飲食業界のあり方を変えていくため、日本でより多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している日本サステイナブル・レストラン協会(以下、SRA)による連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」。
18回目の今回は、大阪府の最北端の能勢町に位置し、山や水田に囲まれた「能勢 日本料理 新(あらた)」を取り上げていく。
能勢町へは、新大阪から車で40分。多くの希少な野生動植物が生息・生育する「生物多様性のホットスポット」に選定されている。6月には蛍が大量に舞う自然豊かな場所だ。
能勢 日本料理 新の大きな窓からは田園風景が広がり、虫や鳥の鳴き声が聞こえてくる。野生の鹿がレストランを訪れることもあるそうだ。店舗には築150年の古民家や廃材が使われており、店内では、古い器や照明などが大切に使われている。
そんな同店では、約2年前の開業当初から、土地の食文化をトータルに愉しむ「ガストロノミーツーリズム」の考え方を大切に、五感を使った食体験を通じて、サステナブルな食文化の継承と地方創生を目指してきた。今回は、能勢 日本料理 新の店主である中井建さんに、郊外のレストランだからこそできる地産地消や地域活性化の可能性について話を聞いた。
話者プロフィール: 中井建(なかい・たける)さん
日本料理新オーナーシェフ、日本食文化海外普及活動家。2020年、外務大臣表彰受賞。元EU欧州連合日本政府代表部公邸料理長。外務大臣表“彰優秀公邸料理長”受賞。京都祇園料亭、北新地鮨店で14年研鑽。欧州連合日本政府代表部(ベルギー王国・ブリュッセル)の公邸料理長を2016年~4年間務める。大使と共に世界各国からのゲストを迎え、日本との友好関係構築に貢献。2021年、優秀公邸料理長として外務大臣表彰受賞。
食で地域を活性化。郊外レストランの可能性
能勢 日本料理 新を開業した背景には、中井さんがベルギー滞在中に知った「ガストロノミーツーリズム」がコンセプトにあった。ガストロノミーツーリズムとは、「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、その土地の食文化に触れることを目的とした旅」のことだ(※)。
「昔ベルギーで働いていたことがあるのですが、ヨーロッパでは、“食”とは時間を愉しむことでした。郊外にレストランがたくさんあって、自然の中での美味しい食事を求めて旅に出る文化がありました。それが、郊外の活性化につながっていたのです」
日本ではレストランなどの飲食店は都会に集中しており、食材の生産者と消費者は切り離されている。自分たちが食べている食材のほとんどは出所が分からず、地方の生産者も年々減っている状態だ。
「ここ能勢も同じで、人口は1万人を切り、後25年で約半分になると言われています。また、人口の約6割が65歳以上と少子高齢化も進んでいて、強い危機感を抱いています。レストランを開業しようと思ったときに、ただビジネスとしてやるのではなく、能勢の里山を守りながら、地域を活性化していくことが使命だと感じました」
そう話す中井さんは、レストランを経営するだけでなく、能勢で新たな経済の仕組みを作ることで、能勢にある食材を守り循環を生もうとしている。例えば、地元の食材を商品化し、ふるさと納税を通して寄付を募り、得た資金の一部を能勢の里山地域創生事業に寄付する活動や、能勢町と連携したホップ(クラフトビール)作りなども行っているという。
「都会のシェフと、能勢にいる自分ができることは違うので、ここでできることをやっていきたい」と中井さんは語る。
地元の食材と自然を大切にするレストラン
能勢 日本料理 新のコース料理では、能勢で育ったものを積極的に使うことで地産地消を実践しており、お米も野菜も地元、能勢産だ。やぎのチーズ「フロマージュ・フレ」も車で10分の場所にある「るり渓やぎ農園」から仕入れているという。
「自分のレストランを能勢に出した理由は、地元食材の豊富さです。北に行ったら丹波篠山があって、左に行くと丹波、三田、亀岡、猪名川町と関西の食の宝庫に囲まれています。また、水が綺麗で超軟水なので、日本料理にとても適しています」
新鮮な能勢の食材をふんだんに使った料理の美味しさは、格別だ。
「最初は、食材を遠くから仕入れたりもしていたのですが、持続可能ではないし、ここでわざわざ食べなくても都会で食べられるな、と思ってしまいました。能勢を中心にできるだけ小さい円を描き、その中から選んだジビエや川魚など地域の食材を仕入れています」
また、能勢 日本料理 新では、野菜の皮や根っこ、茎の部分など、どうしても出てしまう野菜くずと魚の骨でスープを作ったり、普段は捨てられてしまうような食材も食べられるように調理して提供したりと、ひと手間を加えて、ロスが出ない工夫をしている。
「こういったロスが出ない工夫は、同じように郊外にあるベルギーの一つ星フレンチ『Arabelle Meirlaen』から学びました。本来は生ごみになってしまうようなものを美味しさに変えているところに美徳を感じたのです」
また、庭にはコンポストを設置し、生ごみを堆肥に変え循環させている。できた堆肥で育てられた野菜がレストランに戻ってくる。
「特別なことをしているわけではないんです。生産現場の近くに住んでいると、市場に買い物に行くより、顔見知りの生産者から直接を購入する方が便利です。顔が見えるので、食材を大切に最後まで使い切りたいと思います」
能勢 日本料理 新にとって、これらひとつひとつが特別なことでなく、あたりまえのように実践されている。生産者の方の想いと里山の豊かさを、未来に繋いでいきたいという中井さんの熱い想いが伝わってきた。
「いくらお金があっても、自然は人間が作れるものではありません。だからこそ、食でこの里山の風景を守るために何ができるか、考えていきたいんです」
日本の技術は海外でも勝負できる。能勢 日本料理 新の挑戦
能勢 日本料理 新が能勢でサステナブルなレストランとしてのリーダーシップをとっていくことには大きな意義がある。中井さんは能勢で、和食の文化を守っていくことも始めていきたいという。
「海外に出ると感じるのですが、和食はとても人気がありますし、実はとてもサステナブルな料理です。例えば、活け締めは、魚を絞めてお造りで食べられる状態をキープするという技術です。この技術があれば、近くの海にいる魚を食べることができるようになり、食料の自給率も上がります。こういった技術を広められるのは、和食の料理人しかいないのです」
しかし、現状では飲食業界は課題も多いのが事実だ。
「和食の料理人を目指す人がそもそも少ない上、厳しい労働条件から離職率が極めて高いのが現状です。未来に向けて料理人が続けられるような環境作りが必要だと感じています。和食という文化を次の世代にも残していきたいという想いがあります。
そのために、私たちはガストロノミーツーリズムを通じて、能勢ならではの食と魅力を体験し、その体験を日本から世界へと発信したいと考えています。そのような広がりを通じて、能勢の里山と共に和食の文化も守っていきたいです」
編集後記
能勢 日本料理 新の取り組みは、能勢の里山を守ることにつながっている。そのなかで、私たちが生きるために欠かせない「食」が、環境を守ることにも繋がる行為でもあるということを実感した。
また、能勢 日本料理 新では、トレーサビリティや食品ロスなど、生産者と消費者が分断されることが原因で発生する食の問題にも取り組んでいた。
中井さんは、「郊外型レストラン」によって、「食」が抱える問題を多くの人に投げかけ続けている。フードシステムは課題が山積みだが、能勢 日本料理 新のような郊外型のレストランは、課題に取り組むための一つの解決策になり得るかもしれない。
Edited by Erika Tomiyama