「サステナブルな料理って、お肉を使っちゃダメなの……?」
仙台のフレンチレストランGraalで開催される料理教室で、お客さんから出てくる素朴な疑問。
この問いに正しく答えられる人は、いないのではないだろうか。なぜなら答えはないからだ。食の業界でサステナビリティという言葉が広まっていく中で、どんな食材を調達すれば良いのかを模索している料理人は多い。
できるだけ地球に負荷をかけない料理を提供するために、料理人ができることは何か。この壮大な問いの前で、仙台のフレンチレストランGraalが行ったアクションのひとつが、「料理教室」だった。
話者プロフィール:菅原譲(すがわら・ゆずる)さん
仙台のレストランで修業した後、東京のル・シズィエム・サンス・ドゥ・オエノンなどで修業。銀座のバーンヤードのシェフを経て2014年自らのお店を湯島で開業。地元仙台に戻り2018年Graalをオープン。
話者プロフィール:佐藤達矢(さとう・たつや)さん
ホテルアークリッシュ豊橋レストランマネージャー、ウェスティンホテル仙台ソムリエなどを経て仙台でナクレをオープン。2018年12月Graalをオープン。ワインスクール井上塾仙台校講師。
使うのは、東北のこだわり農家の食材
仙台駅を降りて徒歩5分ほど。商店街の一角を通りビルの地下1階に入ると見えてくるのが、知る人ぞ知る隠れ家フレンチ、『Graal』の看板だ。Graalという店名の意味は、フランス語で「聖杯」。2018年、宮城県出身の菅原シェフと、岩手県出身の佐藤支配人が生まれ育った東北の中心地仙台で、地元東北の食材にクローズアップした東北フレンチを作りたいという2人の思いが合致し、オープンに至った。
シェフの調理姿をライブ感覚で楽しめるGraalは、今や若い女性から年配の方まで幅広い年齢層のお客さんが足繁く通う人気店。環境配慮の観点、そして美味しさを求めるうえでも、「地産地消」にこだわっており、扱う食材は東北地方の6県からに限る。日本サステイナブル・レストラン協会には、2021年に東北第一号店として加盟した。
「味覚は気候や湿度と関係すると言われ、食材は作られた場所で食べるのが一番美味しく感じるのです。だから地元のものを使うのは、味を追求するためには理にかなっているんですよね」と話すのは、佐藤支配人。
地元だからこそ生産者と密にコミュニケーションを取り、生産者と食材の味や食感のすり合わせをしながら、地元の素材を生かした料理を生み出す。また、食材は皮やヘタ、骨まで料理に生かしたり、独学で学んだ発酵技術を料理に取り入れたりすることで、食品ロスがほとんど出ないのも特徴だ。
「生産者の方が、『どんな野菜を作ってほしいですか?』と聞いてくれたり、食材をどんな風に育てているかを教えてくれたり、朝採れた新鮮な野菜をそのまま持ってきてくれたりするんです。そんな生産者さんの食材を捨てるなんて、できませんよ」と菅原シェフは語る。
Graalが取引する地元農家の取り組みは、個性的で面白い。
たとえば、マッシュルームの菌を使いCO2排出量を抑えた農業に取り組んでいる農家や、野菜を美味しく食べるにはそのまま(または、採れたてを)かじりつくのが一番という思いを込めて、生食が美味しい野菜を無農薬で育てている農家、また、Graalから10キロ圏内の仙台市若林区荒井で、無農薬で珍しい野菜作りに挑戦している農家。
そんな彼らの食材にもまた個性があり、お皿にのった時に素材の味が生きる。
プレートを通して伝えるサステナビリティ
Graalの料理教室は、菅原シェフがお客さんの目の前で手を動かしながら、同店の料理の作り方をレクチャーするというものだ。
たとえば、野菜の端材から旨味を出す方法や、保存食のレシピを教えることで家庭での食品ロスを減らす方法を伝授したり、お肉ではなく豆を使ったメニューを組み込んだりすることで、植物性食品のポテンシャルを引き出す調理方法を伝えたりしている。
黒瀬ぶりと紅芯大根のクスクスサラダ
パクチーとクスクス(粒状のパスタ)とブリを紅芯大根のマリネで和えたサラダ。
魚料理には、サステナブル・シーフードの国際認証であるASC認証(※1)を取得した黒瀬ぶりを使用している(GraalではCoC認証(※2)は取得していない)。菅原シェフは、「今は天然のブリが減ってきているんです。ですから、今回のメニューではサステナブル・シーフードと呼ばれる、環境保全のために養殖されているブリを使っています」と、サステナブル・シーフードの説明を噛み砕いてお客さんに伝える。
普段捨ててしまう野菜の端材の魅力を料理人目線で伝えることで、家庭での食材廃棄を減らすことにもつながる。
「パクチーの根っこは、普通捨てちゃいますよね。でも根っこって結構使えるんですよ。素揚げするとすごく美味しくなるので、今度家でもやってみてください」
※1 水産養殖管理協議会が管理運営する、養殖に関する国際認証制度。自然環境の汚染や資源の過剰利用の防止に加え、労働者や地域住民との誠実な関係構築を求めている。
※2 MSC認証やASC認証を取得した漁業者・養殖業者による認証水産物と非認証の水産物の混入を防ぎ、製品のトレーサビリティを確保するための「加工・流通過程の管理」としての仕組み。CoC認証を取得したレストランは、MSC・ASCラベルを使用、メニューに表記することができる。
レンズ豆ミートのラグーをのせたタルトフランベ
