特集「多元世界をめぐる(Discover the Pluriverse)」
私たちは、無意識のうちに自らのコミュニティの文化や価値観のレンズを通して立ち上がる「世界」を生きている。AIなどのテクノロジーが進化する一方で、気候変動からパンデミック、対立や紛争まで、さまざまな問題が複雑に絡み合う現代。もし自分の正しさが、別の正しさをおざなりにしているとしたら。よりよい未来のための営みが、未来を奪っているとしたら。そんな問いを探求するなかでIDEAS FOR GOODが辿り着いたのが、「多元世界(プルリバース)」の概念だ。本特集では、人間と非人間や、自然と文化、西洋と非西洋といった二元論を前提とする世界とは異なる世界のありかたを取り上げていく。これは、私たちが生きる世界と出会い直す営みでもある。自然、文化、科学。私たちを取り巻くあらゆる存在への敬意とともに。多元世界への旅へと、いざ出かけよう。
「今日のデザイン文化は、人を傷つけ続けています」
そう話すのは、カナダのオンタリオ州立芸術大学(通称OCAD U)のデザイン学部長、エリザベス・タンストールだ。人々は彼女のことを、ドーリと呼ぶ。
ドーリは、北米社会では黒人系であり女性として初めてデザイン学の学長に就任した。先住民や女性、黒人系などの「抑圧されてきた声」「聞かれなかった声」を教育に組み込む新たなデザイン論を提唱する者として、TEDx Talksほか、さまざまな教育やセミナーの場で講演を重ねている。
今回は、彼女が提唱する「リスペクトフル」なデザインのあり方について書いていく。一般的に私たちがイメージするデザインとは何が違うのか。デザインはどのように人を傷つけてしまうのか。そして、どうしたらより良い状態に近づくのか。ドーリに直接インタビューをしてみた。
今日のデザインは、誰かを傷つけているのか
ドーリの提唱するリスペクトフル・デザイン(Respectful Design)とは、単にクライアントや世間に配慮してプロダクトやサービスのUIや、配置、装飾を決めることではない。「そもそも私たち(デザインする側)をデザインすることであり、今日の教育が“脱植民地化”した結果として実現されるデザイン」だという。
この脱植民地化というテーマは、過去最大の植民地国家であったイギリスをはじめ、昨今の欧米圏で盛んに議論されている。彼女の焦点は、デザインが一部の特権を持つ人たちによって独占されており、そこから生み出されるものが継続的にマイノリティの人々を傷つけているのではないか、というものだ。
▶️ 脱植民地化について、詳しくはこちら:ヨーロッパの研究者は、なぜ今「脱植民地化」を学ぶのか
ドーリが活動するトロントは、世界で最も多様性のある都市の一つである。しかし、そこには人種による階層構造があると彼女は話す。ドーリが「Respectful Design: Acknowledgment」と題してYoutubeに投稿した動画では、とある先住民の女性がこう話している。
「(日々のデザイン活動のなかで)何がストレスかというと、私たち“先住民のデザイン”とされるものがいつも特定の柄やパターンの繰り返しばかりで、真剣に取られていないと感じること。私がネイティブアメリカンだからという理由で、デザインに関しては遅れていると思われるし、まるで冗談かのように扱われてしまうんです。支配的な文化圏(ここではヨーロッパ系白人文化圏を指す)の人たちはいつも私たちのコミュニティに寄付をして、それで『いいことをしてやったぞ』と心を満たしている。そんな状況に違和感があります」
また、ドーリは2016年にオンタリオ州立芸術大学で教え始めたときの話もしてくれた。毎年恒例の卒業展示について、黒人系の学生たちが自分たちのコミュニティや文化的背景を作品に取り入れることに対し、教員たちが難色を示していたというのだ。その方針に学生たちも従い、ドーリが卒業展示を見ても、どの作品が黒人系の学生たちのものなのかを特定できなかったという。
もしかしたら「人種にこだわらず、好きな作品を作ればいいじゃないか」と思ってしまうかもしれないが、長らく人種による分断が続く北米社会では、アイデンティティの話はそう単純ではない。黒人系の人たちへの差別や偏見を恐れることから、Youtubeでは、重要な電話をかけるときは「白人らしいアクセント」で話す、といった動画も拡散されている。
オンタリオ州立芸術大学は、過去6年間でデザイン学部に7人の先住民と6人の黒人系専任教員を迎え入れた。そこから何度も対話を重ね、カリキュラム全体を通して、以前よりは文化的な多様性に寛容になったとドーリも感じているようだ。そのうち南アジアや中東、ラテン系の教員も増え、卒業展示にも、それぞれの学生がそれぞれのあり方(人種やセクシャリティ、障害、文化など)を反映するようになっているという。
彼女の今のミッションは、ヨーロッパ系の白人男性によるデザインが模範的だという無意識の構造を取り除くことである。
「現在の支配層にとって最も恐ろしいのは、先住民などのマイノリティが権利を持てば自分たちに復讐してくるのではないかということ。それは歴史に対する罪悪感でもあり、恐怖の根源だと言えます。しかし、私が目指すデザインの根底にあるのは、敬意(リスペクト)です。
Webページなどをデザインするのと同じように、ポスターのレイアウトを考えるのと同じように。人々が自分自身で“他の意見や世界を持つ人への敬意を持てる”機会を作れるようになるデザインとは何か、を私は常に問うています。そして公平な分かち合いにおいて、それぞれの文化的背景を持った人が果たせる役割を想像していく。そこにヒエラルキーはないはずです。リスペクトフル・デザインは、私たちみんなが参加できるプロセスです」
