ステレオタイプをどう乗り越える?等身大の想いに目を向けるアート【UNKNOWN DIALOGUE #3 ジェンダー】

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私たちの生きるこの世界には解決すべき社会問題が数多く存在するが、その問題が生まれた根本的な背景がわかりづらいと感じることはないだろうか。近年、SDGs(持続可能な開発目標)をはじめとした世界規模の目標や指針は、さまざまな場面で提示されているが、問題を解決するための目標にだけ向き合い、 問題の根っこにある原因を解消しないままでは、将来的に同じことが繰り返されてしまうだろう。

社会問題解決のための共創プラットフォーム「THE VOTE」は、社会問題の根本的な原因を次世代ソーシャルリーダーとともに見つけ出し、解決につなげる全5回の対話型イベント「UNKNOWN DIALOGUE」を開催している。 イベント内で生まれた対話をもとに制作された次世代アーティストによる作品をきっかけに、社会問題の捉え方を変化させ、その本質的な原因についての対話を生み出していく(前回のイベント内容はこちらから)。

今回は、7月に開催された第3回目のダイアログのテーマである「ジェンダー」をもとにアート作品を制作した、あないすみーやそこさんを取材した。ジェンダーにおけるさまざまな問題が、なぜ引き起こされているのかを思い浮かべながら、アート作品を鑑賞してみてほしい。

対話で深める、ジェンダー問題の原因

イベント冒頭では、ジェンダー問題について、 #男女共同参画ってなんですか代表/Torch for Girls代表の櫻井彩乃さんとスピーカーのアクティビストたちと対話で掘り下げていった。まず、アート作品を見る前に、簡単に当日の議論の内容をおさらいしておく。

男女間の賃金格差は、非正規雇用労働者の割合の高さや、管理職や経営者などへの機会の不平等につながっている。そして、その背景には「家事は女性が担うもの」といった性別による役割分担の意識や、長時間労働や転勤を当たり前とする男性中心型の労働慣行が存在するのではないか、といった意見があった。

そして、この議論をもとに生まれたのが、下記のアート作品だ。

UNKNOWN DIALOGUE “gender equality” from THE VOTE on Vimeo.

まずは、上記の作品を見てほしい。あなたは何を感じただろうか?女性の身体が動きながら徐々に男性の身体へと変化していく様子は何を意味しているのだろうか。見る人によって、さまざまな感想を抱くことだろう。今回は、作品の意図についてやそこさんに伺った。

話者プロフィール:あないすみーやそこ(あないすみー・やそこ

あないすみーやさん
東京生まれ、女子美術大学洋画専攻卒業。シドニー在住のアーティスト。二都市を拠点に、イラストや、コミック、グッズデザイン、アニメーション、ラインスタンプ、ZINE(個人が自由なテーマや手法で制作した紙雑誌・冊子)制作等を行なっている。Twitter:@anaismiysk、Instagram:@anaismiysk

自分を見つめる制作活動

もともと絵を描くのが好きだったやそこさんは、絵を描き続けたい気持ちから美術大学への進学を決めた。大学では洋画を専攻し、自由に自分の表現を探求できる環境でインスタレーションを中心に制作活動を展開していったという。

やそこさん:大学では、ただただ自分の個人的な問題やコンプレックス、感情に向き合っていました。美術について頑張って勉強するというより、内省を大切にしていた時期でしたね。

恋愛がうまくいかないなど自分の身の回りにある問題や悩みから、作品を制作するやそこさん。その中でも、やそこさんは人間の身体に興味があり、以前は女性を描くのが好きでずっと描いていたという。

やそこさん:今回の作品にも通じることですが、どこからが女性で、どこからが男性なのか、わからなくなることがあります。制作する中で、女性のステレオタイプを描いて良いのか悩むこともありますね。

卒業制作は2つの映像を交差させる形のビデオインスタレーションを制作。一つは自分自身の体験や感情がベースの日記のようなアニメーションで、一つはコーランを暗唱している子供達だ。

卒業制作は2つの映像を交差させる形のビデオインスタレーションを制作。一つは自分自身の体験や感情がベースの日記のようなアニメーションで、一つはコーランを暗唱している子供たち。

