近年ヨーロッパは、行政およびビジネスの分野で「サステナビリティ」「サーキュラーエコノミー」の実践を目指し、さまざまなユニークな取り組みを生み出してきた。「ハーチ欧州」はそんな欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、日本で暮らす皆さんとともにこれからのサステナビリティの可能性について模索することを目的として活動する。
ハーチ欧州メンバーによる「欧州通信」では、メンバーが欧州の食やファッション、まちづくりなどのさまざまなテーマについてサステナビリティの視点からお届け。現地で話題になっているトピックや、住んでいるからこそわかる現地のリアルを発信していく。
前回は「欧州のサステナブルなお土産」をテーマに、各国在住者がおすすめの商品を紹介した。今回の欧州通信では「サステナブルなモビリティ」をテーマに、欧州各都市のモビリティ事情を取り上げていく。
【イギリス】ラストワンマイルを解決。Yo-Go社の超小型EVシェアリングサービスがロンドンで開始
2025年1月から、ロンドンのハマースミス・アンド・フラム区で、Yo-Go社の「ネイバーフッド・エレクトリック・ビークル(NEV)」と呼ばれる超小型電気自動車のシェアリングサービスが試験運用されている。このNEVは、ゴルフカートに似たデザインを持ち、最高速度は時速32キロメートル。コンパクトな設計と低速走行により、市街地での移動や短距離の移動に最適化されている。
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ユーザーはスマートフォンアプリを通じて車両をレンタルでき、解錠は無料、走行中は1分あたり20ペンス(約40円)、駐車中は1分あたり5ペンス(約10円)という手頃な料金設定となっている。
このサービスは、25歳から70歳までの有効な運転免許を持つ地域住民を対象に提供されており、特に自家用車を所有するほどではないが、ちょっとした移動手段を必要とする人々がターゲットになっている。使用シーンとしては、例えば、近隣の買い物、通勤、通学、または友人や家族の訪問などだ。
車両自体は一台あたり約6,000ポンド(約100万円)で、航続距離は最大56キロメートル。さらに、屋根にはソーラーパネルが搭載されており、バッテリー寿命を延ばし、充電の手間を減らす工夫がなされている。
このサービスは、ロンドンの交通渋滞緩和や排出ガス削減に貢献する可能性を持つ。特に、公共交通機関が整備されていてもなお「ラストワンマイル」の移動に困る人々や、高齢者、身体的な理由で自転車や徒歩移動が難しい人にとって有用だ。成功すれば、他の都市にも展開される可能性があり、今後の都市型モビリティの新しい形として注目されるだろう。
【フランス】ウォーカブルな街づくりを支えるSomewaReのアクセシビリティデータ
フランスのスタートアップ SomewaRe が提供するHandimap は、都市のアクセシビリティ向上を目的としたナビゲーションツールである。特に、車椅子利用者、視覚障害者、高齢者、ベビーカー利用者、スーツケースを持つ旅行者など、多様な移動ニーズに対応するために開発された。リアルタイムの地図情報を活用し、バリアフリーな移動経路を提案することで、より多くの人が安心して移動できる都市環境を目指している。
Handimapは、87のフランス自治体で導入されており、フランス運輸イノベーション庁の2024年アクセラレーションプログラムにも選出された。歩道の幅や段差、坂道の有無、工事情報などを考慮しながら、公共交通機関のバリアフリー情報とも連携し、最適な移動ルートを提供する。

Image via Handimap
このようなツールは、フランス・パリで進められている「15分都市(15-minute city)」構想とも親和性が高い。15分都市とは、生活に必要な施設やサービスが徒歩や自転車で15分圏内に集約され、車に依存しない暮らしを実現する都市設計のことを指す。Handimapは、すべての人が都市内をスムーズに移動できる環境づくりを支える重要な要素となっている。
自治体が公共交通機関や都市インフラと連携し、アクセシビリティデータをオープン化することで、都市もより包摂的で持続可能なものへと進化していくだろう。
【参照サイト】Handimap
【参照サイト】Handicaps : pourquoi est-il souhaitable que les villes rendent leurs données accessibles au public
【関連記事】【パリ現地レポ】日々の「移動」を脱炭素化。展示会で見た、欧州の最新モビリティ事情
【スペイン】EV用バッテリー交換ステーションの増加で、利用者の利便性もUP
スペイン・バルセロナでは、EVバイクや電動ナノカーの人気がじわじわと広がっている。
その象徴の一つともいえるのが、バルセロナ発の電動自転車ブランドSilenceの躍進だ。同ブランドは、バルセロナ市内で駐車場を運営するAparcaments BSM Networkと連携して、2023年に市内4つ駐車場に電動バッテリー交換ステーションを設置した。近年の人気拡大を受け、2025年はじめには9つのバッテリー交換ステーションが追加される予定で、市内の広い範囲をカバーすることとなる。

