いま企業に求められる「本質的な転換」とは?国立環境研究所の江守正多氏に聞く【Be Climate Creative!】

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自然環境の危機から生物多様性の危機、食料の危機、安全保障の危機、人権の危機まで……さまざまな危機をもたらしている気候変動。この問題に立ち向かうためには、人々をワクワクさせる創造的なアイデアや、人々に新しい視点を提供する創造的な表現とコミュニケーション、デジタル技術を活用した創造的なビジネスモデルの創出といった一人ひとりのクリエイティビティ(創造性)が必要なのではないだろうか。

そうした想いから、IDEAS FOR GOODは株式会社メンバーズとの共創プロジェクト「Climate Creative」をお届けしている。今回は、地球温暖化問題の専門家である、江守正多氏の取材記事をお送りする。

※以下は、株式会社メンバーズ萩谷氏による、江守氏へのインタビュー。

話者プロフィール:江守正多(えもり せいた)氏

“松村真宏氏”東京大学・未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所・上級主席研究員。1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。2021年より地球システム領域 副領域長。社会対話・協働推進室長(Twitter @taiwa_kankyo)。東京大学 総合文化研究科 客員教授。2022年より現職。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」「温暖化論のホンネ」など。

社会的に重要な問題を考えるうえで、自然科学も理解する必要がある

Q. 江守さんの気候変動研究のきっかけが、チェルノブイリ原発事故であると知りました。

原発事故が起きたときはその内容をよく理解できていませんでした。当時、日本の原発の安全性をテーマにしたテレビ番組を見る機会が増えましたが、原発反対派と推進派のディベートを見ても、何が正しいのか理解できませんでした。自分自身が専門知識を持たないと、こうした社会の重要な問題を判断することができないと考え、エネルギーや環境問題に関心を持つようになりました。

その後、大学に入り、研究テーマを考えているときに、地球温暖化問題のシミュレーション研究に出会いました。気候変動に関する政府間パネル(以下、IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)の第一次報告書が1990年に発表されましたが、その内容を気象庁の報告書を通して知ったことが今の研究のきっかけです。

また、子どもの頃からパソコンでゲームを作ったり、プログラミングをすることが好きでした。コンピューターによるシミュレーションが楽しそうだと思ったこと、また自分が専門家になって将来の地球環境について考えたいという想いがありました。

Q. 知的好奇心からのスタートですね。

大学時代から社会的に重要なことを研究テーマにしたいと考えていました。将来の地球環境を知りたいという以上に、社会的に重要な問題を考えるうえで、自然科学も理解する必要があると思ったのが起点となっています。

30年のあいだに起こった、3つのメガトレンド

Q. 気候変動は今、もっとも重要な社会課題の1つとなりました。IPCCの第一次報告書から30年以上が経ちますが、今の状況をどのように考えていますか?

30年のあいだにいくつかのメガトレンドがあったと考えています。

その1つが、気候変動の科学の進歩です。IPCCの第一次報告書では、地球温暖化と人間活動の関係性がよくわかっていませんでした。しかし、1995年(第二次報告書)では「識別可能な人間活動の影響が、地球の気候に表れている」、2001年(第三次報告書)では「人間活動が主な原因である可能性が高い」、2007年(第四次報告書)では「可能性が非常に高い」、2013年には「可能性が極めて高い」と記載されました。そして2021年の第六次報告書では、ついに「人間活動の影響で地球が温暖化していることは疑う余地がない」と書かれたのです。

2つ目は、異常気象や自然災害が頻発し、被害も甚大になっているということです。記録的な豪雨や猛暑が、自然の変動だけでは考えられない頻度で起きています。

3つ目は、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)や蓄電池などの技術が進み、コストが下がったということです。気候変動対策は経済的な負担をともなうものと考えられてきましたが、今では経済発展を進めながら対策を進めるというストーリーに変わりました。

最後に、中国やインドなどの新興国が経済的に発展し温室効果ガスの排出量も増え、これまでの開発途上国の立場ではなくなってきたことが挙げられます。大気汚染問題が国内でも深刻な問題となって環境意識も高まり、新興国も本格的に気候変動対策を進める素地ができました。

