今年の6月末、北極圏に位置するロシア・ベルホヤンスクで、過去最高気温である38℃を記録したことが話題となった。日本においても、気象災害が激化しているとして、環境省が「気候危機宣言」を発表した。異常気象による豪雨や台風、猛暑が続き、地球温暖化の深刻さを感じている人は多いのではないだろうか。
そのような中、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」をミッションに掲げるアウトドア企業のパタゴニアは、気候変動の解決策に繋がる「リジェネラティブ・オーガニック農業」を活用した製品の販売を開始した。同社は、7月30日からウェブサイトや店頭でリジェネラティブ・オーガニックに関するキャンペーンを展開している。
気候変動とアパレル産業の関係
なぜ、アウトドア企業のパタゴニアが気候変動に取り組むのか。そこには気候変動とアパレル産業の密接な関係がある。
米環境コンサルティングQuantisの報告書によれば、世界のアパレル業界と靴業界を合わせると、世界全体の8%(約40億トン)の温室効果ガスを排出している。これは、日本全体の排出量の約3.6倍、EU全体の排出量に匹敵する。排出の大部分は、繊維の生産、糸の加工、染色と仕上げに由来している。今後アパレル業界の排出量は49%増加すると言われている。
アパレル産業が排出する温室効果ガスを問題視したパタゴニアは、1996年以降オーガニックコットンを使い続けてきたが、未だオーガニックコットンの普及率は1%にも満たない。このような状況を危惧し、再生可能エネルギーの導入など様々な二酸化炭素排出削減の取り組みに注力する中、今回さらに注目したのがオーガニックコットンの生産方法だ。
これまでの工業型の農業は、共生関係にあった農業と畜産を分け、原料から生産、消費、廃棄という工場型の生産方法を選択してきた。それにより、短期的にはより多くの食物が安価に生産できるようになった一方で、炭素排出、淡水使用、生物多様性の損失といった問題を引き起こし、環境を悪化させてきた。
パタゴニアは、この農業の在り方を変えていくことで、気候変動の緩和に貢献することを考えている。それがリネジェネラティブ・オーガニック農業である。
土壌が健康だと気候危機の緩和に役立つ
リネジェネラティブとは英語で「再生」を意味する。オーガニックは環境負荷が従来の農法より少ないという点で優れたものだが、リジェネラティブ・オーガニック農業は環境負荷を低減するだけではなく、実施すればするほど環境や土壌が改善・再生され、従来の力を取り戻すことを可能にする。
米オハイオ州立大学の土壌科学者ラッタン・ラル教授は、土壌を耕さない保全農業で大気中の二酸化炭素を土壌に吸収させ、気候変動の緩和にも貢献できることを提唱している。
人間活動は化石燃料を燃やすことによって多くの二酸化炭素を排出してきたが、実は農業が森林や草原を切り拓いて農地にすることで、土壌から炭素が二酸化炭素として大気に移動し、大気の二酸化炭素濃度を高めている。農業が大気中の二酸化炭素の大きな排出源になっているのだ。
ラッタン・ラル教授は、土壌を耕さない保全農業で、逆に農地に二酸化炭素を吸収できると提唱した。土壌攪乱(どじょうかくらん)を防ぐこと、地表を有機物で覆うこと、輪作・混作の3つが原則で、それらを同時に行うことで土壌に二酸化炭素を吸収できると言う。
毎年増加している大気の炭素は年間4億3000万トン。地球全体の農地にある土壌炭素1兆トンの0.4%に相当する。もし土壌炭素を1年に0.4%増やすことができれば、地球上の二酸化炭素濃度の上昇を相殺できる。保全農業で気候変動に対応できる計算だ。
パタゴニアが取り組むリジェネラティブ・オーガニック
これまでパタゴニアは、気候変動を解決するために、二酸化炭素排出量の削減や再生可能エネルギーへの転換をおこなってきた。具体的には、2025年までにウールやオーガニックコットンなどの再生可能天然素材もしくはリサイクル素材のみで製品を製造することで二酸化炭素の排出を抑え、カーボンニュートラル(実質排出ゼロ)のビジネスの実現を宣言している。
