トランジションデザイン提唱者に聞く、社会の「厄介な問題」のほぐし方【多元世界をめぐる】

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特集「多元世界をめぐる(Discover the Pluriverse)」

私たちは、無意識のうちに自らのコミュニティの文化や価値観のレンズを通して立ち上がる「世界」を生きている。AIなどのテクノロジーが進化する一方で、気候変動からパンデミック、対立や紛争まで、さまざまな問題が複雑に絡み合う現代。もし自分の正しさが、別の正しさをおざなりにしているとしたら。よりよい未来のための営みが、未来を奪っているとしたら。そんな問いを探求するなかでIDEAS FOR GOODが辿り着いたのが、「多元世界(プルリバース)」の概念だ。本特集では、人間と非人間や、自然と文化、西洋と非西洋といった二元論を前提とする世界とは異なる世界のありかたを取り上げていく。これは、私たちが生きる世界と出会い直す営みでもある。自然、文化、科学。私たちを取り巻くあらゆる存在への敬意とともに。多元世界への旅へと、いざ出かけよう。

世界各地でじわじわと広がりを見せるトランジションデザイン──。現在を「過渡期(トランジション・タイム)」と捉え、地球規模の巨大で複雑な問題に対し、その根本のシステムからありたい方向にデザインし直そうとする学際的な(※1)研究・実践のことだ。

トランジションデザインが生まれたのは、2010年初頭。アメリカのペンシルバニア州にあるカーネギーメロン大学でこの概念は誕生した。日本語だと「移行のデザイン」や「変容のデザイン」と言われるこのトピックについて、今回は書きたい。

※1 一つの研究分野に特化しているのではなく、複数の異なる領域にまたがっていること

私たちが世界的なパンデミックや戦争の流れをリアルタイムで経験している今、一つの問題を巡ってなにかと分断が起こるケースが散見される。所属しているコミュニティの属性やバックグラウンド、文化、常識、信じるものが違うからこそ持っておきたい「視点(ミカタ)」とは何か。本記事は、トランジションデザインの考えを紐解きながら、そんな視点について考えていく。

移行

トランジションデザインを解釈する

トランジションデザインの考えを紐解くにあたり、この言葉を提唱した研究者の一人であるキャメロン・トンキンワイズ氏を取材した。同氏はもともと、カーネギーメロン大学でデザイン学を研究しており、現在はシドニー工科大学でトランジションデザインの専門家として教鞭をとっている。

トンキンワイズ氏いわく、「これまでさまざまな社会課題解決型のデザイン手法が出てきましたが、そのどれも、私にとって十分に野心的ではなかったのです」という。一体どういうことだろうか。

他の社会課題解決型デザインと、どう違うのか

ソーシャルデザインサーキュラーデザインなどの従来のデザインと、トランジションデザインにはいくつかの違いがあるとトンキンワイズ氏は話す。

たとえば、従来のデザインが既存の社会・経済システムや、今の私たちにとって「当たり前」とされている価値観(※2)のなかで問題を解決することに主眼を置いているのに対し、トランジションデザインは、長期的な未来に向けてシステムそのものを根本的に変革していく必要性に着目する。

※2 これまで支配的だった層が作った価値観・社会通念。そのシステムには、「ユーロセントリック(西洋中心主義、西洋的な文化が先進的だとする考え)」な視点の影響も多く含まれている

以下が、トランジションデザインの立ち位置を説明するものとしてよく知られている図である。

トランジションデザインフレーム

左端が、人間が作り出した世界観ビルトワールド。建物や交通システム、通信やその他のインフラなど、人間のニーズを反映して作られた世界を指す。一方右端は、動植物といった自然界の世界観ナチュラルワールドだとされている。そして間にあるのが、3種類のデザインだ。

  1. Design for Service:既存のシステムのまま、製品やサービスを開発するデザイン
  2. Design for Social Innovation:既存のシステムのまま、社会の課題に取り組むデザイン
  3. Transition Design:そもそもシステムから再構築するデザイン

