最近は日本でも「サーキュラーエコノミー」という言葉が徐々に浸透しつつあるが、その概念はとても幅広い。戦略コンサルティング会社のアクセンチュアが提示するサーキュラーエコノミーモデルの類型だけでも「再生型サプライ」「回収とリサイクル」「製品寿命の延長」「シェアリング・プラットフォーム」「サービスとしての製品(Product as a Service)」の5つがあり、それぞれの特徴は大きく異なっている。
また、一つのプロダクトに関する話だとしても、原材料、エネルギー、製品デザイン、使用後の回収モデルなど、テーマによって「サーキュラー(循環型)」の意味は変わってくる。そのため、企業が実際に自社の事業や製品をサーキュラーエコノミー型モデルへと移行しようと思っても、どのようなアクションをどれだけとれば、実質的な「サーキュラリティ(循環性)」が上がるのかを判断するのはとても難しいのが現状だ。
この問題を解決し、サーキュラリティを単なる概念ではなく測定可能なデータとして可視化することで、企業の具体的なアクションを支援しようと取り組んでいるアムステルダムのスタートアップが、Circular IQだ。
Circular IQは、製品ひとつひとつに「Product Passport(製品パスポート)」と呼ばれるアイデンティティを付与し、その製品のサーキュラリティを可視化することで政府や企業のサーキュラー調達やサーキュラーエコノミーへの移行を支援してくれるオンラインソフトウェアだ。
「Cradle to Cradle認証」で知られるCradle to Cradle Products Innovation Instituteで欧州地域の責任者を務めていたRoy Vercoulenさんが2016年に創業した。現在は、監査法人大手のKPMGや規格認証大手のロイド・レジスターらともパートナーシップを締結し、サーキュラーエコノミーへ移行に欠かせない新たなデータインテリジェンスツールの開発に取り組んでいる。
今回IDEAS FOR GOOD編集部では、Circular IQのコンセプトや仕組み、なぜサーキュラーエコノミーにおいてデータの重要性が高まっているのかについて、創業者のRoyさんにお話をお伺いしてきた。IT企業としてのサーキュラーエコノミーに対するユニークなアプローチ事例として、その要点をご紹介したい。
サーキュラーエコノミーの実現において鍵を握るのは、正しいデータ
そもそも、Royさんはなぜ「製品のサーキュラリティをデータで可視化する」というテーマで事業をスタートしたのだろうか。その背景には、Cradle to Cradle Products Innovation Institute時代の経験がある。
「Cradle to Cradleはとてもビジョナリーで強固なデザイン哲学があり、素晴らしいコンセプトだったのですが、その基準の高さゆえに企業が実行するのが難しいという課題がありました。そのため、私は彼らがもっと簡単な方法で循環型モデルへの移行を実現できるようにしたいと考えていました。より大きなインパクトを生み出したかったのです。十分な予算とビジョナリーなリーダーを持つ企業であればCradle to Cradle認証がとれるかもしれませんが、そうではない企業にとっては、より小さなステップが必要です。」
「また、サーキュラーエコノミーにおいては何よりもデータマネジメントと正しい情報こそが鍵を握ります。サーキュラーエコノミーにおけるもっとも重要な要素の一つは、素材や部品、製品の価値を保持しつづけることですが、そのためには詳細かつ信頼できる情報が必要だからです。もし正しい情報がなければ、製品の中に何が含まれているかが分からず、廃棄に伴うリスクも非常に大きくなってしまいます。だからこそ、私は企業や政府が製品の中に含まれる素材や部品に関する情報を収集し、管理できるソフトウェアを開発することにしたのです。」
Cradle to Cradle認証は多くの企業にとってはハードルが高く、最初の一歩を踏み出すことが難しい。そのため、まずは現状把握からスタートし、改善の優先順位を決めて一つ一つサーキュラリティの向上に取り組めるようにと開発されたのがCircular IQなのだ。
製品のサーキュラリティを可視化する「Product Passport」
Circular IQのコアとも言えるのが、製品のサーキュラリティを可視化する「Product Passport(製品パスポート)」の存在だ。Product Passportには、その製品の中に含まれる素材や部品についてなどの詳細な情報が記録される。私たち人間は一人一人パスポートを持つことができ、それによって自身の名前や国籍、生年月日などのアイデンティティを証明することができるが、同じ発想を一つ一つの製品にも適用しようという発想だ。