グラデーションな「女性」を捉える

やそこさんは、今回のイベントでの対話を通して「グラデーション」というキーワードを受けて作品を制作したという。

やそこさん:イベントの中で気になったのが、「グラデーション」という言葉でした。また、今の社会が発信する「フェミニズム」の文脈で言われる「活躍する女性」のイメージになりたくない女性もいるという話も印象的でした。本来フェミニズムは選択肢を増やすものだと思っています。「主婦」であることがゴールの人もいるはずなのに、コミュニケーション不足によって「専業主婦=保守的」のような固定観念が強まってしまうことに違和感はありますね。

やそこさん自身も現在オーストラリアを拠点に活動する中で、日本とオーストラリアにおけるジェンダーへの価値観の違いを感じているという。

やそこさん:オーストラリアでは、女性に対するプレッシャーが少ないと感じます。日本だと、脱毛の広告など「美しくならなければならない」というような理想像が多くの人に共有されていますが、オーストラリアでは人種や体型など「美しさ」のバリエーションが豊富だと思いますね。

オーストラリアで自分の意見をはっきり持つようになったと話すやそこさんは、自身の表現活動の変化も感じているそうだ。

やそこさん:日本を拠点に制作していたときは、はっきり言い切らない表現だったと思います。今振り返ってみると、日本のジェンダーの考え方に苦しんでいた自分に気がつくことがあって。今後は「ボディ・ポジティブ」のテーマでも制作をしていきたいと思っています。

やそこさんが制作している「0-8magazine」というZINE。これは「日本で生まれ育った女」として体感するジェンダーの問題やルッキズムをテーマに制作したものだ。

やそこさんが制作している「0-8magazine」というZINE。これは「日本で生まれ育った女」として体感するジェンダーの問題やルッキズムをテーマに制作したものだ。

また、やそこさんはイラストの仕事をする中で人間を描くときに、「女性はこういうものだ」というステレオタイプの考え方に乗らず、もっとジェンダーにもグラデーションがあることを伝えたいと話した。今回のVOTEの作品も、そういったやそこさんの思いが込められている。

UNKNOWN DIALOGUE “gender equality”

UNKNOWN DIALOGUE “gender equality”

やそこさん:今回のドローイングは、オーストラリアでよく描いている裸婦のスケッチからきています。「男性」と「女性」って、私たちが思っているほどの違いはないのではないか?と思うときがあります。実際に絵を描くときも、身体的な違いはあるのですが、「男だから〇〇」「女だから〇〇」と言い切れるほどの違いなのか?と思うことがありますね。

それと同時に、現時点で「男と女の境界線はない」と断言してしまうと、ジェンダーにおける差別問題に蓋をしてしまうことになる。そうしたジェンダーについての発信における葛藤も感じながら、個々人がそれぞれ自分を起点に考え、社会を捉えることの大切さを実感しているとやそこさんは話した。

自分の近くにある日常から、社会を想像する

Temporary Vases 「dim」という解体前の古民家を利用したスペースで展示した、「変換」がテーマのアニメーション。 from anaismiysk on Vimeo.

さまざまな場面で社会問題が発信される中で、なかなかそうした問題を「自分ごと」として捉えるのが難しい、と感じるも人も少なくないのではないだろうか。やそこさん自身は、自身の日常におけるミクロな違和感から、政治というマクロの物事に関心を持つようになったと話す。

やそこさん:表現活動をする中で、表現自体が自分から離れすぎないように気をつけています。世界について、わかったふりをして言い切るのではなく、あくまでも自分の日常の外に出過ぎないようにする、というか。自分の素直な感情や正直さを守りたいですね。卒業制作の際、自身の国際恋愛の経験から、政治に興味を持つことがありました。それが初めて国際的に起きていることと自分とのつながりが見えた瞬間でもありました。一見、自分自身と政治って距離が遠い気がするけど、実は自分の毎日の生活にすごく関わっていると実感しています。

自身の日常における出来事がきっかけで、社会問題に対して関心を持った人は、この記事を読んでいる人の中にもいるのではないだろうか。今後やそこさんは、大きな関心テーマの一つである「気候変動」に対しても表現や発信をしていきたいと話した。

昨今、ジェンダーに関する問題が注目され、男女間格差やマイノリティ問題などあらゆる議論がされている。今回やそこさんを取材する中で感じたのは、等身大の個々人の思いを起点に考えていくことの大切さだ。

今までの歴史や文化、そして今の社会システムにおけるマクロの問題に目を向けるだけでなく、まずは今の自分の感情や思いといったミクロな側面に向き合っていくと、ジェンダーの問題に関して自分ができることがはっきりしていくのではないだろうか。

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