トンキンワイズ氏の言った「これまでのデザインが十分に野心的ではなかった」というのは、「システムレベルの大きなものに変革をもたらすことを前提にしていなかった」ということだと考えられる。

一方で、同氏は「既存のデザインとトランジションデザインは、どちらが優れている、と言えるものでもない」とも述べる。図に載っているシステムはすべて相互に依存しており、自然界の営みと人間界の営みですら、明確に切り分けるすべはない。

自然とひと

トランジションデザインの別の特徴として、単なるデザインというよりは研究的であり、そのリサーチ範囲が非常に広範囲にわたることが挙げられる。デザインをするうえで、科学や哲学、心理学、社会科学、人類学など、一見デザインという行為に関係のなさそうな分野にまで視点を広げていく必要があるのだ。それにはトンキンワイズ氏が着目する、ある問題が背景にある。

「トランジションデザインは新しいメソッドでも、ツールでもありません。これは私たちが生きる21世紀の『やっかいな問題(Wicked Problem)』に取り組むための、視点の集まりなのです」

私たちが気づけていない「やっかいな問題(Wicked Problem)」とは

トランジションデザインを解釈するときに必ず出てくる言葉が、この「やっかいな問題」である。環境問題や社会問題、一つの問題の裏には、別の複数の問題が絡み合っており、既存のシステムや価値観のまま取り組もうとすると、より複雑化してしまうものだ。トンキンワイズ氏は、このやっかいな問題を「一つの視点からでは決して捉えきれないもの」としている。

「たとえば、アメリカで黒人系の人々による暴動が起こったとき。都市計画家たちは、それを街の構造から捉えて分析しようとしましたが、当然問題はそこだけではありませんよね。暴動の背景には、まず人々の差別心がありました」とトンキンワイズ氏は話す。

黒人差別への反対

この一つの問題だけでも、アメリカという国の歴史や構造、暴動を行った人々の生活環境や、コミュニティ内での差別、これまで積み重ねてきた行動など、さまざまな文脈がある。急に飛び込んできた「暴動が起きた」というニュースだけを見て、そこを自分の中にもともとあった黒人系の人々への偏見と結びつけて意見しようとすると、別の意見とぶつかって分断が起きることもある。

「やっかいな問題には必ず『人』が関わっており、結局は政治的な話にたどり着きます。人々の考えや感情は一定ではないため、問題自体が1日でまったく違うものに変化したり、問題の論点が見えなくなったり、一つ解決したと思ったら別の問題が出てきたりもします。

21世紀のやっかいな問題に取り組むには、今あなたの目の前に見えているものを『解決』しようとするのではなく、別の世界線の『まったく違った未来』を目指すしかありません。だからトランジションデザインは、システムの移行を促すことに着目しているのです」とトンキンワイズ氏。

トランジションデザインを実践する

では、実際にどのようにトランジションデザインの考え方を活用していけばいいのだろうか。ふわっとした理解で終わらせたくない人のために、ビジネスでの活用ステップも追っていきたい。

日本におけるビジネスへの応用事例だと、株式会社ロフトワークが渋谷にあるワークスペースSHIBUYA QWS(渋谷キューズ)で行った、トランジションデザインに関する展示「Transition Leaders Lab」が参考になった。展示は、社会人を対象にトランジションデザインを事業に活用するプログラムとして実施したものの成果展示として行われた。

ロフトワーク

Image via ロフトワーク

さまざまな業種の人がトランジションデザインの考えを自社のビジネスに活かしていくにあたり、同展示で見つけたワークショップのプロセスを、自分の言い方でまとめ直してみた。

  1. 自分にとって、解くべき「やっかいな問題」を特定する
  2. やっかいな問題の、過去や歴史にまで遡る
  3. そこから一度飛躍させ、理想の未来を描く
  4. 理想までの道筋を設計する(バックキャスティング)
  5. 理想的だといえる事業の現場に足を運ぶ(フィールドワーク)
  6. 他分野の人たちとの共創によるエコシステムを描く

