スウェーデンの高校生グレタ・トゥーンベリさんの呼びかけにより世界150カ国以上の人が参加したグローバル気候マーチに、プラスチックフリーを目指す国や企業の取り組み──2019年は、例年以上に環境問題に関連したニュースが多い年であった。各種報道を通し、私たちは何度も環境というトピックについて思いを馳せることになったが、それらの報道に触れて意識を変え、実際に生活習慣を変えることができた人はどれくらいいるのだろうか?
環境問題をもっとジブンゴトとして捉え、地球に優しいことを無理なくライフスタイルに取り入れるヒントを得るため、筆者は、ニューヨーク市マンハッタンに期間限定オープンしているミュージアム・Arcadia Earthを訪れた。そこで感じてきたことを、会場内の写真と合わせて紹介する。
Arcadia Earthは、ニューヨークを拠点として活動するイタリア生まれのアーティスト・Valentino Vettoriが始めた大規模な体験型アートミュージアムだ。彼は、ネガティビティには人を動かす力はないと考えており、気候変動や環境問題といったテーマがいつもネガティブな言葉で語られていることに懸念を抱いていたという。そこで、訪れる人に「どんな小さな生活の変化でも未来の地球に大きな影響を与えることができる」と学んでほしいという願いを込めて、このポジティブかつ美しいエキシビションを開催することにしたのだそうだ。
ミュージアム内には、サステナビリティに熱意を持つアーティストたちによる、本物の植物を使ったアートや、捨てられた素材を活用した創造的で巨大なアート、AR(拡張現実)・VR(仮想現実)・プロジェクションマッピングを用いたデジタルアートなどが並んでいる。来場者たちはこれらの創造的なアート空間の中に入り込み、さまざまな体験をしながら、環境問題について学ぶことができるのだ。
チケットは事前購入制。会場内のARを体験するため、自分のスマートフォンにArcadia Earthの専用アプリをダウンロードしておく必要がある。(アプリに対応した携帯を持っていない場合は、無料でiPadを借りることが可能<※数に限りあり>)
簡単な説明を受け、いよいよミュージアムへ足を踏み入れる。ドアを開けると、そこには幻想的で美しい世界が広がっていた。
まるで美しい絵本のなかを旅するように……
ミュージアム内は全部で15の部屋に分かれており、各部屋にはそれぞれ、海、プラスチックごみ、再生繊維などのテーマが設けられている。各部屋内の展示では、テーマごとに「今起きている問題」と「その解決策」が紹介されていた。解決策として挙げられているのは生活に密着したアイデアばかりで、帰宅後すぐに実践することができそうだった。
見えないけれど、感じる
次の部屋へつながるドアを開け歩みを進めると、少しずつ室内温度が高くなっていっているような気がした。周囲からも「なんだかちょっと暑い気がしない?」という声がちらほら聞こえる。
それもそのはず。主催者たちは訪れた人々に環境問題をより深く理解してもらうため、匂い、温度から音に至るまで、様々な要素に工夫を凝らしているのだ。ほんのわずかな温度差なのだが、確かに暑いとわかる──この状態をつくることにより、主催者たちは「温暖化とは、目を背けられがちだが確実に進行しているものであり、どうしても止めなければならないものなのだ」と伝えたかったのだという。
44,000枚のプラスチック袋
じわりとした暑さを感じつつそのまま進んでいくと、次に見えてきたのは虹色に輝く巨大な壁である。
上の画像はアーティストBasia Goszczynskaによる「Rainbow Cave (虹の洞窟)」という作品。ニューヨーク州の法律で2020年3月からプラスチック袋が配布禁止となることを記念して制作されたものである。廃棄された漁業網とごみ収集箱から集めたプラスチック袋合計44,000枚(ニューヨークで1分間に使用されるプラスチック袋の数に相当する)を使って白化したサンゴ礁が表現されている。プラスチックのサンゴ礁を照らして色とりどりに移り変わる虹色の光は、平和を表しているのだそうだ。
ARで浮かび上がる脅威
虹の洞窟の先に現れたのは、「海中のマイクロプラスチック汚染」を題材としたアート空間。アーティストPoramit Thantapalitによるものだ。
事前にダウンロードしたArcadia Earthのアプリを立ち上げ、AR体験用のマークを読み取ると、大量のマイクロプラスチックが部屋いっぱいに浮遊しているかのような映像がスマートフォンの画面に映し出された。「これほどたくさんのマイクロプラスチックが実際に自分の周りに浮かんでいたら」と想像してみるだけで、なんだか息苦しくなってしまう。この部屋にはさらに海中を泳ぐクラゲのアートが設置されているのだが、それは「人間が現在の生活を続けた場合、海に残る生物はほとんどいなくなるが、クラゲだけは生き延びることができるだろう」と予想されているからなのだそう。
