【タイ特集#5】象と泊まれる世界に一つだけのAirbnb。NY出身の女性起業家が解決したい社会問題とは?

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タイ北部の都市チェンマイには、象と宿泊できる唯一のAirbnb施設がある。それが、「Chai Lai Orchid」だ。これを聞いて、「なんて素敵な施設なんだろう」、「泊まってみたい」とワクワクする人は多いだろう。

実は、このAirbnbは、人身売買の撲滅に取り組む団体「Daughters Rising」によって運営されている社会的企業(ソーシャルビジネス)である。ゲストはこの施設に泊まることで、象と触れあえるだけではなく、少数民族の女性たちや象の保護を支援することができる。

今回筆者は、「Daughters Rising」および「Chai Lai Orchid」の創業者であるAlexaに取材をした。彼女の知られざる創業ストーリーを聞くと、きっとこのAirbnb施設の見方が変わるはずだ。

Image via Chai Lai Orchid

壮絶な過去を乗り越え、NYからタイの山奥へ

アメリカ・ニューヨーク出身のAlexaには、10代の頃、人身売買の被害にあったという悲しい過去がある。そんな彼女は、被害者である女性たちがお互いにサポートすることがどれだけ心強いものなのかを、自身の経験から痛いほど理解している。そこで、売春や暴力などの人身売買の撲滅に取り組む団体「Daughters Rising」を、ニューヨークで創立したのだ。

創業者のAlexa

「人身売買される女性たちは、孤児やシングルマザー、ホームレスだったりと、とても弱い立場にいます。とくに少数民族の女性たちは、教育や仕事の機会がありません。人身売買業者はそこにつけ込みます。人身売買が起きてしまったあとに被害者を助けることはできるけど、そのものをなかったことにはできない。だから人身売買される以前に存在する、問題の根本を解決したいのです。」

問題の根本を解決しようと、東南アジアの少女たちに教育や仕事の機会を与えるなどの活動をしてきた。しかし、抑止プログラムは結果の数値測定が難しいため、資金調達に苦労したという。そのため自分たちでお金を稼ごうと、観光都市であるタイのチェンマイで、Airbnbビジネスをはじめることにした。

Chai Lai Orchid

少数民族の少女たちと象を守る、大いなる母Alexa

「Chai Lai Orchid」で働くスタッフのほぼ全員が、カレン族だ。カレン族とは、タイとミャンマー国境の山岳地帯に住む少数民族である。1984年以降のミャンマー内戦によって難民となったカレン族の多くが、いまでもタイの難民キャンプで暮らしている。

彼女たちは、実務として給料をもらってAirbnb施設で働くと同時に、ホスピタリティや英語、自衛といったトレーニングを受けている。学校へ通ったりビジネスをはじめたりしたい人は、金銭的支援も受けられる。

カレン族のスタッフ

「Chai Lai Orchid」は、少数民族の女性たちの支援のためにはじまった活動だったが、現在では動物の保護もミッションに含んでいる。

「この施設の近くに、もともと象が飼われていました。重い金属製の椅子を背負わされ、食事や休憩の時間がないほどずっと働かされて苦しんでいる姿を、なにもせずにただ見ているだけではいられなくなったのです。」

そこで象を守ろうとAlexaは動き出した。

筆者が取材に行った3月13日は、「タイ象の日」。象に感謝するため特製料理が振舞われる

「象のオーナーの多くは中国などタイ国外に住み、観光業でお金もうけをするために象を保持しています。そのため、象のケアには関心がありません。はじめは彼らから象を買い取ろうと考えましたが、その資金で彼らは再び象を買うことができてしまう。だから象をレンタルすることにしたのです。」

