日本に先駆けて、ヨーロッパは行政およびビジネスの分野で「サステナビリティ」「サーキュラーエコノミー」の実践を目指し、現在に至るまで世界を主導してきた。「ハーチ欧州」はそんな欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、日本で暮らす皆さんとともにこれからのサステナビリティの可能性について模索することを目的として活動する。
ハーチ欧州メンバーによる「欧州通信」では、メンバーが欧州の食やファッション、まちづくりなどのさまざまなテーマについてサステナビリティの視点からお届け。現地で話題になっているトピックや、住んでいるからこそわかる現地のリアルを発信していく。
前回は、「ヨーロッパのフェムテック」をテーマに、月経や妊娠などの身体の不調や変化に向き合ってより快適な暮らしができるようにしたり、教育によって女性が身体と心を守れるようにしたりするサービスをご紹介した。今回の欧州通信では、10月の「世界メンタルヘルスデー」にあわせ、「メンタルヘルス」について、イギリス・フランス・ドイツ・ウィーンのメンタルヘルス事情やケアするアイデアをご紹介する。
【イギリス】「もう生きる気力がない」ときにプロと直接話せる、ロンドンの相談所
新型コロナによるコミュニケーションの減少、インフレによる生活費の高騰……人々を孤独に追い詰める要因が多いこの頃。イギリスでは1日に18人が自ら命を絶っており、それは特に49歳以下の男性に多いという。
ロンドンの「the listening place(ザ・リスニングプレイス)」は、人々が「もう生きる気力がなくなった」ときに相談できるコミュニティだ。希望者はアポイントをとることで、メンタルヘルスに関する訓練を受けた相談員と話すことができる。the listening placeの特徴は、すべて直接顔を合わせて相談できることだ。一回の所要時間は45〜50分程度。一回だけでなく、定期的に相談員と話すことができる仕組みになっており、料金は無料だ。
実際の相談者は、こう語る。
「なぜ命を断ちたいと思ったのか、考えや感情を言葉にできたいい機会でした。私という人間をジャッジすることなく、また何を考え、感じるべきかを押し付けられることなく、率直に気持ちを話すことができたのは、人生で初めてでした」
【フランス】つながることも、一人になることもできる、パリ近郊のサードプレイス
パリに隣接する都市「Pantin(パンタン)」は、かつてフランスで最も汚染されている場所と言われていた。しかし再開発によって環境面と社会面を両立したパリのサードプレイスとして生まれ変わった。なかでも「La Cité Fertile (シテ・フェルティーユ)」というフランス国鉄の貨物駅跡を利用して作られた施設には、カフェやレストランがあったり、展覧会場では生物多様性や環境に関連したイベントが行われていたりと、毎週末多くの人が集まる。エコに興味がある人もそうでない人も楽しめる場所だ。
ユニークだと感じたのは、施設の中にメディテーションスペースとして小さな小屋があり、中に入ると一気に静かさを体験できること。
中には瞑想する人がいたり、ゆっくりくつろいでいる人がいたりする。屋根に植物が張り巡らされていることで、夏でも涼しい。施設全体のコンセプトとして、小屋の外で人々とつながってコミュニケーションをとることも、一人になって自分と向き合うことも大切にしているのが特徴だ。「外(環境や社会)に目を向けるために、まずは自分自身を大切にする」というメッセージが伝わってくる。
【ドイツ】平均有休取得日数は30.9日。休暇取得は特別ではなくあたりまえのこと
体調を崩していたり、仕事で疲れていたりするときに、必要なものの一つは休暇ではないだろうか?
