アムステルダム中央駅から無料のフェリーに乗って5分ほどで到着するアムステルダム北地区(アムステルダム・ノールト)は、お洒落なカフェやレストラン、斬新なホテルに加え、アーティストやスタートアップが集結し、最もクリエイティブなスポットとして注目を集めている。
そのシンボルとも言えるのが、約80,000㎡におよぶ旧造船所の敷地をリノベーションした「NDSMワーフ」だ。NDSM(The Nederlandsche Dok en Scheepsbouw Maatschappi:Netherlands dock and shipbuilding company)は、1984年に倒産したアムステルダムを拠点とする造船会社の名前で、現在も会社名がそのままエリアの名前として残されている。
1920年から80年代にかけて、NDSMは巨大タンカーを製造する世界最大の近代的な造船所として繁栄し、オランダの商業と交易を支える存在だった。しかし、オイルショックや政治の駆け引き、厳しい競争などにさらされた結果、84年にその幕を閉じた。
NDSMワーフはその後しばらく放置された状態が続いていたが、1999年にアムステルダム生まれのエヴァ・デ・クラーク氏がこの地区の再生プロジェクトを立ち上げるためにアーティストやフェスティバルオーガナイザー、建築家らと共に団体を設立し、2000年にアムステルダム北部地区役所が主催する競売で同地区の活用権を取得した。
その後、NDSMワーフは彼女の指揮のもとで旧造船所の倉庫やクレーンなどをそのまま活かしたクリエイティブな実験スペースとして生まれ変わり、多くのアーティストや起業家、若者や観光客が集まる現在のカルチャースポットへと変貌を遂げた。エリアの再生にあたってはアムステルダム市や国政府も資金を投じている。
NDSMワーフにはワークスペースに加えてレストランやカフェ、スケートパーク、宿泊施設、2,000名以上のキャパシティを持つレジデンスなど幅広い施設が点在しており、アートやテクノロジーに関するフェスティバルや展示会なども頻繁に開催されている。
自治の精神によって運営される同地区はNDSM-werf Foundation(NDSMワーフ財団)によって管理されており、商業性だけではなく文化や芸術によるエリア価値の維持・向上が特徴だ。
アーティストや起業家が集結する倉庫内のまち Art City
NDSMのメインとも言えるのが、総面積20,000㎡、高さ20m以上ある旧造船所の倉庫だ。屋上には約1400枚の太陽光パネルが設置されており、倉庫内で使用される電力の約半分が賄われている。
倉庫の内部には、約8,500㎡にわたって70以上のスタジオやアトリエが存在しており、実験的なプロジェクトを手がけるクリエイティブなアーティストや起業家ら約200人が入居するアートシティがある。
アートシティに一歩足を踏み入れれば、そこは別世界だ。個々の入居者らが自由な発想で設計、建築した施設が軒を連ねており、まさにひとつの「まち」が形成されている。
アートシティに入居している代表的なスタートアップ企業の一つが、MX3Dだ。3Dプリンティングやスマートテクノロジー、ロボティクスなどの最先端テクノロジーにより重厚長大産業に対して新たなソリューションを提供することをミッションとするMX3Dは、2018年に世界初となる3Dプリンターで製造した橋を発表して話題を呼んだ。
全長12.5メートル・幅6.3メートルのステンレス製「MX3D Bridge」は、約半年をかけて3Dプリンターにより製造された。また、この橋には数多くのスマートセンサーが装備されており、歩行者の数や速度、橋の歪みや振動状況、大気質や温度などの環境データも測定できるようになっている。この橋は実際にアムステルダムの運河に架けられる予定だ。
クレーンをそのままホテルにした「Faralda Crane Hotel」
倉庫の前にそびえたつ、ひときわ目立つクレーンが、実は宿泊可能なホテルだと言われたら誰でも驚くはずだ。高さ50メートルのクレーンをリノベーションし、6年をかけて作られた「Faralda Crane Hotel」は、間違いなく世界で最もユニークでクリエイティブな宿泊施設だ。
クレーン上部には縦に並ぶ3つのスイートルームが用意されており、屋上にはプールスパもある。価格は1泊8万円~13万円程度と高めだが、高層ビルがほとんどない平地のアムステルダムではとても貴重と言える美しい眺望と、クレーンに泊まるという特別な体験が味わえることを考慮すれば、妥当な価格と言えるかもしれない。
アーティストやDJらによるイベントも開催されており、NDSMのクリエイティビティを象徴するかのような建造物だ。
「そこにあるもの」を「価値」に変えるクリエイティビティ
NDSMワーフを歩くと、貨物コンテナを活用して作られたレストランの入口や、巨大なタンカーをそのままリノベーションして作られた海上ホテル「BOTEL」など、斬新なアイデアに満ちたリノベーション建築がいたるところで目に飛び込んでくる。また、建物のいたるところに描かれたグラフィティアートも、訪れるものの感性を刺激する。
共通するのは、すでにそこにあった造船所のレガシーをそのまま活用し、クリエイティビティの力で価値ある何かへと生まれ変わらせている点だ。
モノを運ぶ「船」から人が集まる「カルチャー」を作る場所に
かつて造船所として栄えたNDSMワーフは、現在ではアーティストや起業家らにより新たな文化を生み出し、発信する場所となった。この歴史的変遷は、NDSMワーフだけではなくアムステルダムやオランダが目指す未来の象徴でもある。
1602年には世界初の株式会社として知られるオランダ東インド会社が設立されるなど、港湾都市という地の利を活かして17世紀には欧州の商業と貿易の拠点として大きく繁栄したアムステルダム。
そのアムステルダムのこれからの繁栄を担うのは、そこで暮らす人々のクリエイティビティだ。廃棄されているモノや未活用の空間を、アーティストや起業家のアイデアの実験素材やスペースとして活用することで、新たな価値を生み出していく。
NDSMワーフには、廃棄される資源に価値を見出すというアップサイクルやサーキュラーエコノミーのプロジェクトを考えるうえで参考になるアイデアが詰まっている。ぜひとも訪れてほしい場所だ。
【参照サイト】NDSM
【参照サイト】Art Initiative Communicative Infrastructure Overseas Edition vol.1
【関連ページ】サーキュラーエコノミー