「アクアポニックス農法」をご存知だろうか。魚と植物を同時に育てる次世代の循環型農業といわれるそれは、地球にも人にも優しい農法であると、いま世界で注目を集めている。
このところ欧米では、このアクアポニックス農法を使った、都市型農業(アーバンファーム)やレストランの屋上に併設された農園なども増えているが、日本ではまだあまり見かけない。
そんななか、今年8月28日に新潟県長岡市にアクアポニックス農法を用いた“世界初”のサステナブルセンターモデルである、国内最大規模の植物工場「アクアポニックス長岡プラント」が完成した。データセンターで出る大量の排熱を利用し、アクアポニックス運用するという仕組みだ。
今回筆者は実際に現地を訪れ、このサステナブルセンターモデルを提唱する株式会社データドック(以下、データドック)代表の宇佐美浩一氏と、株式会社プラントフォーム(以下、プラントフォーム)代表の山本祐二氏に設立の背景や想いを伺った。
世界初の「サステナブルセンターモデル」とは?
「アクアポニックス長岡プラント」が、“世界初のサステナブルセンターモデル”と謳われる理由は、寒冷地型の「新潟・長岡データセンター」と同時に運用されている点にある。
近年、IoTやAIの普及により、電力供給量など高スペックのデータセンターニーズが高まっている背景から、2018年1月にデータドックにより設立されたこの新潟・長岡データセンターは、業界最高水準のファシリティ性能と電力効率を備える。
この新潟・長岡データセンターの最大のポイントは、「立地」にある。データセンターでは電気を使うとその分、熱を帯びた機械を冷やさなければならず、その冷却費用は膨大だ。通常、首都圏などでは機械冷房での冷却が一般的であるが、新潟・長岡データセンターの場合は、長岡市に降る「雪」を冬季中にデータセンターの建物の横に積み、そこに木片チップを敷き詰めてシートをかぶせることで、夏でも雪が溶けないように工夫している。これにより、同じ規模のデータセンターよりも運営コストを約38%削減しているという。
それだけではない。現在、国内のデータセンターのうち7割弱が首都圏に集中しているが、それを新潟に構えることで、今後30年以内に起こるとされる首都直下型地震を避けることができるため、地方のデータセンターは首都圏と比べて優位性がある。
「せっかく地方で土地が余っているのならば、データセンターから出る排熱を利用できないかと考えたのが始まりでした」と、データドック代表取締役社長である宇佐美氏。
プラントフォーム代表の山本氏が続ける。「余熱をどう使うか考えるなかで『アクアポニックス』を見つけたとき、心底ワクワクしたんです。しかし、自分はこれまで農業と関わりがなかった。どうせやるならアクアポニックスに一番詳しい人とやろうと思い立ち、日本におけるアクアポニックスの第一人者であるワイコフ尚江氏とプラントフォームを立ち上げました」
そしてこの寒冷地型データセンターの運営によって創出される、雪冷熱や地下水・IT機器の廃熱などの余剰エネルギーを、アクアポニックス農法で使用する持続可能な新しいビジネスモデルが誕生したのだ。
アクアポニックスで地域に安全な作物を提供したい
アクアポニックスは、養殖と水耕栽培を同時に行う仕組みだ。飼っている魚が排泄すると、水中にいるバクテリアが排泄物を植物の栄養素に分解する。そうすると魚の排泄物を栄養素として植物が育つ。しかも、育つときに植物が栄養を吸うため、水が浄化されることにつながり、綺麗になった水がまた養殖の池に戻るため、水を一切変える必要がない持続可能な農業であるといえる。
最大の特徴は、無農薬で無化学肥料の「有機栽培」であることだ。アクアポニックスでは農薬を使わない。なぜなら、農薬を使うと魚が死んでしまうため、そもそも使うことができないのだ。また、魚の排泄物が肥料になるため、化学肥料も使わない。
「私たちは、有機栽培は高くて良い、“貴重なモノ”だと錯覚した価値観を持っています。単純にそれは、技術がないからではないでしょうか」(山本氏)
現在、日本の有機栽培の耕地面積率はたったの0.5%で、海外と比べても圧倒的に低い。通常、有機栽培を始めるためには、今まで農薬を使っていた既存の畑を3年間、無農薬で畑を休ませて農薬を抜く必要がある。既存で農業をやっている農家が3年間休むことは実質できない。また、有機栽培は特別な技術を必要とするため、手間がかかるイメージが強く、なかなか浸透しないため、生産量が限られる。
小売業者は安定して大量生産できる商品を求めるので、安定供給ができないと生産者は安値を提示されてしまい、どうしても対等な立場で商談することができないという。
