キーワードは再生と分配。生態系全てを幸せにする「ドーナツ中心デザイン」とは

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気候変動を起点にしたサービスデザイン・システムデザインを考えるうえで、私たちはCO2削減、生物多様性といった環境問題へのアプローチに焦点を当てるが、ダイバーシティや人権などの「社会問題は別もの」と捉えがちだ。

今回焦点を当てたいのは「Donut-Centered Design(ドーナツ中心デザイン)」だ。プラネタリーバウンダリーの範囲内で全ての人々の社会的公正の実現を目指す「ドーナツ経済学」の概念を社会実装するためのデザイン手法として「ドーナツ中心デザイン」という概念が生まれており、2019年からGoogleのユーザーリサーチャーであるChristopher A. Golias氏によって提唱され始めている。今回はこのドーナツ中心デザインの考え方をご紹介する。

はじめに、ドーナツ経済学とは?

英国の経済学者ケイト・ラワース氏が提唱するドーナツ経済学とは、ドーナツの形に模して、人々が地球で安全に活動できる範囲の限界点「プラネタリー・バウンダリー」(外側の円)のなかで、エネルギーや水、食料、住宅といった健康的な生活のためのニーズや男女平等の機会、政治的発言権といった社会的なニーズ(内側の円)を満たしていこうとする考え方だ。

一方で、その実現は容易なものではない。プラネタリーバウンダリーの概念を提唱しているストックホルムレジリエンスセンターが公表している最新の研究結果によれば、2023年現在でこの「プラネタリー・バウンダリー」として知られる9つの要因(※)のうち6つがすでに上限を超えている。また、人々の生活の満足度を高めるためには持続可能なレベルの2-6倍の資源が必要であるという研究もある。
※9つの項目の中には、以下が含まれる:「気候変動」「生物圏の一体性」「土地利用の変化」「淡水利用」「生物地球化学的循環」「海洋の酸性化」「大気エアロゾルによる負荷」「成層圏オゾン層の破壊」「新規化学物質」。このうち、「気候変動」「生物圏の一体性」「土地利用の変化」「淡水利用」「生物地球化学的循環」「新規化学物質」の6つの項目で境界を上回った。

Image via Stockholm Resilience Center, Stockholm University

地球環境の限界を示す「プラネタリー・バウンダリー」9項目中6つが上限超過。初の全体マッピング公開

人類は、本当に社会的ニーズを満たすために環境負荷を増やさなければならないのだろうか。同様に、環境負荷を抑えるためにはコストの上昇を許容したり幸福度を犠牲にしたりしなければならないのだろうか。ドーナツ経済学では、内円と外円の間のドーナツの可食部の中で人々が「繁栄」している状態を目指している。ここからは、ドーナツ経済学が提唱する2つのシステムと、その実装手段として、ドーナツ中心デザインを支える2つのデザイン手法を紹介していきたい。

21世紀の経済に必要な2つのシステム「リジェネレーションとディストリビューション」

ドーナツ経済学では、21世紀の経済に必要なシステムとして「リジェネラティブ(再生的)」かつ「ディストリビューティブ(分配的)」という2つの概念が提唱されている。

リジェネレーション(再生)

リジェネレーションとは、人類が地球環境に与える負荷をできる限り減らす「Less Bad」の発想から、人類の営みによって地球環境をよりよくしていく「More Good」を実現するシステムを意味する。「人類が経済活動を展開すればするほど環境が再生されていくシステムのデザイン」といった文脈で使われるが、もう少し俯瞰すると「人類の生産や消費活動が自然の生態系サイクルの中で調和しているかどうか」がリジェネラティブか否かの分かれ目となる。

たとえば、大気の組成(CO2や窒素、酸素などの割合)は元来、地球の中でちょうど良いバランスになるように設計されている。そして人類以外のほとんどの動植物たちの一生は生態系のサイクルの中で栄養分が循環されるように位置づけられている。つまり、その存在そのもの自体が誰かのGive(寄与すること)であることによって、生態系は循環を可能にしているのだ。一方で人類の活動は生態系からTake(受け取る・奪うこと)し続けてきた。Takeしてきたこと以上に生態系に何らかのGiveをするシステム(再度生み出す=re-generate)によって人類はこのサイクルの中に馴染むことができる。それがリジェネラティブなデザインである。

ディストリビューション(分配)