特に興味深いのが、過去にまで遡り、人々の根源的な営みや、先住民の知恵などに触れたあとに、一度「飛躍させて」まったく違う未来を描くプロセスだ。先人からインスピレーションを受けながらも、これまでの延長線上にない未来を描くところが、まさにトランジションデザインだと言える。

参加者のなかには、江戸時代の情報を遡って「伝統文化の生命力」を学び、2050年にはデータサイエンスを活用した伝統文化のアーカイブシステムが立ち上がって、誰もがそれを最新技術で体験できる未来を描いていたチームもあった。他業種で働く人々が集まり、協力したから生まれたアイデアだ。

トンキンワイズ氏は「誰もがデザイナーになる必要はない」と言っていたが、筆者としては、トランジションデザインの考え方は、複数の専門家の協力を得て、システムから根本的に変えていく視点を持てば、より小さなレベルでも実践は可能だと考えている。ローカルな草の根運動の例を挙げると、イギリス南部の小さな町・トットネスで始まった「トランジションタウン」がある。

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また、アメリカの黒人系の人々の中には、SF作品の力を借りて、これまでの「黒人系=差別の歴史」といったナラティブから抜け出すような、まったく新しい未来を創造する動きもある。

黒人系の未来思考「アフロ・フューチャリズム」を解釈する


トランジションデザインの始まりの地であるカーネギーメロン大学でも、トランジションデザインに関するセミナー情報や、Podcastなどの情報が更新され続けている。Podcastは、トンキンワイズ氏と共に概念を提唱したテリー・アーウィン教授らが話した内容の全文が掲載されているので、さらに理解を深めたい人は読んでみても良いかもしれない(※3)

※3 Design in Transition Podcast Launches Season 2 with Terry Irwin and Gideon Kossoff

私たちが持っておきたい「視点(ミカタ)」

トランジションデザインの定義は、人によって少しずつ異なっている。だからこそ、この言葉をどう解釈して、日々の仕事に取り入れていくのかが重要だ。トンキンワイズ氏は、こんなことを言っていた。

「誰かが専門的な知識を持ち、周りの他の専門家と協力して、デザインの力を使いながらシステムを根本から変えようとするとき、それはトランジションデザインとなります。目の前の問題を解決するのがゴールではなく、デザインをすることで大きな変化の始まりになりたいのです」

Process of complex problem to simple solution idea concept. Chaos scribble line turn into light bulb. Business searching path vector doodle. Messy thoughts clarification, brainstorming

最後に、この複雑な社会を生き抜くうえで、個人レベルでもできることを考えていきたい。私たちに必要になってくるのは、問題と問題のあいだにあるものを見ていく力だ。先述の黒人系アメリカ人による暴動の他にも、誰かが批判を浴びるようなことをしたら「だからあいつらは……」とコミュニティ全体の二項対立になることが、世界には多くある(※4)

※4 エコーチェンバーサイバーカスケードなどに見られる、デジタル世界の断絶

トランジションデザインを実践するマインドセットとして、カーネギーメロン大学が開催するセミナーの紹介ページには、このように書かれている。「この移行期(トランジション・タイム)を乗り切るには、自己反省と、世界を見る新たな視点、そしてあり方が求められます。根本的な変化は、多くの場合、人々の考え方や世界観の変化の結果です」

自分自身の視点や、世界観の変化が、「やっかいな問題」に取り組むための小さな一歩となる。そう考えると、あえて自分が普段触れている分野ではない本を読んだり、違う文化圏に足を踏み入れてみたり、これまで出会ったことのない人々と話したりすることで、自分の中の許せる範囲が広がったり、前より人にやさしく接したりできるようになることもあるかもしれない。

問題解決のヒントは、解決法そのものを見つけることではなく、いかに自分自身がその問題を広く捉えられるかにある。トランジションデザインの考え方を知ってから、日々そんなことを思うのだ。

【参照サイト】Lessons from Transition Design
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