※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Circular Economy Hub」からの転載記事となります。
オランダの首都アムステルダムを拠点とするフィリップスは、1891年の創業から多岐にわたる事業の集約を経て、ヘルステックの統合企業へと進化を遂げてきた。1971年には、企業の環境に対する責任に特化した部門を設立し、世界に先立ってサステナビリティとサーキュラーエコノミーの先進的な取り組みを続けている。
日本でも、各企業がサステナビリティ推進部を中心に組織改革や戦略策定に動いている。一方で、サステナブルでサーキュラーなビジネスに取り組むためには組織改革や戦略策定のみに留まらず、経営層を巻き込んだ統合的な戦略を日々の業務に落とし込む必要がある。そうしたときに、どのように推進していくべきか悩む担当者も多いのではないだろうか。
今回は、フィリップスのサステナビリティ部門シニアディレクターを務めるハラルド・テッパー(Harald Tepper)氏に、サステナビリティ部門が社内変革を推進するための鍵を聞いた。本記事では、3つのポイントに分けてお届けする。
1. 社内変革の基盤となる、一貫した目標と組織体制
Q: フィリップスでは、2022年度のサーキュラーエコノミーに貢献する製品やサービスの収益が売上高全体の18%を占め、その割合を年々増加させることに成功しています。フィリップスではどのような目標を掲げ、サステナビリティ部門はどのような役割を担っているのでしょうか。
フィリップスでは循環型経済に向けた野心的な目標を明確に表明しています。目標は2025年までに実現すべき4つのコミットメントからなっており、この上位に位置するフィリップス全体のパーパスとキーESGコミットメントと一貫しています。
サーキュラーエコノミー目標
- 売上の25%を循環型に貢献する製品・サービス・ソリューションにする
- すべての新製品をエコデザイン要件に沿って設計する
- 事業所で循環型の実践をさらに定着させ、廃棄物埋め立てゼロを継続する(事業所は大規模オフィス、倉庫、研究開発施設などの非製造拠点も含む)
- すべての業務用医療機器の下取りを提供し、責任ある使用済み製品管理を行うことで、ループを閉じる(使用済みのシステムや部品を再生・部品回収できるようにし、それが不可能な場合、埋立廃棄されないよう認定された方法で地元でリサイクルする)
それでは、なぜ私たちがこれらに取り組むことが重要なのか。
フィリップスの主な事業領域は医療ですが、医療分野から排出されるCO2排出量は世界全体の4.4%を占め、航空と海上輸送分野から排出される量を上回ります。特に病院は多くのエネルギーと材料を大量に使用する場所です。そして、病院のカーボンフットプリントを見ると、その71%はサプライチェーンからもたらされています。つまり、CO2の大部分は病院自体のエネルギー消費からではなく、私たちのような企業が医療用品や機器を製造し、病院へ届けるまでの過程から発生しているのです。
他にも、投資家や販売店、顧客、規制当局、一般市民や従業員など、ステークホルダーからのサステナビリティへの取り組みに対する要求が高まっています。例えば、世界中の、特にアメリカやヨーロッパなどに多く存在する大手病院チェーンは独自のサステナビリティ目標を掲げており、医療用品を調達する団体も、顧客が求めるサステナビリティのニーズに注目しています。EUの規制当局からのESGパフォーマンスに対する要求も高まっており、製品の修理可能性やバッテリーに関する法律などの面でも、規制が大幅に強化されています。
このような背景からフィリップスでは、自社のパーパスと主要ESGコミットメントに基づき、それらに一貫したサーキュラーエコノミー目標を掲げました。
環境を重要視する姿勢は会社の組織体制にも明確に表れています。フィリップスのサステナビリティ部門は、経営委員会のメンバーであるマルニクス・ヴァン・ギンネケンESG・法務最高責任者に直属し、緊密に連携しています。また、サステナビリティ部門は、コミュニケーション、デザイン、リサーチ、サプライチェーンなどの各事業部門内に、サステナビリティ・コーディネーターやアンバサダーといったサステナビリティに関連するリーダーを配置して密に協力することで、異なる事業部門間でベストプラクティスが共有されるようにしています。これによって、私たちサステナビリティ部門は現場の目標設定を手助けするだけではなく、現場で問題が起きた時にはそのことを経営委員会に報告し、対応を促進する役割も担っています。
2. 経営陣を巻き込むトップダウン・アプローチ
Q: フィリップスはサーキュラーエコノミー目標の柱の一つとして、「(資源循環の)ループを閉じる」ことを掲げ、大型医療機器を回収する「テイクバックプログラム」を展開しています。このプログラムが成功した鍵はどこにあるのでしょうか?