リスペクトフル・デザインを構成する要素
改めて、リスペクトフル・デザインとは何か。ドーリに問いかけてみた。
「この概念は、さまざまな人との対話によって作られました。
オーストラリアにあるUQビジネススクールのノーム・シーン教授からは、先住民の原則である『リスペクト(Respect)』『ノウ(Know)』『ケア(Care)』『シェア(Share)』の考えを。スウィンバーン工科大学のディアドラ・バロン教授からは、フェミニズムと労働組合の視点を。アメリカの俳優フランシス・フィッシャーからは、持続可能性を追求することと地球への尊重の心を。歌手オーティス・レディングからは、不朽の名曲『リスペクト』を(※1)。
リスペクトフル・デザインは、責任あるクリエイティブな方法論を通じて、包括性・人々の文化・知恵を大切にするデザインです。共感とともに、異なる価値観、異なる作り方、異なる認識方法を認めることがリスペクトフル・デザインにつながります」
自分と「異なる」ものを認識して尊重するということは、デザインのプロセスを通じて、自分のアイデンティティとも深く向き合うことである。オンタリオ州立芸術大学のカリキュラムでは「今自分がいる土地と、自分自身との関係性は何か」「どのような人に親近感を感じるか」「自分にとって、血のつながりがなくても家族だと思える人は誰か」といった問いを投げかけていくという。
また、このデザインを考えるときに欠かせない要素として、ドーリは先住民の「古き知恵」の尊重があるとしている。デザインに求められるべきは、新しさやイノベーションだけでなく、コミュニティが昔から持ち、仲間内で共有している文化的な知識だというのだ。
たとえば、ネイティブアメリカンであるアニシナベ族は「All My Relations(みなつながっている)」という考えを持つ(※2)。これは、自分自身と土地や水、空気、動物、植物、鉱物、そしてすべての人々に関係性を見出すものだ。例えば建物をデザインする際に、人間はもちろんアリや鳥類、げっ歯類など他の生物たちの幸福をサポートできているか、などを一度立ち止まって考えさせるという。
※2 Nda-nwendaaganag (All My Relations)
また、インドのグジャラート州アフマダーバードの旧市街にある「Chabutra(鳥の餌台)」も、先住民の観点を取り入れた良いデザインだとドーリは言う。600年以上前にこの都市が建てられたとき、かつての住民たちは木を切り倒すことで鳥たちの生息地を破壊していることに気づいた。そこで、街のいたるところで「鳥の餌台」をつくり、鳥と人間の共存をはかったのだ。もしインドのすべての都市が「鳥を追い出さないデザイン」を前提に作られていたら、という想像が膨らむ。
よりリスペクトフルなデザインをしたい人のためのヒント
私たち自身(デザインする側)をデザインし、脱植民地化を目指していくリスペクトフル・デザイン。その概念を多くの人に伝えるために、ドーリは2023年2月にMIT Press(マサチューセッツ工科大学出版局)で書籍『Decolonizing Design: A Cultural Justice Guidebook』を出版した。
同書では、デザインにおける脱植民地化のポイントが以下のように書かれている。
- 先住民を最優先に置くこと。世界のどこにいても、先住民の文化や主権を尊重する。例えば日本では、アイヌの人々の自己決定権を主張することと関係している(ドーリ談)
- ヨーロッパの近代主義プロジェクトにおける、人種差別的な偏見を解体すること。ヨーロッパのデザインが最高で、アジアや他の「周縁」文化のデザインがその次である、という差別的な認識と歴史を考慮し、デザインの物語を再構築する
- 多様性・平等・包摂を超えた償いをしていくこと。ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの観点で評価基準を変え、多様な人々を仲間に入れていく
- 既存のリソースへの優先順位を変えていくこと。脱植民地化のための資金を確保する
「これらは、世界中の組織や企業が取れる非常に実践的なステップだと考えています」とドーリ。より包摂的なデザイン教育を目指す彼女の歩みは、まだまだ続く。
自らの文化的コミュニティに対する自覚や愛着、こだわりを理解すること。自分たちのデザインしたものが、特定の人々を傷つけているかもしれないと思いを馳せること。そして何より、尊重すること。すぐにすべてを実践することはできないかもしれないが、多くの大切な学びを得られる取材だった。
【参照サイト】DR. ELIZABETH (DORI) TUNSTALL APPOINTED DEAN, FACULTY OF DESIGN
【参照サイト】Respecting our Relations: Dori Tunstall on Decolonizing Design
【参照サイト】AIGA Respectful Design
【参照サイト】Dori Tunstall Wants to Decolonize Design Education
【参照サイト】Elizabeth (Dori) Tunstall on designing for respect