【前編】ローカルガストロノミーから考える、「食の多様性」と「ウェルビーイング」とは?

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グローバルな資本主義社会の中で、世界中どこに行っても工業的に同じ食品が生産、消費されるようになって久しい。特に都市部に住んでいると、生産者と消費者の距離が離れているため、どこで、誰が、どんな想いで作っているのかなど、食の背景にあるストーリーが伝わりにくい。また、生産と消費を含む食料システム全体からの温室効果ガス排出量は、全体の21%から最大37%を占めると言われている(※1)

生産と消費の分断や気候危機など、食をめぐる様々な現状に課題意識を感じた大学生5名が、「食」から持続可能な未来を作っていくために「Next gastronomia」という団体を設立した。文化やサステナビリティ、テクノロジー、農業、といった異なる側面から食について学ぶ彼らが注目したのが、環境負荷が小さい地産地消を推進し、料理を通して文化を伝える「ローカルガストロノミー」である。

ローカルガストロノミーという言葉自体は、ライフスタイルマガジン『自遊人』が作った造語である。『自遊人』2017年11月号“レストランは地方の時代へ”によると、ローカルガストロノミーとは地域の風土と歴史、文化を料理に表現することを意味する。

2020年11月、Next gastronomiaは、大学生とシェフ、起業家が日本の食文化の魅力を再発見するローカルガストロノミーのイベントを秋田県湯沢市で開催した。

今回、3日間に渡って開催されたイベントに参加した筆者が、本イベントの内容をお伝えするとともに、ローカルガストロノミーからウェルビーイングについて考えてみたい。

なぜ今、秋田でローカルガストロノミーなのか

「ローカルガストロノミー」について考える前に、ガストロノミーについて触れておこう。ガストロノミー自体は、フランスに起源があり、食事・料理と文化の関係を考察することをいう。

ガストロノミーを日本語に訳すと、「美食学」。この言葉だけを聞くと、「美味しいもの・高級なもの・贅沢なものばかりを食べること」と思うかもしれない。しかし、ガストロノミーが扱う範囲は、食としての美味しさや料理の真新しいテクニックだけではなく、料理から感じられる風土や文化、歴史、そしてレストランサービスやシェフにいたるまで、幅広い。特に、食材の生産地であり、その土地ならではの料理を提供するレストランがある地方都市は、ガストロノミーの場として適切である。

今回のイベントのトピックも、食べ物としての美味しさだけではなく、気候危機やフードテック、資本主義、アイデンティティ、ウェルビーイングなど様々だ。

ガストロノミーの聖地として知られるスペイン・バスク自治州のサン・セバスチャンが、どうやって「世界一の美食の街」として有名になったのかを調べてみると、ガストロノミーの定義がより理解しやすくなるかもしれない。サン・セバスチャンは、スペイン北東部にあるビスケー湾に面し、フランス国境にも近い。年間を通じて雨天が多く、海の幸も山の幸も豊富な場所である。サン・セバスチャンでガストロノミーが浸透したのは、「美食倶楽部」の存在と情報のオープンソース化が大きい。

産業革命時代から存在すると言われる「美食倶楽部」は、主に男性が集まり、自分たちで料理を作って食べて、楽しむ伝統的な文化である。こうした文化を背景に、1970年代にフランスで始まった伝統的な料理にカジュアルさを取り入れた新しい料理法が若いシェフを中心に広まった。この食の運動のユニークな点は、レシピをお互いに教え合うという情報の共有化である。これまでの伝統的な料理人の師弟関係ではなく、誰もが新しい技術や手法にアクセスできることで、街全体で食の質が向上したのだ。この根底には、地域の財産はみんなで共有すべきという考え方や、バスク地域の助け合いの精神などが欠かせない。

サン・セバスチャンは、豊かな食材や食に対する文化があったこと、そして若いシェフを中心としたオープンな姿勢によって、ガストロノミーの街として発展した。

翻って、今回のイベントの舞台は、日本の秋田。秋田県は、都道府県の中で平均年齢が最も高く、自然増減の人口減少率も最も高い(※2)。少子高齢化と過疎化が同時に進んでいる秋田は、日本の縮図とも言える。一方、雪深い冬が長く、食品を保存する必要があったことから発酵文化が根付いており、多彩な伝統野菜もある秋田は「食の宝庫」と呼ばれる。