2018年の世界経済フォーラム(通称ダボス会議)でフィリップスは、2020年末までにMRIなどの大型医療機器事業の「ループを閉じる」ことで循環性をさらに高めることを公約しました。そして、病院が所有する使用寿命を迎えた機器を下取りし、リファービッシュ(※)やリサイクルを行うテイク・バック・プログラムを始めました。
※ 初期不良で製造会社に返品された電化製品を、メーカーで修理・調整して製品を再出荷すること。
フィリップスには、既に2つの大規模なリファービッシュ施設があり、10年以上のリファービッシュ実績がありましたが、より多くのシステムを顧客から回収することで規模を拡大したいと考えていたのです。しかし、下取りサービスを開始した当時、回収率は低調でした。フィリップスが提示する下取り価格が安すぎて、顧客は私たちよりも高い価格を提示する別の企業に下取りに出していたからです。
そこでフィリップスが行ったのは、経営という統合的な視点から、テイク・バック・プログラムがもつ全体的な価値を見出すことでした。当初、買い取り価格は、回収を担当する事業部門が回収した製品をどのくらいリファービッシュ、またはリサイクルできるかという「物質的価値」のみに基づいて決定されていました。しかし、これは極めて限られた価値の測り方です。
そこで、私たちが様々な調査を行ったところ、テイク・バック・プログラムを提供することで、既存顧客はアフターサービスの質をより評価するようになり、契約が増え、より長くフィリップスの製品を愛用してくれるロイヤルカスタマーになる傾向があることがわかりました。
つまり、テイク・バック・プログラムは、特定の事業部門にとっては回収コストが高く、割が合わないものですが、会社全体に目を向けると、長期的にはプラスになることが判明したのです。企業にとって、顧客満足度を上げ、契約を維持するという非物質的な価値は、製品の物質的価値よりもはるかに高いのです。
私たちサステナビリティ部門と製品の下取り部門はそのことを経営委員会に対して説明し、経営層からの賛同を得ることができました。
その結果、トップダウンの指示によってテイク・バック・プログラムの下取り価格が引き上げられることになり、フィリップスに直接下取りに出される機器の数が急速に増加。2025年までにすべての業務用機器のループを閉じるというフィリップスの計画の一環として、2022年に3,400台以上のシステムが顧客によって下取りされています。
このように、サーキュラーなビジネスモデルを提供するには、「価値を統合的に見る視点」が必要です。また、製品の回収をするだけではなく、既存顧客の満足度を高めてお客様を維持することや、回収したシステムからより多くのシステムや部品を提供する能力も同様に大切です。このプログラムは、経営層や事業部を巻き込み統合的な連携をすることによって成功したのです。
Q: フィリップスでは1994年から「エコデザイン」という独自の基準を設計プロセスに取り入れており、2022年にはこの基準に沿った製品やサービスからの収益が、総売上額の7割を占めるほどまで徹底されています。エコデザインと製品例について教えてください。
エコデザインとは、環境への影響を最小限に抑えるために、製品開発・設計プロセスに採用しているフィリップス独自の設計基準で、下記の4つの要素から成り立っています。
- 製品のエネルギー効率の向上
- 規制、環境フットプリント、その他の理由による特定物質の使用削減
- サステナブルなパッケージデザイン
- 循環型設計
フィリップスの環境インパクトを測ると、製品使用時のエネルギー消費が最もインパクトが大きいことがわかっており、①のエネルギー効率の向上は特に重要です。④の循環型設計は2021年に追加されたもので、モジュール式の設計やサステナブルな素材を用いた設計、分解やリサイクルを考慮した設計などが含まれます。エコデザインに沿って設計された製品の例として、コンシューマー向けレーザー脱毛器では、充電効率の向上、PVCなどの有害物質を含まない本体設計、FSC認証を受けた梱包を採用し、レンタルサービスも提供して再利用とライフサイクルの延長を促進しています。
大型医療機器の例では、最新のMRスキャナーが挙げられます。同機器は内部にある磁石を液体ヘリウムで冷却するために、従来のMRスキャナーは約1,500リットルのヘリウムが必要で、完全に密閉されない構造になっていたため、時々補充が必要でした。しかし、フィリップスのBlueSealテクノロジーを搭載した最新のMRスキャナーにおいては、ヘリウムの消費量を7リットルに劇的に削減しました。ヘリウムを完全に密閉しているため補充の必要がありません。磁石の重量も900キログラム軽量化され、輸送、資源採掘、生産に伴う二酸化炭素排出量の削減に貢献しています。