見て、触って、嗅いで考える
海での冒険を終えると、次はおとぎの森のような空間「Fiber Forest(繊維の森)」へ。
「Fiber Forest(繊維の森)」のメインテーマは、ファッション界で注目されている再生繊維・テンセル™リヨセル。テンセル™リヨセルとは持続可能な方法で調達された木材からつくる天然繊維のことで、石油を使用したポリエステルなどの化学繊維とは違い、環境負荷が少ないのが特徴である。ここでは、木材チップが繊維になるまでの各工程での素材の状態にさわってみながら製造工程を追うことができた。
Arcadia Earthの展示では、自分自身の五感を働かせることが求められる。画像の「地球を嗅いでみて」と書かれた壁は天然の苔でできており、自然を鼻から感じることができる。また会場内にいると、語り手による解説以外にも空間のテーマごとに異なる音楽や小鳥のさえずりなどいろんな音が聞こえてくるので、ぜひ耳も澄ませてみてほしい。
私が、私と対話する空間
森を抜けると、“I VOW TO…(<環境を守るために>私が誓うのは…)”というネオンの文字が現れる。
こちらはデザイナー Kat + Kae による「Vow Tunnel(誓いのトンネル)」だ。トンネル内をさらに進むと、ネオンサインで表示された様々な誓いの言葉に出会うことができる。
EAT LESS MEAT (食べるお肉の量を減らす)
WASTE NO FOOD (食べ物を粗末にしない)
SHOP RESPONSIBLY (責任を持って買い物をする)
NO SINGLE USE PLASTIC (使い捨てプラスチックを使わない)
あなたなら、ここで何を誓うだろうか。
誓いの文字をかたどるネオンサインは実際には反転しており、鏡越しにみることで文字が読める仕組みになっている。これには、「それぞれが鏡で自分の姿を見ながら、使う素材や購入する食べ物にもっと気を遣うと個人的な誓いを立ててほしい」との願いが込められているという。
学んだら、やってみる
誓いのトンネルの最後には“I VOW TO CARE (気を配ることを誓います)” のネオンサイン。“Shop Responsibly(責任を持って買い物をする)”と書かれた最後の扉の奥は、サステナブルショップになっており、ミュージアムで提示されていた使い捨てプラスチック、マイクロプラスチック、サンゴ礁の白化、食品廃棄といった環境問題を防ぐために役立つアイテムが多く集められていた。
ミュージアム体験を終えて
本物の植物や捨てられていた素材、そして最新のテクノロジーを掛け合わせて生み出されたアート空間。その幻想的な世界の中で五感を最大限働かせて、まるで子どもの頃に戻ったように心が踊るのを感じた。同時に、今地球でおきていることについて学び、改めて自然の偉大さを感じたり、自分には何ができるだろうかと考えを巡らせたりと様々な感情や考えが交差する不思議な体験であった。
Arcadia Earthを訪れた人たちの目的は、フォトジェニックな世界観やアート、デジタル体験など、人によってそれぞれ異なるかもしれない。しかし、一人で来た人もグループで来た人も皆、写真を撮ったりあちこち触れてみたり近くの人と言葉を交わしたりしながら、楽しみつつ環境問題について学んでいる様子であった。
環境問題は、暗く、重たく、語るためには専門知識が必要なテーマであるように思われがちだ。日常のなかで環境について考えたり、意見を気軽に交わしたりするのは難しいと感じている人は多いだろう。アートを通して、私たちがまっすぐな眼差しで「地球の今」を見つめられるようにし、自然な形で環境問題に触れ、地球の未来について気軽に話ができる雰囲気を作ってくれたArcadia Earth──彼らが提示してくれたような「対話や行動を促す場づくり」こそ、まさに今求められているものなのではないだろうか。
【参照サイト】Arcadia Earth
【参照サイト】“At ‘Arcadia Earth,’ Dazzle Illuminates Danger”|The NewYork Times
【参照サイト】Bag Waste Reduction Law: Information for Consumers|New York State
【参照サイト】テンセル™リヨセルの紹介
【関連ページ】NYのオシャレさん御用達。エコなコインランドリー「Celsious」に学ぶ、環境に優しいお洗濯
※アメリカ国内で様々な都市を巡って展示を行っているArcadia Earth。ニューヨーク会場での展示は人気を呼び、2020年末まで開催期間の延長を予定しているそうだ。今後はマイアミ、ニューヨーク、その次はロサンゼルスでの開催を予定しているという。