ドイツは、従業員が休暇を取ることを国として大切にしている。例として、日曜日の店の営業禁止(パン屋・カフェ・レストランなどを除く)、1日の労働時間は最長8時間(残業する場合は最長10時間)、病気のときは有給ではなく病気休暇が取得可能、15人以上の従業員を有する組織に6カ月以上勤務する全従業員への労働時間短縮の権利の付与(例外あり)がある。こうした法律に違反した場合は企業に対して罰金が課せられ、労働組合は労働時間などを厳格に管理している。
加えて、週5日勤務のドイツの全従業員は年間20日以上休暇を取る権利があり、2019年のフルタイム労働者の平均有休取得日数は30.9日であった。日本はは17.9日(※)。
ドイツでは、休暇を取って休息することは贅沢で特別なことではなく、組織に属する全従業員に認められている権利だ。休暇の取得時期調整や引継ぎなどはあるものの、休暇を取ることに対して同僚や上司に引け目を感じることはない。自身と家族が休息をしっかり取れることは、メンタルを健康に保つ要素であるだけでなく、多くの人にとって国の労働条件を魅力的なものにしている。
【オーストリア】精神病クリニックが、精神疾患を持つ人々による芸術作品の美術館に
オーストリアのメンタルヘルス分野には長い歴史がある。世界的に有名な精神科医・心理学者であるジークムント・フロイトは、19世紀の終わりには精神分析法を確立し、催眠療法など精神的疾患を抱える患者への治療法を打ち立てた。1889年にウィーン郊外に設立されたグッギング精神病クリニックでは、患者にデッサンなどの創作活動をさせる実験的治療が実施され、のちに治療法の一つとして確立されている。現在このクリニックは、精神疾患を持つ人々による芸術作品「アール・ブリュット」に特化した美術館となっている。
こうした歴史が、現在のメンタルヘルスケアシステムにも反映されている。通常他国では、カウンセリング・セラピーなど、メンタルヘルスケア分野では保険が適用されない治療も多い。しかし、オーストリアの自治体が提供する健康保険では、年間40回までセラピーを含むメンタルヘルス関連の治療が適用の対象となっている。
メンタルヘルスにおける緊急事態には、保険適用内で救急車の利用も可能だ。外国人など、医療保険のない人は、オーストリア赤十字のプログラムを利用して、国内各地にある赤十字病院にて無料で治療を受けることができ、同プログラムには、メンタルヘルスケアサービスも含まれている。
そのほかに、政府による電話メンタルヘルス・ホットラインも設置されている。ホットラインは、子供や若者用、女性専用、緊急事態、自死防止などに分かれている。また、状況に応じて精神科医やセラピストを紹介してくれるホットラインもある。
編集後記
WHOによる定義によると、メンタルヘルスとは以下のような状態を指す。
個人が自分の能力を発揮でき、人生における日常のストレスに対処でき、生産性が高い状態で働くことができ、コミュニティに貢献できる良い状態。
新型コロナウイルスのパンデミックにより、心身に支障をきたす人も多い中、メンタルヘルスは誰にとっても他人ごとではなく、一人ひとりが考えるべき問題となった。エネルギー危機やインフレーションなどの影響により、人々が日常生活を送るだけで不安に感じることも増え、気づかない間にストレスを溜め込んでしまっている人も多いだろう。
そんなときに一人で抱え込まず、誰かに相談して言葉にすることができたり、少し休むことができたりと、一人ひとりが自分にあった方法で心地よく生きられる社会の仕組みをつくることが欠かせない。今後もメンタルヘルスをケアするアイデアはどんどん生まれていくだろう。
※ Genommene Urlaubstage
【参照サイト】令和3年就労条件総合調査の概況
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本レポートでは、「EUのサーキュラーエコノミー政策(規制)」「フランス・オランダ・ドイツ・英国の政策」「4カ国で実際にサーキュラーエコノミーを推進する団体や取り組み」に焦点を当て、サーキュラーエコノミーが欧州で注目されるようになってから現在に至るまでの欧州におけるサーキュラーエコノミーをめぐる議論・状況をより詳しく追っています。以前から欧州で進められてきた「サーキュラーエコノミー」の実験は、今後の日本の政策策定から、企業や市民の活動にいたるまで、役立つヒントや苦い反省を提供してくれるはずです。
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レポート概要
- ページ数:105ページ
- 言語:日本語
- 著者:ハーチ欧州メンバー(IDEAS FOR GOOD・Circular Economy Hub編集部員)
- 価格:44,000円(税込)
- 紹介団体:36団体
- 現地コラム:8本
- レポート詳細:https://bdl.ideasforgood.jp/product/europe-ce-report-2022/
ハーチ欧州とは?
ハーチ欧州は、2021年に設立された欧州在住メンバーによる事業組織。イギリス・ロンドン、フランス・パリ、オランダ・アムステルダム、ドイツ・ハイデルベルク、オーストリア・ウィーンを主な拠点としています。
ハーチ欧州では、欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、これからのサステナビリティの可能性について模索することを目的としています。また同時に日本の知見を欧州へ発信し、サステナビリティの文脈で、欧州と日本をつなぐ役割を果たしていきます。
事業内容・詳細はこちら:https://harch.jp/company/harch-europe