飴色に炒めた玉ねぎ、トマトペースト、赤ワインとともに水に戻したレンズ豆をブイヨンで煮詰め、タルトフランベにのせてオーブンで焼き上げた一品。
「このレンズ豆ミートは、鶏のひき肉などに変えても美味しいですよ」と話す菅原シェフの言葉のなかには、サステナビリティの考えを一方的に押し付けない彼の柔軟なスタイルが見てとれる。
「ブイヨンは、顆粒のコンソメでも良いのですが、料理をするときに捨ててしまうにんじんや玉ねぎなどの傷んでいる部分や皮などをとっておいて、それをお湯で沸かすだけでも、野菜の旨味が出て、美味しい出汁になります」
「余ったレンズ豆は、煮込みに使ってお味噌を作ることもできますよ。発酵食品は料理に旨味をプラスしてくれるので、万能です。発酵トマトや発酵マッシュルームなども、お店でよく作ります」
発酵は、保存食として北欧などを中心に今注目されている調理法だ。ガスや電気などのエネルギーを使わず、菌や微生物の働きで食材を長期保存させることが可能だからだ。
塩鱈のグラタン
塩に漬け、天日干しした塩鱈とじゃがいもをオーブンで焼き上げた一品。
塩漬けは、すぐに腐ってしまう魚や肉などを長期保存するために、昔から日本の家庭で実践されている保存食の手法のひとつだ。
「塩鱈にすることで、アミノ酸という凝縮された旨味がすごく出てきます」
「今回はじゃがいもだけを入れていますが、他の野菜、たとえば野菜の端っこなどを入れてしまっても構いません。また、じゃがいもの皮は口当たりが悪いため剥いてしまうことが多いかもしれませんが、実はそんなことはありません。ぜひ使ってくださいね」
サステナビリティは、押し付けないスタイルで伝える
料理人の腕に蓄積されたサステナブルな料理技術は、料理教室の場だからこそ、普段のレストラン営業では伝えきれないところまでお客さんに伝えることができる。
「サステナブルな料理ってお肉ダメなんですか?」と料理教室中にお客さんから素朴な疑問があがる。「いえ、そういうわけではないですよ」と丁寧に説明をする菅原シェフ。
お肉を完全に排除するのではなく、お肉も使いながらより環境への負荷がかからない料理を模索するのが彼のスタイルだ。レストランでは野生肉のジビエ料理を出すことも多いという。
「ヴィーガンだとお肉ダメだよね?」「お魚は良いの?」といった話をしながら、サステナビリティという概念に目を向け、お料理の話から、徐々にエネルギーやごみ問題などの話題にも触れていく。
「使ったあとの油の処理には一番困っているんです。飲食店から出る廃油の量は燃料にするには少なすぎるため、お店ではなるべく少なく固めて捨てるようにしていますが、他の解決策を模索しています」と、菅原シェフはレストランの裏側の課題まで赤裸々に話す。
「できるだけ同じような考えを持った人を増やしていきたいし、サステナビリティの考え方を浸透させていきたいと思います。でも、急に考えを変えてもらうのは難しいと思っていますし、お客さんにサステナビリティの意識を浸透させていくには、僕から噛み砕いてしっかり説明することが必要だと思っています。お客さんは基本的に、『美味しいか、美味しくないか』で判断しますから、僕がこういった調理法で旨味を抽出することで美味しくなるんだ、と伝えないといけません」
「食材の使える部分、使えない部分は、一般の方には意外とわからないものですからね。使えないと思っていた部分が実は使えることは多く、それを自分が発信して、何回も実践することで少しずつお客さんも気づくことがある。家で料理をする時に『あ、あのシェフがこう言っていたな』と思い出してくれれば、それで良いんです」
料理のゴール地点は、あくまで“美味しい”こと
『美味しい=サステナブル』ではない。これは直視すべき大切なポイントだ。
「レストランにとってのゴール地点は『美味しい』なんですよ。だから、レストランはサステナブルを『美味しい』に近づけるということを頑張らなくてはいけないと思っています。つまり、お客様が『お肉よりもレンズ豆の方が美味しい』と言ってくれるまで、僕らは『美味しい』を追求しなければいけないのですよね」と話すのは、佐藤支配人。
「一方的にサステナビリティの話を押し付けてしまうと、ただ、『私たちは良いことをしているんだ』というだけで終わってしまう。レストランに来るお客さんはそれを求めているのではありません。自分たちがやりたいことや伝えたいことと、お客さんが求めていることの違いを認識したうえで、私たちはお客さんが求めている価値をサステナブルの中に作っていくべきだと思います」
編集後記
レストランのテーブルでお客さんの前に並べられる料理には、料理人のサステナビリティへの知恵が詰め込まれている。
気候変動やパンデミックといった地球規模の課題が人類に突きつけられる現代。時代の変化と共に、レストランや料理人のあり方も変わっていくべきなのかもしれない。
Graalで行っている料理教室は、レストランの新たなあり方を考える上でヒントとなるだろう。料理人が持つ食品ロスをなくすため、ちょっとした工夫や料理法を教えることで食べ手が環境問題を考えるきっかけを与えることができる。
レストランは、生産者と消費者のハブであり、作り手の思いを食べ手に直接伝えることのできるメディアでもあるのだ。
【参照サイト】Graal
【参照サイト】一般社団法人 日本サステイナブル・レストラン協会