「社会のためのアクションを市民に押し付けることはできない。だが、循環につながる選択をしたくなる環境づくりはできる」そう語るのは、フィンランドのシンクタンクであり投資ファンドSitra(シトラ。正式名称フィンランド・イノベーション基金)のカリ・ヘルレヴィさんだ。
サーキュラーエコノミー(※1)は、今日のヨーロッパにおいて重要なトピックとなっている。その最前線を行く政府関連機関の一つが、フィンランドの市民生活におけるサステナビリティを推し進めるSitraなのだ。フィンランド議会が管轄しており、すべての省庁や民間企業、ひいては消費者にアプローチできる基金である。彼らは、フィンランドを代表して2016年から2025年までのサーキュラーエコノミーのロードマップを公開し、各ステップごとに実証・報告をしながらアグレッシブに取り組んでいる。
さまざまな機関と協働しながら具体的な目標に向かうこの活動は世界的にも評価され、Sitraは、2017年に世界経済フォーラム主宰の「循環経済賞」を受賞。2018年秋には日本の環境省と共同で「世界循環経済フォーラム in 横浜」を開催した。
日本でもサーキュラーエコノミーの潮流が訪れる中、フィンランドの取り組みから学べることはないか。Sitraは、循環型社会をどのように作り上げているのか。IDEAS FOR GOODは同団体でサーキュラーエコノミー・プロジェクトディレクターを務めるカリさんを訪れ、話を伺った。
話者プロフィール:カリ・ヘルレヴィ
フィンランド議会が設立したSitraのサーキュラーエコノミー・プロジェクトディレクター。金融および政治学の修士号を取得。Tekesでグリーン成長プログラムを主導し、1億ユーロ以上の資金を調達。サーキュラーエコノミーに関する彼の役割は、多様なセクターから人々に循環経済を習慣づけてもらうこと。家の改修に勤しむ一児の父。
※1 これまで廃棄されていたものを「資源」と捉え、再生させることで環境+経済双方のメリットがある経済の仕組みのこと。
今日のフィンランドとサーキュラーエコノミー
現在、オランダと並んで世界のサーキュラーエコノミー先進国と呼ばれるフィンランド。人口550万人の小規模な国家で、スピード感を持ってさまざまな官民連携プロジェクトを進めている。2016年に発表したサーキュラーエコノミーに関するロードマップは、国単位では世界でも初めての試みとなった。
Sitraが2019年に実施した調査によると、市民の87%が「サーキュラーエコノミーへの移行が重要」だと捉えているという。ヘルシンキでは洋服を新しく作って売るビジネスではなく、貸し出すビジネスが誕生したり、廃棄物ゼロのレストランが地元民に愛されていたりと、各々がサーキュラーエコノミーを理解し、具体的な事業や消費行動に落とし込んでいる。
フィンランドでこれだけサーキュラーエコノミーが浸透している背景として、カリさんはこう語った。
カリ:サーキュラーエコノミーは、私たちにとって目新しい概念ではなかったんです。国土の約7割を森林が占めるフィンランドでは、首都のヘルシンキでも緑が多いことからもわかるように、人と自然の距離が近い。自然への感謝の気持ちが根付いており、もともとウェイスト(廃棄物)はないと捉えられている。最近では、課題だと思っていることに対するイノベーションを起こす学校教育もされています。小さな国だから、変化を起こしやすいこともあるかもしれませんね。
ただし、Sitraが掲げる「経済・社会・環境の3分野で2025年までにフィンランドを世界有数のサーキュラーエコノミー大国にする」という目標には、まだまだ到達していないという。フィンランドの中でも、サーキュラーエコノミーと聞くと、単に資源をリサイクルをすることだと捉える人も多いそうだ。
だからSitraは、一歩ずつ段階を踏んでサーキュラーエコノミーの認知や行動を広げるロードマップを実施する。これは政府だけでなく、各省庁や自治体、民間企業、そして消費者に長期的な視点で社会をつくるインスピレーションを与え、独自のサーキュラー・アクションをしてもらうための指標だ。
2025年のサーキュラー大国に向けた4つの柱
では、具体的にどのようなロードマップを描いているのだろうか。Sitraは今、民間団体やNGOなどを含めた350以上の意見を取り入れ、サーキュラーエコノミーの実現に向けて4つの戦略目標を掲げている(2019年3月改訂版を掲載)。
1. 循環型の経済成長
フィンランドは、サーキュラーエコノミーへの取り組みは年間数十億ユーロの価値を生み出し、世界市場でのフィンランド企業の競争力を高め、数万人の新しい雇用を生み出すと予測。パリ協定で策定された環境目標「地球温暖化による気温上昇を従来の2度から1.5度へ制限する」に2030年までに達するには、約90兆米ドルの投資が必要だとしている。
2. 低炭素エネルギーへの移行
フィンランドは、未来のエネルギーは太陽光や地熱など持続可能な方法で生産され、再生可能で低炭素であるべきとしている。パリ協定で策定された上記の環境目標を達成すると共に、気候およびエネルギー分野でさらなる野心的目標を検討する。
3. 天然資源の消費のあり方を変える
フィンランドは、あらゆる地域資源や素材を、使用後に廃棄するのではなくまた新たな資源とし、循環のループを閉じることを目指す。そして、世界のどこで投資を行えば、工業生産の環境への有害な影響を最も軽減できるかに注意を払う。これは、金属などの天然資源の不足の解決のためにも重大である。
4. 循環型経済を日常の“当たり前”にする
フィンランドは、行政、企業、市民などすべてのセクターが日々の選択を変えることを目指す。フィンランドが排出する温室効果ガスの約70%は、住宅、輸送、食料に関連しているため。2010年の排出レベルと比較し、毎日の排出量を最大37%削減する。シェアリングエコノミーなどの新たな消費モデルによって、多くの人が日常の中で何かを諦めることなく実装できると予測している。
改訂版のロードマップの草案は、2018年10月から11月まで市民の対話プラットフォーム「Otakantaa」上で公開されており、フィンランドのすべての市民が議論することができた。こうして定められた4つの目標を達成するためには、あらゆるステークホルダーとの連携が必要である。
サーキュラーエコノミーを実現する鍵は?