こうしてはじまった象の保護だが、活動をするなかで命の危険を感じるほどの恐ろしいことが起きたという。

「金属製の椅子がどれだけ象を傷つけているのかを映像にしYoutubeにアップしたところ、象のオーナーが激怒し、殺害の脅しを受けて夫が攻撃されたり、ウェブサイトをハックされたりしました。とても恐ろしかったです。そのため、Airbnb施設を一旦閉鎖し撤退したのですが、オーナーが心変わりをし、再び象をレンタルできることになりました。しかし、ビジネスとしてうまくいくかわからなかったですし、正直いまでも赤字のときがあります。」

それでも、やり続けることができるのはなぜなのだろうか。

「あのかわいい象たちを見て!みんな、以前より健康でハッピーなんです。象はいつも私たちを助けてくれるんです。癒しです。」

Alexaの本当に無邪気な笑顔が、なによりの回答だった。

健康でハッピーな象たち

一方、この笑顔の裏には、多くの困難があることは容易に想像できる。最も大きな困難はなにかという質問をしたところ、Alexaの回答は意外なものだった。

「自分がなにをやっているのかわからないことです。Airbnbビジネスも動物保護もはじめてのこと。知識も経験もありません。ロッジのバルコニーの屋根が壊れたからYoutubeを見て自分たちで直すなど、すべて手探りです。」

そして、こう続けた。

「私、ビジネスには興味ないんです。できるかなんてわからない。ただ、居ても立っても居られないんです。」

Alexaと夫Bay

ソーシャルビジネスと相性が良いAirbnbをうまく活用

「Chai Lai Orchid」では、どの部屋に宿泊しても間近に象と触れあうことができる。そして、象が朝食を運んできてくれるというサービス付きだ。

ほかのオンライン旅行予約サイトを使わずに、Airbnbだけで運営しているのは、「安心・安全」を大切にしているからだ。

「スタッフも私たちもこの施設内に住んでいます。ここは私たちの家です。Airbnbでは事前にゲストの情報を知ることができるので、女性たちにとってより安心して使えます。」

敷地内に自分たちで建てた家に住むカレン族のスタッフ

Airbnbのゲストは、アメリカを筆頭に、中国や韓国などからやって来る。そんなゲストの多くは、「Chai Lai Orchid」の背景ストーリーについて知らない。

「それでもいいんです。ゲストではなく、タイのコミュニティ内で人身売買についてもっと意識を高めたいと考えています。それでも、Airbnbのゲストはほかの旅行予約サイトよりも、社会問題やエコツーリズム、コミュニティエンパワーメントに関心を持っている旅行者が多くいます。」

フェイスブックやインスタグラムなど無料でできるプラットフォームを活用してPRをおこない、創業当初は8部屋だったが、いまでは18部屋まで増築している。目の前を流れる川でのボートツアーや山奥でのトレッキング、滝での水遊びなど、それぞれのゲストが思い思いに時間を過ごし楽しんでいる。

川下りを楽しむ人たち

ハネムーンで訪れるカップルも多い

編集後記

取材前は、象と泊まれるAirbnbと聞いて、純粋におもしろそうだと思った。しかし、自身も人身売買の被害者であるAlexaと難民であり自分の親や故郷も知らなかったカレン族の夫Bayの過去や、 Airbnb施設の一時閉鎖という、小説のような実話を聞いたとき、思わず声も出なかった。それでも、スタッフの女性や象たちに囲まれているAlexaは幸せそうな顔をしていて、本当に彼女たちや動物を愛しているのが伝わってきた。

「Chai Lai Orchid」は、象との触れあいもそうだが、世界で実際に起きている人身売買という事実を直に知り考えることができる、本当に唯一のAirbnb施設である。知らない人・世界に出会い、新しい経験をし、五感で感じ、考え、そして行動すること。これが旅の醍醐味であり、平和への一歩だと筆者は信じている。

なお、「Chai Lai Orchid」では現在ボランティアを募集している。Airbnbビジネスや動物福祉、チェンマイに興味のある方は、ぜひ連絡を取ってみてはいかがだろうか。

約12頭の象が住んでいる

【参照サイト】Chai Lai Orchid

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