「この状況を、僕たちが変えたいんです。安心して食べられる有機野菜を、たくさんの子どもたちに届けたい。アクアポニックスは、あくまでもこれを達成させるための手段でしかありません」(山本氏)
一次産業が抱える「過酷・危険・低収入」を「楽しい・新しい・高収入」に
アクアポニックスは、このところ数が増えているLED型の植物工場と比べると、初期コストが1/4、ランニングコストが1/10と低コストで新規参入がしやすく、リスクを抑えて事業をスタートさせることができる。また、液肥といわれる化学肥料を使って栽培を行う水耕栽培と比べると生産性も2.6倍だという。つまり、今まで安定供給ができなかったために拡大しなかった有機栽培の市場を、アクアポニックスが変える可能性を秘めているというのだ。
日本におけるアクアポニックスの第一人者であるワイコフ氏は、以下のように説明する。
「アクアポニックス農法に費やす時間は、多くても1日15分で、あまり手間がかかりません。また、アクアポニックスでは排水が出ないため、水交換の手間もいりません。私が埼玉でアクアポニックス農法を行っていたときは、同じ水を8年間使っていました。水は、宝物です。アクアポニックスの水は栄養分も多く、健康な野菜ができるため、『売って欲しい』という農家さんもいるほどです」
また、作物が水の上に浮いているので、収穫がラクだという。トラクターも要らず、手作業で収穫が可能だ。アメリカでは、病院の隣にアクアポニックスを設置し、高齢者の人が野菜を育てる例もあるほど、リハビリにちょうど良い労働力ということだ。
基本的には葉物やわさび、トマトなど、さまざまな種類の作物の栽培ができる。魚も淡水魚であれば基本的に育てることが可能で、アクアポニックス長岡プラントではチョウザメを主に育てているという。チョウザメは将来的にはキャビアを取ることもできるので、付加価値が高い。また、古代魚なので生命力も強い。
一次産業が抱えている「過酷・危険・低収入」いわゆる3Kという事業モデルを根底から変える必要があると私たちは考えています。そして、この厳しい状況も当社ではイノベーションを起こす絶好の機会と捉えて「楽しい・新しい・高収入」な事業モデルへと変革し、若い人達がワクワク目を輝かせながらチャレンジしたいと言ってくれる。そんな魅力ある事業を創造し、そして社会へ貢献してゆくことを目指しています。
ー株式会社プラントフォーム HPより
アクアポニックスのその先へ
現在進んでいるのは、サステナブルデータセンターモデルの利用だ。いま、発電所やゴミ焼却場、下水道など、余熱を持て余している会社はたくさんあるという。アクアポニックスであれば、低コストと低リスクで利用可能であるため、余熱が余っているこれらの施設で、このサステナブルデータセンターの利用を促す。
また、自然界の縮図ともいえるアクアポニックスは食育にもいい。海外では老人ホームや学校などで、アクアポニックスを使って生徒に学んでもらう事例が増えている。老人ホームでは生き物を育てることで、生き甲斐にもなるし、有機野菜なので健康にもいい。
今後は「新潟・長岡データセンター」と「アクアポニックス長岡プラント」の運用によって、世界初の『サステナブルデータセンターモデル』としてノウハウを蓄積することで、日本中の寒冷地で適応可能なビジネスモデルの確立を目指す。
編集後記
日本の農業従事者の高齢化は進んでおり、現在の農業従事者の平均年齢は66.8歳と、60歳以上が約8割を占めるという。残りの若若者でこれからの農業を支える必要があり、いま日本の農業は転換期にある。
逆にいうと、これから新規参入する企業にとっては、絶好のビジネスチャンスであるともいえる。
「山本から、新潟でアクアポニックスをやりたい、と言われた時、最初は少し心配だったんです。夏と冬の気温差もあるし、お日様がでない雪の国で、ほんとうにできるのか、と。けれど、山本さんの情熱に、ここでやろうと決めたんです。植物で産業が成り立ってない、そんな難しい地域でもアクアポニックスができると証明できれば、どんな場所でもできると、言いたかったんじゃないかな」
そうワイコフ氏は話してくれた。まだまだ日本での実績がないアクアポニックスであるが、ここ新潟・長岡から、サステナブルデータセンターモデルが日本各地に広がることが、これからの日本の農業を変える一助となるだろう。
【関連記事】 アクアポニックスとは・意味
【関連記事】 AIとは・意味
【参照サイト】 株式会社データドックHP
【参照サイト】 株式会社プラントフォームHP