一部の団体がどれだけサーキュラーエコノミーに取り組んでも、最終的な人々の取り組みを変える権限はない。第一産業など伝統的に続いてきた業界は特に、変えるのが難しいとカリさんは言う。しかし「循環につながる行動をしたくなる環境づくりはできる。大切なことは、人々に寄り添い、その行動にサポーティブ(協力的)であることです」と彼は続けた。民間企業・団体に対しては、Sitraはサーキュラーエコノミー実現に貢献しうるスタートアップを選定し、支援を行っている。対象となる基準は、アイデアがユニークで、経済と環境にプラスの影響をもたらし、ビジネスとして確立でき、今後伸びしろがあることだ。Webサイトに企業のリストを載せることで、循環型の経済においてどのようなビジネスが成功するかを提示するという意図もある。2020年2月現在、124のビジネスがリストアップされている。
▶ The most interesting companies in the circular economy in Finland
消費者レベルでは、今自分が直面している課題をわかりやすく理解してもらうため、「生活」「交通」「食べ物」「消費」の4つの分野から日常生活のサステナビリティをはかるツールを開発した。家の大きさや部屋の設定温度、車での移動時間、乳製品を食べる頻度、サマーコテージの有無(フィンランドの一般的な別荘)などから、自分のどの行動を変えていくべきなのかを知るものだ。
行動のヒントとなる短い記事も一緒に提示してくれる。たとえば、「家の暖房コストを半分に抑える方法」や「シャワーの時間は何分間なら水を節約したといえるのか」「車の共有で知らないうちにお金を稼ぐ」などだ。
また、Sitraは教育もサーキュラーエコノミーを実現するための鍵だと捉えている。フィンランド国立教育委員会と協力し、小学校3年生から6年生がサーキュラーエコノミーを学ぶための教材の開発を行うほか、学校教師に向けた学びの場も提供している。小学校から大学、大人まで、はじめは遊びながら、地球環境や私たちの日常の選択の重要性について学び続けるという。
カリ:大事なのは、子供に教育するだけじゃなくて、教える側も自身の認識とやるべきことをアップデートし続けていくことです。この先の未来がどうなるかなんて、誰にもわからないので。
Sitraが目指す循環型の未来
カリさんは、Sitraを「Future house(未来の家)」と呼んでいた。彼らのゴールは、変化のカタリスト(=社会を動かす存在)になることだという。2020年秋にはカナダのトロントで世界循環経済フォーラムを開催し、オーディエンスを変えながら、サーキュラーエコノミーの概念を広めていく予定だ。
Sitraが描く2025年のフィンランド人の日常生活は、たとえば次のようなものである。
- 住宅のエネルギー効率が向上し、公共交通機関の利用やモビリティのシェアが拡大し、自動車は代替燃料でまかなわれる
- 市民は植物ベースの食品を優先的に食べるようになり、食品ロスの量は減る
- シェアや消費者間のP2Pサービス、修理サービスの使用が増加する
- さらに多くの学生が、教育の一環として当たり前にサーキュラーエコノミーの原則を学ぶようになる
持続可能な選択をすることは、市民にとって我慢をすることではなく、気軽で魅力的なことでなければならない、というのがSitraの考えだ。教育を通してサーキュラーエコノミーにつながる選択肢の需要を増やし、それに企業が対応する形で良いサービスを提供し、Sitraが支援する。すべての省庁とつながり、企業と市民の両方に大規模なアプローチができる公的な基金だからこその大胆な施策である。
長期的な視点から持続可能な社会を作り上げ、フィンランドの経済の競争力強化を目指すSitra。彼らが描くロードマップの今後はどうなっていくのか。少し先の未来では、またアプローチ方法が変わっているかもしれないが、日本でサーキュラーエコノミーを推進する際のお手本を一つ見せてくれる団体だった。
【参照サイト】Sitra
【関連ページ】サーキュラーエコノミー