「もちろん、パスポートがすべてを解決してくれるわけではありません。もしあなたが仕事に応募するとしたら、レジュメが必要ですよね?目的によって、異なるタイプの情報やレポートが必要になります。それこそが、私がソフトウェア開発をはじめた理由でもあります。Circular IQにより、データ収集プロセスがより効率的になり、複数のレポートを出すことができるようになるのです。」
「サステナビリティ業界によくある課題として、アニュアルレポートを作成するときに、認証Aのためのデータ収集、認証Bのためのデータ収集、上司に報告するためのデータ収集など、それぞれ個別のプロセスでデータを集めなければいけないという現状があります。もし私たちがとても強固な一つだけのデータ収集プロセスを持ち、それをサプライチェーン上にも共有でき、その信頼できる一つのデータセットからあらゆる種類のレポートをつくることができたとしたらどうでしょう?私たちはより効率的になり、透明性も高まります。サプライチェーンともポジティブインパクトの創出に向けて協働しやすくなるはずです。」
Royさんは、Circular IQを利用する事例として、企業がリモコンを購入する事例を挙げてくれた。たとえばリモコンをCircular IQに登録すると、リモコンの各部品がどこでどのような素材を使って作られたが詳細に分かるようになる。すると、サプライヤーからリモコンを購入したい企業は、リモコンのパーツのうち、カバーとキーパッドの素材を変えることで環境負荷が10%下げられる、また、その原材料を地球の裏側から持ってくることを辞めればさらにサーキュラーにはなるが、それにより減らせる環境負荷は1%しかないので代替する優先順位は高くない、といった具合に、調達したい製品のうちどこをどれだけ改善すればもっとも効率的にサーキュラリティを高めることができるのかを特定できるのだ。
どっちが本当にサーキュラー? サーキュラーエコノミーが抱える矛盾
Royさんによると、Circular IQのように正確なデータに基づいて製品のサーキュラリティを可視化するツールの必要性が高まっている背景には、サーキュラーエコノミーが盛り上がっているオランダ特有の事情もあるという。
「オランダでは、多くの企業がサーキュラーエコノミーについて話しています。サーキュラーチェア、サーキュラーカメラなどいろいろありますが、『どこがサーキュラーなのか?』と聞くと、『再生可能エネルギーを使っているからサーキュラーです』と返ってくることまであり、サーキュラーの基準は曖昧で、多岐にわたっています。」
「私たちは行政の調達担当者もサポートしていますが、彼らが『サーキュラーな椅子を探している』というとき、具体的にどこに焦点を当てたいのかを明確にしてもらいます。『リユースのポテンシャルを最大化したいのか?』『モジュール式(解体可能な)チェアが欲しいのか?』『素材の使用量全体を減らしたいのか?』それとも『生分解可能な素材を使いたいのか?』など、一言でサーキュラーといってもそれらは大きく異なるからです。」
「また、サーキュラーエコノミーの面白い点は、ときにいくつかの側面において矛盾が発生してしまうという点です。たとえば、製品寿命をできる限り伸ばすことはとてもサーキュラーですが、一方で100%生分解性の素材を使うこともサーキュラーです。しかし、これら両方を一つの製品で実現することはとても難しいですよね。私たちは製品をデザインするとき、選択を迫られるのです。だからこそ、目標や戦略に沿った選択ができるよう、彼らが製品において何を重要視しているのかをより具体的にする必要があるのです。」
全く異なる二つの家具メーカーから「これはサーキュラーな椅子です」と提案されたとき、どちらの椅子を購入することがより自社のサーキュラリティ向上につながるのか。この判断は、信頼できるデータが手元になければ難しい。また、一言でサーキュラーエコノミーといっても、製品寿命の延長(耐久性)と生分解性といったように相反する特徴を持つ要素もあるため、企業は自社として何を大事にしたいのかを明確にする必要もあるのだ。
サーキュラーエコノミーの普及に伴い何もかも「サーキュラー」と謳われるようになると、グリーンウォッシングと同じようなことが起こってしまいかねない。Circular IQは、そのような潮流に歯止めをかけ、企業や行政の担当者により正しい選択をしてもらうための意思決定支援ツールなのだ。
従来のLCA(Life Cycle Assessment)の課題とは?
製品が持つ環境負荷について定量的に調査し、把握するという点では「LCA(Life Cycle Assessment):ライフサイクルアセスメント」という手法も従来から行われてきたが、LCAと比較して、Circular IQはどのような点が異なるのだろうか?
