ニュース速報のテロップ、新着情報を知らせる通知、目まぐるしく更新されるタイムライン。 私たちが暮らす社会では、一度話題になってはすぐに消費される「ファスト」な情報が飛び交っている。そんな、情報の正誤を確かめたり、見聞きしたことを咀嚼したりする時間がなかなかとれない世の中で、カメの歩みのように「スロー」なジャーナリズムを実践するニュース編集部があることをご存じだろうか?
今回紹介するのは、イギリスで「オープンかつスローなジャーナリズム」を実践するニュースメディア「Tortoise」である。Tortoiseは、読者を巻き込み一緒にニュースについて考えるをコンセプトに、スローな配信スピードで質の良いニュースを出し続けている。
スロージャーナリズムとは?Tortoiseが大切にしていることとは?それらを探るため、編集部は実際にロンドンを訪問し、Tortoiseでメンバーズ・エディターを務めるリズ・モーズリーさんにお話を伺った。
(※本記事は2019年11月に行ったインタビューの内容を再構成・再編集したものです。)
メディアのキーワードは、「スロー」で「オープン」
Q.Tortoiseとは、どのような団体でしょうか?
Tortoiseは「オープンかつスローなジャーナリズム」をコンセプトとしたニュースメディアです。速報は出さず、時間をかけてじっくりと調査・考察したストーリーだけを厳選して報じているのが特徴です。
いま、私たちは溢れる情報に圧倒されています。多くの情報の中にフェイクニュースやジャンクニュースが紛れ込んでいることはもちろん問題です。しかし私たちは、それだけでなく、良いニュースがたくさんあるのに、報道されるのはどれも似たようなものばかりで、そこから文脈が失われてしまっていることも大きな問題だと考えています。
そこで私たちは、時間をかけて情報を整理し、物事の全体像を把握したうえで、重要なストーリーを伝えようと努めているのです。
Q.報道する上で、Tortoiseが心がけていることは?
きちんとリサーチがなされていて、信頼でき、客観的で、質の高いニュースは、民主主義が機能するための基礎となる部分です。だからこそ、まず私たちが心がけているのは「スロー」であること。入ってきたニュースを次々に報じるのではなく、物事の全体像を把握するのに時間を費やし、十分にストーリーが用意できてから記事を出すようにしています。
そして、同じく大切にしているのが、「オープンであること」です。私たちのパーパスは、社会に存在するすべての異なる視点を理解しようとすること。ですから、とにかく様々な人の声を聴くようにしています。
例えば、選挙についてのニュースを出そうと決めたとき、私たちは3週間ひたすら国内を行き来して、人々の声を聴き続けました。ジャーナリストが発信するのをやめて、ひたすら聴くだけ、というのは珍しいですよね?
また、メンバー(購読者)たちが実際に編集会議に参加し、ジャーナリストに混ざって社会課題について語る場を設けているのも、一つの特徴だと思います。
専門家にもそうでない人にも話を聞いたり、ほかの可能性がないか確かめたり、リスクはないのか調査したり……明確な答えが出ない物事に挑むときこそ、私たちはインクルーシブ(包括的)で正直であるように努めています。
Q.Tortoiseのビジネスモデルについて教えてください。
Tortoiseはメンバーシップ制をとっていますが、購読費のみで運営されているわけではありません。私たちのジャーナリズムに理解のあるパートナー企業からのサポートを受けながら運営しています。
ただ、我々は上場企業ではないので株主の心配をする必要がありません。そして、株主がいないということは「広告を出さなくて良い」ということ。ページのインプレッション数や記事のクリック数を気にする必要がないので、会員にとって魅力的な情報を届けるということだけに専念できるのは利点だと思います。
一般に、企業と手を組むと、企業に忖度してしまうようになるのではないか、と思われていると思いますが、私たちは商業パートナーと協力しながら編集上の独立性を保つことは可能だと思っています。
様々な人の声を「本当に」聞くために
Q.「いろいろな人々の声を聴く」うえで大切にしていることは?