次に、ディストリビューションとは、「分配」という意味だ。これまで世界の富のうち90%が全人口の5%にあたる人の手に渡ってきたが、ケイト・ラワース氏によると、競争の中で経済成長することが全体のボトムアップにつながるということはありえないという(※)。歴史上どんな国でも、必ず多くの資産が一握りの人に集中してきた。つまり、社会全体の幸福度を高めるためには、富や資源、所得や知見など、あらゆるものを後世に再分配していくデザインが重要なのだ。

さらに、社会的な不平等は経済を不安定にするだけではなく、環境問題の解決も遅らせる。たとえば、タフツ大学教授のダッタ・サガト氏によると、貧困国・先進国にかかわらず不平等や格差が広がる地域においては、環境に対するコミュニティの規範というプレッシャーが弱く、環境対策が貧弱であるという。これは国家レベルの話だけではない。企業や組織の従業員や、多様な立場にいるエンドユーザーといったステークホルダーに対し、資源(ヒト・モノ・カネ・情報)は透明で公正に分配されているだろうか。

リジェネレーション・ディストリビューション、それぞれ共通しているのは「惜しみなく与える」システムデザインだ。「我々の企業・組織が環境・社会それぞれに惜しみなく与えるシステムとはどんなものか?」という問いが環境・社会を再生するカギとなる。

※ ドーナツ経済学が世界を救う2018年 ケイト・ラワース著

ドーナツ中心デザインを支える「サービスデザインとパーマカルチャーデザイン」

また、Chris Golias氏によると21世紀においてドーナツ経済学に基づくビジネスをデザインするうえで、サービスデザインとパーマカルチャーデザインの統合が必要だという。

サービスデザイン

サービスデザインとは人間中心設計(Human-centered Design)を原則としてサービスを設計すること。つまり製品やサービスを使うユーザーの利便性やニーズを中心に設計する過程のことを指す。サービスプロバイダーは理想的なユーザー体験を定義したうえで、そのクオリティを向上させるために、サービスを支えるインフラや商品の素材、サービスそのものをPDCAサイクルを回しながら改善していく。

一方で、人間中心設計によって外部化されるものができてしまう。たとえばユーザーのタッチポイントに触れる前のサプライチェーンへの配慮や廃棄後の生態系へのインパクトである。ほかにも、サービスの性質として使い捨てのような一過性のものであったり、中毒性があるようなものは環境・社会への悪影響を助長してしまうサービスデザインにもなりうる。

パーマカルチャーデザイン

ここでサービスデザインを含む、再生的かつ分配的なデザインを可能にするのがパーマカルチャーデザインである。パーマカルチャーとは、パーマネント(永続性)、農業(アグリカルチャー)、文化(カルチャー)の3語を組み合わせ、造られた言葉のことで、農業分野だけでなく、昨今では商品やサービスの環境へのインパクトに着目し、生態系の営みを模倣したデザイン手法が注目されている。パーマカルチャーデザインでは、以下3つの倫理が提唱されており、ドーナツ経済学が目指すものと通ずるところも大きい。

  • care of the earth(地球への配慮)
  • care of the people (人を大切にする)
  • fair share(余剰物を分配する→資源は貯めずに循環させよう・公正に資源を使おう)

そして下記がパーマカルチャーデザインの12原則だ。サービスデザインとパーマカルチャーデザインそれぞれ両方が組み込まれていることがわかる。(特に1、3、7、8、10、11、12)

  1. 自然を観察し、対話する
    • 自然と関わる時間をとり、自然のシステムをじっくり観察する
  2. エネルギーを集め、蓄える
    • 豊かさのピーク時に資源を集めるシステムによって、必要なときに資源を使う。
  3. 収穫する
    • 自分の活動によって、役立つ報酬を得る。
  4. 絶えず自己調整をし、フィードバックを受け入れる
    • システムを良好に機能させ続けるために、不適切な活動を見直し、抑制する。
  5. 無駄を出さない
    • 自然のサイクルの中で調和させ、消費行動と再生不可能な資源への依存を減らす。
  6. 再生可能な資源とサービスを利用し、大切にする
    • すべての資源を大切にし、無駄にしない。
  7. パターンから細部へのデザイン
    • 自然や社会のパターンをデザインの骨格とし、細部のデザインを決めていく。
  8. 隔離するのではなく、統合する
    • 適切なものを適切な場所に置き、それらがどのように協力し合って支え合うのかを理解する。
  9. 小さくゆっくりとした解決策を用いる
    • 小さくゆっくりとしたシステムは、大きなシステムよりも維持が容易であり、より持続可能な成果を生む。
  10. 多様性を利用し、多様性を大切にする
    • 多様性は、さまざまな脅威に対する脆弱性を軽減し、独自性が生かされる。
  11. 縁を利用し、縁を大切にする
    • 物事と物事の接点は、システムの中で最も価値があり、多様で生産的な要素である。
  12. 変化をクリエイティブに利用し、対応する
    • 注意深く観察し、適切なタイミングで変化を生み、ポジティブなインパクトを与える。