Image via Ajuntament de Barcelona
Silenceのアプリに登録した人はバッテリー交換ステーションで、使用済みバッテリーと充電済みのバッテリーを交換することができる。通常、バッテリー切れの状態からフル充電するには約6時間かかるが、ステーションを利用すると充電の待ち時間が発生せず、電動自転車の利便性が向上する。
市内で43の駐車場を運営するAparcaments BSM Networkは、自動車を停める場所としての“駐車場”の枠には留まらず、市民の新たな習慣やニーズに対応する“サービス拠点”に進化している。騒音の少なさ、快適さ、環境負荷の少なさをはじめ人々が支持するサービスだからこそ、利便性が上がることで、さらに人気は拡大するのではないだろうか。
【参照サイト】Silence
【参照サイト】BSM i Silence reforcen la seva aliança i amplien l’oferta d’intercanviadors de bateries elèctriques extraïbles als aparcaments
【ドイツ】公共交通機関の割引チケットが続々発売。市内交通が無料の自治体も
持続可能なモビリティの一つは、公共交通機関だ。ドイツ鉄道は2023年5月、政府支援のもと国内すべての近距離公共交通機関(特急以外)を利用できるチケット(月額58ユーロ、2025年1月時点)を導入した。2024年5月に同チケットを購入した人は1,100万人で、8人に1人が利用した計算となる(※1)。
若者を対象とする割引チケットを販売している州も複数ある。ドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州では、26才以下の学生は月額約40ユーロで同チケットを購入でき、ハンブルグ州の学生(大学生は対象外)は無料で同チケットを入手できる。
アウグスブルク市をはじめとする一部の自治体は、市内(特定地域、もしくは全域)の公共交通機関を無料で利用できるサービスを提供している。隣の国ルクセンブルクは2020年、世界で初めて国民と観光客を対象に無料で公共交通機関を利用できるサービスを開始した。同サービスは、ドイツをはじめ他国でも広がりが見られる。
しかしながら、ドイツでは鉄道が定刻通りに来ないことなどから、電車利用を好まない人は約3割にのぼる(※2)。これらのチケットの毎年の値上げも著しい。公共交通機関の利用促進には、こうした課題を克服していくことが重要になるだろう。
※1 Preis und Unzuverlässigkeit größtes Manko bei Zugreisen
※2 Eine Fahrkarte für elf Millionen

Image via shutterstock
編集後記
持続可能なモビリティの推進は、欧州各都市で重要なテーマとなっており、それぞれの都市が独自の解決策を模索しながら取り組んでいる。そしてそれらは単なる技術革新にとどまらず、データ活用や政策支援、民間企業との連携を通じて推進されているのが特徴的であった。
特に、高齢化が進む日本にとっては、アクセシビリティの向上が都市の魅力や経済活性化にも直結する。欧州の事例から学ぶべきは、モビリティを環境対策の枠を超え、都市の包括的な戦略として位置づけている点でもある。移動のしやすさは、都市の持続可能性だけでなく、人々の生活の質そのものを左右する要素だ。日本でも、公共交通の再設計やデータを活用したアクセシビリティ向上など、より広い視点から都市のモビリティを見直し、持続可能な未来を築いていく必要があるだろう。
Written by Megumi, Erika Tomiyama, Risa Wakana, Ryoko Krueger
Presented by ハーチ欧州
ハーチ欧州とは?
ハーチ欧州は、2021年に設立された欧州在住メンバーによる事業組織。イギリス・ロンドン、フランス・パリ、オランダ・アムステルダム、ドイツ・ハイデルベルク、オーストリア・ウィーンを主な拠点としています。ハーチ欧州では、欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、これからのサステナビリティの可能性について模索することを目的としています。また同時に日本の知見を欧州へ発信し、サステナビリティの文脈で、欧州と日本をつなぐ役割を果たしていきます。
ハーチ欧州の事業内容・詳細はこちら:https://harch.jp/company/harch-europe
お問い合わせはこちら:https://harch.jp/contact
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