エコデザインには2つの狙いがあります。
1つ目は、フィリップス製品の環境負荷の低減、2つ目は、企業のイノベーションと競争力の強化です。 デザインの最前線に立ち続けることで、製品デザイナーやエンジニアは最高の考えを提案するよう刺激され、それがフィリップスの顧客に対する差別化につながるのです。
フィリップスは、エコデザインを通じて持続可能性を優先することで、市場で確固たる地位を確立し、消費者やパートナーからの信頼を得てきました。1970年代以来、フィリップスはエネルギー消費と物質にフォーカスした環境プログラムを実施してきました。 エコデザインは1994年に初めて正式に導入され、絶えずアップデートされる中で、企業の責任と成長の象徴となっています。
3. 従業員の自分ごと化を促すボトムアップ・アプローチ
Q: エコデザインに沿った製品やサービスからの収益は、2022年には総売上額の71%を占め、年々増加しています。エコデザインの概念を社内に浸透し、事業に組み込むためにどのような変革が必要だったのでしょうか。
サステナビリティは、決して「トップダウン」の取り組みとしてのみ推進することはできません。異なるビジネスユニットのデザイナー・製品エンジニア・マーケティング担当者などが、サステナビリティについて話し合い、サステナビリティ部門が設定した戦略や目標を、「自分ごと」として、製品やイノベーションに反映させる必要があります。こうした背景から、フィリップスのサステナビリティ推進において、大きく2つのことに取り組んでいます。
1つはコミュニティの開発です。2019年以降、フィリップスでは、事業部にいる各分野の専門家がサステナビリティに関する目標、課題、研修、ベストプラクティスなどの最新情報を共有でき、相互に学び合えるオンライン上のプラットフォーム「センターズ・オブ・エクセレンス」と「実践コミュニティ」を構築しています。これらは社内版Facebookのようなもので、プラットフォームサービスViva EngageやSharePoint上で参加でき、全世界の従業員の10%にあたる8,000人以上が参加しています。
コミュニティの中には、サステナビリティについてもっと知りたいという一般的なグループから、プラスチック包装やサーキュラーデザインの技術的な話題に特化したグループなどがあり、従業員はここでサステナビリティに関する知識を深め、問題解決やイノベーションに向けた議論をすることができます。
もう1つは、サステナビリティやサーキュラーエコノミーをビジネスの中に落とし込むトレーニングの実施です。真の社内変革のためには、デザインや財務に携わる人間それぞれにとって、サーキュラーエコノミーが何を意味するのかについて明確にする必要があります。
そこで私たちは、循環デザインのさまざまな側面に関する専用のトレーニングカリキュラムを開発しました。そのカリキュラムのひとつが、10以上のデザイン分野のデザイナーを対象とした「XDサステナビリティ・ラーニング・ジャーニー」です。このトレーニングの目標は、参加者が得たスキルと自信を自分のプロジェクトに応用することであり、カリキュラムには、エレン・マッカーサー財団のトレーニング・モジュールも組み込まれています。
同トレーニングでは、特定のコースを修了したメンバーを「サーキュラー・チャンピオン」として認定しています。これまでに、デザイン・コミュニティで約50人がサーキュラー・チャンピオンとして認定されており、これらはインフォーマルな役割ですが、サーキュラーエコノミーを推進し、加速させるのに役立っています。
コミュニティを構築することで、組織内の動きや課題が明確になります。問題が生じた際には、これらの現場の声を経営層に迅速に伝え、対応を促すことができます。
「XD サステナビリティ・ラーニング・ジャーニー:サービスデザイナー」のカリキュラム例(上記画像の日本語訳)トレーニング
- サーキュラーエコノミー入門 短期コース ※
- サーキュラーエコノミー初心者コース Ellen MacArthur Foundation協力
- サーキュラーな売上とそのための要求事項 ※
- 解体と分解のためのデザイン ※
- 2022年のエコロジカルストーリーテリング計画
知識セッション(録画と資料)
- XDマスタークラス 持続可能なサービス&体験デザイン ※
- XDマスタークラス ライフサイクル分析※
- XD マスタークラス エコデザインと持続可能戦略
資料アセット
- 製品返品のためのデザイン ※
- ケーススタディ | エコループ
- ケーススタディ | 個人の健康のためのサブスクリプションモデル
- 循環性のためのA – Z
最新情報を得る方法