環境や社会を注意深く観察しながら、あらゆるステークホルダーとの歪みを作らないこと、サービスデザインにより良いユーザー体験を生むこと、誰にとっても心地よい活動によって得た収益を「収穫」ととらえ、業界全体に還元すること、そして還元されたものを出発点にPDCAを回しながらまた新たな収穫を作っていくこと。このようなパーマカルチャーデザインがドーナツ中心デザインの源になるのだ。

ドーナツ中心デザインの事例

ここでは、ドーナツ中心デザインが組み込まれていると考えられる事例を紹介していきたい。

取締役を「自然」にする会社と、株主を「地球」にするパタゴニア

イギリスの美容ブランド「Faith In Nature」は世界で初めて「自然」を取締役に任命。「自然」に代わって意見を述べ、議案への賛否を表明する人物を取締役会のメンバーに加えるための定款変更を行った。また、パタゴニアでは創業者であるイヴォン・シュイナード一族が保有する議決権株式(発行済株式の2%)は新設した「Patagonia Purpose Trust」、無議決権株式(同98%)は環境保護活動を目的とするNPO団体「Hold Fast Collective」がそれぞれ保有したことを公開した。

自然、地球を事業の意思決定者としておく仕組みを構築している両社。事業上の収益をこれまで外部性とされてきたものに分配している好事例である。

取締役を「自然」にする会社と、株主を「地球」にするパタゴニア。二つの事例から考える、企業のあり方

「サステナブルな新素材」のレシピを公開するMateriom

オランダの非営利シンクタンクが立ち上げたオンラインプラットフォーム「Materiom」では、さまざまな自然由来の材料からあらゆるサステナブルな素材をつくるためのレシピを、誰でも見ることができる。掲載されている材料は、ドラゴンフルーツやひまわりの種、卵の殻、海藻、木材の灰など多岐にわたり、全て生分解可能なものだ。多国籍のデザイナーや科学者、エンジニアなどがレシピを開発している。

素材開発のナレッジはグローバルに循環させ、素材自体はローカルで調達・循環させるというDIDO(Data in Data Out)の思想を取り入れたプラットフォームとなっている。

「サステナブルな新素材」のレシピ、オランダの実験プラットフォームで公開中

サーキュラーエコノミーを実現する「ハチの巣」型住宅

19階建て、125戸を備えた住宅が低所得者層の公営住宅として手頃な価格で貸し出された。その住宅の外観は5200本もの木や植物が茂る「森」で覆われている。このファサードによって、給水システムが完備され、ヒートアイランド現象の抑止、生物多様性の保全といった課題にアプローチしているのだ。

自然を観察し、そこから受けられる恩恵を低所得者層に還元している。この公営住宅は多くの国際賞を受賞し、2023年に建設2年目を迎えた。

世界初、オランダの低所得者向け公営住宅に現れる「垂直の森」

まとめ

プラネタリーバウンダリーの範囲内で、公正な社会を築き、幸福度高くあり続けられるポイントは、「人間の活動を生態系システムに調和させ、環境・社会に惜しみなく与えること」と「サービスデザインが融合したパーマカルチャーデザインを実装すること」。自分自身の関わる仕事や、生活の中でのあり方はどう変わっていけるだろうか。

これを行動の指針とし、自社のこれまでの歩みを見直すと、全く異なった視点からの商品・サービスの開発、ひいては組織自体や、組織で働く一人ひとりのありかたが変わっていく可能性が見えそうだ。ドーナツ経済学の概念をビジネスに生かすための具体的な手法としてはツールキットが公開されている。こちらも併せて参照されたい。

IDEAS FOR GOODでは、気候危機に対しクリエイティブであろうとするスタンスを「Climate Creative」と定義し、さまざまな取り組みや考え方を特集しています。こちらのページからぜひご覧ください。

【参照サイト】Toward Donut-Centered Design A Design Research Toolkit for the 21st Century
【参考文献】ケイト・ラワース(2018)「ドーナツ経済学が世界を救う 人類と地球のためのパラダイムシフト」

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