「LCAの課題の一つは、そもそもLCAはイノベーションを促進する目的で作られたという点です。LCAはあくまで企業内のチームに対してどこに注力すればよいかに関する一般的な視点を提供するもので、特定の具体的な情報までは提供してくれません。最近ではLCAもコミュニケーション目的で利用されていますが、そもそもそれを意図して作られたものではないのです。」
「また、LCAの問題の一つは、どれがサプライヤー経由の情報で、どれが一般的なリファレンスデータなのかなど、正確な情報がどこにあるのかが分からないという点です。リファレンスデータは業界の平均データや情報の集まりにすぎません。(座っているテーブルを指さして)このテーブルの中に一般的に何が含まれているかは分かりますが、このテーブルの中に本当に含まれているものは分からないのです。サーキュラーエコノミーでは、製品に関する一般的なデータだけを持っていても、価値の維持にそれほど役立ちません。もしこのテーブルの価値を維持したいのであれば、このテーブル固有の情報が必要なのです。Circular IQのProduct Passportが焦点を当てているのは、テーブル一つ一つの固有な情報です。私たちは異なる椅子に対して、一つのLCAを当てはめています。しかし、実際には一つ一つの椅子は異なるものです。色も違えば、状態も違います。この椅子はそっちの椅子よりも少しすり減っていますよね?必要なのは、より細かい情報なのです。」
LCAによって分かるのはあくまで製品の概要だけであり、データも業界平均データなどを用いるため、製品一つ一つのリアルな情報までは分からない。Circular IQが可視化したいのは、そのリアルな情報だ。
「中には『LCAをやっているので、この製品についてはすべてを知っています』と考える人もいるかもしれませんが、それは時として誤解をもたらします。私たちが実現したいのは、企業の製品に対する見方を変えることです。たとえ同じ椅子だったとしても、繊維のサプライヤーを変えたり、製造工程が変わったり、鋳型を変えたり、縫製用の糸を変えたのであれば、それらは異なるProduct Passportを持つべきです。だから、私たちは顧客に対して、より具体的な情報を、より頻繁に提供するように求めています。」
製品を購入後のデータも記録する
サーキュラーエコノミーにおいては、よりサステナブルな素材をつかったり、リサイクルしやすい製品デザインを考えたりするだけではなく、製品寿命を長くするためのリペア(修理)なども重要になる。そこで、Circular IQの顧客は、製品の購入後の情報についてもアップデートするようにサプライヤーに求めているという。
「我々の顧客の多くが『製品を購入するときにProduct Passportが欲しい。また、それを誰かがメンテナンスしたら、どのようにメンテナンスされたかも知りたい』と言っています。もし椅子が修理され、繊維の一部が変わったり、車輪部分が変わったりしたのなら、それにより製品の部品も変わるわけですから、その詳細を知りたいですよね?そこで、彼らはサプライヤーに対してあまり負荷がかからないよう、年に一度はProduct Passportを更新するように求めています。」
製品が購入後にどのようにリペアされたかも記録されるようになれば、リユース市場における製品の信頼性も高まり、結果として新たに製品を購入する場合と比較してメンテナンスをする経済的合理性が高まる可能性もある。サーキュラーエコノミーへの移行を妨げる障壁としては、バージン素材の価格よりもリペアなどにかかる人件費のコストが高くつくという点が語られることも多いが、信頼できるデータがあれば、その現状を変える一助にもなるかもしれない。
データの信頼性をどう担保するか?
上述したように、サーキュラーエコノミーへの移行を進めるうえで鍵を握るのは、より詳細かつ信頼できるデータだ。しかし、そもそもCircular IQに登録されるデータ自体の信頼性については、どのように担保するのだろうか?
