近年のアメリカの銃乱射事件は、日本でも大きく報道されている。2017年、ラスベガスのホテルからの銃乱射で58人の死者を出した事件や、2018年2月のフロリダの高校での銃乱射事件によって、銃規制への声が高まった一方で、最近ではロサンゼルスで男がバーに押し入り12人の死者を出すなど、銃にまつわる事件は一向に収まる気配がない。
トランプ大統領は、アメリカ最強の圧力団体とも称されるNRA(全米ライフル協会)との結びつきが強く、「銃を持つ権利を守る。」と宣言しており、世間の銃規制への動きとは相反する姿勢をとっている。
もちろん、11月前半に行われたアメリカ中間選挙でも候補者の銃規制に関する主張へは世間の関心の目が向けられた。そんな中で、銃規制を訴える団体Everytown for Gun Safetyが制作したクリエイティブな動画広告「Enough!」が注目を集めた。
とある学校で校内選挙が行われている。少年はデコレーションの風船を受け取るが、それが過って割れてしまう。生徒たちは響き渡る銃声のような風船の割れる音に、凍りついた。しかし、彼らは逃げることはせず、踊り始める。生徒の命を簡単に奪えてしまう銃に対する怒りを表すように。銃に怯えず生きたいという情熱を表すように。
最後のシーンで、生徒たちは風船を持ち、全員で”ENOUGH(もう十分だ)”という人文字を見せる。
この動画が他の銃規制を訴える動画と違うのは、銃に怯えて逃げるようなシーンなど、実際の銃に関する描写はないところだ。あくまで、生徒がどう生きたいのかを表すようなダンスがメインパートとなっている。
そして動画の最後には、銃が子供に及ぼす脅威的な数字を見せていく。
アメリカでは、年間300万人の子供が銃の暴力を経験し、年間2600人の子供が撃たれて死亡している。平均で毎日47人の子供が銃で撃たれている。子供と10代の若者の死因のうち、第2位が銃によるものだ。
ニュースで大々的に報道されずとも、家庭などの銃乱射事件以外の場所で、子供たちは銃の暴力にさらされているのだ。この現状を変えるためにも、中間選挙では銃規制を主張している候補者に投票を!というのが今回の動画のテーマである。
一人ひとりの選択が、“生きたい”と願う子供達を銃による暴力から守ることを教えてくれるこの動画。この動画は銃規制を訴えるものであるので、トランプ大統領率いる共和党ではなく民主党を支援していることになる。
実際の中間選挙の結果はというと、通常中間選挙はあまり国民の注目を集めず、投票率は30~40%前後であるのに対し、今回は49.2%もの投票率を記録した。これは、民主党が大々的に有権者に投票を呼びかけたことと、それに対抗して共和党も投票を呼びかけたこと、またミュージシャンやハリウッドスターの呼びかけ、そして今回の動画のように多くの民間企業や団体が投票を呼びかけたことが要因と見られる。
今回の中間選挙によって、下院では野党である民主党が共和党の議席数を上回り、8年ぶりにねじれ議会となった。そして、今後の2年間は下院の過半数を有する民主党との調整を余儀なくされることになる。
筆者が住んでいる州は内陸地域で、保守派が多い。サンクスギビング休暇には銃を持ち、山に行ってみんなで狩りをするような地域だ。そのため、銃規制反対の有権者が多く、共和党が議席を獲得する形となった。
しかし筆者がいる州が特別というわけではなく、他の多くの州でも銃はかっこいいもの、男のシンボルという通念がある。日本の報道を見ていると、銃規制推進派の声がかなり高まっている印象を受けるが、それはリベラルな州である東海岸、西海岸に限られており、アメリカの多くを占める内陸の州では、「自衛のために」銃保持を容認する声が根強くある。
これからも、銃規制を主張する広告やキャンペーンは増えていくだろう。今回紹介した動画のように、ただ同情を誘うだけではなく、考えさせられるようなクリエイティブなキャンペーンが増えていくことで、アメリカ国民の銃規制に対する考えを変える日がくるかもしれない。
【参照サイト】Enough!