帝国ホテル東京の料理長がインスピレーションを受けた、フランスの食文化【持続可能なガストロノミー#6】

Browse By

2019年4月に帝国ホテル第14代東京料理長に就任した杉本雄シェフ。ヨーロッパで13年間、フランス料理を学んだ杉本シェフは、その特徴の一つである「食材を最大限に生かし、余すことなく使い切る」という考えを大切にしている。

「フランス料理の考え方自体が、サステナブルなマインドでつくられています。そこから学べることは多くありますね」

そんな杉本シェフがヨーロッパで培った経験から誕生したのが、余分な部分がなく耳まで白くて新食感の食パン「W・E Bread」や、乾燥させたジャガイモや柑橘の皮を使用した「サステナブルソルト」だ。おいしさを追求しながら、ホテル業界のサステナビリティを牽引している。

“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める杉浦仁志シェフが、食の分野におけるサステナブルな未来を目指すキーパーソンを紹介し、これからの食の在り方を社会に伝えていく連載「持続可能なガストロノミー」。第6回の今回は、杉本雄シェフに、フランスでの経験から生まれているロスが出ないレシピづくりのマインドや、帝国ホテル東京の「循環させながら社会をも巻き込む仕組み」について話いた。

杉浦シェフと杉本シェフ

杉浦シェフと杉本シェフ

話し手プロフィール:杉本雄(すぎもと・ゆう)シェフ

杉本料理長帝国ホテル 第14代東京料理長。1999年に料理人としてのキャリアを帝国ホテルでスタートした後、2004年に退社して渡仏、帰国までの13年間をヨーロッパで過ごす。フランスでは、ブルターニュのビストロを皮切りに、厨房だけでなくホールの接客サービスなどで研鑽を積む。2006年には、1835年創業の老舗ホテル「ル・ムーリス」にて、ヤニック・アレノ、アラン・デュカスという名料理人のもとでシェフを務め、同ホテルのメインダイニング(3つ星)にて責任者の役割を担う。2014年以降2つのレストランで総料理長を務めた後、帰国。2017年4月に帝国ホテルに再入社。宴会調理課のシェフを経て、2019年4月、東京料理長に就任。

聞き手プロフィール:杉浦仁志(すぎうら・ひとし)シェフ

杉浦シェフONODERA GROUPエグゼクティブシェフ。2009年に渡米し、料理業界のアカデミー賞とされる「ジェームス・ビアード」受賞シェフであるジョアキム・スプリチャル氏のもと、 LA・NYCのミシュラン星つきレストランで感性を磨き技術を習得。海外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるヴィーガン・プラントベースの第一人者として貢献し多数の受賞歴を持つ。現在は“Social Food Gastronomy”を提唱し、より多角的な視野から社会貢献とイノベーションを展開。2050年に向けた次世代のシェフモデルとして注目される。現職を務めながら日本サステイナブル・レストラン協会プロジェクト・アドバイザー・シェフに就任。

生産者を大事にすることは、食材を大事にすること

杉本シェフのサステナブルな活動のインスピレーションのもとになっているのが、長く時間を過ごしたフランスでの生活だという。例に上げたのが、ヨーロッパに根付くマルシェの習慣だ。

「ヨーロッパはマルシェが盛んで、生産者が自分のブースを広げ、消費者が自分で責任を持って食材を選んでいきます。並んでいる食材は、大きいものもあれば小さいものもあり、重いもの、軽いもの、熟れているものなど、個性にあふれています。ヨーロッパでは、市民が多様性を受け入れる仕組みがもうできているように感じました」

マルシェでのコミュニケーションもまた、食品廃棄が出ない仕組みを自然とつくっているという。

「マルシェでは、生産者さんと直接コミュニケーションを取ります。『いつ食べるの?』『週末に友人が家に来るから、そのときに食べられるものを』『じゃあ週末に食べごろなものがいいね』と、食材の使用時期に合わせたものを提案してくれる。それは消費者だけでなく、生産者にとっても良いことで、最終的に食材を大事にすることにつながっています。こうしたヨーロッパに根付く習慣は、日本との大きな違いではないでしょうか」