Royさんによると、データの信頼性を高めるためには、異なるステークホルダーから情報を提供してもらうことが重要だという。たとえば、とある企業が登録したデータについて、その企業と取引している複数のサプライヤーやパートナーからもデータをもらうことでデータの正確性や信頼性を高めているとのことだ。
また、Circular IQでは、規格認証大手のロイド・レジスター社と連携し、データの信ぴょう性を保証するための監査プロトコルも開発したという。Circular IQでは、顧客が登録するとその顧客のサプライヤーはアカウントを無料で作成することができるようになっている。さらに、アップされたデータの所有権はユーザー自身が保持し、Circular IQ自体は登録されたデータのオーナーにはならない仕組みとなっている。アカウント同士で登録したデータをシェアする場合は、登録した全ての情報やその補足資料に対する「サプライヤー適合宣言書(製品や部品の内部が登録データと適合していることを示す証書)」を発行する必要があるという。
この仕組みにより、登録されたデータは直接的な関係を超えて開示されることはなく、顧客は安心して自社製品に関する情報を共有することができるようになる。また、サプライヤー適合宣言書が発行されると、唯一データへのアクセス権を持つロイド・レジスターがその内容をチェックし、異なる複数のデータリソースや提示された証拠資料をチェックしながら、その信頼性を監査するようになっている。サプライヤーは、「この製品には30%リサイクル素材を使われている」と登録したら、その証拠を合わせて提示しないといけないのだ。
必要なのは、具体的なアクション
RoyさんがCircular IQを通じて実現したいのは、サーキュラーエコノミーをただの概念で終わらせるのではなく、企業や行政に、データに基づいて具体的なアクションを起こしてもらうことだ。サーキュラーエコノミー推進機関のエレン・マッカーサー財団が公表しているサーキュラーエコノミーの概念図、通称「バタフライ」図をスライドで示しながら、こう熱く語ってくれた。
「このサーキュラーエコノミーの図を見たことがありますよね?この図はみんな知っていますが、誰もその使い方を知りません。それが問題なのです。私たちに必要なのは、このモデルをアクション可能なものにすることです。それこそが、最初の質問だった『Why did you start Circular IQ?』に対する答えです。私たちは全員このモデルを知っていますし、新しいモデルも必要ありません。すでにここにありますから。私たちに必要なのは、行動です。今すぐに行動することなのです。そしてそれはスケーラブルなものでなければなりません。図だけをみて『これは大事だ!よい仕事をした!』と言ったところで、何のインパクトも生まれません。私たちは、行動を起こす必要があり、だからこそそのためのツールが必要なのです。」
Circular IQは、データ分析のためのツールではない。サーキュラリティ向上に向けた改善の優先順位を具体的に特定し、行動に移すためのツールなのだ。サーキュラーエコノミーという概念は理解したけれども、具体的に何から取り組んでよいのか分からない。そんな人にこそ、Circular IQはぴったりだ。
ドミノ・エフェクトで世界を変える
最後に、Circular IQの今後の展望についてRoyさんに訊いてみた。
「私たちのビジョンは、ドミノ・エフェクトを起こすことです。もし私が調達担当者で、Product Passportを欲しており、大きな契約をあなたに上げるとします。すると、あなたは私の調達基準に従おうと、Product Passportを完成させるために複数のサプライヤーに対して質問をはじめることでしょう。これが、成長エンジンの一つです。また、私たちは、WBCSDやKPMGのような組織とも協働しており、彼らはCircular IQを自身の製品ポートフォリオに組み入れてくれています。こうしたパートナーシップが、もう一つの成長エンジンです。」
とある企業がよりサーキュラーな調達を実施したいと考えれば、その影響はサプライチェーンを通じて多くの企業へと広がっていく。その変化が繰り返されることで、一つの企業、一人の担当者から始まったインパクトが、どんどんと増幅されていく。Circular IQは、ドミノ・エフェクトによりサーキュラーエコノミーを普及させていく装置でもある。また、同時にグローバル組織とも連携を進めることで、最短距離でインパクトを生み出していく。Royさんの描く戦略はとても明確だ。
Circular IQは今年の1月に開催された世界経済フォーラムの中で、WBCSD(World Business Council for Sustainable Development )と協働で、企業の自社のサーキュラリティをセルフモニタリングできる新たなオンラインツール「CTI(Circular Transition Indicators)Tool」をローンチした。これは企業に対してサーキュラーエコノミーへの移行に向けた共通言語と共通のフレームワークを提供するもので、Circular IQによると、ローンチから5週間ですでに100以上の登録があったそうだ。無料から利用可能となっており、多くの企業にとって心強い味方となりそうだ。
取材後記
いまの世の中で私たち人間がモノを大切に扱うことができていないのは、それらをいつでも代替可能な、大量に生産された名もなき製品のうちの一つ、として扱っているからかもしれない。しかし、もし一つ一つの製品に、私たちと同じようにアイデンティティが付与され、どんな歴史をたどって今そこに存在しているのかが分かるようになれば、どうだろう。大量生産品の一つではなく、固有名詞として立ち現れる製品に対しては、私たちはもっと丁寧な態度をとるのではないだろうか。
Circular IQは、生産者と消費者が分断されたことで失われた信頼を、テクノロジーの力で取り戻そうとしている。どうせ座るなら、誰がどこで作り、修理してくれたのかが分かる椅子に座りたい。Royさんの話を聞いて感じたのは、結局のところ、作り手と買い手がお互いに顔が見える関係をどのように作るかが大事だということだ。
【参照サイト】Circular IQ