「牧場」と聞くとどこかの田舎に緑一面の牧草が広がっているような光景をイメージする人が多いのではないだろうか。しかしオランダの第二の都市ロッテルダムには都心の中、住宅の真横で湾岸部に浮かぶ牧場が存在する。
今回筆者が訪れたのは以前IDEAS FOR GOODでも紹介し、今年5月に一般向けにオープンした、今世界が注目している牧場だ。ロッテルダム中心駅から自転車を漕ぐこと15分。Floating Farm(フローティングファーム)という名の牧場に辿り着く。この牧場の特徴は、都心から程近いところに位置するということ。そうすることで、牧場から工場、工場から卸売業者、卸売業者からお店、そしてお店から消費者までの距離が縮まり、食料輸送時にかかる二酸化炭素の排出(フードマイレージ)を抑えることができる。
商品の生産活動全体から排出される二酸化炭素を含む温室効果ガス排出の総量「カーボンフットプリント」。温暖化の原因となるカーボンフットプリントを抑えるため、フローティングファームは持続可能な新しい農業アイデアとしてオランダだけでなく、イギリスやアメリカからも注目され、多くのメディアで取り上げられている。
実際に訪ねてみると創業者のパートナーのMinkeさんが笑顔で迎え入れてくれた。
あなたが口にしている食べ物はどこからきたの?
日本の食料自給率は37%と言われており、食のほとんどを海外からの輸入に頼っている。その食べ物が運ばれる過程を考えたことはあるだろうか。
海外からの輸入食は、当然ながら、国内産よりもカーボンフットプリントは大きい。したがって私たちがその食べ物を口にするまでに、既に余計に二酸化炭素を排出しているのだ。
さらに、家畜の輸入がもたらす問題は、二酸化炭素による環境負荷だけではない。家畜の飼育環境に関する問題、アニマルウェルフェア(動物福祉)も今大きな問題となっている。オーストラリアでは毎年60万から80万匹の牛を輸出しており、彼らは広い海を狭い船の中にぎゅうぎゅうに押し詰められて運ばれている。平均して牛が海の上で過ごすのは数週間。上陸するとまたすぐにトラックに入れられ、運ばれる。食が運ばれる過程で、このような動物にとって過酷な状況を生み出してしまっている現実があるのだ。
また、輸入食を取り巻く問題が顕在化してきており、今後、世界中で食糧危機に陥ると警鐘を鳴らす人々もいる。
2050年には20〜30億人の人口増加が見込まれており、今存在する農場はこれからの人口増加に対応できるほどの食料を供給できる余裕はない。人口の70%は大都市に集中すると言われており、都心部では農場がどんどん縮小し、都市と生産地の距離はますます離れていく。さらに気候変動により異常気象が増え、日本でも例年巨大化、増加していく台風による農家の被害は深刻化している。
こうした中、私たちは都心で食料を供給する方法を見出していかなければならない。
そう考えたフローティングファームの創設者Peterさんは、2015年に水に浮かぶ牧場のアイデアを思いついた。
持続可能な農業、Floating Farmの仕組み
フローティングファームとは、その名の通り「浮かぶ牧場」だ。ここでは牛を飼育しており、牛乳やヨーグルトなどの乳製品を生産販売している。方法や設備は、アニマルフレンドリーでかつ環境に配慮したものを採用しており、270万円の初期投資をもって創設された。
フローティングファームの特徴は、排気を外に出さないようなシステムを採用していること。そしてなるべく消費者に近い場所であること。こうすることで、ゴミをほとんど出さず、物流過程を最大限カットし、消費者にもより健康的で新鮮な製品を届けることができるのだ。
太陽光エネルギーで施設のすべての電力を賄っており、施設天井では雨水を貯め、その水を浄化して利用している。牛の餌は、小麦やふすま、ポテトを細かくしたもの、施設内の草や、市内のゴルフ場の草など、地域のものを扱っている。
さらに、フローティングファームでは、アニマルウェルフェアも大事にしている。牛の糞は肥料ロボットを使って即座に掃除しているため、牛たちは清潔で広々とした環境の中で過ごすことができるようになっている。そして、牛自身が好きなタイミングでミルクを出すことができるように、ミルクロボットを設置してロボットが搾乳する仕掛けを施している。時折プレイグラウンドと呼ばれる牧草地に出て遊ぶこともでき、そこでは24時間自由に水を飲むことができたり、マッサージブラシで体をマッサージすることができたり、といった開放的な仕組みになっている。
現在40頭の牛がここで暮らしており、毎日800リットルのミルクが搾乳されている。施設の1階では牛乳やヨーグルトを製造している。もちろん、添加物は一切使用していない。
子供達にも知ってほしい。教育面にも力を入れる
当施設では、教育のハブの場としても提供している。特に子供を中心に施設内を案内したり、ロッテルダム市内の小学校と提携して授業を組んだり、自分が口にしている食べ物がどこからやってきて、どう作られているのか、を考えてもらうきっかけ作りを精力的に行っている。
また、学生や企業向けにも施設内の技術や都市型農法を公開している。Minkeさんも「世界中でこのような場所をつくってくれたらと思っています。ぜひ日本でもやってほしいです。」と語ってくれた。
実際に訪ねてみよう
今年2019年の5月に一般向けに開放され、2019年8月現在は毎週金曜日と土曜日の11時から16時の間にオープンしている。入場料は、大人一般4.5ユーロ(約540円)、18歳以下は3ユーロで(約360円)、特典として、新鮮な牛乳のボトルをもらえる。
さらに、施設の近くには無人の給水スポット(牛乳専用)が設置されており、自分でボトルを持参すると、誰でも自由に新鮮な牛乳を量り売りで買うことができる。(2019年8月時点)
牛乳を入れるペットボトルやパックのコストも削減でき、環境にも良く、さらにフレッシュな牛乳を家庭で飲むことができるので、一石三鳥の取り組みだ。今後は肉の生産や、他の農作物や酪農にも挑戦していきたいと話すMinkeさん。今後日本版フローティングファームが現れることを期待したい。
【参照サイト】Floating Farm HP