フランス・パリのマルシェの様子

マルシェの様子 Image via shutterstock

そんな杉本シェフが、日本に帰国して気になったのが、過剰包装だった。

「日本の包装は衛生的ですが、あまりにも丁寧で過剰に包みすぎているときが多いと感じています。たとえば、フランスのパン屋さんでバケットを買うと、手が触れるところだけ紙で包まれていて、残りの部分はむき出し。パンの頭をかじりながら、店を出ていくなんて光景はよくあることでした」

そうした状況に対し、杉本シェフは一般消費者の意識を変えるためには、まず料理の作り手が率先して変わらなければならないと警鐘を鳴らす。

「今はまだ、我々も一般消費者と同じように、丁寧に包まれている食材を買っている状況です。一般消費者の意識を変えるためには、まず外食産業が変わらなければいけません。業者や生産者、プロの現場までの食材の流通システムやパッケージングが改善されないかぎり、変わらないのです」

フランス料理から見る、サステナビリティ

フランス料理というと、高級食材を使用したきらびやかなイメージを持つ人も多いかもしれない。しかし、杉本シェフは、フランス料理の考え方自体が、サステナブルなマインドでつくられていると話す。

「たとえば、フランスの家庭料理の代表的なデザートである、フレンチトースト。フランス語では、『パン・ペルデュ(失われたパン)』といいます。実は、フレンチトーストという名前は、フランスから外に出たときにつけられた輝かしい名前。本来は、食べごろを過ぎたパンをどのようにして余すことなく食べるかと考えられたのが、このパン・ペルデュなんです。使わない食材をお料理に変えていくマインドが、フランス料理のベースにあります」

また、フランス料理の一皿の構成は、メインとなる魚や肉の骨や皮から出汁(だし)をとり、ソースに仕立てていくことがほとんどだ。

「日本は島国で海洋国なので、和食では基本的にはお肉料理であろうと野菜料理であろうと、昆布や鰹をベースにすることが多いです。日本料理は別の視点でサステナブルな観点がありますが、一つの食材を使い切って料理を構成するのはフランス料理ならではのサステナブルな点ではないでしょうか」

杉浦シェフと杉本シェフ

杉浦シェフと杉本シェフ

「食」を循環させる、帝国ホテルの取り組み

杉本シェフは、そうしたフランスでの学びを取り入れながら現在さまざまなサステナブルなレシピや商品開発を行っている。

余分なものを捨てないレシピづくり

たとえば、味や香りを出すために香味野菜を濾して作るソース。帝国ホテル東京では、濾した野菜などを捨てずにすべて料理に転換する、循環を意識したレシピづくりを実践している。

「家庭料理であれば、濾した野菜はそのままソースに入れて振る舞えると思うのですが、我々の追求するラグジュアリーな料理は、同じではいけません。最近では、調理器具も進化しているので、我々の技術と合わせて濾した野菜も使ったレシピにしています。そうすると、野菜からも濃度が出て、それを一緒に味わうことができるんです。これまで通りのレシピだと、野菜の味が濃くなってしまうので、それに合わせて食材の配合を変えてレシピを調整しています。その分、余分な食材を買わずにすむんです」

また、循環型のレシピに加え、ソースとして使うのが難しい骨や筋、皮などは、別のものに生まれ変わらせていく2軸を意識することで、食材のロスを減らしているという。それに対して杉浦シェフは、「多くの食材を使いながらそれぞれ工程を変えて調理するホテル業界で100%廃棄食材を出さないことは難しい」という苦悩を語りながらも、帝国ホテルの変革がホテル業界にとってもポジティブな変化であることを語る。

「環境に配慮した食材や器など外部からサステナブルにしていくレストランは少しずつ増えてきましたが、帝国ホテルさんのように、根本的な中の現場の仕組みを具現化し、その中でできる限りのことを行っていくことはやはり根本的なサステナビリティを実現するうえで大切です」

耳まで白くて新食感な食パン“W・E Bread”

