岩手県の南東部、陸前高田市で、何もない無人駅に降り立った。正確には何もないわけではなく、新設された待合室(といってもベンチが一つある程度)と、同じく新設されたトイレがある。ご存知の通り、東日本大震災で甚大な被害を受けたこの地では、駅のまわりがすべて津波に流されたのだ。
筆者が訪れたのは、人口約3,200人の漁師たちの町、広田町。現在も人口減少が止まらない孤島のようなこの地には、20代から30代の若者が集まり、ともに学びながら自分のやりたいことに挑戦する学校がある。NPO法人SETが運営する「Change Maker’s College(以下、CMC)」だ。
CMCは、全寮制の学び舎である。4月から8月までの4か月間、生徒とコーディネーター(講師)らがシェアハウスで共同生活を送りながら、町全体をつかって自由に学ぶ。科目は地域で働きながら学ぶワークラーニングや、リトリート、健康、教育理論、ものづくり、コーチングなど幅広い。
彼らの面白いところは、デンマークの成人学校フォルケホイスコーレの学びを採用し、地域の課題に対して「自分が自分らしく生き、豊かになること」を通して取り組んでいることだ。
フォルケホイスコーレとは?
フォルケホイスコーレは、デンマークを発祥として北欧に広がる教育機関だ。デンマークには約70校あり、学校によって特色はあるが、対話を中心とした授業を行うことや、生徒が主体となって学ぶことなどが共通している。入学資格やテストはなく、17歳からなら年齢、国籍、学歴を問わず誰でも入学できる。そして、単位も学位も与えられないという独自の制度を持つ。
全寮制で、教員と生徒が校舎の中、あるいは校舎から近い宿舎で共同生活をすることも特徴的だ。授業の合間には食事をともにし、立場やバックグラウンドの違いも関係なく対話する。筆者もデンマークのフォルケホイスコーレには通っていたことがあり、たまに教員と一緒に学校で飲むこともあった。
「民衆の(フォルケ)高等学校(ホイスコーレ)」という名前の通り、フォルケホイスコーレはもともと、教育格差の激しかった1800年代前半のデンマークで「すべての人に教育を」というコンセプトのもと生まれた。当時の地方部に住む農民などアカデミックな教育を受けられない人々のために創立されたこの学校は、デンマークの民主主義教育に大きく寄与したと言われている。
CMCでは、デンマークの講師陣や地方ビジネスの先駆者たちからのサポートを受け、フォルケホイスコーレの持つ「価値観(Human Value)」や「対話(Dialogue)」、「持続可能性(Sustainability)」といった特徴を踏襲。生徒がピアラーニングを通して自立し、挑戦できる場づくりをしている。デンマークのフォルケホイスコーレのように決まったキャンパスはなく、SETのワークスペースと併設した古民家から広田町の町の中、DIYしたバー、海辺までさまざまな場で活動をしているようだ。
地域の課題は人口減少よりもむしろ……
いくら若者が住み着いても、震災の影響や、職の選択肢が少ないことなどから広田町の人口は減り続けていく一方。20年後には無くなってしまう町だとも言われている。そんなこの町の課題は、人口減少だろう―筆者はそう思っていたのだが、CMCの校長でありメインコーディネーターの岡田勝太(おかだしょうた)さんからは意外な答えが返ってきた。
「僕たちは、人口減少する社会を問題だと思っていないんですよ。日本の経済が一時的に活性化して、人口増加の波がきただけ。いま人が減っているのは自然な流れなんです。本当の問題は、人が増える前提の社会のシステムや、価値観が変わっていないこと。そしてこれからの時代の新しい考え方をつくりだし、自分の中の豊かさの基準をアップデートする場所がないことです。」
CMCを運営するSETは、“人口が減るからこそ豊かに生きる”という考えを持っている。そして、従来の“一般的な豊かさ”にとらわれない、自分なりの豊かさを見つけていくために、人々がこの陸前高田市広田町という地でチャレンジできるCMCを立ち上げた。3.11の被災地として知られ、人口が少ないこの地域では、ひとりひとりの存在感が際立ち、何をしても新しいのだ。
生徒一人ひとりのチャレンジを後押しするCMC
この学校が持つ二つのコースのうち、『Basicコース』は、主にコミュニケーション、ファシリテーションなどコミュニティ構築の基本となる理論から、物事を具体化させる「デザイン思考」「プロジェクトマネジメント」理論を含むソーシャルデザインを学べる授業構成となっている。そしてBasicコース修了者のみが参加できる『Produceコース』は、2週間に1回の対話クラスを中心として、改めて自身を振り返り、取り組むプロジェクトを形にしていくためのコースだ。
プロジェクトの内容やその目標設定は人によって違う。町にコミュニティカフェをつくる生徒、地元のわかめ漁師に向けた講座を開く生徒、地域コミュニティの強化に取り組む生徒、はたまた気球を飛ばす生徒など、彼らのプロジェクトは多種多様だ。目標の達成度合いは、1週間に1度、専属コーチとのセッションを行って確認する。
自由な学び舎であれ。CMCのこれから
大学生、地域おこし協力隊、新卒、仕事を辞めた人。さまざまな人々が集まるこの広田町では、移住者の定着率が80%と高い。しかし岡田さんは、この地域にとどまる必要はなく、出ていくのも一つの選択だとも語っていた。CMCでは、「自由であること」が何よりも尊重されている。
1週間の時間割には「Free」と書かれた自由時間があえて盛り込まれており、そのあいだは自分の興味のあることを勉強したり、散歩をしたり、ぼーっとしたりしていていい。本場のフォルケホイスコーレでも、あまり予定を詰め込みすぎず、常にスペース(余白)を持っておくことが大事だと言われている。
また、CMCでは卒業後に就職・転職サポートも行うが、カレッジで学んだことをいかして卒業後に何かしらのアクションを起こすかどうかも、生徒次第だ。この広田町で学んだことが人生のどこかのタイミングでいきてくるかもしれない。しかしここで大切なのは生き方を深めることで、誰も強制はしないのである。
CMCが目指すのは、参加する人にとっての「日本一面白い学び舎」だという。自分の興味、関心のあることを学び、挑戦できる場所として、フォルケホイスコーレというモデルを日本で実践することに価値があると岡田さんは考えた。岡田さんは「CMCを通して、人々の学びや価値観が変わるような場を提供したい。」と語る。今後は、教育者を対象としたセッションも行っていくようだ。
岩手県陸前高田市広田町。よく晴れた日に訪れたカレッジは、想像よりもずっと自由だった。日本の多くの地方が「課題」と捉える人口減少を、ポジティブなものだと解釈し、デンマークの教育機関から得た学びで、それぞれの豊かさの形を追求し続けるCMC。人々のこれからの価値観を、ゆっくりと変えていってくれるだろう。
【参照サイト】Change Maker’s College