あきた伝統野菜

Image via あきた郷土作物研究会

秋田はサン・セバスチャンを目指しているわけではないが、どちらにも、ガストロノミーが発展するうえで必要な環境や文化的な基礎があることは共通していると言えよう。サン・セバスチャンを「世界一の美食の街」にしたオープンマインドさや、地域の良さを伝える役割を果たすシェフなど人の存在も重要である。その点、Next gastronomiaが秋田でイベントを開催したのも、秋田特有の食文化や発酵食文化が色濃く残っているだけではなく、湯沢市には発酵文化を盛り上げることに共感できる人たちや産業があることも理由だという。

1日目:ローカルガストロノミーを体験できる特別ディナー

イベント初日は、江戸末期から基礎調味料を醸してきたヤマモ味噌醤油醸造元で、「ローカルガストロノミーによる人と自然の共存」を秋田の伝統食材や発酵食材で表現したフルコースが提供された。

ヤマモ味噌醤油醸造元

ヤマモ味噌醤油醸造元

今回料理を担当したのは、国内外で活躍するシェフの二人。一人は、ニューヨーク国連日本政府代表部大使公邸にて安倍元首相はじめ世界の国賓約300名が集うレセプションで日本代表シェフを務めた杉浦仁志シェフ。そしてもう一人は、長野県の古民家ラグジュアリーホテル「zenagi」で料理長を務める高山仁志シェフだ。この二人のシェフがコラボレーションした特別なローカルディナー。

筆者が印象に残っている料理は、熊肉のパテや、秋田の名物である食用菊を使った料理、そして沼山大根や田沢ながいもなどの秋田の伝統食材をそのまま味わえるような一品だ。

熊肉のパテをいぶりがっこと黒キャベツで巻いた一品

熊肉のパテをいぶりがっこと黒キャベツで巻いた一品

菊の花のアイスを甘酒のブランマンジェと共にいただいた。

菊の花のアイスを甘酒のブランマンジェと共にいただいた。

一品目の熊肉のパテを創作した高山シェフは、「シェフの創造性によって、これまで光が当たってこなかったモノの価値の転換をしたい」と語る。現在、捕獲された野獣(シカやイノシシ)の約90%が埋設や焼却場等での焼却により処理されているが(※3)、適切に処理することで、美味しくいただけることを証明した一品だった。

高山シェフ

高山シェフ

沼山大根や田沢ながいもなどの秋田の伝統食材は、お味噌を添えてシンプルにいただくスタイル。その一品には、Next gastronomiaのメンバーの一人が育てた大根も含まれていた。

沼山大根や田沢ながいもなどの秋田の伝統野菜を使った一品

沼山大根や田沢ながいもなどの秋田の伝統野菜を使った一品

「伝統食材を守ることがすべてではないですが、その地域が育んできた歴史特有のものがあるものです。また、作り手と消費者の距離が遠いことへの違和感を覚えています。顔を見ずに食事をすることが当たり前となってしまった現代だからこそ、料理人や農家との距離が近い消費を広めていきたいです。そのため、今回は地元の生産背景が伝わる工夫をしたり、メンバーが自畑で自分の手で育てている野菜を使います」とNext gastronomiaのメンバーたちは語る。

Next Gastronomiaのメンバー5名

Next Gastronomiaのメンバー5名

2時間以上にわたって合計9品と多種多様な日本酒が振る舞われた。講義ではなく、シェフから料理へのこだわりを直接聴きながら、五感で「ローカルガストロノミー」を体感し、これから始まるイベント全体に期待の膨らむ一夜だった。

後編では、イベント2日目と3日目についてレポートする。

新政酒造の日本酒と料理のペアリング

新政酒造の日本酒と料理のペアリング


(※1)IPCC
(※2)捕獲鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況
(※3)平成27年国勢調査

【関連記事】後編:ローカルガストロノミーから考える、「食の多様性」と「ウェルビーイング」とは?
【参考文献】『自遊人』2017年11月号“レストランは地方の時代へ”
【参考サイト】地域アイデンティティを核とした持続可能な観光資源の高度な活用プロセス
【参考サイト】美食を通じた地域ブランディングの事例研究

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