杉本シェフの監修により、帝国ホテルが「おいしく社会を変える」をテーマに開発したのが、耳まで白くて新食感な食パン“W・E Bread”だ。

耳まで白い食パン

Image via 帝国ホテル

帝国ホテル東京のサンドイッチはこれまで、見た目の美しさと食感を追及するため、食パンの耳を切り落として提供していた。この切り落とした耳はサンドイッチの具材が付着しているなどの理由で別の料理への再利用が難しく、年間の廃棄量は約2.5トンに達していたのだという。そうした課題がある中で、切り落とされたパン耳のリサイクル方法を考えるのではなく、そもそも廃棄がでない食パンを開発するという発想の転換を行ったもの。そうして2022年に誕生したのが耳まで白くて新食感な食パン「W・E Bread」だ。

「まずは自分たちができることは何かと考え、始めたこと。大きな風呂敷を広げても、地に足がついていなければ本質は捉えられないので、できる範囲で変えていくことがまずは大切だと思っています」

食品ロスから作る「サステナブルソルト」

調理過程で発生する、普段は使われる機会のない食材を、余すことなく使用したいという杉本シェフの想いから誕生したのが、現在販売中の「サステナブルソルト」だ。

サステナブルソルト

サステナブルソルト

2021年9月に登場した「サステナブルソルト(根菜)」は、ホテルでポテトサラダをつくる際に本来なら廃棄されてしまうじゃがいもの皮を使用。そのじゃがいもの皮を低温のオーブンで焼き上げ、パウダー状にして塩と混ぜた商品だ。その後、館内で提供しているグレープフルーツの房の白い薄皮を低温で乾燥させ、塩と混ぜた「サステナブルソルト(柑橘)」も販売している。

「サステナブルソルトの売り上げの10%は、海洋保全団体に寄付をしています。ロスになってしまうものを原料にし、自分たちだけの価値にするのではなく、社会に還元する循環の仕組みを作っています。周りに回って、それが生産者の雇用を守ることになり、ホテルやお客さまが社会循環の輪の中に入る取り組みです」

社会をサステナブルにしながらビジネスを動かしていくことの重要性

「我々が規格外野菜や未利用魚を使うことで、生産者の買い支えをすることができます。やはりどんな取り組みも、生産者を守る仕組みができていなければ、一過性のもので終わってしまいます」

「たとえば今、温暖化の影響により北海道でブリが取れるようになり、その地域で漁業を営んできた人が、これまでどおり漁業ができなくなっている状況があります。自然を相手にするだけでなく、どんな魚が取れるかも予想できなくなってしまうという厳しい状況のなかで、漁師になろうと考える人がいなくなってしまう可能性は大いにあります。それを打開するには、規格外野菜や未利用魚を使用するなど、我々が生産者を支える選択をとることが大切なのです」

杉浦シェフと杉本シェフ

「目の前にある食材が、この先もあり続けるとは限らない」。杉本シェフはそんな危機感を持っている。コロナ禍で大きな打撃を受けたホテル業界。普段お客さんがたくさんいるホテルに誰もいなくなり、レストランも閉まり、それによって生産者も大きな打撃を受けた。

「販売の時期から逆算して育てていたものが売れなくなり、それで廃業に追い込まれた生産者さんもたくさんいるでしょう。コロナがなかったらそんな事が起こりうるなんて誰も想像もしていなかったことでした」

「常に食材が生産者から我々のところに安定して届く構造を作り続けながら、どうしたら支えていくことができるか。気候変動の影響もあり、今後の食のあり方を考えたとき、いままでどおり食材が目の前にありつづけることが難しくなってきます。私たちは、『安定して届く』を守り続けなければいけないのです」

コロナ禍をきっかけに多くの人が実感したであろう、これまでの当たり前が当たり前ではなかったということ。帝国ホテル東京のような、業界を牽引するホテルがそれに真っ向から取り組み、こうして変革していくことは、業界にとっても大きな影響をもたらすにちがいない。

【参照サイト】帝国ホテル公式サイト

持続可能なガストロノミーに関連する記事の一覧

FacebookTwitter