値を生み出せそうだって勇気が湧いてきませんか?

アートの考え方を日常に取り入れる

Q:アート的な思考を鍛える具体的な方法は?

ヒンディ氏:まずは、インターネットとの付き合い方を変えることもひとつの手ですね。

先ほど述べたような弊害もあるとはいえ、インターネットが「人をオープンにし好奇心の幅を広げる力」を持つのは確か。何かを調べるなかで気になることを見つけたら、それもクリックする。次から次へと違うワードへ、好奇心のおもむくままにジャンプし続けると「一つのことを他の事象につなげるステップ」として利用することができます。

フェイクニュースが溢れる今、受動的にニュースを頭に入れているだけではいけません。いちいち情報をよく「観察」してみましょう。「それは何で?」「信頼できる情報なの?」と疑問をもちながら自分で判断する練習です。ものごとを単に受け取るというだけではなく、疑ってみることはとても大切ですよ。

長谷川氏:アートは作品そのものだけに意味があるわけではありません。「どう感じるか」や「どういう意味か」を考えることに重要な意味があります。普段はニュース自体の内容について目がいきがちですが、大切なのはそれをどう解釈するかです。ニュースに対して、自分の意見をまとめてみると良い練習になります

長谷川氏とヒンディ氏

長谷川氏とヒンディ氏

ヒンディ氏:それから、簡単にできるのは「毎日10個の問いをたてる」ことですね。

例えば、自動車産業で働いているなら、それについて。「何で車のタイヤは4つなんだろう?」とか、「電気自動車は、なぜあまり普及しないんだろう?」と考えてみるのです。

アップルの創業者スティーブ・ジョブズは「点と点をつなげろ」という有名な台詞を残しましたが、どうやってつながりを見つけるかというのは実際とても難しいこと。

ですが、分野をこえて、たくさんのものごとに身をさらしていくことで、つながりを生み出していくことができます。自分に関係ないと思うことに出逢うたびに、「自分はここから何を学べるかな」「自分の携わる産業とはどう関係しているのかな」と考えるエクササイズを続けてみてください。

イラストで説明しようとするヒンディ氏

イラストで説明しようとするヒンディ氏

長谷川氏:「問をたてる」「疑問を持つ」というと、小学校でやっていたように手を挙げて実際に疑問を口にださないといけない気がしてしまう人もいるのではないでしょうか?でも、我々が言いたいのは「相手に突っかかれ」ということではないんです。人に話さなくても、自分の中で問いをしっかりもっておくことこそが大切なんですよ。

それからもう一つ、目にしたものを概念的に定義する練習をしてみるといいと思います。例えば、犬を見かけたときなら、犬種を問わずすべての犬が持つ特徴を一つのワードに集約したり、「犬とは~であって、~でない」という表現を考えてみたりする。境界を越えて何かをつなげようとするときには、概念的なことを捉えたり、ものごとを抽象化して考えたりできるようになる必要があります。うわべではなく深い部分に存在している双方のつながりを見つけるためには、とても重要なこと。意識していないと日常生活でそうしたことを考える機会はなかなかなありませんから、少しだけ気に留めてみてください。

感じて、考えて、つなげる

Q:読者へのメッセージをお願いします

ヒンディ氏:誤解してほしくないのですが、僕は「アートがすべてに対する究極の答えだ」と言っているわけではありません。ただ、試しもせずに「アートは自分に合わない」というのはもったいない!食わず嫌いをせずに、実際に美術館を訪ねてみてほしい。「この絵はキライ」とか「意味がわからない」っていう感想からでも良いんです。そう感じたのには理由やあなたなりの判断基準があるはずですから「それは何だろう」って少しだけ考えてみる。

あなたの健康があなたの責任であるのと同じで、良い疑問や好奇心を持ち続けられるよう、自分自身をのせていくのもあなたの仕事です。ですから皆さんには、自分の人生の主導権をしっかり握って、迷わずにトライしてみてほしいと思います。

話に熱がこもるヒンディ氏

話に熱がこもるヒンディ氏

長谷川氏:これまでの日本の教育や社会の仕組み、人々の考え方などは、この偏差値だからこの大学、この大学だからこの会社……というように、すでにあるものの延長線上にすべてが並んでいるような気がするんですね。制限を設けず、興味のあることすべてにトライしていくことで、新たな何かが見えてくるはずです。もっと「まったく違うところに点をつなげられないか」を模索してみてほしいと思います。

その際、誰かに評価されるのを気にしないこと。判断基準が勝ち負けや良し悪しという単純な物差しだけだと、新しい挑戦をするのが怖くなります。でも、人と比べてどうというよりも「新たな見方、学び、経験」を通して自分がどれだけ成長できたかということのほうがよっぽど大切なはず。評価する/されることを軸にするのではなく、純粋な学びに目を向けてほしいですね。もっと言うと、人からの評価で心に浮き沈みが生じるのは結局エゴによるものです。自分を「社会のため」「地球のため」に役立てるという大きな視点にシフトすると、一つ一つの失敗が大した問題ではなくなるんです。「自分ひとりという枠以上に大きなミッション・ゴールを持つ」ということも重要なことのひとつだと思いますよ。

長谷川氏の写真

長谷川氏

インタビュー後記

「アートというと敷居が高い気がして抵抗を感じる」のは、もしかすると「目の前の物体を、歴史的背景や美術的観点、使用されている技法を踏まえて、的確に論評する」のが「正しい」アートだと思っているからなのかもしれない。大切なのは、ヒンディ氏と長谷川氏が教えてくれた「アートは、作品そのものではなく『考え方』だ」ということ。「どんな意味だろう?」「どういう意図があるんだろう?」など、答えが出なくても、疑問を持ち、想いをはせてみるというプロセス自体だ。

私たちはつい唯一の正解を探そうとしてしまう。だが、そもそも答えがなかったりいくつか答えがあったりするし、たったひとつの正解を出してはいけないこともある。

正しい/正しくない、良い/悪いという基準だけで自分の考えを制限してしまわずに、アートについて自由に感想を言い合うことからはじめてはどうだろうか。

【参照サイト】The Artian.com
【参照サイト】Masaaki Hasegawa
【参照文献】ニール・ヒンディ著『世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること』(クロスメディア・パブリッシング、2018年)
【書籍紹介動画】 The Artian Book Video(世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること)

※2019/2/19 書籍の紹介動画リンクを追加しました。