- センター・オブ・エクセレンス(社内ナレッジ共有プラットフォーム)でサーキュラーエコノミーおよびエコデザインの最新情報を見つける※
- Yammerのサステナビリティ・コミュニティに参加する ※
- サステナビリティイベントとトレーニングセクションで学習情報をアップデートする
(※はサーキュラーチャンピオン認定に必須)
「統合的な価値」を見い出すアプローチが重要
Q: 今後の展望について教えてください。
フィリップスはサーキュラーエコノミーとエコデザインにおけるトップランナーとして認識されているかと思います。しかし、世界は急速に変化しており、常に先頭を走り続けるのは絶え間ない旅でもあります。フィリップスでは、下記3点を通じた医療の脱炭素化に重点を置いています。
- エコデザインを通じた、システムのエネルギー消費を含むフットプリントの低減
- 装置のサービス化(Equipment-as-a-service)、アップグレード、寿命延長、リファービッシュや部品回収のための引取りなど、循環型経済ソリューションへの集中
- デジタルソリューションを通じたワークフローの改善と、ケアパスウェイ(患者のケアを最初から最後までカバーする患者ケア計画)の最適化
また、ヘルスケアを脱炭素化するために、フィリップスはヴァンダービルト大学メディカルセンターやシャンパリモー財団のような大規模病院チェーンと長期にわたるパートナーシップを結んでいます。
持続可能な開発の道のりは決して一本道ではありません。日々、新たな課題が浮上し、新たなイニシアティブが採用され、失敗するものもあれば成功するものもあります。フィリップスのような規模の大きいグローバル企業の場合、サーキュラーな取り組みが特定の部門にとってコストとなり、別の部門にとって価値となるということがよく起きます。そのような時は、先述した「統合的な価値」を見い出すアプローチなどを参考にしていただければ嬉しいです。
サステナビリティ部門の役割とは、そうした統合的な価値を見出し、必要に応じて経営層の支援を得たり、事業部門の手助けをしたりする中で、包括的なビジネス戦略を確立することだと考えています。
※本インタビュー記事は、2023年7月に行われたサーキュラーエコノミー研究家、安居昭博さんによるオランダでのサーキュラーエコノミー研修に、編集部が参加した時の内容をまとめたものです。
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【参照サイト】Circular economy | Philips
【参照サイト】EcoDesign | Philips
【参照サイト】Circular products and services | Philips
【参照サイト】Why circular design is essential for better healthcare – Blog | Philips
【参照サイト】Doubling circularity to accelerate climate action | Philips
【参照サイト】Demystifying EcoDesign – and the impact when we get it right – Blog | Philips
【参照サイト】Robert Metzke on Philips’ sustainainable strategy“
【参照サイト】Philips continues to demonstrate strong commitment to its ESG ambitions
【参照サイト】“First introduced at Philips as far back as 1994 (long before the European Union launched its first framework)”,
【参照サイト】Build circular design capabilities, Circular Champions
【参照サイト】Champalimaud Foundation partners with Philips to reduce its diagnostic imaging carbon footprint by 50% in five years
【参照サイト】Philips and Vanderbilt University Medical Center unite to define roadmap for decarbonizing radiology Can digitalization support a circular economy and sustainable healthcare?