しかし、この30年のあいだに何度かの浮き沈みもありました。2007年にアル・ゴア元米国副大統領とIPCCがノーベル平和賞を受賞し、2008年の洞爺湖サミットでは地球温暖化がメインテーマの1つとなったことで、世界的に環境問題が盛り上がりました。

そして、2008年にはリーマンショックが起きたことにより、環境問題よりも金融危機による経済的な対応が優先されたこと、また2009年のコペンハーゲンでのCOP15は採択そのものが合意に至らず、気候変動の国際交渉は大きな挫折を経験することになります。

一方で、日本では京都議定書の第一約束期間がスタートし、クールビズがブームになりました。それと同時に、政府が主導したチームマイナス6%のキャンペーンも拡がっていました。私自身、地球温暖化懐疑論者との議論や温暖化の解説をする機会が増えました。

そして、2011年には、東日本大震災が起こります。震災により、温暖化の関心も薄れ、解説などの依頼もほとんどなくなりました。また、地球温暖化の科学は原発推進者により作られたという見方や、地球温暖化そのものが嘘であるという立場の人も増え、温暖化よりも放射能や地震のリスク管理が優先されることが何年か続くことになります。

しかし、国際社会は、COP15の反省を踏まえ、2015年のCOP21でパリ協定が全会一致で採択され、1.5度の努力目標も合意されました。その後、トランプ大統領によるパリ協定離脱もありましたが、バイデン政権は協定に復帰し、日本も2050年のカーボンニュートラル宣言をすることになります。

IPCC報告書の作成プロセス

Q. 科学や技術が進むなか、国際的な合意ということでは紆余曲折を経て今に至っていることが理解できました。

お話したような浮き沈みもありましたが、長期的には再エネの価格も下がっていますし、世界全体では気候変動への意識は高まっています。そして今では、脱炭素はビジネスを進めるうえでも重要なテーマとなりました。環境問題にまったく無関心であった人たちも、進めざるを得ない状況になっています。

Q. これまでの歴史的な変遷のなかに存在する懐疑論者のなかには、IPCCの報告書そのものや執筆している科学者を否定する声も目にします。

IPCCの報告書は、権威ある科学者が書いているからその内容が正しいのではなく、厳格で透明性の高い手続きで作られているために信頼性が高いということを知って欲しいと思います。

各国政府から選ばれた執筆者は、世界中で発表された学術論文を集約し評価をすることで原稿を作成しています。執筆に参加していない世界中の研究者や各国の政府も、作成された原稿に対するレビューに参加することができます。

つまり、作成された原稿に対して自由にコメントすることができるのですが、執筆者はその何万ものコメントすべてに対して対応する必要があります。そのプロセスが3回繰り返されることで、最終的な報告書が作成されています。コメントにどう対応したのかの対応表も最後にすべて公開されます。特定の反対する因子が入り込む余地はありません。執筆者だけが報告書作成に関わっているのではなく、こうしたプロセスにより作成していますので、信頼性は高いと言えます。

日本と海外の地球温暖化対策の違い

Q. 地球温暖化対策は生活の質を脅かすものであると考える日本人が多い一方で、海外では生活の質を高めると考える回答者が多いとする調査があります。なぜ、国によってそうした違いがあるのでしょうか?

2015年に実施した調査ですが、日本では地球温暖化の深刻さの認識が世界と比べて低かったこと、そして地球温暖化対策と聞いただけで「何かを我慢しなければならない」と捉えている人が多いというのが理由であると思っています。当時の日本は、地球温暖化は他人事と捉える人が多かったかも知れません。

一方、海外では温暖化対策は、自然災害などの被害を抑えるものと捉えられています。特に新興国では大気汚染が深刻な問題になっていますので、温暖化対策によって大気汚染も解決し、生活の質の向上につながると考える人が多かったのではないかと思います。EUなどではクリーンなエネルギーは、社会をアップデートするものとしてポジティブに捉える層が多いことも関係しているかもしれません。

Q. 日本の今後10年を見据えたときに、有効となる緩和策はどのようなものが挙げられますか?

再エネの主力電源化、自動車のゼロエミッション化、建物の高断熱化を含めた省エネの3つが王道であると考えています。

ここ1年ほどで、生活者の意識も変化していると思います。SDGsもTVで見る機会が増え、学校教育にも採用されています。電力自由化で再エネを積極的に導入する電力会社のCMも目にするようになりました。電力が何で作られているかの意識も少しずつ高まっていると思います。