これらの施策に加え、今回パタゴニアがはじめた取り組みがリジェネラティブ・オーガニック農業だ。リジェネラティブ・オーガニック農業を活用したコットンと食材の調達によって炭素を土に戻すことで、気候変動の緩和に貢献していくと言う。
2017年、パタゴニアは他の米国を中心としたブランドと協力して、リジェネラティブ・オーガニック認証の制定を支援した。これは、土壌の健康、動物福祉、農家と労働者に対する公平性に対する厳しい要件を含む包括的な農業認証だ。それぞれの分野で既に存在する認証制度を土台に、既存の認証制度がカバーしきれない条件を基準化して追加した、包括的で世界最高水準のオーガニック認証と言える。
この認証の運営と監督をおこなう第三者機関としてリジェネラティブ・オーガニック・アライアンスがある。このアライアンスの試験的なプログラムに、パタゴニアのパートナー農家が参加し、リジェネラティブ・オーガニックに関わる製品の販売に繋がった。
パタゴニアは、リジェネラティブ・オーガニック認証のパイロットコットンを育てるために、インドにある150以上の農場と提携。その提携農家から仕入れたコットンを使ったTシャツの販売を開始した。まだ試験的なもので認証はとれていないが、現在取得に向けて調整を続けている。
インドのコットン農場では、コットンの間にウコンや唐辛子、マリーゴールドなどが植えられている。コットンの畝(うね)と畝の間に他の作物を栽培する間作により、収穫高と土壌の健康を向上させることができる上、農家の収入の足しにもなっている。また、合成殺虫剤、合成肥料、遺伝子組み換え技術、抗生物質および成長ホルモンは使用していない。殺虫剤は、昔ながらの手法で5種類の植物の葉をすりつぶして自然由来のものを作っている。伝統的な知識も使いながらリネジェネラティブ・オーガニックを進めているのだ。
パタゴニアの食品事業であるパタゴニアプロビジョンズからは、リジェネラティブ・オーガニック認証を取得した製品が販売された。ニカラグアのソル・シンプレという農場で栽培されたマンゴーを使用した製品だ。
ソル・シンプレでは、アグロフォレストリーと呼ばれる森林農業をおこない、リジェネラティブな農業を経営している。マンゴーを育てる農地では、バナナやコーヒーなど様々な種類の植物を一緒に育てることで生態系を維持している。
また、社会的公平性という点では、ソル・シンプレの農家の3分の1が女性だ。積極的にシングルマザーを雇用し、彼女たちの子供の学費を捻出できるような仕組みを整えるなど、社会改革にも力を入れている。
一枚のTシャツやおやつを買うことが気候変動の解決策の一部になる
リジェネラティブ・オーガニック農業で育てられたコットンから製造されたTシャツや、マンゴー。このTシャツやマンゴー自体が気候変動を止めるのに直接役立つわけではない。しかし、原材料であるコットンやマンゴーの栽培方法を変え、農業の在り方自体を変えることで、土壌に炭素を戻すだけではなく栽培農家の利益の向上、地域の生態系の回復にも繋がるのだ。
リジェネラティブ・オーガニック農業は、現在の主流であるブランド視点での効率性や採算性を過度に重視した製品開発とは正反対のものと言える。農家や農場、地球の生態系からの視点を尊重する丁寧な製品開発のもとでできあがった製品だ。誰かが損をする製品開発ではなく、売り手、作り手、買い手、そして地球にとっても優しい製品を選択することが、消費者にとって身近な気候変動の解決策になるのではないだろうか。
【参照サイト】リジェネラティブ・オーガニック(RO) | パタゴニア | Patagonia
【参照サイト】北極圏で前代未聞の38℃を記録、何を意味する? | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
【参照サイト】環境省_小泉大臣記者会見録(令和2年6月12日(金) 11:06 ~ 11:38 於:環境省第一会議室)
【参照サイト】Measuring Fashion: Insights from the Environmental Impact of the Global Apparel and Footwear Industries | Quantis