「ロンドンから出る」こと、ですね。
これはTortoise創設初期の頃の話なのですが、ある日、ニュース編集部に読者を招いてトランスジェンダーの権利について考える集会を開きました。当日集まったのは、もちろんこのテーマに興味がある読者ばかり。皆リベラルな考えの持ち主だったので、会話の内容がとても一面的なものになってしまった……ということがありました。この時に、似た属性の人と一緒に、慣れ親しんだ考えをなぞることで、自分たちに満足するような場所にしてはいけない、そうならないよう全力を尽くさねばならないのだなと感じたのです。
そこで、私たちはニュース編集部で考える時間だけでなく、他の場所で考える時間を増やすことにしました。クラブやパブ、チェーン店のチキンレストラン、田舎の大学のキャンパス、様々な宗教の礼拝所、村役場……いろいろな生活体験を持つ人が集まる様々な場所を訪ねることで、全く違う層の人と出会えるようになりました。
また、Tortoiseでは様々な属性の人の声を聴くために、他にもいくつかの策をとっています。
「Tortoiseコミュニティネットワーク」という会員向けの基金活動もその一つです。これは、企業のパートナーが積極的に会員権を購入し、会員権を持てない人たちに無料で配布するという取り組み。誰もが優れたジャーナリズムのためにお金を払う余裕があるわけではない、ということから始まったものです。これにより、何千人もの人々が無料でTortoiseのジャーナリズムに参加することができるようになりました。
また、ほかの年代に比べて会員の人数が少ない年配の人々にリーチするため、複数の団体と協力して、ケアホームやコミュニティセンターにいるお年寄りや一人暮らしの高齢者の方にメンバーシップを配布したこともあります。
Q.対話をするときのルールはありますか?
ルールは一つだけ、誰かが話しているときに「質問をしないこと」です。周囲が質問をたくさんしてしまうと、まるでパネルディスカッションのようになってしまいますからね。質問をしないよう定めることで、皆が自分の意見を言いやすいようにしています。部屋にいる人すべてに、皆同じように意見が大事にされていると感じてほしかった。専門家でなければ発言してはいけないかのようには思ってほしくなかったんです。
Radical Optimism(ラディカル・オプティミズム)
Q.最後に、Tortoiseのジャーナリストたちに共通する哲学を教えてください。
私たちが大切にしている精神の一つに「Radical Optimism(ラディカル・オプティミズム:過激な楽天主義)」というものがあります。
オプティミズムってどういうイメージでしょうか?楽天家は「大丈夫、大丈夫」とポジティブな自己暗示を繰り返すだけで、責任感がない、と思われがちですし、見下されたり嘲笑われたりすることも多いですよね。私の暮らすイギリスでも、メディアが楽天的になることは、あまり常識的ではないと考えられています。
それでも、私たちは「オプティミズムは必要だ」と思うのです。なぜなら、オプティミズムがなければ希望もないのだから。そして、希望がなければ、変化もないからです。
だからこそ、愚かにならずに楽天的になるのって、とても過激なことだと思うんです。私がラディカル・オプティミズムという言葉で言いたいのは、責任ある、建設的で、パーパスフルなオプティミズムは、事態を改善へと導く可能性がある、ということです。そのためにも、私たちは日々スローにニュースと向き合っていきたいと思っています。
編集後記
「何とかしてみせる」
リズさんのいう、ラディカル・オプティミズムのなかには、そんな強い意志のようなものが感じられる。どんな状況にあっても明日を信じられるしなやかさに、どんなことをしてでも信じた明日を作り出してやるというしたたかさ。一度折れたくらいでは負けない、力強さがそこにはある。
パンデミック、気候変動、異常気象、軍事侵攻……ネガティブなワードがニュースに並び続ける世界を、私たちは生きている。未来が良くなるなんて思えない。そんなときがあるかもしれない。それでもなお、いや、だからこそ、私たちは「ラディカルに」未来を楽観しなければならないのだろう。
【参照サイト】Tortoise
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