しかし、自然環境への配慮なしに造られるメガソーラーへの反対運動も起きています。ネガティブなイメージが太陽光発電を知るきっかけになっている可能性があることも、意識する必要があります。

今、社会の大転換が起きている

Q. 以前の江守さんの講演で、「脱炭素には社会の大転換が求められる」という内容が印象に残っています。脱炭素社会に向けて、今後どのような社会転換が必要ですか?

すでに社会の常識は転換してきていると思っています。多くの企業は、2050年のカーボンニュートラルに向けて、様々な取組みをスタートしていますが、数年前には想像できませんでした。

2015年にパリ協定が採択された頃、「今世紀後半には、人間活動によるCO2排出を実質ゼロにする必要がある」ということを伝えても、「そんなことは無理だ」「理想論だ」といった受け止め方をされました。「そんなことはできない」と多くの人が考えていたと思います。しかし、今ではCO2 排出ゼロを目標に多くの人が動いています。ここ数年のこうした変化は、社会の大転換であると思っています。

喫煙を例にすれば、以前はどこでもタバコが吸える環境にありました。しかし、今では喫煙場所は限られ、決められた場所以外での喫煙は認められません。それが社会の常識になりました。

2020年にはBlack Lives Matterと呼ばれる人種差別抗議運動が国際的に拡がり、アメリカでは誰もが知る名画「風と共に去りぬ」の動画配信が停止されました。人種差別を肯定する描写が多く登場するのがその理由です。約80年前につくられた映画では当時の当たり前の風景が、今では許されない内容になっている、つまり常識が変わったということです。

日本のエネルギー問題では、2021年には秋田県と山口県の石炭火力発電の計画が中止となりました。企業は採算が合わないことを理由としていますが、その背景には、訴訟リスクや市民運動の高まり、国際的な圧力など、ビジネスとは直結しない常識の変化が影響していると思います。

今の常識では、エネルギーやモノをつくるときにCO2を出すことは仕方のないことと思われています。しかし、近い将来は、「CO2を出すなんてとんでもない!」「まだCO2出してるの?」というのが常識になるでしょう。これまでの常識が、新しい常識では許されない、そうした社会に変わっていくと思います。

Q. 2050年、世界は脱炭素社会を実現できるでしょうか?

フィルムカメラはデジカメに変わり、固定電話もガラケーを経て、スマホを持つことが常識になりました。いずれも短期間で急激に変化を遂げています。同じように、太陽光や風力発電、EVの方がいいよね、と環境問題に関心がない人もそうした商品を選ぶようになれば、社会も変わり、新しく作られるモノも入れ替わるでしょう。

新型コロナウイルスにより、オンライン会議システムも当たり前になりました。なかなか進まなかったテレワークがやってみたらこっちの方が良かった、便利だということで一気に拡がったということです。将来はVRなどの技術を活用したコミュニケーションが新しい常識になるでしょう。

脱炭素社会は基本的には技術が入れ替わることで実現できると考えています。しかし、今後は脱炭素社会の実現と併せて、生態系保護や社会格差など、ほかの社会課題解決との調和も必要です。

ビジネスモデルやビジネスそのもののあり方を転換する必要がある

Q. 最後に2050年の脱炭素社会に向けて、企業の方々へのメッセージをお願いします。

カーボンニュートラル社会の実現は「これまでのビジネスを続けながら、どうやってCO2排出を抑えるか」ということではありません。ビジネスモデルやビジネスそのもののあり方を転換する必要があるということです。

富士フイルムは、フィルムやカメラから、ヘルスケアやケミカルを中心とした会社にトランスフォームしたと理解しています。トヨタ自動車も自動車メーカーから、モビリティという体験をプロデュースする会社を目指していると言えるでしょう。

脱炭素社会に移行することで業種そのものがなくなる、そうした時代も訪れることになります。しかし、変化を恐れずに一歩踏み出すことが求められています。私自身はビジネスには直接関わっていませんが、そうした会社をみんなで応援し、社会のトランスフォームを実現したいと思います。

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